小説『獣医禁書』
作者:深口侯人()

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超繁忙期も過ぎてやや落ち着いてきた頃、二つの衝撃に襲われる。
まずは軽めの衝撃。
ある日の雑談の中でベテラン看護師が言った。

「先生、3か月持ち堪えたね!!私、絶対そろそろ辞めると思ってた。最近元気無かったし、去年入った先生もちょうど今頃、うつ病になって辞めたしね。」

うつ病!!!
職場の人間関係やパワーハラスメントなどのストレスから気分が塞ぎ込み、自分自身の可能性や将来に希望が見出せなくなり、この世の全てが意味の無いものに思え、全ての事柄に対してやる気が出なくなり、次第にこのまま死んだほうが楽かもと思い始め、最後にはむしろ死のうと考えるようになる病気である!!(※個人の感想です。)

うつ病に罹った人たちの気持ちはよく分かる…、何故なら僕もこのあと罹るから!!
その先生も相当苦しんだに違いない。
頑張っても結果は出ないし(出るけど出てない事にされる)、ひたすら怒鳴られ続けるし、周りは敵だらけだし、院長は師事するに値しない小物だし、未来は見えないし…。
元は明るかった先生が最後には笑顔が無くなって体調を崩し、心配した家族が病院に連れて行ったら重度のうつ病と診断され、仕事を休むことを勧められたそうだ。
原因は間違いなく院長の言動。
これは傷害罪にならないのか?
そういえば、前々から勤務獣医師が4年目の先輩1人だけというのがおかしいとは思っていたのだ。
実際は、どうやら毎年1人くらいは採用されるらしいのだが、大抵は院長の言動に耐えられずに辞めていくらしい。
もちろん、看護師も含めてだ。
やはり、ここはそういう職場だったのだ!!
強靭な精神力を持ち合わせない常人が踏み込んではいけない魔の領域だったのだ!!
僕の判断は完全なる失策だったのだ…。
ともかく、それは過去の話だから、衝撃は軽め。(全然軽くないけど!!)
それよりも問題だったのは先輩獣医師の「オレ、今月で契約終わりだから。」発言。

(なん… だと…? 辞めるだと!?)

微妙に絡みづらい先輩ではあったが、診療の良き相談役としては頼れる存在だった。
そんな彼が居なくなると、獣医師は僕と院長のみ。
そうなれば、相談も質問も全て直接院長にしなくてはいけないし、診療する件数も院長と接する時間も多くなるし、機嫌を取る人間が減るので院長の不機嫌な時間が増える。
当然、怒鳴られる回数も大幅にアップするだろう。
そんな地獄がすぐそこまで迫ってきているというのだ!!
かといって、先輩を攻めるわけにもいかない。
先輩は臨床獣医師の世界で研修期間の目安とされている3年を見事に勤めあげ、病院の忙しい時期も過ぎた今が絶好の辞め時なのだ。
3年を過ぎると、一般的には「開業する」、「他の病院で勤務」、「同じ病院で勤務」のどれかを選ぶことになるが、我が病院では3番目の選択肢を選んだ者は未だかつて居ないそうだ。
先輩も、他の病院でもう2、3年勤務しつつ勉強し、その後に開業するらしい…。
そうこうするうちに7月も終わり、退職金も感謝や労いの言葉も無く、院長の「僕が一人前にしてあげたんだから、この世界で失敗するはずが無いですよ。」という、ひたすら恩着せがましい送別の言葉と安っぽい(てゆーかホントに安い)花束を胸に先輩は病院を去っていった…。
合掌。

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