小説『ゼロの使い魔 世界を渡る転生者【R−18】』
作者:上平 英(小説家になろう)

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『第32話 ラ・ヴァリエール家の女たちと公爵の心配事と策略と 』





 ルシファーたちとフォン・ツェルプストー領で別れたルイズたちが馬車でラ・ヴァリーエル領へと向かっていた頃。

 女王の馬車がラ・ヴァリエールの屋敷の跳ね橋を渡った。お忍びの訪問で、取り巻きはアニエス以下、大きなフードを被ったコルベールと銃士が五人のみだった。

 コルベールだが、タバサ救出作戦で囮役になり、アニエス率いる王軍に逮捕され、アンリエッタの慈悲で無罪となり、才人たちの無事を確認するためにアンリエッタに同行してラ・ヴァリエールまでやってきたのであった。

 全員が城門をくぐると、トリステインのマンティコア隊の隊長帽を被り、顔の下半身を隠す仮面をつけた体の線が細い騎士が城の入り口に立っていた。

 その騎士は『烈風のカリン』。

 『烈風』の二つ名をもった先代マンティコア隊隊長カリーヌ・デシレ。

 そのカリーヌ・デシレは男装して士官、軍役を経て、現在は結婚して三児の母。ルイズの母親だった。

 退役した『烈風のカリン』が昔のマンティコア隊の兵装に身を包んだことには理由があった。

 それは先代マンティコア隊の『鋼鉄の規律』を掲げていた『烈風のカリン』として規律違反をした自分の娘に罰を与えるためであった。

 『烈風のカリン』はアンリエッタに自分が先に娘に罰を与えると、使い魔であるマンティコアに跨って、アンリエッタの制止も聞かずに飛び立った。

 アンリエッタもルイズたち、友人に罰を与えるためにやってきたんのだが、それほど重い罰を与えるつもりはなかった、厳重注意ぐらいのつもりだったので大慌てだ。

 『烈風のカリン』は数々の武勇を上げている武人で、さらにルイズの母親が厳しい事を昔なじみのアンリエッタもよく知っていたから血相を変えてマンティコアを追ったのであった。











 ラ・ヴァリエールの城は、王都よりゲルマニアの国境に近い。国境を越えて三時間も行くと、城の高い尖塔が見えてきた。

「な、なあルイズ……。お前のお母さんが、そのマンティコア隊の『烈風』殿だとしてもだよ?」

 ルイズの母親の怖さを教えてもらった才人が重苦しい沈黙を破って口を開いた。しかし、ルイズは何も応えない。その頃、ルイズは震えるのを通り越し放心していたからだ。

「三十年も経てば、人間も変わるだろ? な? 確かに昔は怖い怖い騎士さまだったかもしれないけど、今はいい年なんだから、そんな無茶しないよ。罰っていったって、せいぜい納屋に閉じ込めるぐらいだよ」

「……あんたは、わかってないわ」

「若い頃の激しさを、維持できる人間なんてそうそういないわよ」

 モンモランシーが、わかったよな事を呟く。

「……あんたたち、わかってないわ」

「そんなに心配するなよ」

「……わかりやすくいうと、わたしの母よ。あの人」

 その言葉に、馬車の全員が緊張した。才人はその空気に耐えられなくなり、大声で笑った。空元気である。

「あっはっは! そんなに心配するなって!」

「そうそう! いくら伝説の烈風殿だって、いまじゃ公爵夫人じゃないか! 雅な社交界で、戦場の垢や埃もすっかり抜け落ちてしまったに違いないよ!」

 そのとき、窓の外を指差して、わなわなと震えながら、モンモランシーが呟いた。

「マ、マンティコアに跨った騎士がいるわ……」

 ルイズは跳ね起きると、パニックに陥ったのか、馬車の窓を突き破って外に逃げ出した。

 ゴォオオオオオオオオオオオッ!

 その瞬間、巨大な竜巻が現れ、逃げ出したルイズを絡めとる。

「な、なんだあれ」

 才人が唖然とした次の瞬間……、竜巻は大きく膨れ上がり、馬車全体を包み込んだ。激しい勢いで、馬と馬車を繋ぐハーネスが吹き飛び、逃げる間もなく馬車は地上に馬を残して空へと跳ね上がった。

「なんだこりゃあああああああ!」

 才人が怒鳴る。

「ぎぃやああああああああああ!」

 ギーシュが絶叫する。

「うわぁああああああああああ!」

 マリコルヌが叫ぶ。

「いやぁあああああああああああああああああ!」

 モンモランシーが喚く。

 馬車はまるで、巨人の手に掴まれたかのように空中で翻弄された。馬車の中の四人は、まるでシェーカーに入れられたカクテルだった。

「あいだッ! でッ! ぎゃッ!」

 壁に、座標に、お互いにぶつかり合い、四人は悲鳴を上げ続ける。竜巻は唐突にやみ、馬車は空中から地面へと落下する。

「落ちる! 落ちる! 落ちる!」

 ワイヤーの切れたエレベーターの中にいたら、こんな気持ちになるのだろうか? と、才人がアホな事を考えていると、ふわりと馬車が浮かぶ。

 騎士が『レビテーション』をかけたのだ。

 ゆっくりと馬車は地面に着地したが、散々にシェイクされた一行は、馬車の中でぐったりと横たわる。

 才人は必死の思い出、馬車から這い出した。ルイズはフラフラと地面に落ちていくところだった。

「ル〜イ〜ズ〜!」

 叫んで駆け寄ろうとしたが、目が回って上手く動けない。そこにゆっくりと、幻獣に跨った黒いマントの騎士が現れた。彼女がルイズママであろうか。しかし、怖い。

 そこに立っていたのは、『規模しい』という言葉をよくこねて、鋳型に納め、『恐怖』とおう炎で焼き固めた騎士人形であった。

 倒れたルイズの横に立ち、娘に呼びかける。

「起きなさい。ルイズ」

 ルイズはがばっと身を起こすと、「母さま」と、呟き、ガタガタと熱病にかかったように激しく震え始めた。シェパードに凄まれる小型犬のようであった。ルイズも怒ると怖いが、纏う恐怖オーラは、熊とネズミほども違う。

