小説『獣医禁書』
作者:深口侯人()

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―――というわけで、何となく一区切りついた感じだったんで「第二部・完」と書きましたが、特に意味はありません(笑)。これ以前に、もっと第二部が終わりそうな区切りがいっぱいあったんですが、忘れていたのでここで区切っておきます(笑)。そして物語はいよいよ最終章。ありがちなタイトルをつけるとしたら、「終わりの始まり」か「新たなる旅立ち」といったところでしょうか。ぶっちゃけ、後は僕が辞めるまでとその後の就職事情の話なので、”汚物”の悪行もさほど紹介できませんが、それでも良ければ最後までお付き合いください。では、早速…。 ―――


4月末、13回目の給料日。
渡された給与明細を見てみると、なんと基本給が5000円もアップしているではないか!!
勤務2年目に突入したので昇給したのだそうだ。
世間では給料据え置きという話もよく聞く中で、この病院としては破格の待遇だ。
“汚物”にとっても断腸の思いだっただろう。
それほど辞められては困ると思っているのだろうが、もはや同情はしない。
僕はもう辞める。
また、給料袋を渡される際、「副院長としての自覚」とか「2年目の心得」とやらについて”汚物”がゴチャゴチャと囀っていたが、そんなのももう知ったことではない。
僕はもう辞める。
さらに帰り際、最近元気が無くなっていた新人看護師の1人が「家に帰ったら院長に電話して、今日で辞めさせてもらおうと思ってる。」というほぼ予想通りのカミングアウトをして、これから病院がまた忙しくなりそうだが、今の僕にとってはそんなのもどうでもよい事だ。
僕はもう辞める。
以前の僕には辞める口実が必要だった…。
だが、もはや昔日の私ではない!
辞めるのに理由なんて要らない!!
我が決意は今や、ダイヤモンドよりも硬いのだ!!!
…もっとも、ダイヤモンドは一瞬の衝撃には弱く、ハンマーで叩いただけで粉々に砕け散るが…。

まぁ、そんな不吉な比喩はともかく、問題はどういう辞め方をするかである。
辞める日時、看護師たちに言うかどうか、”汚物”に言うかどうか、言うとしたらそのタイミング、直接言うのを避ける場合はその伝達方法…。
一番単純なコースは、このまま誰にも何も言わずに明日からいきなり消える事だろう。
“汚物”への復讐という観点からも、この案を採用してパニックにさせたいくらいだが、この方法はあまりにも無責任過ぎるし、法律的にも訴えられる危険があるし、看護師たちへの被害も大きいだろう。
看護師たちにはそれなりに世話になっているので、せめて事前に辞める事くらいは伝えて、心の準備をしてもらいたいとは思う。
一方、クソ真面目コースは、辞める予定の数か月前には”汚物”にも看護師たちにも伝える事だが、もはや僕には数か月も働く余力は残っていない。
また、このコースは前述の中堅看護師のように、辞めるまでの間、散々嫌がらせを受け続けながら死ぬほど扱き使われるので非常に険しいコースとなっている。
いや、むしろそのまま殺されかねないので絶対に避けるべきである。
となると、以上を総合的に判断して……、辞める日は5月末にしよう。
予防接種も下火になる頃だし、新人看護師たちも色々と慣れてくる頃だろう。
また、月半ばに辞めるのではその間はタダ働きとなり、”汚物”に貢献する事になるのでそれだけは絶対にしたくない。
そして、6月末までは僕がもう持たないからだ。
難しいのは“汚物”に言うかどうかだが……、訴えられる危険もあるが、これは復讐も兼ねていることだし、”汚物”には黙っておくことに…、いや、当日に言うことにしよう!!
電話じゃなくて直接伝えれば、”汚物”の焦る様子も見られて一石二鳥だろう。
その際振るわれるであろう多少の暴力や暴言も、もう見られなくなることだし記念体験という事で大目に見よう。
看護師たちにはゴールデンウィーク明けあたりで伝えようと思うが、これも悩ましい決断だ。
なんせここは地獄かつ戦国時代だから、寝返るのが得意な悪魔がウジャウジャ居る。
決行日前に情報が”汚物”に漏れる危険があるのだ。
まぁ、そうなった時はそうなった時か。
その仕打ちに対する忍耐も含めて、今まで色々と手伝ってもらったお礼に代えさせてもらおう。

もっとも、実は以前から従業員同士の談笑において、「もう辞める。」という言葉は冗談ながらも度々交わされていたので、今さら「辞める」と言ったところで信じてもらえるか分からない。
世間一般でもよくある事だろうが、「辞める」「辞める」と言っている奴らに限って結局は辞めないものなのだ。
だが、彼らは悪くない…、彼らはヘタレではないのだ。
彼らはそれを言う事でストレスを解消しているか、人の気を引こうとしているかで、本気で辞める気など毛頭無い。
それを信じる方が空気の読めないイケてない奴なのだ、…そんなイケてない奴がここにも1人居るのだが。
我が病院で「もう辞める。」と言い始めるのは大体ベテラン看護師なのだが、それを聞いて、僕は本気で「お供します。」と言っていた。
しかし、結果はご覧の通り。
だから、今度は僕の番。
ただし、僕は期待を裏切ったりはしないけどね…、フフフフフ…。

まぁ、それはともかく、これで辞め方は決まった!!
辞めるのは1か月後の5月末給料日!!
“汚物”には給料を貰った後に直接言う!!
看護師たちにはゴールデンウィーク明けに!!
細工は流々、あとは仕上げを御覧じろ!!

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