小説『エルゥと天使と銀の龍』
作者:間野茶路()

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六 焼失の町 4

 「ほほう。我々と戦ってでも、その子を護ろうというのか」
 「これは見上げた心構えだ」
 アルノワ人の一人が手に剣を出現させ、すっとイファに向けた。
 とてもイファ一人では、大人のアルノワ人二人には勝てないだろう。そう思ったエルゥは、ラカイユに助けを求めようと、長い方の羽根を取り出した。
 だがその時。
 一本の棒が、アルノワ人の身体を直撃した。
 「む…!誰だ!」
 彼は、それが飛んできた方向を振り返った。
 そこには一人の、町の老人が立っていた。
 飛んできたのは彼の杖である。
 「子どもに何をすると言うのじゃ!」
 「この子は災いであると説明したではないか。協力せずとも良い。邪魔をするな」
 「信じられん!そう言えば長がおっしゃられた。その子たちは、悪い人間に追われておる。たとえ天使の格好をした者でも、その子たちを渡すなとな。それはお前さんたちのことじゃろう!」
 老人の言葉に、町の人々は、はっと思い出した。
 そう言えば長は、まるでこうなることが分かっていたかのように、この子たちを護るようにと言っていた。それはまさに、このことだったのだ。
 そう気がついた町の人々は、それぞれ手にしていたものを、アルノワ人に向かって投げつけ始めた。
 本、パン、履いていた靴などが飛び交い、子どもまでが、持っていた木彫りの人形を投げながら「出て行け」と叫んでいる。
 アルノワ人は、それを避けてふっと宙空高く飛び上がると、両手を広げて一陣の風を巻き起こした。
 風は軽く渦を巻き、人々は思わず身を伏せた。
 イファはエルゥの上に、折り重なるように覆いかぶさった。
 「退きなさい!少年!」
 アルノワ人が叫んでいる。
 風がさらに強くなり、まるでイファとエルゥを巻き上げようとしているかのようである。だがそこへ、次々周りの人が折り重なってきた。自らが人垣となって、二人を護っているのだ。
 「く…」
 アルノワ人たちは、風を止めざるを得なかった。
 次の瞬間。
 二人のアルノワ人は、ビクリと身体を震わせ、真っ逆様に墜ちてきた。
 「墜ちたぞ!捕まえろ!」
 「やっちまえ!」
 意気盛んな若者たちが、墜ちた二人に飛び掛っていく。だが、
 「やめなされ!」
と言う声に、皆ははっと我に返った。
 入り口にはティム爺とガライ、そしてジェダルが立っていた。
 アルノワ人を矢で射落としたのは、ガライである。
 矢の腕に自信のある彼は、急所をはずして肩の付け根を狙い、同時に二本の矢を放ったのである。
 「ティム爺!ガライ!」
 エルゥとイファは、駆け寄って、二人に抱きついた。
 「おお。無事か。良かった」
 ティム爺とガライは、目を細めて二人を受け止めた。
 「長!ご無事ですか!」
 「あの悪魔たちはどうなったのです?」
 人々は、落ちたアルノワ人もよそに、入り口に駆け寄った。
 「悪魔どもは、この方々のお陰で捕獲することが出来た」
 「おお!ありがとうございます!」
 笑顔の町の人々に、ティム爺は頭を軽く下げた。
 「二人を護って下さって、かたじけない。本当に助かった」
 「ありがとう、みんな!」
 エルゥも町の人を振り返ると、笑顔でそう言った。
 「いえ、それより、あの天使たちはどうすれば…」
 墜ちたアルノワ人は、すでに立ち上がり、恐ろしい形相でこちらを睨み付けている。
 「お前さん方、戦う相手を間違えておるぞ」
 「何…」
 「まだ分からんのか。この子が災いかそうでないのか、臭いでしか判らんのか?この子の心を感じることは出来んのか?」
 「心だと…?」
 「そうじゃ。何が真実か見抜けんようなアルノワ人など、天使と呼ばれる資格は無い!アルノワに戻って修行しなおして来なされ!」
 老人とは思えぬ程の気迫が、二人のアルノワ人を襲った。
 二人は、その老人に縋ってこちらを窺っている少女を凝視した。その瞳は何の曇りも無く、見たことも無いほど無垢で澄み渡っている。
 これが災いだなんて、とんでもない。
 真実を、どうしてすぐに感じられなかったのか…。
 セイドやラカイユは、臭いなどに惑わされることなく、それを見抜くことが出来たというのに。
 二人は、自分たちの未熟さを感じた。
 「そなたの言う通り、出直した方が良さそうだ」
 「解ってもらえたのかの」
 二人は頷いた。
 「アルノワ人として、取り返しのつかないことをするところだった。本当に申し訳ない。君にもとても迷惑を掛けた。町の人々にも…」
 「解っていただけたのなら良いのです」
 ジェダルは町の人々を代表して、そう言った。
 「そうじゃ、町の人々への侘びとして、少々、仕事をしてくれんか」
 「何をすれば良いのだ?」
 「二人のエラドール人を、賢者エバール殿の元へ送り届けてくれ。すでに捕らえて、外に居る。それが終わったなら、この町の復興に協力してくれ。お前さん方が手伝ってくれたなら、町の人も心強いじゃろ」
 二人は顔を見合わせた。
 「そう言えば、町は半分焼けていたな。そのエラドール人の仕業なのか?」
 「そうじゃ。良いことをするチャンスじゃぞ」
 「分かった。引き受けよう。ただし復興は龍退治の後だ」
 「龍の件はわしらに任せるが良い。心配せんでも、龍が地上を荒らすことはあるまい」
 「それは信じられぬ。とにかく、エラドール人をエバール殿の元に送り届けたら、我々は龍退治に復帰する。そしてそれが終わった後、町の復興に協力しよう」
 ティム爺はジェダルに視線を送った。ジェダルは頷いた。
 
