小説『ゼロの使い魔 世界を渡る転生者【R−18】』
作者:上平 英(小説家になろう)

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『第19話 タバサの里帰り 後編 』





 ルシファーとキュルケの情事が終わり、ベッドの上で満足げに眠るキュルケの髪をルシファーが優しくすかしていると、部屋のドアがノックされた。

「ん? 誰だ?」

「わたし」

 ドアの向こうから幼い女の子の声で返事が返ってきた。

「タバサか。ちょっと、待っててくれ」

 ルシファーは部屋に充満した臭いや体の汚れを魔法で消し、服を着て、ドアを開けた。

「待たせたな」

 タバサはコクリと頷いて、部屋の中に入った。

 キュルケが裸でベッドに眠っていたが、きちんと布もかけてるし、大丈夫か。

「キュルケは?」

「今は、ベッドで休んでいるよ」

 ルシファーは、客間の椅子に座り、タバサを向かいの席に座らせた。

 タバサはゆっくりと口を開いた。

「あれから、母様が起きた」

「ああ」

「毒も消えてた。それどころか前の綺麗な母様に戻った」

「よかったな」

 ルシファーは手を伸ばして、タバサの頭を撫でる。

「母様を治してくれて、ありがとう」

 タバサは深々と頭を下げ、言葉を続けた。

「でも、『聖杯』の秘薬を使ってよかったの? あれはお金で買える物ではないことは、わたしにもわかる」

「まあ、そうだな。あれは買おうとするば、一国……いや、ハルケギニア中の国を売っても、買えないだろうな」

「……っ」

 それを聞いたタバサの顔が曇る。

「ん? なんだ?」

「頑張って返す……」

 タバサは覚悟を決めた顔で、ルシファーを見上げた。

「バカかお前は?」

 ルシファーは撫でていた手で、拳骨を作り、タバサの頭を小突いた。

「うっ!」

 タバサは意味が分からないという表情で、小突かれた頭を押さえた。かなり痛かったようで薄っすらと涙を浮かべていた。

「まったく……。俺は最初から見返りなど求めてない。」

「でも……」

「まあ、なんだ。俺になにか返したいというなら、もっと笑うようになれ」

 それでも、食い下がるタバサに、ルシファーは両手の人差し指を口に差し込んで、無理やり笑顔を作らせ、言い放つ。

「わ・か・っ・た・か?」

「……ひゃい」

「よし!」

 指を抜いて、椅子に座りなおす。

「シャルロット。今は母親の病が治った事を素直に喜べ」

「ありがとう」

 ルシファーは再びタバサの頭を撫で始めた。

「あらー? いい雰囲気じゃないのー?」

 そこにいつの間にか起きたキュルケが、素肌に布を体に巻きつけた格好のまま、ルシファーの後ろから抱きしめながら言った。

「ふふふっ、良かったわね、シャルロット。こんないい男が近くにいて」

 キュルケは自慢するように、ルシファーに抱きついて、猫のように喉を鳴らして、微笑んだ。

「うん。よかった」

 タバサは無表情が、少し柔らかくなり、口の端が少し上に持ち上がり、微笑を浮かべた。

「やっと笑ったか」

「ふふふっ、やっぱり、女の子は笑顔が一番よねー」

 それから3人は、シャルロットの母親の病気が治った事を喜んだペルスランが、はりきって作った。豪華な夕飯を食べた。











 タバサの屋敷で夕食を食べ、タバサの母親からお礼を述べられた後、ルシファーとキュルケは元の客間に帰り、タバサが数年ぶりに母親と一緒のベッドで眠った。

 そして、翌朝。『聖杯』の効果でもう立ち上がれるまでに回復したタバサの母親と、一緒に朝食を摂りながら、今後について話し合った。

 そう。タバサの母親の病が治ったことを知られると、宮廷の連中が再び毒を盛ったり、今度は暗殺に走ったりする可能性があるから、それを防ぐための作戦だ。

「それで、ダーリン? 何かいい作戦でもあるの?」

 朝食を食べ終え、さっそく話し合いを始め、キュルケがルシファーに聞いてきた。

「ああ。あるな。反則みたいなものが」

 ルシファーは【王の財宝】から手のひらサイズの人形のようなものを取り出した。

「それは?」

 タバサの母親とペルスランが、どこからともなく人形を取り出したルシファーに驚いている間にタバサが質問した。

「これは、『変わり身人形』と言ってな、風系統の『偏在』と同じようなもので、精巧な偽者を作ることが出来るんだ」

「へぇー。そんな物まで持ってるのねー」

 隣に座ったキュルケが感心したような声を出した。

「まあ、これを使ってシャルロットの母親とペルスランの偽者を作って外国に逃がせば、王家から守れるだろう」

「そんなことが……」

 タバサの母親は信じられないと言ったふうにルシファーを見た。

「外国に逃がすのなら、あたしの実家がいいわね。ガリアからは遠いし、もう少ししたら夏休みで帰省するし、父様や母様にはきちんと説明すればいいでしょうから」

 キュルケは胸を、どんと叩いて「まかせなさいっ!」と頷いた。

「ありがとう。キュルケ」

 タバサが頭を下げてお礼を言った。

「じゃあ、まずは偽者を作るか」

 ルシファーはそう言って、呪文を呟き、人形を変化させてゆく。

「おお、これは……」

「す、すごい……」

 人形が膨れ上がり、自分の姿になった事を見た2人は驚きの声を漏らした。

「これを身代わりとして屋敷においておけばいいだろう?」

「完璧」

 タバサが腕と突き出し、握った拳から親指を出して、力強く言った。

「あとは、王家からの任務に最強の俺が付き添って解決し、普段通りに王家に従う振りをすればいいし、俺が時を見てジョセフの捻じ曲がった根性を叩き直せば、王家の継承争いからは解放されるだろう」

