小説『獣医禁書』
作者:深口侯人()

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まず初日。
僕と一緒に看護師も2人入ったみたいだ。
いわゆる同期であり、ライバル的な存在で心強い。
初日は患畜の管理、糞尿の処理、掃除、ゴミ出し、電話番、診療費請求書の書き方、レジの扱い方等々、各種雑用のやり方を叩き込まれた。
獣医師といえど、最初は看護師がやるような雑用をして当たり前だ。
他にできる事がないのだから。
獣医師免許を持っていれば法的には診察・治療ができるが、実戦でのやり方はまず分からないし、各病院によってもやり方が違ってくるので診療は後回し。
まずは誰でもできる雑用からだ。
頭も体もメモ帳もフル稼働して、あっという間に一日が終わった。
ものすごく疲れたが、働いているという実感が湧いてきて何となく嬉しくなった。
家に帰ったらすぐ布団に入り、翌朝までぐっすりだ。

2日目以降も雑用三昧。
初日に教わったことをしっかり復習しつつ、院長や先輩の診療をチラチラ見ながら診療の勉強もする。
なかには、診察時間終了間際に駆け込みで重症患畜が来る日もあった。
当然、診察時間が終わったからといって「はい、サヨナラ。」というわけにもいかず、検査や治療のため残業。
通常業務の範囲内とみなされて残業代は貰えないらしいのが痛いが、苦しんでいる患畜を一刻も早く治すために奮闘する。
さらには手術も、昼の休診時間はもちろん、夜の診察終了後にすることもよくあり、家に帰るころには日付が変わっていたりするのでかなりしんどい。
といっても、僕は手伝いや片付けなどの簡単な作業と見学がメインなのでまだマシだが…。
また、この頃から、院長が従業員を怒鳴っているのがよく目に付くようになる。
何といっても回数が多い。
最低でも1日1回は怒鳴っている。
新人で、まだ色々と慣れない僕や同期の看護師たちは特に怒鳴られる回数が多かった。
そう…、院長は本性の片鱗を早くも見せ始めていたのである。
しかし、僕はこの時点ではまだ『やっぱり人の上に立つ者として、時には厳しい面も見せなければいけないみたいだ。』と好意的解釈をしていたのだ。
そんな間抜けな自分に今さらながらに腹が立つ。

そして初めての休日である休診日がやってくる。
週休2日と聞いていたのだが、研修中の身で、しかも病院が忙しい時期(4〜6月の動物病院は狂犬病の予防接種やフィラリアという心臓の寄生虫の予防開始で忙しくなる)ということで、「しばらくは週休1日にする。」と言われていたため、1日しか休めない。
この時点で初めて『あれっ?労働条件無視?この院長、信用できるのか?』とちょっと不安になったが、『確かに新人で普段あまり役に立ってないし、勉強中の身だからな。』と無理矢理納得する。
ちなみに他の従業員は、休診日の他に各人日替わりで休みが1日ずつ貰えるシフトとなっているので、合計で週休2日となる。
ただし、休診日は誰か1人が病院に来て、急患用の電話番プラス院内の掃除や整理整頓、その他の雑用をしなければならないのだ。
この当番は院長を除く全従業員に回ってくる。
1日バッチリ働くことになるが、診療や手術も無くて普段よりも仕事の質が軽いらしいので休日手当ては貰えないそうだ。
しかも、振替休日も無いし、契約時にもそんな話は聞いていない。
「そんなの会社が苦しい時には当たり前じゃん。」と思った方は要注意。
あなたはすでに、資本家による洗脳を受けて都合の良い労働者になっています。
労働の対価が貰えないような状況ははっきり言って異常です。
何よりも、この病院の経営は全然苦しくないのです。
それはともかく、動物病院も民間の小企業なので労働条件は法令遵守されていない所が多く、この病院も例に洩れないようだ。
この頃から段々と夢が煌めきを失っていく感覚にとらわれるが、『まだ獣医師の仕事とは関係無いところだから。』と思い、持ちこたえる。
もっとも、まだ入ったばかりの新人には、休診日といえど病院は任せられないそうで、1日ゆっくり休みを貰った。
というか、起きたらすでに日が暮れていた。
少しずつ慣れてきたとはいえ、さすがに疲労がたまっていたようだ。

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