小説『ヤクザの娘』
作者:ドリーム(ドリーム王国)

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 坂崎彩夏は小学生になってから、普通の家庭と違う事に気がついた。
 彩夏の家は極道一家、いわばヤクザの家である。屋敷と云う名に恥じない豪華絢爛な
贅を尽くした造りの家であるが、家だけで判断すればセルブ系のお嬢様の彩夏であった。
 父の源三郎は坂崎一家五代目組長であり、今では珍しい仁義を重んじる古典的な極道で
ある。戦後のドサクサで伸し上った極道の組織で、源三郎は先代の父の後を継いで五年前
から五代目を襲名していた。

 彩夏は源三郎にとってたった一人の子供である。おそらく彩夏が男だったら六代目に
させようと思ったのだろう。「こいつが男だったら……」が源三郎の口癖だった。
 彩夏は幼稚園の入園式、小学校の入学式といつも母ばかりが出席していた。
 だが彩夏が小学5年生の時に母が病気で他界してしまった。
 それから父が父兄として学校に来る事になった。学校でもそれまで彩夏の家がヤクザとは
誰も知らなかったが、父の職業は自営として学校の保護者欄に登録されていたからだ。

 極道でも自営なのか定かではないが、6年生になり進学相談で父が初めて学校に来た。
 私は極道で御座いますと言わんばかりの、風体に怖そうな顔は誤魔化すようがなかった。
 担任の先生は一瞬、凍り付いてしまった。源三郎がどんな笑顔を作ろうが無駄であった。
 無理して笑う顔は余計に凄みを増して見えるのだ。それからだ先生の態度や、同級生の
態度が変わったのは。友達もいつの間に居なくなった。

 彩夏は父を詰った。
 「お父さん、もうヤクザなんか止めて! 友達が怖がって寄り付かないわ」
 「馬鹿なことを言うじゃない彩夏、五代も続いた極道の血筋なんだよ」
 「じゃあ私はどうなるの、もう嫌だ」
 「そう言うな、お前に六代目を継げとは言わない。普通に幸せになって欲しい」
 「とうして普通になれるのよ。家には沢山の怖い人たちが出入りし、みんな私に、お嬢さん
と頭を下げるの? 小学生がそんなに偉いの?」

 それが、彩夏が父へたいして最初の反抗だった。
 無駄な抵抗だと分かっていたが、言わずにいられなかった。
 そんな日から10年の月日が流れ、彩夏は23歳となり今は大手の企業へ勤めている。
 会社にも馴れて社会生活にも余裕が出来た頃、同僚の先輩と恋に陥ってしまった。
 しかし心配事がある、やはりヤクザの娘と知ったら、彼はどう思うだろうか。
 そんな心配が的中してしまった。彩夏には常に組の見張りがついていたのだ。
 もちろん源三郎が手下に命令したものだ。だが彩夏はそんな事は知らない。

職業柄、何かと狙われやすいヤクザの娘の宿命だろうか、それ以上にたった一人の家族で
あり溺愛する我が娘は、源三郎の最大の弱点である。
 そんな娘に男が居るという情報が父の源三郎の耳に入ったのだ。するとその日の内に彩夏
の彼は(彩夏に近づくな)と脅かされていた。
 翌日から彩夏を遠ざけるようになった彼を問い詰めたら白状した。彩夏は父を激しく罵った。
 「お父さん! 私のプライベートまで監視しないでよ。私は人形じゃない!!」
 源三郎はその時は分かったと彩夏をなだめたのだが、次に出来た彼は袋叩きにされた。

 そんな事があって一年後、ついに彩夏は家出をして三人目の彼と、父に見せ付けるように
彼のマンションで同居を始めた。
 源三郎は逆上してしまった。たった一人の可愛い娘を傷ものにされたと怒りまくる。
 子分の手前もあり娘の醜態はみせたくない。一人で彩夏の居るマンションに乗り込んだ。
 時刻は土曜日の夜9時頃、彩夏の彼は風呂から上がり、ビールを飲んで居た時だ。
 インタホーンが鳴った。その彼は彩夏がコンビニから帰って来たと思い確かめずにドアを
開けた。すると見た事がない中年の男が、いきなり入って来た。

 「なっ! なんですか貴方は?」
 「何ですかじゃないだろう! 彩夏は何処にいる?」
 「貴方は彩夏のなんなんですか?」
 「うるさい!! てめかぁ娘を傷ものにしやがったのは!?」
 「じゃあ貴方は彩夏のお父さん?」
 「じゃかあしい! この野郎が!」
 源三郎がいきなり彩夏の彼を張り飛ばした。そこへコンビニから帰って来た彩夏が驚く。

 「お父さん! 何をするのよ。帰って! いま私の一番大事な人は、この孝則さんなの帰って」
 「なんだと! 久し振りに会った父にいう言葉かあ」
 「もういや!! 貴方なんか父じゃないわ。もう私の人生を奪わないで」
 娘にそこまで言われては流石に冷静でいられなくなったのか、生まれて初めて娘を殴って
しまった。その勢いで彩夏の彼にまで手が伸びる。

 堪りかねた彩夏は、キッチンから取り出した包丁で源三郎を刺してしまった。源三郎は腹に
手を当てると、真っ赤な血が滴り落ちた。我に返った彩夏はハッとして包丁を手放した。
 「彩夏!! なんて事を……自分のお父さんだろう」
 孝則はそう言って受話器を取って救急車を呼ぼうとした。すると源三郎が叫んだ。
 「駄目だ! 呼ぶな、救急車を呼んだら警察も来る。彩夏が犯罪者になる絶対に呼ぶな」

 そう言って腹を押さえながら携帯電話を取り出し何処かに電話した。
 彩夏は泣き出し、源三郎に何度も詫びていた。それから15分した頃、数人の若い者と医者
らしき者が来て応急手当をして車で源三郎を連れて行った。ヤクザ専門のもぐりの医者だ。
 勿論、警察には電話はしない、もぐりと言っても難しい手術も出来る外科医と設備は整って
いて看板を掲げない医院がある。ヤクザ社会にはなくてはならない医者がいるのだ。

 それから数日後、彩夏と一緒に見舞いに来て居た孝則に源三郎が言った。
 「すまなかったなぁ、俺はご覧の通りヤクザだ。だが娘の幸せが一番大事な事に気がついた。
俺はこれを機に足を洗う、それと言っちゃなんだが娘を幸せにしてくれんか」
 幸い源三郎は一命を取り止めた。約束通りに源三郎は先代から受け継いだ五代目を若頭
に譲りヤクザ社会から身を引いた。
 
 孝則は、最初は驚いたが父を刺してまで自分を守ろうとした彩夏を愛おしく思った。
 例え父がヤクザだろうが、彩夏の愛に報えたい。何よりも娘の為にヤクザを捨てる覚悟の
親心に胸を打たれた。彩夏は泣いた、みんなヤクザと聞き怖がって去っていたのにと。
 源三郎は彩夏の手を取り、そして孝則を呼び寄せ二人の手を硬く握った。
 極道社会ではあるが一時代を築いた豪華絢爛な坂崎ファミリーは、こうして幕を閉じたのだ。

 了

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