 ルシファーがそう言うと、タバサの母親は泣き崩れながら「ありがとうございます」と繰り替えして泣き、タバサはそんな母親を優しく抱きしめた。

 その後は、転移魔法について軽く説明し、転移するときの元になる座標を部屋にあった姿見に描き、キュルケの夏休みに実家に帰るときにその鏡を通って迎えに来るから、偽者には以前の心を病まれた姿をさせ、本物には別の部屋で隠れて生活するように言い、王家からの任務へと向かった。











 王家の任務は、ラグドリアン湖の水位を上げている水の精霊を退治し、元に戻せという任務でルシファーたちはさっそく、ラグドリアン湖に向かった。

 タバサから渡された漆黒のマントを纏い。タバサの風竜に乗ってラグドリアン湖に向かっている途中。タバサは改めて、ルシファーとキュルケにお礼を言った。

「ありがとう。あなたたちのおかげで母様が助かった」

「あたしは特に何もしてないんだけどねー」

 キュルケはタバサに抱きついて頬ずり、微笑み。ルシファーもその様子を眺めてにかっと、笑った。

「きゅいきゅいー! でも、ありがとうなのね!」

 そこにもう1人の女性のような声が聞こえた。

「あら?」

 キュルケが辺りを見回すと、風竜がウインクしながら答えた。

「わたしなのね!」

「シルフィードって韻竜だったの!」

 キュルケが驚く。

「そう」

 タバサはバツの悪そうに言った。

「おねえさまは悪くないのね! わたしを守るためなのね!」

「まあ、韻竜なんて使い魔にしたことがばれたら、魔法研究してるトリステインのアカデミーに解剖されないものね」

「きゅい、そうなのね! バカな人間から守るためなのね!」

「あなたたちには話しておく」

「うふふ、4人の秘密ね」

「そうだな」

 その後は、シルフィードの「るるるー、るるー」と歌詞もない歌声を聴きながら、ラグドリアン湖にゆっくり向かった。

 ラグドリアン湖に着いたのは夜もふけはじめた頃で、3人はさっそく水の精霊を退治しようとしていたら、ルシファーが複数の気配を感じ取り、相手が戦闘態勢に入っていると、タバサとキュルケに警告し、魔法の詠唱を開始すると、突然、足元の地面が触手のように盛り上がってきて足に絡み付こうとした。そしてさらに、30メイルほど先から、何者かが飛び出してきて、剣で襲い掛かってきた。

 まずは、キュルケが襲撃を予想して詠唱していた魔法で足を捕まれる前に焼き、剣を背負った襲撃者は、人間離れした脚力で30メイルもある距離を3秒足らずでつめたが、ルシファーは剣を振りかぶった襲撃者の首を、突き出した腕で正確に捉え、もう片方の腕で剣を持った腕をねじ上げ、剣を落とさせる。そして、残りの気配がする方へ捕まえた襲撃者を向け、他の襲撃者に警告した。

「動くな。動けばこいつの首はへし折れるぞ?」

 すると、気配がした方から、何者かが飛び出してきた。

 杖を掲げ、大声で叫んだ。

「サイトをいじめないでーーーーーーーーッ!!」

 ルシファーは、目の前の空間が爆発する事を感知して、首を持っていた襲撃者から手を離して、離脱した。

「どっあああぁぁぁぁ!」

 置き去りにされた襲撃者に爆発が命中し、情けない叫び声を湖に響かせた。

 その爆発や声に、襲撃者が何者かを悟ったルシファーたちは、戦闘態勢を解除し、フードを脱いだ。

 月明かりが照り、あちらもこちらの正体が分かったようだ。

「ルシファー! それに、キュルケにタバサも!」

 森の茂みからギーシュが飛び出して叫ぶ。

「なんだよ……、お前らだったのかよ……」

 ほっとした感情と、疲労や爆発をモロに受けたダメージに、才人は両膝をつき、消え入りそうな声で呟いた。

「あなたたなの? どうしてこんなところにいるのよ!」

 ルシファーは呆れたようにため息を漏らし、キュルケが驚いたように叫んだ。











 ルシファーは焚き火の周りに座って肉を焼きながら、襲撃者の最後の1人であったモンモランシーに『水』の魔法を使って、爆発で負ったダメージを治してもらうのを待った。

 時刻は深夜2時ぐらいだろうか。湖面に二つの月が映り、美しい光景が広がっていた。

 治療を終えて近づいてきた才人にキュルケが怪我治った? と聞いた。才人はルシファーに一瞬で倒された事が口惜しかったが、ルシファーの強さに素直に感嘆していた。

「前から思ってたけど、ルシファーって本当に規格外に強いな!」

「そうでしょ! そうでしょ! あたしのダーリンは最強なんだから! まあ、あたしとタバサだけでも、負けなかったと思うけどね。まともに連携も取れてなかったし、そもそも戦っていたのは実質サイトだけで、ギーシュはおろおろしてたしだけで、モンモランシーは見てただけ。ルイズは最後の一撃で仲間を吹き飛ばすし」