「あなた。何をどう破ったか、母さまに報告しなさい」

「その……、む、無断で国境を、その」

「聞こえませんよ」

「む、無断で国境を」

 竜巻が飛んだ。ルイズは一瞬で上空二百メイル近く放り投げられ、ちっぽけな落ち葉のようにくるくると回転しながら落ちてきた。

「母はあなたに、どのような教育を施しましたか?」

 桃色の髪はボサボサになり、スカートがどこかに吹っ飛んで下着が丸見えになっていたが、恥らう余裕さえルイズは失っていた。

「こ、国法を破った事は深くお詫びします! でも、事情があったんです!」

 騎士は杖を振るった。

「多少の手柄を立てたからといって、調子に乗ってはいけません。事情があろうとなかろうが、国法を破ってよいわけがないでしょう。結果として、それはさらに多数の人間を不幸にしてしまう可能性を秘めているのです」

 暴風が吹き荒れ、ルイズをもみくちゃにした。

 才人は見ていられなくなり、ルイズの前に飛び出した。

「や、やめてください!」

「あなたは?」

 黒いマントを羽織り、鉄の仮面で顔の下半分を覆ったカリーヌが才人に尋ねた。

「えっと……、その、ルイズの使い魔です」

「ああ」

 と、カリーヌは頷いた。

「あなたはこの前、ルイズの供をしていた少年ですね。そう、あなたが使い魔だったの」

 才人はボロボロになったルイズを抱き起こした。

「おい! 大丈夫か? 生きているか?」

「ふにゃ……、もう、だめ……、ふにゃ」

 ルイズはヘロヘロで、上手く呂律も回っていない。無理もない。巨大な洗濯機の中にぶち込まれて、洗濯、すすぎ、脱水、を食らったようなものだ。天下の美少女も、こうなってしまっては台無しである。

 カリーヌはさらに杖を構えた。

「ちょ、、ちょっと! もういいじゃないですか! ルイズはもうボロボロですよ!」

 そんな才人に、ギーシュたちが声をかける。

「やめとけ、サイト。家族間の問題だ。というかお前、命が惜しくないのか?」

 カリーぬはじっと才人を見つめた。

「使い魔ということは、主人の盾も同然。盾を吹き飛ばすのは、これも道理。恨んではなりませんよ?」

 巨大な竜巻がカリーヌの背後に現れる。先ほど、馬車を包み込んだものと同じぐらいの規模だ。才人はデルフリンガーを握り締める。左手のルーンが光る。

「なあデルフ」

「あんだね?」

「あれ、やばい」

「やばいね。ただの竜巻じゃねえ。間に真空の層が挟まってて、触れると切れる。恐ろしいスクウェアスペル……」

 デルフリンガーの解説を聞いている暇はなかった。

 自分めがけて飛んできたそれを、咄嗟に才人は剣を使って受けきろうとした。

「やめろ! 逃げろ!」

 デルフリンガーが叫んだが、間に合わない。才人の身体は無数のかみそりによって傷つけられたかのように、切り傷が走る。

「い、いてぇえええええええええ!!」

「言っただろうが! こいつか『カッター・トルネード』だよ! 俺が好き込む前にお前さんの身体がもたねえんだって!」

 才人は血だらけになったが、それでも踏みとどまる。

 恐怖と、混乱で麻痺していたルイズの目に飛び込んできたものは、ボロボロの才人だった。恐怖で真っ白に染まっていた心が、突然燃え上がった火のような怒りで覆い尽くされていく。いつものルイズなら、母に反抗する事などありえない。そういう風にしつけられ、そう育ってきた。

 気づくとルイズは杖を構え、『虚無』のルーンを唱えていた。

 カリーヌはルイズの唱えるルーンの調べに眉をひそめた。火でも、水でも、風でも、土でもない。

 ルイズが杖を振り下ろした。才人を切り刻んでいた竜巻が光る。

 カリーヌは、見慣れぬ光に一瞬だじろいた。

 ルイズの放った魔法で自分の『カッター・トルネード』がかき消された。

 カリーヌは驚いたものの、再び呪文を唱えようとしたとき、後から抱きすくめられた。

「おやめください! もう、結構です! もうおやめください!」

 ラ・ヴァリエールの城から、馬で駆けつけたアンリエッタであった。後にはアニエスも見える。

「これ以上、わたくしの前で争う事は赦しませぬ! しかもあなた方は、親子ではありませんか! 続きがしたければ、わたくしに杖をお向けなさい!」

 女王のその言葉で、ようやくカリーヌは杖を収めた。気力体力、共に限界だったルイズも、どう! と地面に倒れ込む。

 アンリエッタは急いで才人の元へ駆け寄り水魔法の『ヒーリング』で傷を癒し始め、ルイズは馬車から飛び出してきたモンモランシーが傷の治療を行った。

 才人を介抱するアンリエッタの横に、カリーヌが深々と膝をつく。

「女王陛下、罪深き娘にはこのように罰を与えました。これ以上のお裁きは、この私めにお与えくださいますよう」

 アンリエッタは大きくため息をつくと、

「もう! なんなのですか! あなたたちは! 親子で杖を交わすなど、髪と始祖ブリミルがお嘆きになりますよ! 最初からわたくしは、罰を与えるつもりなどない、と言っているではありませんか!」

