小説『エルゥと天使と銀の龍』
作者:間野茶路()

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六 焼失の町 2

 木造二階建てのその家は、主を失って、とてもひっそりとした空気が流れている。
 少し広い居間の床に、エルゥたちは適当に腰を降ろした。
 「あの悪魔たちが来たのは、昨日の真昼ごろです。まず彼らは、町の代表者を出せと町の者を脅し、私は慌てて駆けつけました。そこで彼らは、自分たちに協力しろ、さもなくば町を焼き滅ぼすと言いました。私が、何を協力するのかと聞くと、彼らは町の北の森の木を全て切り倒し、そこに穴を掘る作業を手伝えと言ったのです」
 「連中は何故森の木を切って、穴を掘りたいのじゃ?」
 「それは解かりません。そこまでは、問いかけても答えてもらえませんでした。私は返答に悩みました。あの森は我々の生活において、とても重要な森です。動物たちも多く棲んでいますし、その森の木を全て切り倒すなど、軽々しく納得できる話ではありません。私の周りの者も同じ考えで、皆、口々に反対の声を唱えました。すると男たちは空に舞い上がり、あっと言う間に町の半分を焼き払ってしまいました。幸い、その男たちがやってきた折り、何事かと町の人々は外に出ていたので、これほどの火災にも関わらず、焼け死んだ者は一人もおりませんでした。男たちは後半分を燃やされたくなければ、協力しろと脅しました。私は町の人の意見をまとめるので、二日の時間をくれと要求し、彼らは後にやってくると残して去っていったのです。期限は明日の朝ですが、先ほどのように気まぐれにやってきては、脅しをかけてくるのです」
 ジェダルの話を聞きながら、レシアは思いあたることがあった。
 エラドール人の中には、何とか地上へ出る新しい道を探し、あるいは自らその道を作ろうとしている者たちがいる。だが、地上とエラドールの間に横たわる厚い地層は、エラドール人の特別な力を持ってしても打ち砕くことは難しく、また下から掘り起こすことも出来ないため、未だに誰も地下から脱出できたものはいないのだ。
 そこでガッシュとケレスは、地上から町の人々を労働力にして、何とか穴を掘って道を造ろうとしているのではないだろうか。
 「なるほどのう。強引な話じゃ」
 「それで…、我々はどうすれば良いのでしょう。先ほどあなた方は、あの者たちが地上に出ることになったのは、あなた方のせいだとおっしゃいましたが、あれはどういう意味なのですか?」
 「うむ。実はこちらも事情があってのう」
 ティム爺はジェダルたち三人に、自分たちの事情をかいつまんで説明した。
 その不思議な話に、三人は目を見開き、ただ言葉も無く聞いていた。
 「…というワケで、わしらは天の国アルノワに行かねばならんのじゃ」
 「そんなご事情ですか…。お気の毒に」
 ティム爺の話が終わると、ジェダルはそう言った。
 自分たちのせいで出てきてしまったエラドール人に、難儀を持ちかけられているというのに、ジェダルは少しもそれを責めることはなく、逆に自分たちを心配してくれている。とても良い人なのだろうと、エルゥたちは感じた。
 「つまりレシア殿は、あの男たちと同じ悪魔…あ、いや、エラドール人と言うことなのですか?」
 黙って話を聞いていたトレイが、納得できないような表情で訊いた。
 レシアは頷いた。
 「しかし黒い翼がありませんが…」
 「翼自体を消し去ることはできませんが、人の目には見えないように、ごまかすことができるのです」
 そういい終わると同時に、レシアは翼の色を戻した。
 その見事な黒い翼に、ジェダルたちはさらに目を大きく見開いて驚いた。
 「エラドール人を悪魔と呼ぶ者もおるが、わしらと大差無い。エラドール人もアルノワ人も、地上の人間も、皆同じじゃよ」
 「そうですね。あなたはとても、悪魔には見えません。翼は黒いが、天使のようにお優しい雰囲気を持っていらっしゃる」
 「ありがとうございます」
 「とにかく、あの者たちの言うことは聞いてはならん。わしらで何とかする」
 「何か良い方法があるのですか?」
 「方法はこれから考えよう。何とか追い払ってみようぞ」
 「ありがとうございます。町の人々も喜びます」
 ジェダルは思わずティム爺の手を、両手で握り締めた。
 
 
 それからエルゥたちは、町の人々が集まっている集会所を訪れた。
 人々は不安な時間を共有していたが、ジェダルがティム爺たちを紹介し、黒い悪魔を共に捕縛する計画があると話すと、「おおっ」とどよめき、それぞれに表情を明るくさせた。
 「お願いします」
 「ありがとうございます」
 みな口々にそう言い、中には指を組んで祈っている者もいる。
 これほどまでに、期待の眼差しで見つめられ、エルゥは少しくすぐったい気分がした。
 「明日のことじゃが、エルゥとイファ。お前さんたち二人は、ここに隠れておりなさい」
 「え?どうして?」
 「エラドール人と戦いになると、危険じゃからな。ここでわしらが戻るのを待っていなされ」
 「その方が良い。みんなの一番真ん中に隠れていれば、追っ手のアルノワ人が来ても大丈夫だろう」
 ジェダルもそう言った。
 「でも…」
 まだどこか不安そうなエルゥに、イファが言った。
 「大丈夫だよ。僕が傍についているから」
 その凛とした瞳に、エルゥはとても安心するものを感じ、
 「うん。解かった」
 と頷いた。
 「念のため、皆にも協力するように、話しておこう」
 ジェダルはエルゥたちにそう言うと、今度は町の人々に向かって説明し始めた。
 その内容は、明日我々が悪魔たちと交渉している間、この二人の子どもをみんなの真ん中で護ってやって欲しい。この子たちは白い翼をつけた悪い人間に追われている。たとえ、優しい風貌の天使がやってきても、決して信じないように。自分やこのご老人たち以外には、決して心を許してはいけない、と。
 町の人々は、何のことだかよく解からなかったが、それでも大きく頷いた。
 これだけ大勢の人々に護られるのだから、こんなに心強いことはない。
 エルゥやイファの二人はもちろん、町の人に二人を預けるティム爺もそう思った。

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