 キュルケは隣のルシファーに焚き火で焼いた肉を差し出した。

「うっ……、しっかし、なんでお前らは水の精霊を襲ってたんだ?」

「なに言ってんのよ! 襲うつもりだったけど、あたしたちはさっき着いたばっかりよ!」

 キュルケは意味分からないと叫んだ。そこにタバサが「わたしの前に任務を受けたメイジ」と呟いた。

「俺たちの前に、派遣されたメイジが居たんだろう。それと俺たちを勘違いしたのか」

「それで、なんであなたたちは水の精霊を守ってたの?」

 キュルケは才人たちに尋ねた。才人の背中に、ずっとぴったりとくっついていたルイズが悲しそうに、パーカーの袖を引っ張る。

「キュルケがいいの?」

「あー! もう! 違うよ! 事情を聞くだけ! お前はとりあえず寝てろ。な?」

「やだ。寝ない。今日、サイトまだわたしとあんまり口きいてくれないもん。32回しか、言葉のやりとりしてくれてないもん」

「あとでもっと話すから、今は寝ててくれ。さっき魔法を使って疲れただろう?」

「魔法を当てたわたしのこと怒ってるの?」

「怒ってないって、気にせず寝てくれ」

 才人がそう言うと、ルイズはもじもじと才人の胸を立てた指でこねくりまわした。

「じゃあ……、キスして」

「え?」

「いっぱいして。じゃないと寝ない」

 ルシファーがぼそりと呟く。

「なんだこれは?」

 キュルケがぽかんと口をあけて、2人を見つめた。事情を知っているギーシュとモンモンラシーは顔を見合わせてくすくす笑っている。

 才人はしかたなしげに、ルイズの頬にキスをした。

「ほっぺじゃやだ」

 ルイズは頬をふくらませて、ぶすっと呟いた。そんな様子をにやにやと見る。才人は見れていることに、顔を赤らめ、しょうがなく額にキスをして、ルイズを黙らせた。ルイズはキスに満足したようで、あぐらをかいている才人の膝の間にちょこんと座り込み、胸に体を預けて目をつむった。そして、しばらくするとピンク色の唇の間から寝息が漏れてくる。

 キュルケが感心した声で言った。

「あなたって実はとんでもなく女の扱いがうまかったのね。いつのまにルイズを手なずけたの? この子、メロメロじゃないの」

「いや、そうじゃねぇから。モンモランシーが惚れ薬をつくって、それを間違ってルイズが飲んじゃったんだよ。で、一番初めに視界に飛び込んできたのが俺ってわけ。惚れ薬で惚れてるだけだから」

「惚れ薬? なんでそんなの作ったの?」

 キュルケは、肉をかじっていたモンモランシーに尋ねた。

「つ、作ってみたくなっただけよ」

「俺が売った薬草の末路は、惚れ薬だったか」

「ちょ!」

 ルシファーの呟きに、モンモランシーが肉を落としそうになった。

「ダーリンが持ってた銅貨は、モンモランシーに惚れ薬の材料を売って作ったお金だったのね。は〜、まったく、自分の魅力に自信がない女って、最悪ね」

「うっさいわね! しかたないじゃない! このギーシュったら浮気ばっかりするんだから! 惚れ薬でも飲まなきゃ病気が治んないの!」

「もとを辿れば、ぼくのせいなのか? うーむ」

 才人はキュルケにことの次第を説明した。惚れ薬の解除薬をつくるためには、水の精霊の涙が必要な事。それをもらう代わりに、襲撃者退治を頼まれたこと……。

「なるほど。そういうわけであなたたちは水の精霊を守ってたワケなのねー」

 キュルケは困ったように、隣のタバサを見つめる。

 彼女は無表情に、焚き火をじっと見つめていた。

「参っちゃったわねー。あなたたちとやりあうわけにもいかないし、水の精霊を退治しないと、いけないし……」

「どうして退治しなきゃいけないんだ?」

 才人にそう尋ねられて、キュルケが困ってしまった。事情が事情だから正直には言えない。

 ルシファーが慌ててフォローを入れた。

「水の精霊が水かさをあげる所為で、タバサの実家の領地が被害にあってな。どうにかしてくれと頼まれたから、水の精霊を退治しに着たんだ」

「そう! そうよ! 頼まれたのよ!」

 キュルケがタバサに、そうよね! とアイコンタクトを送った。

「そうか……」

 才人は頭を抱えて悩んだ。自分たちもルイズを元に戻すために『水の精霊の涙』必要だし、ルシファーたちも水の精霊を退治して、水かさを戻さないといけない。

 才人は悩んだ末に結論を出した。

「よし。こうしよう。水の精霊を襲うのは中止してくれ。そのかわり、水の精霊に、どうして水かさを増やすか理由を聞いてみようじゃねえか。その上で頼んでみよう。水かさを増やすのはやめてくれって」

「水の精霊が、聞く耳なんか持ってるかしら」

「まあ、聞く耳を持ってなかったら、精霊の涙を奪ってから、蒸発させれば……」

 ルシファーが物騒な事を言い出したので、才人が叫んで止めた。

「ま、待てって! きちんと聞く耳は持ってるって! 俺たちは、昼間ちゃんと交渉したんだぜ? 襲撃者をやっつけるのと引き換えに、体の一部をもらうって約束したんだ」

 キュルケはちょっと考えて、タバサに問うてみた。

「結局は、水浸しになった土地が、元に戻ればいいわけなのでしょ?」

 タバサは頷いた。

「よし決まり! じゃ、明日になったら交渉してみましょ!」











 翌朝……。

 モンモランシーがカエルを水に放して水の精霊を呼んだ。

 朝もやの中、水面が盛り上がり水の精霊が姿をあらわした。

「水の精霊よ。もうあなたを襲うものはいなくなったわ。約束どおり、あなたの一部をちょうだい」

 モンモランシーがそう言うと、水の精霊は細かく震えた。ぴっ、水滴のように、その体の一部がはじけ、一行の元へとんできた。うわ! うわわ! と叫んで、ギーシュが持っていた壜で『水の精霊の涙』を受け止めた。

