五 エラドール 4
ついに光の玉が打ち破られ、数名がエルゥとイファに飛び掛ってきたのだ。
(もうダメだ…!助けてセイド!)
エルゥは心の中でそう祈った。
その時である。
何かが猛スピードで突進し、エルゥたちに向かっていたエラドール人を弾き飛ばした。
「おまえ…!」
長く雄雄しい巨体。
あの、銀の龍である。
美しいその色は、エラドールの薄暗がりでもよく解るほどである。
「獲物だ!これは大物だぞ!」
突然の乱入者に、エラドール人たちは驚きと同時に、大いに湧き上がった。
「仕留めた者がリーダーだ!」
「かかれ!」
レシアに向かっていた連中も、滅多にない獲物に、大喜びでそちらに飛び掛っていった。
龍は逃げることなく、エラドール人たちの群がる中、その身をしならせて暴れている。
「今のうちだ。逃げよう」
レシアはエルゥたちの縄を解き、両腕に二人を抱きかかえた。
「ありがとう。大丈夫?血だらけだよ」
「大丈夫だ。すぐに治るよ」
「龍は…」
「あの大きさなら、そう簡単には倒されないだろう。仕留めるには何日もかかるはずだ」
「倒されちゃうの?」
「…仕方ない。ここで逃れて地上に戻ったとしても、いずれはアルノワ人に倒されるだろう。何故こんなところまで逃げてきたのかは解らないが、倒されるのがあの龍の運命なんだ」
(私を助けに来たんだ。きっとそうだ…)
エルゥはそう感じた。
レシアは龍退治で騒がしい街を背に、空を急いだ。
「待って!」
しばらく行ったところで、エルゥが叫んだ。
「降ろして!ティム爺とガライだ!ティム爺ー!」
エルゥの声に、ガライの肩に乗っていたティム爺は空を見上げた。
するとそこには、黒い翼の男がエルゥとイファを抱きかかえ、ゆっくり降りてくるのが見えた。
ティム爺もガライの肩から飛び降りた。
「おお無事か!良かった!まさかあんたは…」
「レシアだよ。助けてくれたんだ」
「おお!それはかたじけない!まことにありがたい話じゃ!しかし酷い傷じゃ。手当てをせんと…」
「大丈夫です。傷の治りは地上の人間よりも速い。それより先を急ぎましょう。地上に出るまで、気を抜けません」
レシアの言葉に、エルゥたちは歩き始めた。
やがて森から暗い道へと差し掛かった。
とても長い暗闇が続く。
エバールに扉を開けてもらってから、ティム爺の言うには一日半が過ぎているので、時間的には余裕がありそうである。
しかし色々なことがあった後なので、エルゥもイファも、とても疲れていた。
それでも泣き言を言わず、一所懸命歩いた。
「お、月じゃ。あの光の真下に行けば、もう大丈夫じゃぞ」
遠くの空に丸い光を見つけたティム爺は、嬉しそうに指差した。
出口は、もうすぐそこである。
そう思うと、エルゥもとても元気になってくるような気がした。
その時である。
背後から、ものすごい勢いで何かがエルゥたちを通り過ぎていった。
「龍だ!」
その巨体は間違いなく、あの龍である。
龍は月の出口に消えていった。
「無事だったんだ!良かった!」
「あまり喜べないだろう」
レシアが、少し重い口調で言った。
「地上で倒されちゃうから…?」
「それもあるが、あの龍の身体に何人かのエラドール人がしがみついていた。見たところ、五人はいたようだ。龍とともに彼らが地上に出てしまったのは、由々しきことだ」
「五人も…」
エバールがエラドール人を外に出さないように、必死に扉を護っていたというのに、自分のせいで五人も出してしまうことになってしまったのだと思うと、エルゥはとても悪いことをしてしまったと思った。
その様子を悟ったティム爺は、わざと明るく言った。
「何、エラドール人も、地上の人間も、大して変わらんじゃろ。アルノワ人にも悪魔のような奴がおったからのう」
「う、うん。そうだね…」