「わたくしは無駄な血が流れるのが、何よりも嫌いなのです! そこのあなたたち! 早く怪我をした二人をお屋敷に運びなさい!」

 アンリエッタの言葉で、ギーシュたちはルイズと才人に『レビテーション』をかけ、屋敷に運び始めた。











 ルイズたちがボコボコにされている事など露知らず、ルシファーたちは竜の姿に戻ったイルククゥに乗って、ラ・ヴァリエールに向かっていた。

 屋敷で流されるままに乱交してしまい、結局、タバサの母親であるエルフィアを新魔国に引っ越させる時間がなくなってしまいまた後日に、ルイズたちの処分が決定してから行う事になったのだ。

 ルシファーたちがラ・ヴァリエールの城に着いたのは夕方で、すぐにルイズたちの処分を聞こうと思ったが、城の下僕たちから、ルイズたちは家族そろってアンリエッタと会談中で、ギーシュやモンモランシーたちと同じ別室で休んでいるように言われたのであった。

 それからルシファーたちは、ギーシュたちに道中何かあったかを尋ね、ルイズの母親の『烈風のカリン』がアンリエッタより先に罰を与えにきてボロボロになったと、震える三人から教えてもらっていた。

 アンリエッタとルイズたちとの会談が終わり、ラ・ヴァリエールの晩餐会室に呼ばれ、そこで、アニエスに連れられてやってきた囮役コルベールと再会も果たし、おまけにアンリエッタから今回の事は『烈風のカリン』が先に罰を与えたので、これ以上のお咎めはなしで、ルイズや才人の貴族の位も戻してくれると、いう事を聞いてギーシュたちトリステイン組みは顔を輝かせ、夕餉は大騒ぎを興じていた。

 だがルシファーは知らない。与えられた部屋で休んでいる間にアンリエッタとヴァリエールで話された会談を、友人で、『虚無』の担い手であるルイズにアンリエッタがお咎めどころか褒美という鎖、自分の傍から離れなれなくする地位を与えていた事を、ルイズがトリステイン王国の王位継承権第二位の位を得た事を知らなかった。そしてさらに、晩餐会が終わっても戻ってこない才人が『誰の娘に狼藉を働いたのか、きっちり身体に覚えてもらわねばならんからな』と、去年の従軍のことでエレオノールに実家に呼び出された際に、ルイズを押し倒していたところを見ていたラ・ヴァリエール公爵に稽古と言う名のお仕置きを受けていた事を誰も知らなかった。











 晩餐会が終わると、ルシファーたちは客間を与えられ、就寝する事になった。

 ルシファーとキュルケ、タバサの三人で一部屋を使う。そこで、キュルケとタバサが朝までの乱交と、ラ・ヴァリエールまでの移動などの疲れから、速攻で眠ることになり、まだ眠たくないルシファーは、キュルケとタバサに一言いってから、眠くなるまでワインを飲もうと、先ほどの晩餐会室に戻った。

 で、晩餐会室に戻ったルシファーだったが、先客が居た。

 先客はラ・ヴァリエールの長女エレオノールと同じ金髪で、メガネをかけていて、あごひげを生やしていた初老の男だった。

「ん? なんだお前は?」

 金髪の初老の男がワインを飲みながら尋ねてきた。

 ルシファーは面倒くさそうに応える。

「俺はルシファー。なんていうか、ルイズたちの仲間? いや、友達かな?」

「そうか、で、なにをしに来たんだ?」

「なにをって、まだ眠れないからワインでも飲もうかと思ってきたんだが、同伴してもいいか?」

 金髪の初老。ルイズの父親、ラ・ヴァリエール公爵は記憶を探った。目の前に立つ黒髪の男に見覚えがあったからだ。

「お前は……、確か……、フォン・ツェルプストーの娘の婚約者、だったか?」

「ああ、そうだ。確かに式はまだだし、婚約者かな?」

「そうか。まあ、宿敵の婚約者だが、いい。今夜はいろいろ合ったし一人で飲むより、同伴者が居たほうがいいだろう……」

 ヴァリエール公爵は疲れたようにため息を吐きながら呟く。

「まあ、なにがあったか、知らんがあまり思いつめない方がいいぞ?」

 ルシファーはヴァリエール公爵の隣に座ると、ワイン壜を空になった杯に注いでやる。

「……、ああ」

 ヴァリエール公爵は、フォン・ツェルプストーの娘と婚約したルシファーの事を思い起こした。

 確か、ツェルプストーの領地経営が円滑になった時期はルシファーとの婚約が噂され始めた頃だったな、と、次期当主ではないらしいが、ヴァリエール公爵は隣の領地の傘下に入るだろうルシファーを見極めようと、自分でルシファーの杯にワインを注いだ。

 本音は、子共だと思っていた末娘の成長を嬉しく思う以上に、娘に背負わされた『虚無』と王位継承権の事をあまり考えたくなかったからだと思う。

 だが、ラ・ヴァリエール公爵はルシファーの器を力を量ろうとする事自体が間違え立った事を思い知らされた。

 ヴァリエール公爵がワインを飲みながら領地経営や戦術や、ハルケギニアにおける軍事や情勢などの質問など、少し教養があるぐらいでは応える事のできない質問に対して、ルシファーが正確に、そして考える時間もおかずに、最善といえる答えをだすので、量ろうとしていたヴァリエール公爵と立場が逆転し、気づかぬうちにルシファーの大器に引き込まれてしまったのだ。

 そう、ヴァリエール公爵が思っていたルシファーがツェルプストーの『傘下』に入ると思っていた事は間違いだと教えられたのだ。

 ヴァリエール公爵はルシファーという人材をどうしても手に入れたくなった。ルシファーがこのままフォン・ツェルプストーに渡してしまうのはあまりに損害が大きい。実際に数字でみてもルシファーが婚約したという次期から、ほぼ均衡していた力が、ものすごい勢いで傾き始めたのだ。

 しかも、問い詰めてみたところ、『絶対に他人に話さない』という条件付に、うちのルイズと同じでツェルプストーの娘の使い魔をやっているそうで、しかも使い魔になる前は異界を統べた魔王だという事を話してくれた。

