小説『獣医禁書』
作者:深口侯人()

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新年、元日。
さすがに我が病院といえども、今日は休みだ。
今日だけは休診日当番も急患対応も無い本当の休日で、他の従業員も皆ゆっくり過ごしているはずだ。
しかし、そんな最良の一日だというのに、僕は朝から最悪な気分である。
何故なら、初夢がいつも通りの夢だったからだ。
そう、いつも通りの「”汚物”に怒鳴られる夢」である。
たまにならまだしも、ここ最近はほぼ毎日この夢を見ている気がする。
というか、それ以外の普通の夢をしばらく見た記憶が無い。
これは結構ヤバイ状態なんじゃないだろうか?
寝汗も尋常じゃないぐらいかいていて、枕や足元のあたりがびっしょりだ。
悲しい事があった時の表現で「涙で枕を濡らす」という言葉があるが、「寝汗で枕を濡らす」場合はどういった状況の表現となるのだろうか?
それにしても病院でならともかく、自宅で、しかも元旦くらいは”汚物”との係わり合いを避けたいところなのに、他人の夢にまで平然としゃしゃり出てきやがるとはホントに空気が読めない奴だ。
人を好きになった時は、夢の中でも会えると嬉しいのでその人の夢を見るというのは分かるが、嫌いな場合はどういう理屈でそいつの夢を見てしまうのか?
しかも、自分の思い通りになるはずの夢でも怒鳴り散らされるなんてあんまりだ。
現実だけでなく、夢の中でまで嫌な思いをしてストレスを溜めては体に障るだろうに、どうして味方であるはずの我が脳髄はこんな夢を見せるのか?
脳というものは実に不可解で神秘的な臓器である。
ちなみに、夏ごろに辞めた新人看護師も怒鳴られる夢をよく見ていたそうで、起きたら泣いていたという事がよくあったそうだ。
彼女は本当に「涙で枕を濡らして」いたのである。
この世には、夢の内容によって精神状態を解析する「夢分析」なるものが存在するそうだが、我らの精神状態や如何に。
といっても、聞かなくても何となく結果は分かっているのだが…。
ともかく、子供の頃は初夢に縁起物が出てくるかどうかとか、どんな内容だったかとかで1年の良し悪しを占って喜んでいたが、年を取るごとにそんなものには関心を持てなくなっていた。
しかし、「今年だけは」とワラにもすがる思いで良い夢を期待して眠ったというのに、神様はやはり困った時だけ泣きついても救ってくれないようだ。
この世には神も仏もない事を再確認する。
どんどん気持ちが荒んでいくなぁ…、初夢で好きな子が出てきたら告白するとか思っていた時代が懐かしいわい…。

なに?
初夢は大晦日から元旦にかけて見る夢じゃなくて、元日から2日、または2日から3日にかけて見る夢だって?
そんな違いは些細な事だよ。
逆に考えるんだ!!
「明日も明後日も同じ夢を見るんだから、どれにしたって同じ事さ」と考えるんだ!!

我ながら言っていて悲しくなる状況だが、とりあえず今年も最悪な一年になりそうだということだけは分かった。
初夢占いは結構当たるという事か…。

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