小説『エルゥと天使と銀の龍』
作者:間野茶路()

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四 選ばれた子どもたち 2

 瞳を開けたイファは驚いた。
 自分はどこか薄暗い洞窟の、檻の中に入れられているようである。
 檻の中には自分と同じぐらいの歳の子どもや、自分よりも小さな子どもが数えて五人。
 洞窟の壁には明かりが一つ灯るだけで全体はよく解からないが、左の方が明るいので、そこが出入り口に間違いない。
 (やっぱり人攫いか。しまったな…)
 イファは後悔したが、遅かった。
 店を出てすぐ、さっさと上着を着たイファは、手際が悪くて少々もたもたしているエルゥとガライを横目に、ぼんやり街を眺めていた。その時、一人の子どもが自分の隣を通り過ぎて店の横の細い路地に入って行ったのを、イファは何となく眼で追った。すると、向こうで交差している道の脇から一人の男が出てきて、あっと思う間にその子どもに袋を被せて担ぎ上げたのである。
 一瞬イファは、何がどうなったのか理解出来なかったが、二三歩、路地に足を踏み入れたところで、はっと我に返った。
 ここで勝手にみんなの傍を離れてはいけないだろう。
 そう思って、引き返そうと振り返った時である。
 そこには一人の大男が立ちはだかっていた。
 恐らくさっきの子どもを逃がさないため、こちらの道で待ち構える役目をしているのだろう。
 (しまった!)
 イファがそう思ったと同時に、その男はイファの口を布で塞いで抱きかかえ、先に向こうに行く男の後を追った。
 ここで連れて行かれてはたまるかと思ったイファは必死でもがいた。だが逃れる事はできず、先ほどの子どもの様に袋に入れられ、乱暴に荷車か何かに載せられてしまったのだ。
 しばらくはその中で、激しく揺れる道の振動に耐えていたのだが、大きく揺れた瞬間に頭をぶつけ、途中で意識を無くしてしまった。
 そして気が着けば、ここに入れられていたのである。
 「君たちは、いつからここにいるの?」
 イファは座り込んで泣いている子どもたちに、そう話し掛けてみた。だが子どもたちは、ただただ泣きじゃくるだけで、イファの声など聞こえていない様子である。
 だが抱えた膝に顔を埋めていたその中の一人が、イファを少し眩しそうな瞳で見上げた。
 彼は他の子どもたちとは違って、泣いていないようである。
 「誰だよ?おまえ。村のモンじゃねーな」
 イファよりも少し年下のようだが、彼は乱暴な口調でそう言った。
 「僕はイファ。旅をしてる。君は?」
 「俺はユール。ロベリー村のモンだ」
 「いつからここにいるの?君たちも攫われたんだよね」
 「俺たちは選ばれたんだ」
 「…え?どういうこと…?」
 「選ばれたら、幸せになれる。母さんからそう聞いた」
 「え…?」
 イファには、さっぱり訳が解からなかった。
 あの路地での光景は、どう見ても人攫い以外の何ものでもない。だが、選ばれて幸せになれるとは、どういうことなのだろう。
 「…戻ってきた。嫌われないように大人しくしてたほうが良いぞ」
 ユールはそう言うと、先ほどまでそうしていたように、再び抱えた膝に顔を埋めた。
 イファは、出入り口と思われる方向に注目した。
 「ええ。予定通り五人集めたんですが…」
 遠くでそんな声がした。
 「何だ。何か問題でもあるのか?」
 「いえ、問題と言う程でもないのですが」
 三人の人間の声が近づいてくる。
 恐らくそのうちの二人は、路地の男たちなのだろう。
 薄暗い洞窟の中に、ランプの明かりが広がってきた。
 「実は一人余分に捕まえたんです」
 「どう言うことだ?」
 「現場に居合わせて、つい勢いで攫っちまったんです」
 「目撃されて仕方なかったんです」
 「街の子どもなら大問題だぞ」
 「いえ。それは大丈夫です。恐らく旅の子どもです。まあ見て下さい」
 三人の男が現れた。
 やはり二人は見覚えがある。
 後一人は、二人よりも偉そうな雰囲気なので、多分この人攫いたちのリーダーなのではないかとイファは冷静にそう考えた。
 「なるほど。こいつか。賢そうなガキだな」
 その男はランプを翳してイファを見下ろし、他の子どもと違って、泣いたり怖れたりせずにまっすぐ自分を見上げているイファの態度に、感心したようにそう言った。
 「頭、これはなかなか上物ですので、高く売れますよ」
 「そうだな。他の五人をまとめるよりも高値がつきそうだ。これは拾い物だな。何と言う名だ?小僧。どこから来た?」
 「イファ。ビオラ島だ」