 すると水の精霊はごぼごぼと再び水底に戻っていきそうになったので、ルシファーが一歩前に出た。

「待て」

 ルシファーは静かに『大魔王』の迫力を出して呼び止めた。

「なんだ小さき……」

 水の精霊は人間たちの中に、とてつもなく強い気配が出現した事に動きを止めた。

「おい。精霊」

 ルシファーが前に出て、水の精霊を呼んだ。

「ちょ! 水の精霊になんて態度をとってるのよ! 水の精霊を怒らせたら!」

 ルシファーの態度にモンモランシーが慌てて叫ぶ。

 だが、水の精霊はぐねぐねと動き始め、モンモランシーの姿になり、水面に膝をついて、頭を深々と下げた。

「失礼した。我にご用がおありか? 大いなる者よ」

「なに? 何が起こったの?」

 モンモランシーがあわあわと口に手を当てながら、ルシファーと水の精霊を交互に見た。

「水かさを元に戻せ。迷惑だ」

「承りました」

 ルシファーが命令すると水の精霊は二つ返事で了解した。

「…………」

 そのやり取りに、プライドが高いことで有名な水の精霊のことをよく知っているモンモランシーは言葉を失った。

「よし。それならもういいぞ。湖に戻れ」

 ルシファーがそう言い放つと水の精霊は膝をついたまま、ごぼごぼと再び戻ろうとした。

 才人は湖に帰ろうとした水の精霊がかわいそうになり、呼び止めた。

「待ってくれ! よかったら水かさをあげた理由を話してくれないか?」

 水の精霊は、話てもいいでしょうか? とルシファーの方を見て、了承を得た上で語り始めた。

 約2年前に人間があらわれ、『水』系統の伝説のマジックアイテム『アンドバリ』の指輪が盗まれた。水の精霊は秘宝を取り戻すために、湖の水かさを少しずつ増やして、ハルケギニアを水で満たして秘宝を回収するというなんとも気の長い作戦だったらしい。

「偽りの命を与えるというマジックアイテムね」

 モンモランシーがあごに手を当てて呟いた。

「そんなシロモノを、誰が盗ったんだ?」

「風の力を行使して、我の住処にやってきたのは数固体。眠る我には手を触れず、秘宝のみを持ち去っていった」

「名前とかわからないの?」

「確か固体の1人が、こう呼ばれていた。『クロムウェル』と」

 キュルケがぽつんと呟いた。

「聞き違いじゃなければ、アルビオンの新皇帝の名前のやつなんか、いっぱいいるだろう。で、偽りの命とやらを与えられたら、どうなっちまうんだ?」

「指輪を使ったものに従うようになる。ここに意思があるというのは、不便なものだな」

「とんでもない指輪ね。死者を動かすなんて、趣味が悪いわね」

 キュルケが呟く。彼女はその瞬間、なにかひっかかっるものを感じた。でも、うまく思い出せない。ま、ここしばらくいろんなことがあって忙しかったからねー、と頭をかきながら独りごちる。

「わかった! その指輪を取り返してやるよ!」

 才人は叫んだ。

 なんだコイツ。面倒ごとを自分から引き受けやがった。

「そうしてもらえると助かる。指輪を取り返してくれ」

 水の精霊は助かった、と言うように水で作ったモンモランシーの肉体で飛び跳ね喜んだ。

「あはは……、そんなに大事な指輪だったんだな。それで、いつまでに取り返せばいいんだ?」

「お前の寿命がつきるまででかまわぬ」

「そんなに長くていいのかよ」

「かまわぬ。我にとっては、明日も未来もあまり変わらぬ。それでは、大いなる者、失礼する」

 水の精霊は一礼して、ごぼごぼと姿を消そうとした。

 その瞬間、タバサが呼び止めた。

「待って。水の精霊。あなたに1つ聞きたい」

「なんだ?」

「あなたはわたしたちの間で、『契約』の精霊と呼ばれているその理由が聞きたい」

「単なる者よ。我とお前達では存在の根底が違う。ゆえにお前達の考えは我には深く理解できぬ。しかし察するに、我の存在自体がそう呼ばれている理由と思う。我に決まった形はない。しかし、我は変わらぬ。お前たちがめまぐるしく世代を入れ替える間、我はずっとこの水と共にあった。変わらぬ我の前ゆえ、お前たちは変わらぬ何かを祈りたくなるのだろう」

 タバサは頷いて、それから、目をつむって手を合わせた。
 
 その様子をルシファーとキュルケが微笑みながら見守った。

 そんなタバサの様子を見たモンモランシーはギーシュをつつく。

「なんだね?」

「あんたも契約しなさいよ。ほら」

「なにを?」

 ほんとうにわからない、と言った顔でギーシュが聞き返したので、モンモランシーは思いっきり殴りつけた。

「なんのためにわたしが惚れ薬を調合したと思ってるの!」

「あ、ああ。えっと、ギーシュ・ド・グラモンは誓います。これからさき、モンモランシーを一番目に愛することを……」

 再びモンモランシーは小突いた。

「なんだねっ! もう! ちゃんと契約したじゃないか!」

「『一番』じゃないのよ。わたし『だけ』! わたし『だけ』愛すると誓いなさい。一番じゃ不安だわ。どうせ二番三番がすぐにできるに決まってますもの」

 ギーシュは悲しそうに契約の言葉を口にした。どうにも守られそうにない口調であった。

 ルイズはついついと才人の袖を引っ張り、不安そうな顔で、才人を見つめる。

「誓って」

 才人はルイズの顔を見つめた。今日でこんなルイズともお別れである。なんとなく、寂しかった。いくら薬のせいとはいえ……、好きな女の子にダイスキ好き好きだぁいすき、と、言われまくっていたのである。

