小説『エルゥと天使と銀の龍』
作者:間野茶路()

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七 遠きアルノワ 1

 リングウォルトまでの道中で、エルゥたちは二回アルノワ人の襲撃を受けたが、一度目は二人だったので、レシアとガライの防戦で何とか追い払うことができた。二度目は六人と、人数が多かったので、ラカイユの羽根を使って加勢を頼み、激闘の末に、アルノワ人に負傷者が出たものの、何とか切り抜けることが出来た。
 色々な困難を乗り越えた末、ようやくエルゥたちはリングウォルトの国へ辿り着いた。
 リングウォルトの国は、今までエルゥたちが訪れた国の中でも一番大きい。
 レンガや木造の建物に、馬車の走る道。
 水が吹き上がる不思議な泉。
 華やかな衣服を着た街の人々がそこかしこに溢れて、とても賑やかである。
 「すごく大きいね。向こうの方なんか、遠くて見えないよ」
 「そうじゃろ。この辺りで一番大きな国じゃ。デルフィノの十倍はあるぞい」
 「凄い!じゃあビオラ島なんて、もう数え切れないほど入っちゃうね」
 「ビオラ島の百倍以上はあるじゃろう」
 エルゥたちは、辺りのものに目を奪われながら、賑やかな人ごみを歩いた。
 「なんか凄く見られてるね」
 通り過ぎる人々はもちろん、遠くの人や店の人々も、どこか驚いた表情でこちらを注目している。
 「ここは内陸じゃからの。あまり海を越えた異国の者は訪れんのじゃ。じゃから、ガライと髪の黒いレシアが珍しいのじゃろう」
 レシアは翼を人に見えないようにしていたが、東のギヴィア族のような黒髪はそのままにしておいた。ガライに至っては、深い肌の色に白い模様を顔に描いているので、そんな文化を知らない人々にとっては、奇異でしかないのだろう。
 「悪いことをしておる訳ではないから、気にすることはないぞい」
 「うん。そうだね」
 人々はただ見ているだけで、特に何かを言ってくるわけではないので、エルゥたちは気にせずそのまま街を進んだ。
 その日は街一番の宿屋で、ゆっくり身体を休めることにした。
 街を北に抜けるだけでも一日ほどかかるし、その先は再び険しい山道にさしかかるので、ちゃんとした寝床が確保できるこの街で、出来るだけ休養をとろうとティム爺は思ったのである。
 宿屋の5人部屋はとても豪華だった。
 ふかふかのベッドに、お湯がいっぱいに入った湯殿。
 窓は大きく、見たことの無いひらひらとした布がかけられ、食事もとても美味しくて、エルゥとイファは大はしゃぎである。
 その夜は暖かい部屋の中で、ゆっくりと眠ることが出来た。
 