 始めは夢物語か、酒によってホラでも言っているのかと思ったが、懐から取り出した水晶玉に映ったモノが事実である事を教えてくれた。

 ハルケギニアのどの国でもない巨大な城の数々に、空を飛ぶ鉄で出来た巨大戦艦、街の大きさも考えられないぐらい大きく、さらに背の高い建物の数々、それに亜人やエルフ、人間が完全に共存し、希望溢れる大国、それがいくつもあり城の形や景色に変わりよう。巨城からルシファーが行う演説にわれんばかりの歓声をあげる国民たちに、世界を統べたという事を証明してくれた。

 しかも、それを一代、たった100年で築き上げたのだから驚きだ。

 たった100年ほどで世界を統一するほどの力を持ったルシファーが、ツェルプストーと深く結びついてしまうと、完全に覆せないまでの力をゲルマニアにしかも隣の領地に与えてしまう。そして情勢不安の世の中でトリステインとゲルマニアで戦争になれば、ルシファーがついたツェルプストーに簡単に自分の領地が滅ぼされてしまうだろう。

 ヴァリエール公爵は今度はルシファーの事で頭を抱えた。どうすればいいのだろうと考える。

 そこでヴァリエール公爵が婚約者の話題を持上げる。ツェルプストー家の娘とほんとに結婚するのかと。ルシファーは軽く酒に酔いながら肯定し、そこで嫁に自慢をしてしまう。

 ルシファーの妻が現在この世界に四人ほどいるという話を聞いたヴァリエール公爵は、そこでひとつの策をめぐらせる。

 酒に酔っていた事と、色んな心配事が一気に襲い掛かっての愚策であったが、それはヴァリエール家を救う二つとない良策だった。

 自分の娘とも婚約させる。

 ルシファーが一夫多妻なら自分の娘を割り込ませて、ヴァリエールにもルシファーに経営指南や軍事指南などを施してもらい、ツェルプストーと力の均衡を計る。ツェルプストーととの長年の因縁があったが、背に腹は変えられなし、ルシファーが見せた映像の中の妻達は全員が幸せそうな笑顔だった事から、娘が嫁に出ても幸せにしてくれるだろう。

 ヴァリエール公爵は次に誰と婚約させるかを考える。

 始めに思いついたのは長女で最近婚約を破棄されたエレオノール。

 自分と同じ金髪で、胸は絶壁だが見た目は美人だ。

 ……、無理だな。

 エレオノールはプライドが高くて、性格がかなりきつい。さらにルシファーは他に妻がいる状態の婚約は愛人になれといっているようなものだ。その申し出をエレオノールが受けるとは思わない。

 では、末娘のルイズ……。あれは使い魔に惚れていてエレオノールと同じでプライドも高いし、自分以外の女がいるのは赦せないたちなので無理だ。

 次女のカトレア……は、あえて出さなかった。

 カトレアは気性も穏やかで、カリーヌやエレオノール、ルイズとまったく違って胸も大きくてスタイルもいいが、生まれてからずっと体が弱く、高価な水の秘薬を一定の間隔で投与しなければ死んでしまうほど体が弱い。

 そのせいで器量はよく美人でも婚約してくれるものはおらずに、跡継ぎを設けさせることも適わない。

 自分の領地を形だけ与える状態で、いくいくは嫁に出すとしても政争や領地経営から退いた老人などが相手になるだろう……。それに、昨今の戦争で水の秘薬が手に入れにくくなっているために、カトレアの治療費がかなりの出費になる。

 ヴァリエール公爵はエレオノールかカトレアかを悩んだ末に、どちらをルシファーに近づけさせ婚約までを取り付けるか決断した。

「セバスチャン。カトレアを連れて来てくれないか? この男のホストをやってもらうのでな……」

 ルシファーに聞こえないように晩餐会室に控えていた執事にカトレアを連れて来るように頼んだ。

「畏まりました旦那さま」

 セバスチャンが一礼して晩餐会室から出てゆく。

 エレオノールよりはカトレアの方が可能性はあるだろう……。

 ヴァリエール公爵は杯のワインを飲み干した。











 晩餐会が終わる頃にラ・ヴァリエール公爵の稽古という憂さ晴らしから解放された才人を、両親に痛めつけられた事を知ったカトレアに傷の治療をしてもらった後。温かい雰囲気のカトレアにふと自分の両親の事を思い出し、孤独感などから涙を流し、カトレアから慰めてもらっていると、別室で学院の舞踏会でアンリエッタが才人にキスしてしまった事をルイズに謝罪し、『才人はあなたの騎士』と言って仲直りし、その後の昔話で盛り上がったルイズとアンリエッタが、ルイズの恋を年長者に相談しようと言うアンリエッタの提案で、カトレアの部屋のテラスにアンリエッタの『フライ』で降り立ち、才人がカトレアに慰められているところをルイズが姉に手を出しているんだと勘違い。ルイズは才人をとび蹴りで沈めた。

 気絶した才人を、ルイズは鬼の形相で見下ろす。

「寝ている場合じゃないわよ!」

「ルイズ、ルイズ! 殿方を蹴っ飛ばすなんて、レディのすることではないわ!」

 さらに才人を蹴っ飛ばそうとしたので、さすがにアンリエッタがとめに入る。

 カトレアが、コロコロと笑い転げた。

「いやだわルイズ。わたしがあなたの恋人にちょっかい出すわけないじゃない」

「恋人じゃないもん! 違うもん!」

 ルイズは顔を真っ赤にしてぶんぶん振り回した。

「…………その、ちいねえさまに危険が及んだら、大変だなーって、そう思っただけで、その」

「怪我を治していただけよ。ほんとよ」

「……というかさっきの顔、わたし見逃さなかったわ。こいつ、ちいねえさまの胸に顔をうずめて、うっとりしていたわ。ち、ちいねえさまの胸に、か、かか、顔うずめてうっとりだわよ。よ、よくも、ちいねえさまの胸に。ちちちち、ちい胸に」