 二人のエラドール人は広場で捕縛されており、レシアとハール、トレイの三人に見張られていた。
 「レシアではないか!」
 「久しぶりだな、クラビウス、ラーシル」
 二人のアルノワ人は、エラドールに追放されたはずのレシアの姿に驚いた。
 「どうしてここに居る?」
 「セイドに頼まれて、あの娘をアルノワへ送り届けるための手伝いをしている。エラドールからは、あの娘が出してくれたんだ」
 「ならば、その役目が終われば、アルノワへ戻るつもりか?」
 クラビウスの問いに、レシアは首を左右に振った。
 「どうするかは、まだ考えていない」
 「お前なら、すぐに翼の色は白くなるだろう。アルノワに戻って来い」
 「龍の件なら、お前がアルノワを滅ぼすつもりではなかったことを解っている者もいる。戻りたければ、力になろう」
 「ありがとうクラビウス、ラーシル。だがたとえ翼が白くなっても、今のところ、アルノワに戻るつもりは無い」
 「何故だ、レシア」
 「私はアルノワで生まれ育った。そして五年間、エラドールで暮らした。だから今度はこの地上で暮らし、色々、見てみたいんだ」
 レシアの瞳は凛としていて、彼が心からそう言っていることを、クラビウスとラーシルは感じた。
 「…そうか。解った。だがもし戻りたければ、いつでも相談に乗るぞ」
 「ありがとう」
 レシアは嬉しそうに微笑んだ。クラビウスとラーシルも、笑顔で応えた。
 「ではこの二人を、送り届けてくれ」
 「ああ。引き受けた」
 「それが終わったら町も頼むぞい」
 ティム爺が横からそう口を挟むと、クラビウスとラーシルは笑顔で頷いた。
 エラドール人たちはすっかり観念して大人しくなっており、そのままクラビウスとラーシルに連行されて、町から去って行った。
 「本当にありがとうございます。あなた方が来てくださらなかったら、どうなっていたか…」
 「いや、説明したとおり、あのエラドール人が地上に出てしまったのはわしらのせいなのじゃ。じゃから…」
 「いいえ。それは関係ありません。たとえ原因がそうだとしても、その後ここへ来てくださらなければ、町はあの者たちに支配されていたことでしょう。それに今度のことで、町の人々は一層互いに信頼を深めることが出来たと思います。私はあなた方に感謝の気持ちで一杯です」
 ティム爺はそれ以上、何も言えなかった。
 ジェダルだけではなく、みな、とても明るい瞳で自分たちを見守っている。
 「この町は、良い町じゃの」
 「ええ。自慢の町です。またいつでも、訪ね来て下さい」
 「うむ。必ず訪れようぞ」
 エルゥたちは、町の人々に手を振りながら、そこを離れた。
 みな、手を振りながらそれを見送った。
 町の人々の暖かさを感じながら、エルゥはふと、ビオラ島を思い出した。


七 遠きアルノワ 1へ続く

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