 翌日。朝食を終え、そろそろ出発しようかと言う時である。
 宿屋の主人が、部屋にやって来た。
 「お客様。お城から、お使いの方がお見えです」
 「何じゃと?城から我々に何の用じゃ?」
 「それは私には解りかねます。お通しいたしますよ」
 「うむ。解った」
 主人が下がると、すぐに使いの者が現れた。
 その人物は、見るからに街の人とは違い、立派な深緑色の分厚い生地に襟をたてた変わった形の衣服を着て、くるくると巻いた見たことも無い髪型をしている。
 「お休みのところ、失礼いたします」
 少しえらそうな雰囲気だったが、その男はとても丁寧に切り出した。
 「うむ。わしらに何の用じゃな」
 「私はリネガルと申し、城の外交を勤めております。実はあなた方のお噂を、我が王がお耳にいたされ、ぜひお会いしたいと仰せでございます。どうか皆様で城へお越しくださいませ」
 「ふむ…」
 ティム爺は少し考えた。
 確かこのリングウォルトの王はなかなかの賢人で、人柄も良いと聞いている。これほど大きな国でありながら、貧富の差に苦しめられているデルフィノとは違い、逆にお年寄りや弱い者を助けるような仕組みをいくつも考え、国の利益を人々にも分け与えているので、子どもから老人に至るまで、大変慕われているのだ。
 恐らく彼は、昨日街に現れた異国の民の噂を何処かから聞きつけ、ぜひ会ってみたいと思ったのだろう。
 城に行っても、王から難儀を言われることは無いだろうと、ティム爺は判断した。
 「どうじゃなエルゥ、イファ。行ってみたいかの?」
 「うん」
 「僕もお城に行ってみたい」
 ティム爺は少し腰をかがめ、リネガルに聞こえないように、小声でエルゥとイファに言った。
 「王は良いお方じゃが、確か話好きじゃったかの。気に入られると、なかなか帰してもらえんらしいが、それでも良いかの」
 「少しぐらいなら良いよ。ね、イファ。行ってみたいよね」
 「うん。少しなら良いと僕も思う」
 「では、よろしく頼むかの」
 良い返事をもらえたので、リネガルはにっこり微笑んだ。
 「ありがとうございます。では馬車にご案内いたします」
 エルゥたちは、宿屋の外に止めてあった大きな馬車に乗り込んだ。
 「凄い!こんなの初めて!」
 馬車が動き出すと、エルゥとイファは興奮して思わずそう叫んだ。馬車が初体験のガライなどは、その慣れない乗り心地に目を白黒させている。でこぼこした道に差し掛かるたびに、中も激しく振動し、ガライは魂が抜けるのではないかと心配になったのだが、どうやら抜ける前に城に辿り着いた。
 馬車を降り、大きな木の扉が開かれ、リネガルの後についてエルゥたちは城の中へと進んだ。
 白くきれいな石の廊下が続き、とても高い天井と両側の壁には見たことも無い幾何学的な彫刻が施され、エルゥやイファはもちろん、ティム爺やガライも口を大きく開けながら辺りを見渡した。
 長い廊下と扉をいくつか抜けた後、気がつけば、一際立派な扉の前に来ていた。
 「こちらの謁見の間に王がおわします。王からご質問があるまで、声を出さぬ様、お願い致します」
 リネガルはエルゥたちにそう促がすと、扉の両側に立っている警備兵たちに目で合図を送った。警備兵たちは、少し重そうに扉を開いた。
 扉の向こうには、真っ赤なじゅうたんが床に敷かれている。
 壁の両側には長い槍を持った警備兵が、左右にそれぞれ二人ずつ、壁の模様のように静かに立っている。その先には階段が三段。そこに大きな背もたれの椅子に座った王様が、青く光るきれいな服に、頭に金色の王冠を載せて座っており、その隣には、裾までの長いローブをまとった白髪の男が一人、背筋を伸ばして立っている。
 リネガルが歩き出したので、ティム爺たちも後に続いた。
 「ティム殿」
 レシアがティム爺の耳元で囁いた。
 「アルノワやエラドールのことは、多く語らぬ方が良いでしょう」
 「うむ。そうじゃの」
 次にティム爺が、エルゥとイファに囁いた。
 「わしが適当に話を作るので、おまえさんたちは、肯いておればよい」
 「うん。解った」
 後ろの様子に、リネガルがちらりと流し目で睨んだが、その時にはエルゥたちはすました顔で前を向いて歩いていた。
 やがて王の前に着き、エルゥたちは横一列に並ぶように促された。
 「わが国へようこそ」
 王は、低くも無く高くも無い静かな声でそう言った。
 歳は六十歳ぐらいで、この国の人々に多い明るい茶色の髪に、茶色の口ひげ。だが町の人々とは違って、とても上品そうな雰囲気は、さすがに王様だからだろうか。
 「この国に、海を越えた異国の人々が来ることはとても珍しい。そなたたちの国の話や、旅の話など、余に詳しく語り聞かせてもらえまいか?」
 「かしこまりました」
 ティム爺は深々と一礼した後、流暢に語り始めた。
 「私はデュバル国の出身で、ティム・スレンダー・インスタンチノーブルと申しまする。こちらはエルゥとイファ。ビオラ島の子どもたちですじゃ。この男はガライ。イグアノスの国の戦士で、こちらはレシア。東のギヴィア族の者でございまする」
 「ほほう。また様々な国から集まったものだな。どういう関係なのだ?」
 「私は冒険家で、各地を旅しておりましたが、ビオラ島が気に入って生活をするようになりましてな。そこで仲良くなったこの子たちと、一度旅をしようということになりましたのじゃ。そこで向かったアントスの国の港町で、河の上流の国イグアノスから勉強に来ていたガライと意気投合し、旅を共にするようになりましたのじゃ。そしてレシアはデルフィノの国で出会ったのですが、東のギヴィア族らしいということしか解らず、どうやら忘れ病にかかっておるようでしたので、東へ共に行こうと言う話になりましたのじゃ」
 ティム爺の話に、レシアは、なるほどと感心した。
 自分は、見た目は東のギヴィア族のようだが、そこに住んだことは無い。ギヴィア族の事は、知識としてなら知っているが、語り聞かせるほどではないので、そこを深く王に問い詰められては、とても困るだろう。それを考えて、ティム爺はとっさに、忘れ病であることにしてくれたのだ。
 「ふうむ。なるほど。色々な出会いがあって、旅は楽しそうであるな」
 「ええ。真に楽しゅうございます」
 「しかし、デルフィノからここは北に当たる。東のギヴィア族の国に行くには、ずいぶんと遠回りのようだが」
 ティム爺は、口ひげを無言で二三度触りながら僅かに考えた後、流暢に返答した。
 「エアロカの滝の噂を聞きましてな。天から降り注ぐほどの大滝に、幾重にも虹がかかり、それはこの世のものとは思えぬほどの美しさだとか。ご覧の通り私はもう、先があまりありませんので、あの世への土産話の一つとして見てみたいと思いまして、皆の了承を得て回り道をすることにしましたのじゃ」
 「ふむ。エアロカの滝か。良いものらしいな。機会があれば余も行ってみよう」
 「王」
 王の隣に立っていた男が、会話に割って入ってきた。
 「お時間でございます」
 「うむ」
 王は男に返答した後、ティム爺に向かって言った。
 「余は政務があるので、続きは夕餉の後にしよう。それまでゆるりと寛いでくれ」
 「ありがとうございます」
 「リネガル、この者たちを十分にもてなす様、申し付ける」
 リネガルは、
 「かしこまりました」
 と頭を深々と下げると、エルゥたちに、自分に従うように促した。
 エルゥたちは歩き始めたリネガルに続いた。
 (やはりすぐには帰してもらえんかの)
 ティム爺は少々後悔したが、エルゥとイファが喜んでいるので、まあ良いかと思うことにした。
 このところ襲撃が続き、ガライやレシアも疲れているはずである。たとえわずかでも、休息させてやりたいと思っていたところなので、警備が厳重な城の中なら幾分か安心だろう。これは良い機会かもしれないと、ティム爺は思った。

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