小説『エルゥと天使と銀の龍』
作者:間野茶路()

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六 焼失の町 3

 昇りたての陽の光が町にも差し込む頃、ジェダルとハール、トレイの三人が、町の中央の広場でガッシュとケレスを待っていた。ティム爺とガライ、レシアの三人は、レシアの術で気配を全く消し、近くの建物の陰からその様子を窺った。
 エラドール人を捕らえる作戦は、次の通りである。
 まず、ジェダルたちがエラドール人と交渉の話をする。
 その内容は、連中の言うことに従った場合の、町の人々の労働条件や待遇などについてである。
 恐らく話は細かい内容になり、白熱してくるはずである。
 そしてエラドール人が話に入り込み、隙が出来た時、ガライが同時に二本の矢を放ち、二人のエラドール人の翼を射抜くのだ。そこへさらにレシアが雷を二人に落とし、動けないようにしたところで、用意していた特別な金属の鎖を持ってティム爺が駆けつける。ワラや麻などの植物で作った縄では、簡単に術で解かれてしまうのだ。そして逃げられないようにがっちり鎖を掛けて取り押さえ、首尾よく二人を捕らえることが出来たなら、数名の町の人間が付き添い、ガラクシアスのエバールの元に送り届けるという筋書きである。
 「そう絵に描いたように、上手くいくかのう」
 多少の不安を感じるティム爺に対し、自信満々でガライが言った。
 「俺、外さない。上手くいく」
 「そうですね。任せましたよ。最初の一矢はとても重要です」
 「大丈夫。任せろ…、む、来た」
 ティム爺は、ガライの目線を追った。
 向こうの空に、二つの黒い点が浮かんでいる。
 ティム爺たちは息を呑み、身構えながら、エラドール人が舞い降りてくる様を見守った。
 「さて、返答を聞かせてもらおうか」
 短い黒髪のエラドール人ガッシュが腕を組み、ジェダルを威圧するような鋭い眼光でそう迫った。
 「協力する方向にまとまった。ただし初めに、少々明確にしておくことがある」
 「何だ」
 「労働の条件だ」
 「条件だと?」
 「そんなものは俺たちが決める!」
 ジェダルの言葉に、ガッシュとケレスは、怒りに興奮を露にしている。
 (乗ってきたな…)
 ジェダルは内心、ほくそ笑んだ。
 「いや、これだけははっきりさせてくれ。労働に協力するものは、まず男性に限ること。そして年齢は十六歳から五十五歳で、健康体の者に限ること。それ以外の者は見逃してくれ」
 「ダメだ。労働する者は俺たちが決める」
 「人数にすれば百四十三名だ。女性や子ども、老人に、無理な労働をさせるわけにはいかん」
 「それでは足りぬ。最低二百名は働いてもらおう。健康な女と、男は七十歳ぐらいまでは働かせろ」
 「女性に重労働はさせられん。それに男性も、譲って六十歳までだ」
 「足りんといっているだろう!拒むというなら、今すぐ半分の町も焼き払うぞ!」
 「まあ、待てガッシュ」
 激昂しているガッシュを、ケレスが止めた。どうやらガッシュのほうが気が短く、ケレスは幾分か冷静のようである。
 「町人は協力すると言っているのだ。二百人でなくても良いではないか」
 「足りん!二百名でも少ないぐらいだ!だからこんな小さな町を狙わず、もっと大きな町にしようと俺は言ったのだ!」
 「大きな町は、それなりに問題も大きくなる」
 「やってみなければ判らん!。こんな町など見捨てて次を探そう。こんな町は、今すぐ焼き払ってやる!」
 「待て、ガッシュ…」
 二人が内輪でもめている時である。
 静かに空を切り裂き、二本の矢が二人の翼を貫いた。
 「ぐ!」
 「な…何ぃ?」
 振り返る二人。
 さらに飛んでくる二本の矢が、二人を襲う。
 「貴様…!」
 「生意気なマネを!」
 二人はジェダルをにらみつけた。ジェダルは隠し持っていた剣を抜き、ハールとトレイと共に二人に飛び掛っていった。
 矢を払い、手に剣を出現させて応戦に入るガッシュとケレス。
 だが空に逃れようにも、初めに突き刺さった矢がちょうど翼の付け根を射たため、羽ばたくことが出来ない。
 「貴様ら!後悔させてやるぞ!」
 ガッシュは手のひらを高く翳した。
 だが、そこへレシアの雷が落下した。
 「ぐおおお!」
 ガッシュは叫びながら、地面に崩れた。
 