「出てしまったものは仕方が無い。急ごう」
レシアに促され、再びエルゥたちは月の光を目指して歩き始めた。
「ここだね」
やがて五人は、月の光がスポットライトのように丸く落ちる場所に辿り着いた。
「エバール!戻ったよ!」
イファが上に向かってそう叫んだが、返事は無い。
「エバールそこにいないのかな」
エルゥが心配そうに言った。
「さっき、龍と五人のエラドール人が出て行ったから、追いかけて行ったのかな」
「そうじゃと良いが、まさか何かあったのじゃろうか」
イファとティム爺も、不安げに天の月を見上げた。
「私が上に運びましょう」
レシアの言葉に、ティム爺が歩み出た。
「ではわしから頼もう」
レシアは頷き、軽々とティム爺を抱き上げると、天の月に吸い込まれるように消えて行った。
地上に出たティム爺は驚いた。
家が跡形も無い。
自然災害などによるものではなく、何かが襲撃したのは明らかで、家の残骸の木々がそこかしこに散らばり、エバールの姿はどこにも見当たらなかった。
「エバール殿!」
ティム爺とレシアは辺りを捜してみた。
すると、家から少し離れた地面の上に、彼はうつ伏せになって倒れていた。
「大丈夫か!しっかりせい!」
二人は慌てて駆け寄った。
彼の意識は無く、その身体には全身、傷を負っている。
「気を失っているだけです。傷は深くは無い」
傷を診たレシアがそう言いながら、右手をエバールの頭の上に翳すと、エバールは身体をビクリと一度痙攣させ、すぐに意識を戻した。
「おお。大丈夫かエバール殿」
「ティム殿か…。すまぬ。油断をしていた。まさかあのような…」
「どうしたのじゃ一体」
エバールはゆっくり、身体を起こした。
「私は扉ばかりを気にしていたのだが、いきなり外から龍が突進してきたのだ。そして、無理やり小さな扉をこじ開けて中へ進もうとしたので、それを止めようとしたのだが、尻尾で弾き飛ばされ、意識を失ってしまったのだ。龍はエラドールに入ったようだが、中で何か騒動にはならなかったか?」
「龍は中で一暴れしたが、再びそこの扉から地上に出て行ったぞい」
「そうか。全く訳が解らん。…それより私が意識を失っている間、エラドール人が外に出なかったか心配だが…」
そう言ったエバールの視界に、レシアの姿が映った。はっと一瞬身構えたエバールだったが、すぐにほっと一息ついた。
「…レシアか」
「ええ。久しぶりですね」
「見事な黒髪なので解らなかった。確か前は銀の髪だったな。だが東の大陸の民のようで、とても似合っているよ」
「ありがとう。自分でも気に入っています。それより先ほどの話ですが、龍とともに五人のエラドール人が地上に出ました」
「そうか。門番失格だな。何とかエラドールへ連れ戻さなければならんな」
「それは後のこととして、エルゥたちを早くここへ引き上げてくれんかの」
二人の会話に、ティム爺が割って入った。
「そうだな。すまない。すぐに引き上げよう。三人は光が落ちるところに居るか?」
「そこで待っておはずじゃ。早く引き上げてくれ」
エバールは頷きながら立ち上がり、扉に向かった。
両手を広げ、何やら唱え始める。
やがて一瞬扉が輝き、その側にエルゥたち三人の姿が現れた。
「わ!家が無い!」
家の中に着くものと思っていたエルゥたちは、澄んだ青空に驚いた。
「あの龍が壊してしまったんじゃよ」
「そっか…。ごめんなさい」
思わずエルゥはエバールに謝った。
「君が謝る必要は無い」
「でも龍は私を追って来たんだ。私を助けてくれたんだよ」
「しかし君に罪は無い。壊れた家はすぐに建て直せば良い」
エバールは笑顔でエルゥに返した。
「さて、扉を閉じよう。少し離れてくれ」
言われるまま、エルゥたちは扉から離れた。
エバールが何かを唱えると、見る間にその空間が塞がっていった。