 自分の言葉で、ルイズは頭に血がのぼったらしい。足を大きく振り上げたので、再びアンリエッタが止めに入る。

「ルイズ、あのね? しかたないじゃない!」

「なにがしかたないのですか」

 アンリエッタは、この場を取り繕うかのように、思いっきり作り笑いを浮かべながら、自説を疲労し始める。

「ええとね? その、カトレア殿はルイズにそっくりじゃない。ほら、髪の色とか。だからサイト殿はきっと、成長したルイズのことを考えて、うっとりとされていたに違いないわ」

「え?」

 単純なルイズはアンリエッタの言葉に、なるほど、と思ってしまった。

「信じられないわ! そんなの!」

 そうは言ったものの、ルイズの心の中には歓喜の輪が広がっていく。

「ルイズは本当に幸せ者ね。こんな素直な殿方に想いを寄せていただけるなんて」

 カトレアも微笑を浮かべる。

「い、いい迷惑ですわ」

 ルイズは口をもごもごさせて、恥ずかしそうに呟いた。

 その夜……、気絶した才人をソファに横たえると、高貴な三人の娘たちは久しぶりにベッドに並んで寝転がった。カトレアを真ん中にして、左にルイズ。右にアンリエッタ。

「こうやって三人で寝るの、久しぶりですわね」

 うきうきした声で、アンリエッタが言った。

「陛下は夏になると、我が家によくいらしてくださいましたね」

「はい。あの頃は、ほんとうに楽しかった。毎日、何も悩む事などなくって……」

 遠い目で、アンリエッタが言った。

「ケンカもたくさんいたしました」

「そうねルイズ。そのたびにわたくしたち、どっちが正しいのかカトレア殿に尋ねてきたわ」

 少女の頃に戻り、三人は楽しく笑い転げた。

 そのうちに、会話はルイズと才人の事に移る。

「ねえルイズ、あなた、サイト殿にいっつもあんなに乱暴しているの?」

「い、いつもじゃないわ!」

 カトレアに尋ねられ、ルイズは顔を真っ赤にして否定した。

「いつもじゃないわ」

 アンリエッタに言われ、ルイズは慌てた。

「た、たまたま姫様が目撃なさっているだけですわ!」

 ため息混じりにアンリエッタが言った。

「はぁ、そんなことじゃあなた、嫌われてしまうんじゃないかしら。でも、サイト殿はルイズにくびったけみたいだから、大丈夫なのかしら」

「姉さんは、いけないと思うわ。そんな風にいつも意地悪したら、逃げられてしまうわよ。引き合いに出すのはあれだけど、エレオノール姉さまをごらんなさい?」

 ルイズの脳裏に、婚約を破棄されてしまった長姉の姿が浮かぶ。

「たまには殿方のわがままを許してあげることも大事よ。他の女の子と話しただけで怒ったりしたら、そのうちに愛想をつかされちゃうわよ。わたしはイヤよ。姉さまだけじゃなく、ルイズが失恋するところなんて見たくないわ」

「そ、そんなことないもん! あいつわたしにメロメロだもん!」

 子共のようにそう叫んだら、カトレアは首を振った。

「変わらない人の心なんてないわ。余裕な態度で、たまには泳がせてあげなさいな。そうやっていれば、結局一番好きな人のところに戻ってくるわ」

 ルイズは黙ってしまった。

 ちいねえさま言う事は、いつも正しい。

 以前キュルケに指摘されたように、確かに自分には余裕とか、そういうの足りないわ。

 アンリエッタとカトレアは、次々にルイズにアドバイスを施していく。

 コンコンっ、アドバイスをしていると部屋のドアがノックされた。

「こんな時間になにかしら?」

 夜も更けた頃の突然の来訪にカトレアは首を傾げた。

 ガウンを羽織ってドアを開ける。

 ドアの傍には執事のセバスチャンが立っていた。

「カトレアさま、旦那さまがお呼びです」

「お父さまが?」

「なにかしら?」

 ベッドに盗み聞きしていたルイズとアンリエッタが呟く。

 カトレアは執事に言われた通りに着替えてから、執事に案内されるままに晩餐会室へとやって来た。











 晩餐会室でラ・ヴァリエール公爵とルシファーが酒を飲んでいると、入り口の扉がノックされ、執事のセバスチャンがカトレアを連れてきた。

「おお、来たかカトレア。すまないなこんな夜更けに」

 ラ・ヴァリエール公爵がカトレアを近くに呼ぶ。

「どうされたんですかお父さま?」

 カトレアが尋ねると、ラ・ヴァリエール公爵はカトレアに小声で呟く。

「すまないが、ホストを頼めないか?」

 カトレアは父親がいきなりどうしたのだろうと思ったが、ルシファーを見て察した。

 カトレアは夕餉の際にルシファーたちのホスト役を長姉としていた時も思ったが、この黒髪の青年はすごい力を持っていて、何よりも深いと感じたからだった。

 父親よりも雄大で威厳があり、眼光からも体つきからも只者ではないと思わせた。

 カトレアはあまり内面が読みにくいルシファーを知りたいと思い、父親の頼みに笑顔で頷き、ルシファーにワインを注いだ。

「すまないな。もう寝るところだったろう」

 ルシファーはカトレアの注いだワインを傾けながら呟いた。

「いえ、眠れなかったので丁度いいですよ」

 カトレアは笑顔で返す。

 それから、ルシファーはワインを飲みながらカトレアと話し始める。

 カトレアはルシファーを知りたいと積極的に話しかけ、始めはたわいもない会話で、好きな食べ物だとか、好きな場所やなにをしている人なのかなど他愛もないものだった。

「そうか、カトレア嬢は不治の病が……」

 カトレアと話しているとラ・ヴァリエール公爵が、カトレアの病の事を相談してきた。

「ああ、『水の秘薬』でも治らない病で、一度治っても、またしばらくすると別の箇所が悪くなるんだ……。ルシファー殿、あなたは……、東方の王と申しましたな。あなたのお力でどうにかなにませんか?」