 「始まったね」
 騒がしくなった外の様子に、イファは言った。
 「大丈夫かな、ティム爺たち」
 「大丈夫だよ。僕たちが出ても足手まといだから、ここで大人しく待っていよう」
 「うん。そうだね」
 エルゥたちは、集会所で町の人の真ん中に座っていた。
 町の人々はとても優しく二人を迎え、自分たちが使っている毛布を貸してくれたり、家で焼いたクッキーを、二人にも分けてくれたりしていた。
 こんな親切な人たちを苦しめるなんて、エラドール人はやっぱり悪魔のような酷い心を持った人種なのだと、エルゥとイファは思った。しかしそのエラドール人が地上に出てしまったのは、自分のせいであると思うと、エルゥはとても心が痛んだ。
 「天使だ!」
 誰かのその声に、はっとエルゥは顔を上げた。
 そこには、いつの間にか二人のアルノワ人が宙に浮いていた。
 二人は町の人々の注目の中、ゆっくり下へと舞い降りてきた。
 「そこの少女」
 そのうち一人が、エルゥを見つけて指を刺した。
 エルゥはビクリと身体が震えた。
 「そこの少女は災いの化身だ。災いとなる前に、我々が処分をせねばならない。こちらに引き渡しなさい」
 町の人々はざわめいた。
 どう見ても、この少女は普通の子どもで、災いの化身などには見えない。
 しかし見たことも無い美しい天使が、真剣な表情でそう言うので、何だか本当の話のように聞こえるのである。
 「違う!」
 イファが叫んだ。
 「エルゥは災いの化身じゃない!あの龍を助けたから、その臭いが付いてしまっただけだ!」
 二人のアルノワ人は、フワリと宙を移動し、エルゥとイファの真上にやってきた。
 「それを君はどう証明する」
 「証明…?」
 「そうだ。その子が災いでは無いという証明だ」
 イファはしばらく考えた。
 町の人々は固唾を呑んで、天使と子どもに注目した。
 「僕には証明できない。でもセイドとラカイユは信じてくれた。そのことはすぐに証明できる」
 「何だと?セイドとラカイユが?」
 「二人が信じたと、どう証明できるというのだ」
 イファはエルゥを振り返った。エルゥは頷きながら、巾着から二種類の羽根を取り出した。
 イファはそれをエルゥから受け取ると、アルノワ人に無言で差し出した。
 一人がさらにイファに近づき、それを受け取った。
 「…確かにこれはセイド。こちらはラカイユの羽根だな…」
 「これをどうやって手に入れた?」
 アルノワ人は、羽根をイファに返しながら訊いた。
 「二人から直接もらった。自分たちは龍を倒す使命があるので、エルゥを助けてやることが出来ない。だからその代わりにこれを持っていくようにと言われた。困ったときにはこれを使えば、二人は駆けつけてくれるんだ」
 二人のアルノワ人は、顔を見合わせた。
 こんな子どもが、これほどもっともらしい嘘を考え付くとは思えない。
 だが、この少女から漂う悪しき臭いを、見逃すわけにはいかない。
 「君たちが、セイドとラカイユの二人に接触したことは認めよう。しかしその臭いは納得できぬ。龍は決して人には懐かない。そんな臭いが、するはずが無い」
 「だから助けたからって言ったじゃないか!」
 「有り得ぬ。とても信じ難い話だ。とにかく一度、その娘をこちらに渡してもらおう」
 「嫌だ!」
 気がつけば、周りにいた人々は、大きくエルゥたちの周りから離れて、すっかり傍観者となってしまっている。長のジェダルから、誰が来ても二人を引き渡してはいけないと言われていたことなど、すっかり忘れてしまっているようだ。
 イファは覚悟を決めて、腰に刺していたコリンからもらった短剣を抜いた。

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