小説『獣医禁書』
作者:深口侯人()

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そして、公務員編。
獣医師職としての公務員の種類は色々とあったのだが、ほとんどの試験は応募締め切りが近づいていて悩んでいる余裕があまり無く、とりあえず学生時代の友達がよく受けていた「地方上級公務員試験」とやらを受けてみる事にした。
レベルはそこそこ高めの試験のようだ。
公務員の試験は、だいたい4月ごろから募集が始まって、6月・7月の1次試験、8月の2次試験を経て採用に至るケースが多いようだ。
僕の地元の県職員採用試験もその日程のようなので、急いで応募した。
勉強期間は2か月も無く、普通はかなり厳しい状況なのだが、僕には当てがある。
不況の昨今、公務員の競争倍率は一般的には高いはずだが、獣医師枠は人気が無いため、倍率も低い。
なぜ人気が無いかといえば、獣医師を目指す学生の大半は臨床獣医師になるつもりで入学し、在学中に考えを変える人は居るものの、卒業後も臨床に進む学生はやはり多いので、元々公務員を目指す人間が少ないのだ。
また、公務員獣医師は仕事のやりがいが今一つ感じられない職務内容というイメージが強いのに加え、特殊な免許を持っているのにそれを反映した給与体系ではなく、一般の事務職と変わらない給与になる事が多いというのもマイナス要因だ。
さらに、特別に昇給や昇格の機会が多いわけでもないので、単純に少し遅れて採用される事務職と変わらないため、生涯年収は普通の高卒や大卒で採用された公務員よりも下回るのだ。
スタートダッシュで出遅れて、どこまで行っても離されるのである。
初めから公務員を目指すつもりなら、獣医師になるメリットが全然無いのだ。
お金の話ばっかりで申し訳ないが、夢や理想だけでは食べていけない。
よく考えたらお金は大事なのだ。
もっとも、消化試合人生の僕にとっては、そんなことは微々たる問題だ。
生きていくだけのお金がもらえれば十分である。
まぁ、とりあえず、倍率は低いとはいえ、ある程度は得点がないと採用されないと思うので、専門分野ぐらいは勉強しつつ、試験に備えた。

そして、いよいよ試験日を迎えたのだが、1次試験では驚愕の事態が発覚する。
試験を受けに来た獣医が僕1人だったのだ!!
受験番号が他にも用意されているあたり、応募した人間は他にも居るようだが、1次試験に来ない以上は、もう来る予定も無いのだろう。
いやはや、人気が無いとは聞いていたが、ここまでのものとは思わなかった。
どうやら、公務員を目指す場合の獣医師免許のメリットが一つだけあったようだ。
あとは、試験成績がよっぽど酷いものでない限り落ちるわけは無いのだが、その可能性が十分あり得るほどに試験の手応えが無かった。
特に筆記試験の一般教養問題がさっぱり分からない。
しかも、時間が足りなくなり、最後まで解けなかったのだ。
さらに、専門問題も、答えに自信があった問題は半分ぐらいしかなかった…。
『やはり、勉強期間が1か月ちょっとで地方上級は無理があったか…。』と落胆していたが、受験人数が1人だったためか、普通に合格した。
公務員獣医師はよっぽどの人材不足らしい。

その後は順調に事が運んで採用決定まで行き、入庁のための準備が始まった。
面談や書類で、基本情報や希望の職種と勤務地、持っている資格などに加え、過去の勤務経験を聞かれた。
勤務経験によって初任給がプラスされるらしいのだ。
動物病院と派遣会社での勤務経験を伝えたが、やっぱり、それを証明する「在職証明書」を提出してほしいと言われる。
しかし、”汚物”と喧嘩別れした僕には当然、病院の方の在職証明書は手に入らない。
したがって、病院で働いていた期間は「無職」と書かれる羽目になった。
とても悲しかった…。
やはり、辞める時はちゃんと手続きを踏むべきなのだ…。
僕はつくづく正解を…(以下略)。
ともかく、そんなこんなで入庁準備も終わり、3月で派遣も終了し、4月から公務員としての勤務が始まった。

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