 でも、やっぱり元のルイズのほうがいいな。ルイズらしいルイズが、才人は好きだった。

「祈ってくれないの? わたしに、愛を誓ってくれないの?」

 目に涙をたたえ、ルイズが尋ねる。

「ごめんな。今のお前には、約束できない」

 才人がそう言うと、ルイズは泣きじゃくった。そんなルイズの頭を、才人は優しく撫でてやった。











 あれからトリステイン魔法学院に戻った一行は、女子寮の一室で才人たちが見守る中、モンモランシーが一生懸命に調合にいそしんでいた。

「できたわー! ふう! しっかし、やたらと苦労したわねー!」

 モンモランシーは額の汗を拭きながら、椅子の背もたれにどっかと体を預けた。テーブルの上のるつぼには、調合したばかりの解除薬が入っている。

「これ、そのまま飲めばいいのか?」

「ええ」

才人はそのるつぼを取ると、ルイズの鼻先に近づけた。その臭いでルイズの顔をしかめる。

「じゃあルイズ。これ飲め」

「やだ。すっごい臭いがする」

「お願いだ。飲んでくれ」

「飲んだら、キスしてくれる?」

 才人はしたなしに頷く。

「うん。飲んだら、キスしてやるぞ」

 ルイズはわかった、と答えると、るつぼを受け取った。

 しばらく中身を苦々しげな表情で見つめていたが、思い切ったように目をつむると、くいっと飲み干した。様子を見ていたモンモランシーが才人をつつく。

「とりあえず逃げたほうがいいんじゃないの?」

「どうして?」

「だって、惚れ薬を飲んでメロメロになってた時間の記憶は、なくなるわけじゃないのよ。全部覚えているのよ。あのルイズがあんたにしたこと、されたこと、全部覚えてるのよ」

 才人はぎくっとして、ルイズを見つめた。

 ぷはー! と飲み干したルイズは、ひくっと1つ、しゃっくりをした。

「ふにゃ」

 それから、憑き物がとれたように、けろっといつもの表情に戻る。目の前の才人に気づき、見る間にその顔が赤くなっていく。唇を噛み締め、わなわなと震えだした。

 才人は、やばい、と呟いて、忍び足でその場から逃げ出そうとした。

「待ちなさい」

「いや、ハトに餌を……」

「あんた、ハトなんか飼ってないでしょうがぁああああああああッ!」

 ルイズの絶叫が響き渡った。いけない。殺される。

 才人は身の危険を感じ、ドアをばたんと開けて、階段を転げ落ちるようにして駆け下りる。

 しっかし、今のルイズは電光石火である。階段の踊り場からジャンプすると、階段の踊り場からジャンプすると、階下の才人の背中に向かってとび蹴りをかます。才人はもんどりうって、一回まで転がり落ち、したたか体を打ちつけた。

 丁度女子寮の玄関である。才人は這って逃げようとしたが、首根っこを足でがっしりと踏まれてしまい逃げられずに……、怒りのルイズにボコボコにされた。












 アウストリの広場のベンチに、才人はぐったりと横たわっていた。死にそうなぐらい痛めつけられ、半分死んでいた。たまにピクピクと痙攣するから、死んではいない。隣ではやっと落ち着いたルイズがベンチの端にこしかけ、頬を染めて怒ったように唇を突き出して考え事をしていた。

 2つの月が昇り、2人を優しく照らしている。しかし、2人の間に流れる空気は、優しいというにはほど遠い、ぎこちなくって、熱くて、そして、ピリピリしたものがだった。つまり、いつもの空気に戻っていたのであった。

「ねえねえ、これからどうなると思う?」

「メロドラマが始まるんじゃないか?」

「…………」

 ルイズが才人をボコボコにし始めた頃に、「面白くなりそうだわ」とキュルケの一言で、ルシファーとキュルケ、タバサはルイズたちを遠目から覗き、ルイズの怒りが収まったこれからはどういう展開になるのかと、広場にあった穴から小声で楽しそうに話していた。

「……気がすんだか?」

 才人が呟き、穴に隠れている3人が、始まったと喜んだ。

「ふ、普通だったら絶対にあんなことしないんだから。もうやだ! もう!」

「わかってるよ」

「あんたもあんたよ。そんなになるまで、おとなしくわたしにやられることないじゃない。もう! 少しは抵抗しなさいよ! ちょっとやりすぎちゃったじゃない!」

「……いいよ」

「なんでよ」

「……だって、こうでもしなきゃお前の気がすまないだろ? 気持ちはわかる。好きでもない男に、ベタベタまとわりついて、あーんなことや、こーんなことまでしちゃったんだもんな。プライドの高いお前には許せることじゃねえだろ。それにまあ、元を正せばお前を怒らせた俺にもちょっと責任があると思うし……、ま、とにかく気にすんな」

「き、気になんかしないわ。はやく忘れたいぐらいよっ!」

 3人はわくわくしながら様子を覗う。

「ねえ、聞いていい?」

「なんだ?」

「どうして、あんたってば、わたしがその、あの、忌々しい薬のおかげであんたなしじゃいられなくなったとき……、えっと、その、なな、なんにもしなかったの?」

「だって、あれはお前じゃないだろ。お前じゃないお前に、そんなことはできない。欲望にまかせて、大事な人を汚すなんてことは俺にはできない」

「どど、どうして大事なの?」

 おおっ! とルシファーとキュルケは才人の返答に期待した。だが、才人から発せられた言葉は「そりゃ、飯と寝るところ用意してもらってるし」と期待を大きく下回り、2人は肩を落としたのであった。

