四 選ばれた子どもたち 4
エルゥたちはひとまず宿を借り、そこでセイドを待っていた。
街中でセイドが現れるとかなり目立つので、二階のその部屋の中で羽根を使ったのである。
「大丈夫だよね。セイドはイファを見つけてくれるよね」
部屋の床に座り込んだエルゥは、椅子に座るティム爺を不安そうに見上げた。
ティム爺は大きく肯いた。
「大丈夫じゃ。わしらは安心して待っておれば良い」
「うん。でもどうしちゃったんだろう。突然いなくなるなんて…」
その時である。
部屋の中が一瞬光に包まれ、エルゥたちは眩しさに思わず瞳を閉ざした。そして再び開いた時には、そこにセイドと、セイドにしっかり抱きかかえられたイファの姿が現れていた。
「イファ!」
「無事か!どこへ行っておったんじゃ!」
セイドは、ゆっくりイファを下ろしてやった。
「心配をかけてごめんなさい。路地に少し入っちゃって、そしたら人買いに捕まってしまったんだ」
「そうじゃったのか。とにかく無事で良かった」
ティム爺はイファの髪を、くしゃくしゃと撫でた。
「ありがとう!セイド!本当にありがとう!」
エルゥは穏やかに微笑んでいるセイドに、満面の笑みでそう言った。すると、すかさずイファが言った。
「ダメじゃないか。こんなことで簡単に助けてもらっちゃあ」
「だってイファに何かあったと思って…」
「僕なら何とかする。助けてもらってセイドには感謝してるけど、そんなに危険な状況とかじゃあなかったよ」
「でも、そんなの解んないじゃん!とても危ないことになってるかもしれないって思ったんだもん!」
「とにかく、今度から僕のことでは羽根を使っちゃあダメだ。いいな?」
「どれだけ心配したのかも知らないくせに!イファなんて大嫌いだよ!」
エルゥはそう怒鳴った後、思わず部屋を飛び出した。ティム爺がガライに視線で合図を送ると、ガライは頷いてエルゥの後を追った。
「だって…この先どんなことが起こるか分からないじゃないか…」
イファは自分を正当化しようとしているように、ポツリと呟いた。
「一所懸命捜したのじゃよ。人にもたくさん聞いたし、町外れにも港にも戻ってみた。それでも、どこにもおまえさんは見つからんかった。エルゥがどんな気持ちでおまえさんを捜していたのか、察してやれんかの」
ティム爺はイファの肩に手を乗せた。
「……」
イファは軽く俯いたまま、黙り込んだ。
「君が連れて行かれたのは、山の中腹にある洞窟だ。恐らく普通に捜していたのでは見つからないし、人買いの仲間は他にも二名が洞窟の外にいた。果たして君一人で、無事に逃げることができたかな?」
セイドが静かにそう言った。
「…ごめんなさい」
イファは、顔を上げずに言った。
「僕は…、僕のためにみんなに迷惑をかけたくなくて…」
「解っておるよ。そこがおまえさんの良いところじゃ。何も泣かんでもええ」
「…泣いてないよ」
イファは少し潤んでいた目元を拭った。
「では、私は行く。エルゥによろしく」
セイドはそう言うと、閉じていた翼をフワリと広げた。
「待って!」
イファは慌てて、セイドのローブに縋りついた。
「何だい?」
「内緒で訊きたいことがあるんだ」
セイドは膝を折り、イファに背を合わせてやると、イファはその耳元で囁いた。
「どうしたらアルノワ人になれるの?」
その言葉に、セイドは驚いて思わずイファの顔を見つめた。
「君はアルノワ人になりたいのか?」
イファは凛とした瞳で頷いた。
「何故そう思う?」
「セイドやラカイユのように、特別な力が欲しいんだ。エルゥやこの国の困っている人々や…他にも助けが必要な人に、少しでも力になれたらって…。アルノワに住めば、アルノワ人になれるの?それとも何かしなければいけないの?僕ではなれないの?」
とても真剣なイファに、セイドは包み込むような柔らかな瞳で応えた。
「それにはアルノワに住み、色々勉強をすることだよ。だが地上の人間が特別な力をつけるには、長い時間がかかる。元々アルノワに生まれた我々でさえ、幼少の頃から、厳しい勉強を積み重ねてきた。それに勉強をしている間は、地上の人々とは離れて暮らさなければならないよ。もちろんエルゥともね。それでも良いのか?」
「…うん。構わない。僕、一所懸命勉強する。他の人の何倍も、何十倍もする。そしていつかはセイドみたいに、立派なアルノワ人になるから!」
「そうだね。君なら私よりも立派なアルノワ人になれるよ。アルノワに住むには大司教様のお許しが必要だが、君なら心配ないだろう。私からも、大司教様に推薦してあげるよ。もし君の方が先にアルノワに着いたなら、自分で大司教様にお願いしてみると良い。きっと解って下さるよ」
「うん!解かった。ありがとうセイド!本当に色々ありがとう!」
セイドはにっこり微笑みながら、すっと立ち上がった。
「そうだ。一つ、聞いてくれるかな」
セイドの言葉に、イファは彼を見上げ、次の言葉を待った。
「新しくこの国の指導者となる人物に、君はすでに出会っているよ」
「え?」
「後に再会するだろう」
「…まさかユール?」
セイドは無言でにっこり微笑むと、次に一瞬の輝きを残して消えた。
ユールが後に、この国の指導者となる。
そうだ。そうに違いない。
この国の実情を知るユールが他の国で色々知識や経験を積み、革命を起こすために戻ってくるのだ。とても冷静で状況判断に優れたユールのことだから、きっと革命は成功するだろう。
恐らくセイドには、そんな未来が見えたに違いない。
「うぉっほん」と言う小さな咳払いに、イファは我に返った。
声のした狭い部屋の隅を振り返ると、そこには、ティム爺が無言でこちらを見つめていた。
「…聞こえてた?今の話」
「何のことじゃな。わしは最近、すっかり耳が遠くてのう」
「何でもない。僕、エルゥに謝ってくる」
イファは小走りに部屋を出た。
ぽつんとそこに残されたティム爺は、ふうっと一息つきながら、思わず呟いた。
「イファがアルノワ人か。なるほどのう。確かに似合ってはおるが…。どうじゃろうのう…」
窓の外から「エルゥ」と声が聞こえた。
ティム爺は窓辺に歩み、そこを見下ろした。
エルゥは、宿の外に生えている大きな木の下でうずくまっており、傍にはガライが見守っている。そこにイファが近づき、二言三言、言葉をかけた。するとエルゥはようやく立ち上がり、笑顔をイファに向けた。
「美男美女の、似合いの夫婦になりそうなんじゃが…。イファはエルゥを置いて、一人でアルノワに住むつもりなのかのう」
ティム爺には、あの時イファがどれほどの気持ちでセイドにそう言ったのかは解らなかった。
五 エラドール 1へ続く