七 遠きアルノワ 4
一瞬、眩い光に溢れ、そこに二人の天使の姿が浮かびあがった。
「何だ!貴様ら…」
「その娘を素直に渡せばこのまま見逃そう。さあこちらへ」
驚くグラントに手を差し伸べるセイド。
しかしグラントは掴んでいたエルゥの腕を引き上げ、再びしっかりと抱きしめた。
「俺達をアルノワに住めるようにしてくれたら、渡してやる」
グラントの言葉に、セイドは即答した。
「良かろう。それが望みなら叶えよう」
「何…?」
あまりにもあっさりそう言われたので、グラントは逆に不審に思った。
「俺を騙すつもりか?この娘を渡したとたんに、攻撃してくるのではないだろうな」
「私はアルノワ人だ。嘘は言わぬ」
「…。本当に俺達をアルノワ人にしてくれるのか?」
「アルノワ人になれるかどうかはそなた達次第だ。私はそなた達がアルノワに住めるように尽力しよう。だが住めたとしても、適性の無い者はいずれ追放されるだろう」
セイドの言葉に、グラントは黙考した。
果たして自分は、アルノワ人になれるのだろうか。
「アルノワ人の適性とは何だ」
「秩序と規律を守り、良き行いをし、悪しきを挫くことだ」
「良き行いとは…」
「それは自分達で考えるが良い」
「セイド!」
レシアの声にセイドは振り返った。
こちらに向かって、二人のエラドール人が剣を振り回してくる。
雷を受けて落下していた二人が、何とか態勢を整えて、再び駆けつけてきたのだ。
セイドは自分も剣を出現させ、応戦の構えに入った。
「グラント!こんな連中など信用するな!」
「俺たちが食い止めてやる!お前だけでもアルノワに行け!」
「…よし。頼んだぞ!」
グラントは再びエルゥを抱きかかえたまま、天へと登り始めた。
だがものすごい風がグラントを包み、翼を動かすことが出来ない。
グラントの背後で、ラカイユが風を操っているのだ。
「くそぅ…」
何とか抵抗してみるが、その位置で踏み留まるだけで精一杯である。そこへレシアの雷が、翼をめがけて直撃した。
「ぐおおぉ!」
黒い羽根が飛び散り、グラントの翼が灰色の煙を上げる。
思わずエルゥを放し、真っ逆様に墜ちていくグラント。
「きゃあああ!」
エルゥは、地の底に吸い込まれていくような感覚と耳が千切れそうなほどの風圧に、息も出来ず、目も開けられなくなった。
だが次の瞬間、フワリと身体が軽くなった。
ラカイユとレシアが駆け寄り、ラカイユがその身体を優しく受け止めたのである。
「大丈夫か?」
心配そうに覗き込むレシアの声を聞きながら、エルゥはそのまま意識を失った。
「エルゥは?」
グレイブとモルガを倒したセイドが駆け寄ってきた。
「大丈夫だ。気を失ってしまったが、命に別状は無い」
ラカイユが笑顔で応えた後、レシアが悔しそうに言った。
「可愛そうに…。私のせいで怖い思いをさせてしまった」
「全くだ。お前も傷だらけでふがいないぞ」
五年ぶりに会う友人に、セイドは少し厳しい口調でそう言った。
だがその表情はとても柔らかく微笑んでいる。
レシアはふと、五年の月日など無かったかのように、つい昨日別れて再会したような感覚になった。
「ああ。返す言葉も無いよ。面目ない」
レシアは微笑み返した。
「私は龍を追う。この近くに居るはずだ。後は頼んだぞ」
セイドはそう残して、眼下の風景へ消えていった。
その方向を見つめながら、ラカイユが呟いた。
「五年ぶりかな…」
「え?」
レシアは不思議そうな瞳で、ラカイユを振り返った。
「彼のあんな笑顔は、五年ぶりぐらいに見たよ。君がアルノワに追放された時、自分は何もしれやれなかったと、とても落ち込んでいたんだ。それから彼はあまり笑わなくなった。地上にも滅多に降りなくなったしね。だからさっきの笑顔は、五年ぶりなんだよ」
「そうだったのか…」
彼に迷惑を掛けてはいけないと、育てていた龍のことを黙っていたのだが、一言でも打ち明けておくべきだったなと、レシアは後悔した。