「……ごめんなさい。もう、わたし怒んない。そんな資格ないもん。あんたは、あんたで自由にやる権利があるし」

「いいよ。怒らないお前はお前じゃない。好きにしろ」

 それから2人は黙ってしまい。その展開にあまり納得のいっていない穴に隠れる3人。

 その後、ルイズがラグドリアン湖でアンリエッタとウェールズが密会していたという思い出話話し始め、その話を盗み聞きしたキュルケが大声を出した。。

「そうよ! 思い出したわ! そのウェールズ皇太子よ!」

「な、なんだよ!」

「なによ! あんたたち立ち聞きしてたの?」

 えっへっへ、とキュルケはにやにやしながら穴から這い出た。

「いやぁ、あなたたちが仲直りするところが見たくって……。あんなに殴りつけてたおとでメロドラマ。ウキウキするじゃないの」

「するか」

 才人とルイズは頬を染めた。

「それで、ウェールズ皇太子がどうしたんだ?」

 ルシファーが這い出てキュルケの後に続いた。

「そう! ウェールズ皇太子なんだけどね。タバサのご実家に帰省するときにすれ違った貴族の顔がウェールズ皇太子だったのよ! すれ違ったときからどこかで見たことある顔だと思ってたけど、今思い出したわ。あれはウェールズ皇太子ね。敗戦で死んだって公布があったけど、生きてたのねー」

「そんなバカな! あの王子様は死んだはずだ! 俺はその場を見ていたんだ!」

 キュルケが思い出せた、と頷いていると、才人が叫んだ。

「あら? そうだったの? じゃあ、あたしが見たのはなんだったの?」

「人違いじゃねえのか?」

「あんな色男を、あたしが間違えるわけないじゃないの」

 瞬間。才人の頭の中で何かが結びついた。それはルイズも同じだったらしい。2人は顔を見合わせた。水の精霊が言っていた言葉……。アンドバリの指輪を盗んだ一味の中に、『クロムウェル』と呼ばれる男がいたこと。

「アンドバリの指輪……、やっぱりレコン・キスタの連中が……」

「ねえキュルケ、その一行はどっちに向かってたの?」

 ルイズが息せききって尋ねる。2人の真剣な剣幕に押されながら、キュルケは答えた。

「あたしたちとすれ違いだったから、そうね、首都トリスタニアの方向よ」

 ルイズは駆け出した。才人もその後を追いかける。

「待って! どういうこと!」

 キュルケは慌てた。

「姫様が危ない!」

「なんでよーーーーー!」

「全くもって面倒だな」

 ルシファーが愚痴を溢しながらも2人に続いた。

 キュルケとタバサはアンリエッタとウェールズの秘密の関係を知らなかったので、その言葉が意味するところがわからなかった。しかし、その尋常じゃない様子とついて行ったルシファーが気になり、後に続いた。











 タバサの風竜に跨った一行……、才人とルイズとルシファーとキュルケとタバサが王宮についたのは、魔法学院が出発して2時間後。深夜1時を過ぎた頃であった。

 中庭は大騒ぎになっている。ルイズと才人は、自分たちのいやな予感が現実になったことを感じた。風竜が中庭に降りると、一斉に魔法衛士隊が取り囲んだ。

 マンティコア隊の隊長が大声で誰何する。

「なにやつ! 現在王宮は立ち入り禁止だ! 下がれ!」

 しかし、その一行には見覚えがあった。アルビオンとの戦争が始まる直前にも、このようにしてやってきた一行ではないか。隊長は眉をひそめた。

「またお前たちか! 面倒なときに限って姿をあらわしおって!」

 ルイズは風竜の上から飛び降り、息せききって尋ねた。

「姫様は! いえ、女王陛下はご無事ですか!」

 中庭は蜂の巣をつついた騒ぎになっていた。杖の先に魔法の灯りをともした貴族たちや、たいまつを持った兵隊たちがおおわらわで何かを探している。王宮に何かが起こったことは明白であった。

「貴様らに話すことではない。ただちに去りなさい」

 ルイズはかぁーっと顔を怒りで赤くし、ポケットの中から何かを取り出し叫んだ。

「わたしは女王陛下直属の女官です! このとおり陛下直筆の許可証も持っているわ! わたしには陛下の権利を行使する権利があります! ただちに事情の説明を求めるわ!」

 隊長はあっけにとられてルイズの許可証を手に取り確認すると、ことの次第を報告した。

「今から2時間ほど前、女王陛下が何者かによってかどわかされたのです。警護のものを蹴散らし、馬で駆け去りました。現在ヒポグリフ隊がその行方を追っています。我々はなにか証拠がないかと、この辺りを捜索しておりました」

 ルイズの顔色が変わった。

「どっちに向かったの?」

「賊は街道を南下しております。どうやらラ・シェールの方向に向かっているようです。間違いなくアルビオンの手のものと思われます。ただちに近隣の警戒と港を封鎖する命令を出しましたが……。先の戦で竜騎士隊がほぼ全滅しております。ヒポグリフと馬の足で賊に追いつければよいのですが……」

 風竜についで足の速い、ヒポグリフの隊が追跡を開始しているらしいが……、追いつけるかどうか怪しいようだ。ルイズは再び風竜に飛び上がった。

「急いで! 姫様をさらった賊は、ラ・ロシェールに向かっているわ! 夜が明けるまでに追いつかないと大変なことになる!」

 事情を聞いた一行は、緊張した面持ちで頷いた。タバサが風竜に命令する。

 シルフィードが夜の闇に再び飛び上がった。ルイズが叫ぶ。

「低く飛んで! 敵は馬に跨っているわ!」

 あっという間にトリスタニアの城下町を抜け、風竜は街道に沿って低空飛行を続けた。

 夜の闇が濃い。暗闇で一歩先もわからない状況だが、風竜はその鋭敏な鼻先で空気の流れを感じ、木々や建物の障害物を巧みにさけて低く飛んだ。

 風竜で飛ぶ才人たちは、街道上、無残に人の死体が転がる光景を見つけた。風竜を止め、その上から降りた。タバサは降りずに、油断なく辺りを見張っている。

「ひでえ」

 才人は呟いた。焼け焦げた死体やら、手足がバラバラにもがれた死体やらがたくさん転がっている。血を吐いて倒れた馬とヒポグリフが、何匹も倒れていた。先行していたはずのヒポグリフ隊だろう。

