小説『獣医禁書』
作者:深口侯人()

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ちなみに、訴訟問題に関して言わせてもらえば、オーナー側が悪い面もある。
確かに、動物だからといって患畜をずさんに扱っている動物病院もあり、そういう所は訴えられてしかるべきであろう。
しかし、多くの動物病院は動物医療に真摯に向き合っているはずで、ミスをわざと起こしているわけでもないし、十分注意もしている。
そういう状況でも、やはり人間のやる事なのでミスは起こってしまうのだ。
獣医師も、我が子も同然のペットをもっと深く注意していれば避けられたミスで失うというオーナーの悲しみは分かっているはずだ。
「何故、家の子だけが…。」と言って泣き崩れられるオーナーを見ると、誰でも申し訳ない気持ちになるだろう。
真面目な獣医師なら、もう二度としないよう気を付けるに違いない。
しかし、我が子を失った悲しみで我を忘れて怒り狂う一部のオーナーにとっては、そんな獣医師の反省の気持ちなど知った事ではないようなのだ。
そう、訴訟で解決しようとするのである。
ひとたび訴訟が起こると、病院は深刻なダメージを受ける。
病院のイメージが圧倒的に悪くなり、新規はもちろん常連のオーナーまで来なくなる場合があるからだ。
本当に悪い事をしていた病院にとっては自業自得で良いお灸になるが、誠実にやっていた病院には災難以外の何物でもないだろう。
そんな大事件に発展する訴訟を軽い気持ちで起こされては堪らないのだ。
本当に辛くて訴訟しか考えられないならともかく、ちょっと納得がいかない点があるからと言って気軽に起こされては困るのだ。
今、訴訟を考えているオーナーの方は、一度、冷静になって考えてほしい。
本当にその動物病院は潰してやりたいほど酷い事をしたのか?
獣医師は反省した態度も見せず、今後も同じような事故を起こしそうなのか?
怒りに任せてとにかく誰かを傷つけたいだけではないのか?
冷静に考え、相手の獣医師の人生が滅茶苦茶になる事も考慮に入れて、それでも他の手段が思い付かないなら、もはや避けては通れないのだろう。
訴訟を起こしてスッキリするべきだ。

また、オーナーの中には人と同じレベルの医療を要求してくるくせに、治療費や手術代だけは動物並みが当たり前であり、人並みの高額医療費などもっての外という人が居る。
予防にお金をかけなかったくせに、病気になってから病院に連れてきては治して当然のように振舞う人が居る。
そして、そういうオーナーは大抵“生ゴミ”の言う通り、自分に都合の良い話しか覚えていないのだ。
こういう傍若無人なオーナーも、深慮せずに訴訟を起こしやすい要注意人物である。
ここまで酷くなくても、「治って当たり前と思っていなかったか?」、「説明はちゃんと聞いていたか?」、「獣医師に期待し過ぎていなかったか?」…。
訴える前にもう一度、自分自身の行動もじっくりと思い返してみてほしい。
あまりにも簡単に訴訟を起こされると、獣医師側としては訴訟を避けるため、ミスをするような危険を冒さない…、つまり厄介そうな治療に関わらないのが一番という結論に達してしまうのだ。
そんな事態になったら、獣医師もオーナーも患畜も、誰も得をしないだろうから…。

…こんなオーナー批判のような内容は、獣医療に携わる人間が本来書いてはいけない事だが、僕はもう臨床獣医師ではないので、あくまで問題提起として書かせてもらった。
何かの議論の参考にしていただければ幸いだ。

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