 異界の王だといっても信じないだろうと、東方の王ということにした。

「まあ……、偉い人だとは思っていましたが、王様だったんですか?」

 カトレアは口に手をあてて驚いた。

「ああ、元がつくが、俺は|王様(・・)だな。今はキュルケの使い魔で婚約者だ」

「サイトさんと同じ使い魔なんですか、それと、あの赤い髪の方が婚約者なんですね」

 カトレアの胸に少しだけ痛んだ。そして、婚約者が居ることに悲しいと思った自分に驚いた。

 カトレアは、小さい頃から病弱で、あまり外に出れずに出会いもなく、恋をしたこともない。

 二十五才を過ぎ、結婚して子共がいてもおかしくない年齢なのに病弱ゆえに結婚相手もおらず、さらに病気を治そうとする両親が名医と呼ばれる医者に診せたり、高価な『水の秘薬』を使っていることなどを心苦しく思っていた。

 エレオノール姉さまは性格さえ直せばいくらでも婚約者が出来るし、ルイズはもうすでにサイトという騎士がいた。

 自分は結婚できるのだろうか……。

 カトレアの気持ちがどんどん沈んでいく。

「カトレア嬢?」

 カトレアが落ち込んでいるとルシファーが顔を近づけ、顔を覗き込んできていた。

「えっ、は、はい!」

 慌てて顔を上げて返事をする。

「俺に診せてみないか? 大概の病気なら治せるぞ」

「えっ!?」

 カトレアは声をあげた。病気を治せる。カトレアの胸に幾度となく生まれた小さな希望。名医と呼ばれる医者も何度となく『治す』言った言葉だったが、目の前に居る男、ルシファーならともしかしてと思ってしまう。

 カトレアを立ち上がらせるルシファー。

「少し触れるぞ」

「はい……」

 了承してもらい。ルシファーはカトレアの胸の中心に手を置いた。

「なっ!?」

 突然、娘の胸に触れたことにラ・ヴァリエール公爵は大声をあげそうになるが、直前でおし留めた。

 ルシファーはハルケギニアとは違う魔法で『解析』魔法をカトレアにかけた。

 ルシファーの脳にカトレアの身体情報が入ってくる。

 肺……、いや、心臓辺りに健康体のマギ族と違う流れがある。おそらく治しても違う箇所がと言うのは心臓から送り出される血液が悪いからで、水の魔法で治療が不可能な理由は、カトレアの体にとって病弱が通常の状態であることが理由だろう。体を通常の状態に戻す水魔法が効果ないわけだ。

 他にも、体内に水の精霊の気配あり、『水の秘薬』は精霊の体の一部だから、それを使用して体を治され続けたことで水精霊の力が溜まってしまったんだろう。これも危険物質。病弱の体で精霊の力を人間の体内に留めるのは危険だし、治療を迅速にしなとカトレアの体は治療自体に耐えられないだろう。

 ……本来ならあと数年ほどで死んでしまっただろうな。

 カトレアの胸から手を離す。

「で、ルシファー殿! カトレアの体は治せるのか!?」

 ラ・ヴァリエール公爵が大声を出す。

 ルシファーは懐を漁るようなフリをしながら【王の財宝】から以前サイトに使った水の秘薬を結晶化させた宝玉を取り出した。サイトに使用した分、宝玉は随分と小さくなっていた。

「そ、それは! 水石!? ……いや、水の秘薬か!?」

 宝玉を見たラ・ヴァリエール公爵は驚いた。

 こんなに大きく、結晶になった水の秘薬は見た事がなかったからだ。

「カトレア嬢、今からあなたの体を治して差し上げましょう」

 ルシファーは芝居かかった口調でそう言うと、カトレアの腰に手をまわして引き寄せた。

「…………はい、お願いします……」

 カトレアはルシファーの瞳に吸い寄せられた。腰回された手がルシファーの雄大で力強い存在を伝えてくる。

 ルシファーは宝玉をカトレアの胸に押し当てる。

 カトレアの体内から少しずつ、慎重に水精霊の力を集め、宝玉へと流す。

 水精霊の力を抜き終わると、素早く今度は心臓の治療に取り掛かる。

 心臓の治療というより、心臓を新しいものに変えるといった方が早いだろう。ルシファーはカトレアの時間を結界で止め、心臓を分解、健康なマギ族のモノへと組みなおし、体にこれが『通常』だという事を認識させた。これで、怪我をしたとしても水魔法で治しても以前の病弱な体には戻らないだろう。

 カトレアの治療が完全に終わり、ルシファーはカトレアの胸から宝玉を離した。

「……これで、治療完了だ」

 ルシファーは額から汗を流しながら呟いた。

 ラ・ヴァリエール公爵やカトレアには、治療は数分で終わったように見えたが、ルシファーはその数分で、カトレアの体中に散らばっていた水精霊の力を宝玉に移し、カトレアの体に結界を張りながら、心臓の分解と再構築、さらに体に『通常』だと教えたりと、コントロールのミスが絶対に許されない、神経をすり減らすような治療を行ったのだ。

 ルシファーは膝をついてしまいそうになりながらも、なんとか堪えた。

「治療は成功したよ。お姫様」

「え……、あ、ほ、ほんとに……?」

 カトレアは信じられないとルシファーの顔を見上げた。

 ルシファーは力強く頷いた。

「ああ。もう大丈夫だ」

「あ、あり、ありがとう……、ございます……」

 カトレアが口を開きお礼の言葉を述べようとして、瞳から涙がこぼれたの事に気づき、指で涙を拭うが、涙はどんどん溢れていった。

 病気が治った。

 あれほど苦しい思いをさせられた病気が治った。

 今までの辛かった記憶が巡り、感情が爆発してしまったのだ。

 涙が止まらない……。

 拭っても拭っても次から次へと溢れ出る。

 滅多に泣いた事のなかったカトレアは戸惑った。

 ルシファーは子共のように泣くカトレアを黙って胸に抱いた。

 ラ・ヴァリエール公爵も、カトレアの体が治った事と、久々に聞くカトレアの泣き声にもらい泣きをして、厳格な顔からは想像もつかないような叫び声をあげながら号泣していた。

 ルシファーは、カトレアを胸に抱きながらも精神疲労による目眩と戦っていた。

 ここで倒れてなるものか!

