小説『魔法国家のとある勇者の物語』
作者:桜坂遊兎()

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「……ふぇ……ぉ、、……ぎゃ……」

極寒の地、オリエル。
年中、吹雪が吹き続け全てを凍りつくすとまで言われている。
そして、そのオリエルの領地の都心から離れた更に北に位置する片田舎。
そこでは、たった今、家の外の吹雪の中でさえも聞こえるほどの、大声で産声をあげている赤ん坊が暖炉の前で3人の大人たちに静かに見守られていた。
「……やっと…………産まれたのね……? 」
暖かそうな毛布の上では、ふかふかとした毛皮に包まれている女が今にも大量の涙を零すといわんばかりに、目に涙を溜めてワナワナと肩を震わせて呟いた。
「あぁ、産まれたんだ、僕達の愛する子が……やっと…………」
横たわる女の正面で地べたに座り、赤ん坊を凝視している男が言った。
その隣には無言で、そんな成り行きを静かに見守る、もう一人の男が笑顔で静かに座っていた。
「サイヴェさん、本当に……本当に、ありがとう御座いました……」
女は震える声で、サイヴェというもう50は過ぎているだろう男に、心からの礼を送った。
「いえ、当然の事をしたまでです」
「僕からも、感謝させていただきます、本当にありがとう御座いました」
サイヴェはにっこりと微笑むと、「それではここら辺へ失礼します」と、言い扉を開けた。
扉を開けると吹雪がすぐに家の中へと入り込み、暖炉の火で暖まった部屋の中はすぐに凍えるような寒さへと変貌していった。
男はブルッと身震いしながらも横になっている女と赤ん坊を少しでも守ろうと女の前に立った。
サイヴェは再度振り返り、赤ん坊の様子を見ると微笑みかけて極寒の地へと立ち、扉をゆっくりと閉めた。
残された二人は、まだ目を潤ませながらもサイヴェが出て行った扉をボーッと見つめていた。
夢を見ているようだった。
いや、夢かもしれない。
グリファーは自分で自分を引っ叩く。
痛い。
でも……
夢じゃない。
男の名前はグリファー。
横になっている女の名前はサイネといった。
二人は、幼少の頃からこの極寒の地で生まれ育った。
いつしか二人は愛し合い、婚約。
しかし、3年たっても5年たっても、子供は一向に産まれなかった。
どちらに原因があるわけでもない。
医者も原因不明だといって二人を見離した。
二人は途方に暮れながらも、心の奥底ではまだ可能性はあると信じていた。
そして、その微かな希望は現実となって現れた。
サイヴェが尋ねてきたのだ。
サイヴェはグリファー達が子供が出来ずに悩んでいるのを、医者から聞き駆けつけたそうなのだった。
グリファーは藁にもすがる思いでサイヴェに、どうか子供を授けて欲しいと懇願した。
サイヴェは優しい微笑みを浮かべてブツブツと呪文を唱え始めた。
すると、どうだろうか。
サイヴェの手は光に包まれていき、その光はゆっくりとサイネの体を包んだ。
そして、今僕たちの前には今まで待ち焦がれていた子供がいる。
「ふ……ふぇぇ…………」
赤ん坊が泣きそうになると、サイネがあやす。
赤ん坊はすやすやとまた眠りに落ちる。
こんな幸せがいつまでも続けばいいのに――――
本当にそう思う。
だが、それは叶わないだろう。
100年前に起きたガウ帝国の宣言。
あのおかげでどれだけの民が苦しみ、どれだけの人が死んだか。
そんなものはもう数えることも不可能だ。
戦乱の世はまだ続いている。
各国は軍事の強化を進め、他国との上辺だけの付き合いをし、裏切り、裏切られる。
この戦乱はもう終わらない。泥沼状態だった。
だが、この子だけは守らなければならない。
こんなにも元気なのに、明るいのに。
触ったら、ガラスみたいに脆く、崩れ去る。
そんな気がしてならなかった。
だからこそ、守らなければならない。
サイネも子供も。
例え僕がこの世から存在がなくなろうとも。

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