「生きてる人がいるわ!」

 キュルケの声で、才人とルイズが駆けつける。

 腕に深い怪我を負っていたが、なんとか生きながらえていたようだ。

「待ってろ。今治してやる」

 ルシファーが腕に治癒魔法をかける。

「大丈夫?」

 ルイズが隊員に話しかける。

「大丈夫だ……、あんたたちは?」

「わたしたちも、あなたたちと同じ、女王陛下を誘拐した一味を追ってきたのよ。いったい、何があったの?」

 震える声で告げた。

「あいつら、致命傷を負わせたはずなのに……」

「なんですって?」

 しかし、それだけ告げると首をかしげた。助けが来たという安心感とからか、気絶してしまったらしい。

 その瞬間、四方八方から、魔法の攻撃が飛んできた。奇襲を予測していたタバサが、頭上に空気の壁を作り上げ、魔法攻撃を弾き飛ばした。

 草むらから、ゆらゆらと影から立ち上がる。

 一度死んで、『アンドバリ』の指輪で蘇ったアルビオンの貴族たちであった。

 キュルケとタバサが見構える。しかし、敵はそれ以上の攻撃を放ってこない。

「ウェールズ皇太子!」

 その中の人影のひとつを見た才人が叫んだ。

 クロムウェルは水の精霊のもとから盗み出した『アンドバリ』の指輪で、死んだウェールズに偽りの生命を与え、アンリエッタをさえあおうとしたのだ。

 才人は怒りを覚え、背負ったデルフリンガーをつかみ、左手のルーンを光らせた。

「姫さまを返せ」

 しかし、ウェールズは微笑を崩さない。

「おかしなことを言うね。返せもなにも、彼女は彼女の意思でつきしたがっているのだ」

「なんだって?」

 ウェールズの後ろから、ガウン姿のアンリエッタがあらわれた。

「姫様!」

 ルイズが叫ぶ。

「こちらにいらしてくださいな! そのウェールズ皇太子は、ウェールズ様ではありません! クロムウェルの手によって『アンドバリ』の指輪で蘇った皇太子の亡霊です!」

 しかし、アンリエッタは足を踏み出さない。わななくように、唇をかみ締めている。

「……姫様?」

「見てのとおりだ。さて、取引と行こうじゃないか」

「取引だって?」

「そうだ。ここで君たちとやりあってもいいが、ぼくたちは馬を失ってしまった。朝までに馬を調達しなくてはいけないし、道中危険もあるだろう。魔法はなるべく温存したい」

 タバサが呪文を詠唱した。

『ウィンディ・アイシクル』。タバサ得意の攻撃呪文。あっと言う間もなく、何本もの氷の矢がウェールズの体を貫いた。

 だが、ウェールズは倒れず、見る間に傷口はふさがってゆく。

「無駄だよ。君たちの攻撃では、ぼくを傷つけることはできない」

 その様子を見て、アンリエッタの表情が変わった。

「見たでしょう! それは王子じゃないわ! 別のなにかなのよ! 姫様!」

 しかし、アンリエッタは信じたくない、とでもいうように首を左右に振る。それから、苦しそうな声でルイズたちに告げた。

「お願いよ、ルイズ。杖をおさめてちょうだい。わたしたちを、生かせてちょうだい」

「姫様? なにをおっしゃるの! 姫様! それはウェールズ皇太子じゃないのですよ! 姫様は騙されているんだわ!」

 アンリエッタはにっこりと笑った。鬼気迫るような笑みだった。

「そんなことは知ってるわ。わたしの居室で、唇を合わせたときから、そんなことは百も承知。でも、それでもわたしはかまわない。ルイズ、あなたは人を好きになった事がないのね。本気で好きになったら、何もかも捨てても、ついて行きたいと思うものよ。嘘かもしれなくても、信じざるをえないものよ。わたしは誓ったのよルイズ。水の精霊の前で、契約の言葉を口にしたの。『ウェールズ様に変わらぬ愛を誓います』と。世の全てに嘘をついても、自分の気持ちにだけは嘘をつけないわ。だから行かせてルイズ」

「姫様!」

「これは命令よ。ルイズ・フランソワーズ。わたしのあなたに対する、最後の命令よ。道をあけてちょうだい」

 杖を掲げたルイズの手が、だらんと下がった。

 1人の生者を含む、死者の一行はルイズたちが呆然と見守る中、先へ進もうとした。

 しかし、その前にデルフリンガーを構えた才人が立ちふさがった。

「姫様。言わせてもらうよ。寝言は寝てからいいな」

 その肩が、全身が、震えている。

「恋も、愛もしらねえ、女とまともにつきあったことのない俺だってこれぐれえわかる。そんなのは愛でもなんでもねえ。ただの盲目だ。頭に血がのぼってワケがわからなくなってるだけだ」