 「ふむ。そんな島は聞いたことがないな。しかし小僧、俺たちが怖くは無いのか?」
 「うん。僕を売るつもりなら、それほど乱暴な事はしないでしょ?」
 「どうかな。言うことをきかないヤツは、痛い目にあわせるぞ」
 「解かった。大人しくしてる。だから教えてよ」
 「何だ。言ってみろ」
 「どうして村の子どもだけを攫っているの?街の子どもはどうして攫わないの?」
 頭は、目を丸くしてイファを見下ろした。
 「ほほう。どうしてそんな事を訊く?」
 「さっき街の子どもなら大問題だって言ってたのが聞こえたんだ。人攫いだったら、子どもなら誰でも良いはずじゃないの?」
 「ふうむ…」
 頭は感心した。
 (こいつは普通の子どもじゃないな。この状況だというのに、この落ち着きは大したもんだし、好奇心も見上げたもんだ。これで見かけ通り知恵があれば、とんでもない拾いモンだが…、一つ試してみるか)
 イファはさらに訊いた。
 「村の子どもなら、攫っても問題は無いってことだよね?どうして?」
 「では訊くが、なぜ村の子どもが街中にたった一人で居たのか解かるか?しかも俺たちは、キッチリ予定通り五人の子どもを集めることが出来た。何故だか解かるか?」
 「え…」
 頭にそう言われ、イファは考えてみた。
 言われてみればおかしい。
 村の子どもが攫われ易いように、一人で街の路地裏に居るなんて…しかも予定通りの数なんて、不自然ではないだろうか。
 ということは、わざと攫われやすいように、街へ行ったということになる。
 街へ行けと言ったのは誰だ?
 それは子どもが一番言うことを聞く人物なのだろう。
 それに、攫っても問題は無い…ということは、まさか…
 「まさか、わざと攫わせるように、子どもの親が街へ行くようにって言ったの?」
 頭はニヤリと笑った。
 「その通りだ」
 「どうして!親が子どもをそんな…」
 「このままでは生活できないからだ。村では子どもに満足に食べさせることも出来ない家が多い。栄養が足りなくて病気になり、死んでしまう子どももいるのだ。そこで我々は月に一度、金と引き換えに、子どもを引き取ってやっているのさ」
 イファは、先ほどのユールの言葉を思い出した。
 選ばれた者は、幸せになれるのだ…と。
 「人攫いじゃなくて、人買いなの?」
 「どちらかと言えばそうだな」
 「でもそれならどうして、こんな攫うようなマネをしてるの?直接その親から、買っているってことなんでしょ?」
 「残される親のためだ。堂々と表立って子どもを売り買いすれば評判も良く無いし、どんな形にしろ収入を得たことが領主に知れると、税金としてほとんどが巻き上げられる。子どもには街へお使いに行かせ、その時に攫われたということにすれば、少なくとも領主の目はごまかせる。親は子どもを売ったお金でこっそり食糧などを買ったり、どこかに隠したりして、残った他の子どもを食べさせているのだ」
 「でもこの子たちは…」
 「親元に残される子よりも、この子たちの方が幸せだ。一時は親から離されて寂しい想いをするかもしれないが、この先、この子たちは子どもの居ない異国の金持ちなどに買われて行くのだ。今まで食べたことも無い贅沢なご馳走を食べ、着たことも無い上等の服を着て、寒さも飢えも心配しなくても良い幸せな日々が待っている。こんな国に残されるよりも、遥かに幸せだろう」
 「…」
 イファは言葉を失った。
 ティム爺の話が頭に甦り、村の貧しい状況が、自分が想像していたよりもかなり酷いことがよく解かったのだ。
 だが、残される子どもと売られていく子どもの、どちらが幸せなのか、イファには解らなかった。
 ユールは、口では自分は選ばれたのだから幸せになれると言うが、両親と離れてしまって寂しくないはずは無い。
 他の子どもも、まだ泣き続けている。
 寂しさは一時的なものだと頭は言うが、本当にそうなのだろうか。
 それに、良い人に引き取られたならユールの言うように幸せになれるだろうが、もしもあまり良い人ではない所に引き取られたら、一体どうなるのだろう。
 この先、彼らにどんな運命が待っているのか、今の時点では誰も解からないのである。
 「俺たちだって、普通なら堂々と取引できる所を、親のためにわざわざ人攫いを演じてやっているんだ。捕まれば相当の罪を科せられる。貧しい家にとっちゃあ、俺たちは神様のようなもんさ」
 頭の言葉に、イファは答えに困り、軽く俯いた。

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