小説『獣医禁書』
作者:深口侯人()

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その後の僕はというと、とりあえずはニート生活を満喫。
最初の数日間は何もする気が起きず、数十分起きては数時間寝るというサイクルの繰り返しで一日12時間以上眠り続けたが、次第に横になると頭痛がするようになりだした。
寝過ぎると頭の血管が拡張して頭痛が起こるらしいのだ。
仕方がないから、とりあえず疲労も回復したし、体調も良くなってきていたので睡眠時間を減らし、音楽を聴いたり、漫画を読んだり、ネットで遊んだりと、この1年、忙しくてできなかった趣味をやり尽した。
ニート生活なら、好きな事を好きなタイミングで好きなだけやれるのだ!!
(Yeah!めっちゃホリディ!!)

最初の頃はそんな感じで浮かれ気分だったが、さすがに休みが1か月以上も続くとだんだんキツくなってきた。
やる事が無くなってくる事もそうだが、何よりもお金の問題が厳しい。
僕の場合、親に頼らないニート生活を続けていたので、家賃や食費などの必要経費から娯楽代まで、生活費のすべてが自腹だったのだ。
したがって、1か月に10万円前後消費するのだが、辞めた時の貯金は50万くらいだったので、単純に計算して5か月で資金が尽きることになる。
おまけに、6月といえば、昨年度分の収入に応じた住民税の支払いの通知が来るので、さらに追い討ちをかけられることになるのだ。
支払いが4回に分かれているとはいえ、無収入の人間にとってはかなり痛い額だった。
じわじわと、だが着実に減っていく貯金額を見ては不安に陥り、『この楽しいニート生活もあまり長くは続けていられないな。』としみじみ感じたのを覚えている…。
ちなみに、世間的には、独身の26歳男性でそんなにお金のかかる趣味も無いのに貯金額50万というのは、どっちかというと悲惨な部類に入るのではないだろうか。
獣医師になるぐらいの偏差値があれば目指せそうな医師や歯科医師、薬剤師、公認会計士、1級建築士、弁護士などのそうそうたる国家資格職だけでなく、一般的なサラリーマンや公務員でさえ18歳や22歳から働き始めていれば、もっと貯金額が多いだろう。
人生の価値は収入や貯金額で決まるわけではないとは言われたりするものの、『獣医師は負け組だな。』と実感し、そんな職業を選ぶという自分の選択がまたしても間違っていた事にも気付かされるのであった…。

(ま、過ぎた事を嘆いていても仕方がないし、金策を練らないと…。そうだ!!雇用保険料を払っていたんだった!!手続きをすれば失業保険がもらえるはずだぞ。早速、ネットで調べてみよう。なになに?「失業保険を申請するのは簡単です。」とな?フムフム…。)

「まず、働く意思を示しましょう」 … (えっ?仕事探さなきゃいけないのか…、うーん…。)
「元勤務先に離職票を用意してもらいましょう」 … (あんな辞め方したら、絶対無理です。)
「自己都合退職の場合は支給が3か月遅れます」 … (3か月!?そんなに待てねぇー!!)

確かに、普通に辞めていたらハローワークに行くだけで簡単に手続きできよう…。
しかし、”汚物”と喧嘩別れした僕には当然、離職票は手に入らない。
しかも、申請できたとしても、この状態で3か月も待っていたら、かなり切羽詰まった状況になるのは目に見えている。
やはり、そろそろ職を探さないといけないらしい。
そんなわけで、しぶしぶ就活することにしたのだが、せっかく取得した獣医師免許を活かさない手はないので、獣医師職の求人情報をネットで検索した。
すると、公務員や動物病院の求人情報が多量にヒットしたが、ほとんどの公務員試験はすでに試験の応募期間が終わっていたし、動物病院はもうありえない。
また、企業は獣医師に限って募集をかけたりはしないようで、ほとんどヒットしなかったので、動物実験や衛生管理の関係で獣医師免許が役立ちそうな製薬会社や食品会社の中途採用者や第二新卒の募集も探してみるが、そんな中途半端な時期に募集しているところはほとんど無かった。

(あれ!?就職できないじゃん!!獣医師免許使えねぇー!!!)

さすがにこのご時世、国家資格を持っているとはいえ、すぐに正社員の職が見つかるほど甘くは無かった…。
しかし、早く仕事を見つけないと貯金が底を尽きてしまうのだ。
そんな僕が選んだ道は……、派遣社員だった。

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