 格好つけるところは格好つける!

 格好つけなきゃならんところで、情けない姿は意地でも見せない!!

 ルシファーの戦いは続く……。











 ルシファーの胸で泣き続けていたカトレアだったが、数時間もしたら涙は枯れた。

「みっともないところを見せてしまいましたね……」

 カトレアは頬を染めながら呟いた。

 ルシファーはカトレアの頭を撫でながら言った。

「みっともなくはなかったさ」

「ほ、ほんとですか?」

「ああ」

 泣きはらした目元で恥らう姿も可愛かった。

 ルシファーはふとここで、朝日が昇り始めた事に気づき、カトレアが領地の中から出た事がなく、語り合った時に広い世界を見てみたいと話していた事を思い出した。

 まあ、湿っぽい雰囲気も嫌だし、久々にやってみるか……、疲れてるけど……。

「カトレア嬢、少しよろしいですか?」

「は、はい……」

 カトレアの膝と背中に手を差し込んで、横抱きにした。

「きゃっ!?」

 短い悲鳴をあげるカトレア。未だに号泣していたラ・ヴァリエール公爵も泣くのをやめて驚いた。

「なっ! ルシファー殿!?」

 ルシファーは晩餐会室のテラスから外に出る。ラ・ヴァリエール公爵も慌てて後に続いた。

「最高の景色を見せましょう。だから今は目を閉じて体をわたしめにお預けください」

 ルシファーはマギ族の『フライ』はではない魔界の飛行魔法で宙に浮く。

「まあ!」

 カトレアは杖を持っていないのに魔法を使用したルシファーに驚いた。

「ほら、しっかり捕まるんだ」

「は、はい……」

 ルシファーの首に手を回すカトレア。

「お! おい!?」

 ラ・ヴァリエール公爵も置いていったらうるさそうなので浮かせて、空へ連れて行く。

 高度はどんどん上がり、城がおもちゃのように小さくなる。

「うおっ! なっ! ななななっ! どっ! どこまで行くんだ! うおぉぉおおおおお!!」

 ラ・ヴァリエール公爵が喚く。風のスクェアクラスのフライ』でも到底到達しないであろう高度に失神寸前だった。

 ルシファーはここら辺でいいかと上昇を止める。

「さあ、カトレア嬢、ゆっくりと目を開けてみてください」

「は、はい、分かりました……」

 カトレアは恐る恐る瞳を開けた。

 ……言葉が出なかった……。

 朝日に照らされていく大地や、光り輝く湖、手のひらサイズになったお屋敷や遠くに見えるトリスタニアの王宮、さらに遠くに青い海が広がり、今まで自分が住んでいた領地の他にも世界が広がっているんだと感じさせられた。

「……すっ、すごい……! すごいです!!」

 カトレアは子共のようにはしゃいだ。

「わたしの住んでいたお屋敷があんなに小さく……、ふふふっ! わたしって本当に世界を知らなかったのね! こんなに世界が広がってるとは思わなかったわ!」

 ルシファーは疲労を隠して思う存分、カトレアに景色を楽しませてやった。

「あ、ああ……、わ、わたしは……」

 ラ・ヴァリエール公爵はというと呆然と下を見下ろしながらブツブツと呟いていた。











 ルシファーたち三人は景色を楽しんだ後、ゆっくりと屋敷に戻って下降した。

「楽しめたか?」

「はい! すごく楽しかったです!」

 ルシファーの問いに笑顔で答えるカトレア。いつもの雰囲気ではなく、まるで少女のような笑顔で笑った。

「…………」

 ラ・ヴァリエール公爵はというと口を開かず、完全に沈黙していた。

 屋敷のテラスへとゆっくり足を着地する。

 ラ・ヴァリエール公爵は久々の地面に倒れ込みそうになるが、ルシファーの魔法による補助でなんとか倒れずに済んだ。

 ルシファーはカトレアをゆっくりと地面に降ろす。倒れないように慎重に手をとって。

「すごく楽しい時間でした! ルシファーさま!」

「ふふふっ、それはよかった」

 ルシファーが笑いかけると、カトレアは頬を真っ赤に染めた。

 空からの景色を見せてもらった時や、さっきの自分らしくないまるで少女のようなはしゃぎように淑女として恥じらいを感じたのだ。

「これからは自分の足で世界を見れるし、体力を増やせば、走れるようになるよ」

「はい……、ありがとうございます!」











 空の旅? から戻ったラ・ヴァリエール公爵は、ふらつく足で妻のカリーヌの元へと走っていき、カリーヌにカトレアの病が治った事を知らせた。

 早朝になにを言っているんだとカリーヌは思ったが、夫の様子にただ事ではない事を察して、カトレアがいるという晩餐会室へと急いだ。

 カリーヌが晩餐会室に着くと扉を少しだけ開き、晩餐会室を覗いた。奥のテラスで微笑んでいるカトレアとその隣に、漆黒の黒い髪の男が立っていた。ルイズの友人の一人に居た不思議な雰囲気の男だった。