「どきなさい。これは命令よ」

 精一杯の威厳を振り絞って、アンリエッタが叫ぶ。

「あいにく、俺はあんたの部下でもなんでもねえ。命令なんかきけねえよ。どうしても行くって言うんなら……、しかたねえ。俺はあんたをたたっ斬る」

 一番初めに動いたのはウェールズだった。呪文を唱えようとしたが、才人が飛び掛る。

 しかし、水の壁が才人を吹き飛ばす。

 杖を握ったアンリエッタが、震えながら立ちすくんでいた。

「ウェールズ様には、指1本たりとも触れさせないわ」

 水の壁は才人を押しつぶすかのように動く。しかし、次の瞬間アンリエッタの前の空間が爆発し、アンリエッタが吹き飛んだ。

 エクスプロージョン。ルイズが呪文を詠唱したのだ。

「姫様をいえども、わたしの使い魔には指1本たりとも触れさせませんわ」

 髪の毛を逆立て、ぴりぴりと震える声でルイズが呟いた。

 その爆発で、呆然と成り行きを見守っていたタバサとキュルケが呪文を詠唱し始め、ルシファーはやれやれと、構えた。

「キュルケ! タバサ! 敵の足を止めろ!」

 戦いが始まった瞬間。ルシファーが素早く指示をとばした。

「りょうかーい」

「わかった」

 キュルケは敵の手足に炎を放ち、タバサは氷で敵の足を地面に縫いつけた。

「フレイムボール」

 ルシファーは動けなくなった敵に、黄金の炎を浴びせ焼き滅ぼした。

「なんだと?」

 ウェールズの顔色が驚愕に歪む。

「さっすが、ダーリンの炎ね!」

 ルシファーたち3人は、才人とルイズにウェールズとアンリエッタをまかせ、確実に敵の数を減らしていった。

 アンリエッタは次第に追い詰められていった。

 ウェールズとアンリエッタ以外の敵を滅ぼし、ルシファーたちが加勢しようとした時。巨大な雨雲が発生し、ぽつぽつと降り出した雨は、一気に本降りへと変わった。

 アンリエッタが叫んだ。

「杖を捨てて! あなたたちを殺したくない!」

「姫様こそ目を覚まして! お願いです!」

 ルイズの叫びが、激しく振り出した雨粒でかき消される。

「見て御覧なさい! 雨よ! 雨! 雨の中で『水』に勝てると思っているの! この雨のおかげで、わたしたちの勝利よ!」

「そうなんか?」

 才人が不安げに叫んだ。キュルケがやれやれと言わんばかりに頷いた。

「ウェールズ皇太子の属性は『風』。アンリエッタ王女の属性は『水』よ。つまりこの雨の中ではあっちのほうが有利なの」

「まあ、俺には関係ないがな」

 そう言ってルシファーは雨の中、手のひらに黄金の炎を出した。

 そこに、ルイズもデルフリンガーから始祖の祈祷書を読んで『解除』の魔法を唱えるように指示を受け、ルイズを中心に円陣を組んだ。

「っ! それならっ!」

 アンリエッタはウェールズと共に呪文を唱え始めた。

『水』、『水』、『水』、そして『風』、『風』、『風』。

 水と風の六乗。

 王家のみが許され、トライアングル同士で作り出す。ヘクサゴン・スペル。

 2つのトライアングルが絡み合い、巨大な六芒星を竜巻に描かせる。

 津波のような竜巻だ。この一撃を受ければ、城さえ一撃で吹き飛ぶだろう。

 謳うようなルイズの詠唱も混じる。

 今のルイズには、もう何も届いていない。己の中でうねる精神力を練り込む。古代のルーンを次から次へと口から吐き出させ続けている。

「この子、どうしたの?」

 キュルケが笑みを浮かべて尋ねる。

「ああ、ちょっと伝説の真似事をしているだけさ」

 才人は剣を握り締め、やはり笑うような声で答える。

「そう。そりゃよかったわ。せめて『伝説』ぐらいもってこないと、あの竜巻には勝てそうにないからね」

 ウェールズとアンリエッタの周りをめぐる巨大な水の竜巻は、どんどん大きくなる。

 ルイズの詠唱はまだ続いている。

「やっべえなあ。やっぱり向こうが先みてえだなあ」

 デルフリンガーが呟く。

「どうしよう」

「どうしようもこうしようもねえだろうが。あの竜巻を止めるのがお前さんの仕事だよ。ガンダールヴ」

 と才人は竜巻に向かって駆け出した。

 才人は一気にステップを踏んで竜巻の前に飛び出ると、デルフリンガーでそれを受け止めた。

 デルフリンガーで水の竜巻の魔力を吸い取ろうとした才人だったが、吸い取りきれずに体中を切り刻まれる。

「バカかお前は!」

 ルシファーは叫び、拳に魔力を集めた。

「ダ、ダーリン何する気?」

 キュルケが慌てるがルシファーはそれを無視して、拳を竜巻に向かって放った。

「なっ!」

 ルシファーの拳を受けた竜巻は一瞬で掻き消され、消滅した。

 そして、竜巻が消滅したのとほぼ同時にルイズの詠唱が終わり、ウェールズ目掛けて『ディスペル・マジック』を叩き込んだ。

 アンリエッタの周りに、眩い光が輝き、隣に立ったウェールズの体が死体に戻り地面に崩れ落ちた。アンリエッタもウェールズに駆け寄ろうとしたが、消耗しきった精神力のおかげで意識を失い、地面に倒れた。











 その後は、ルイズの呼びかけで目を覚ましたアンリエッタが自分が仕出かした事に涙をこぼし後悔し、『水』の力をたくわえた、王家の杖の力で才人の傷や、ヒポグリフ隊の生き残りの傷を治していった。

 そして、傷を治し終わってウェールズの死体を埋葬しようとしたとき、死んでいたはずのウェールズが息を吹き返し、アンリエッタにラグドリアン湖畔に連れて行くように頼んだ。

 タバサが風竜を引っ張ってきて、ルシファーと才人が2人ががりで、その背にのせ、続いて風竜に跨ったアンリエッタが、ウェールズの頭を膝の上に乗せ、落ちないように体を支えてやり、一行を乗せて、ラグドリアン湖畔に向い。アンリエッタの手によるウェールズの埋葬を木陰から見守った。

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