 テラスに立った二人は恋人同士のような雰囲気をかもしだし、さらにカリーヌは自分の娘であるカトレアが少女のような微笑を浮かべている事に驚いた。

「カリーヌ。これから話すことは全て事実だ……、落ち着いて聞いてくれ」

「え、ええ……」

 いつになく真剣な表情の夫にカリーヌはゆっくりと頷いた。

 それから、ラ・ヴェリエール公爵はカリーヌに、カトレアの隣に立っている男がゲルマニアのフォン・ツェルプストーの娘に使い魔と召喚され、現在は召喚者の婚約者で、以前は異世界を一代で統一した魔王だったことを説明した。

 最初はカリーヌも信じられないと夫の話を聞いていたが、あの男……、ルシファーが見せたという映像の中での出来事や、カトレアの病を簡単に治療したり、水の秘薬を結晶化した大きな宝玉を持っていたり、さらに夫を含めた三人でスクェアクラスにも到達する事の出来ない高く飛翔したという話に信じるしかないと思った。

「あなた……、そ、そんな力を持った者がフォン・ツェルプストーについてしまうと……」

 カリーヌはそんなとんでもない力を隣の領地が獲得してしまった事に恐れを抱いた。すべて本当の話だとしたら、うちの領地の存亡に関わるからだ。

「ああ、ルシファー殿が婚約者になった時期以降、フォン・ツェルプストーの力が急激に増大しているし、その力は止まることなくどんどん増している……。さらに、円滑な領地経営を当主に指南していたり、革新的な飛行船技術を得たきっかけもルシファー殿にあるようだ」

 ラ・ヴァリエール公爵はカリーヌの目を見て真剣に呟いた。

「このまま、ゲルマニアと戦争になれば一番に滅ぼされるのはわたしたちの領地だろう……。彼は軍事にも飛びぬけていて我等では想像もつかないほどの技術を有しているし、治療や信じられない高さに飛行しても疲れをまったく見せないし、彼の体つきは服の上からでも尋常ではないことが分かるだろう」

「ええ……、昨夜の夕餉での立ち振る舞いといい只者ではないとは思ってはいました……」

「カリーヌ……」

 ラ・ヴァリエール公爵は扉をゆっくりと閉めると隣の部屋にカリーヌを連れて行く。

 部屋についたラ・ヴァリエール公爵はカリーヌの両肩を掴んできり出した。

「彼がこのままフォン・ツェルプストーと深く結びつかせるわけにはいかない事がよく分かっただろう」

「え、ええ……」

 夫の真剣な訴えにたぢろくカリーヌ。

「わたしは、考えた……。長い時間、真剣に、何が最善かを考え、そして答えを見つけた」

「答え……ですか?」

「ああ……」

 ラ・ヴァリエール公爵は自分の考えた案をカリーヌに話し始める。

 それは、ルシファーが王で一夫多妻であるのなら、自分たちの娘の一人をルシファーの妻にして、自分の領地にもルシファーの力を提供してもらい、隣の領地との均衡を計りながら、ラ・ヴァリエールを発展させるという案だった。

「それは……、娘を愛人にすると言うことですか?」

 カリーヌは自分の娘を愛人に出すという夫の案に殺気を放った。

「お、おお、落ち着いてくれカリーヌ……!」

 妻から放たれる殺気に全身から汗を流して怯えた。

「ルシファー殿は、以前の世界でも大勢の妻が居たようだが全員幸せそうだった……!」

「映像で見ただけでしょう! 大勢の女を妻にとって、幸せにするなど信じられませんわ!」

 カリーヌは激怒して夫の首に杖を向けた。

「ひぃっ! カ、カリーヌ……!?」

 ラ・ヴァリエール公爵は悲鳴を上げ、怯えながらも、ルシファーに娘を娶らせる策を使おうとカリーヌに必死に訴えかけた。

 その訴えがなんとか届き、策は一時保留という事になった。

 これからカトレアの元へと行き、本当に体が治ったのかを調べる。そして、治っていたら、婚約希望者を出させるわけにはいかないので王宮には報告せずに家族内のみに知らせ、その後、カトレアを交えた三人で結婚について話し合うという結論で一応の決着がついた。












 ルシファーが公爵家夫妻がそんな相談をしている事などは露知らず、カトレアとの会話を楽しんでいると、相談を終えた公爵家夫妻が晩餐会室へと戻ってきた。

 晩餐会室に入ったカリーヌがカトレアに杖を向けて体から病気が消えたかを調べる。

 以前見たときの淀みなどのカケラもなく、完全に健康体になっていた。

「こ、これは……、本当に病が治ったのですね……」

「はい、お母さま……」

 カリーヌは杖を仕舞うと涙を流しながらカトレアを胸に抱いた。

「ルシファー殿……、ありがとうございます、ありがとうございます」

 不治の病だった娘の病を治してくれたルシファーにカリーヌは涙を流して感謝の言葉を述べた。

 それから、ラ・ヴァリエール公爵にもお礼の言葉を貰ったルシファーは、家族の邪魔にならないようにと晩餐会室を後にした。

 ルシファーが消えた後、公爵家夫妻はカトレアに病が本当に完治したのか様子を見るといいエレオノールやルイズ、王宮にはまだ報告しない事にすると言った。

 一方、キュルケとタバサが寝ている部屋に戻ったルシファーは、精神的な疲れがいっきに襲い掛かったために深い眠りへと堕ちた。














【後書き】


 カトレアフラグは立てた!


 次回予告! ガリア偏!! 原作と変わらないところはダイジェクトにしているが、予想以上に多くなりそうです!

 原作にも出ていたヤンデレな新キャラ登場!

 エッチシーンまで含めて、なんとか1話で収めたいので奮闘中!!

 カトレアはもう少し後です!

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ゼロの使い魔 三美姫の輪舞 ルイズ ゴスパンクVer.
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