小説『エルゥと天使と銀の龍』
作者:間野茶路()

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七 遠きアルノワ 5

 「レシアとラカイユだ!」
 城の窓から二人を見つけたイファは、乗り出さんばかりの勢いでそう叫んだ。
 「おお!エルゥは無事のようじゃ!」
 大喜びの三人の下にラカイユとレシアは静かに舞い降り、ティム爺にエルゥを委ねた。
 「エルゥは…」
 「大丈夫です。意識を失っているだけです。今、起こしてあげましょう」
 ラカイユがそう言いながら額に手を翳すと、エルゥはすっとその瞳を開いた。
 「ティム爺!イファ!ガライ!」
 元気なその声に、ティム爺たちは一安心した。
 「ありがとうラカイユ!傷は大丈夫?レシア」
 「傷はすぐに治る。それより誰か来る」
 レシアは、廊下が少し慌しくなっているのに気が付いた。
 「城の人に気づかれたか」
 「ラカイユは逃げて!レシアは翼を消して!」
 イファの言葉にレシアは黒い翼を消し、ラカイユは「では」と静かに窓から飛び去った。
 慌てて窓を閉めるイファ。
 その直後、「失礼いたします」と扉が開かれた。
 入ってきたのは、城の警備兵たちである。
 「何事ですかな」
 ティム爺は白々とそう言った。
 「こちらに、翼の生えた人間が二人、入っていくのを目撃した者がいるのですが」
 どうやら先のグラントたちの侵入には気付かなかったが、ラカイユとレシアの帰還は、誰かに見られていたようである。
 「おお。それは真ですかな」
 「ええ。白い翼と黒い翼の者です。この部屋の窓のようでしたが…」
 はっとイファは、レシアの白いローブが彼の血で赤く染まっているのに気が付いた。これを今発見されては、少々いい訳が厄介そうである。咄嗟にイファは、
 「悪魔だよ!怖い!」
 と言いながら、彼にすがりつくようにして、血痕を自分の身体で隠した。
 「ここには何もおらんぞ。恐らく野鳥か何かが通り過ぎるのを、間違えなさったのじゃな」
 「…本当に、ここに何も入ってきませんでしたか?」
 「本当じゃ」
 「では皆様方は、何故ここにお集まりに?」
 「そ、それは…」
 ティム爺は、少し考えてから応えた。
 「実は、こんな立派な部屋で眠るのは初めてでしてな。なかなか寝付けませなんだので他の者はどうじゃろうと伺ってみたところ、皆同じでしたのじゃ。そこでここに集まり、色々と話をしておったということですじゃ」
 「左様ですか。では、こちらに異常は、本当に何も無いのですね」
 「うむ。何も無い」
 飄々と応えるティム爺の態度に、警備兵は、ここは大丈夫だろうと判断した。
 「では、念のために他の部屋を調べてみます。夜分にお騒がせして、申し訳ございませんでした。失礼いたします」
 そう言いながら丁寧に頭を下げ、警備兵たちは去って行った。
 「良かった。何とか今はごまかせたね。でもこのローブはどうする?洗っても落ちないし、破れてるし…」
 「大丈夫だ。すぐに元に戻る」
 レシアはそう言うと、静かに瞳を閉じた。
 やがてレシアの身体から、ゆらゆらと蒸気のようなものが上がり、ローブは何も無かったかのように、元に戻った。
 「凄い、元通りだ!傷はもう大丈夫?痛くない?」
 「ああ。大丈夫だ。それより、怖い想いをさせて本当にすまなかった」
 「大丈夫!少し怖かったけど今は全然平気。…あ!」
 エルゥは何か気が付いたように叫んだ。
 「どうしたのじゃ?エルゥ」
 「革袋が無い。…落としちゃったみたい。セイドの羽根、あと一枚使えるはずだったのに…」
 エルゥは残念そうに肩を落とした。
 「はい」
 レシアはすっと、その手をエルゥに伸ばした。
 その先には、一枚の、少し短めの羽根があった。
 「セイドの羽根!拾ってくれてたの?ありがとう!」
 「これが最後の羽根だが、滝までは後一日と少しだ。つまり、明後日の今頃には、君は大司教様に会った後で、全てが終わっている頃だ。この羽根は使わなくても済むかもしれないね」
 「明後日の今頃…」
 (明後日の…今頃…)
 レシアの言葉が、エルゥの中に木霊した。
 明後日の今頃、全てが終わっている。
 大司教様は何とかしてくれるだろうか。
 自分はもう逃げ回らなくても…、怖い想いをしなくても良いのだろうか。
 それとも解ってもらえなくて、龍として倒されてしまうのだろうか。
 全て、明後日の今頃には、何らかの結果が出ているのだ。
 いずれにしろ、旅はもう直ぐ終わる。
 決して辛いことばかりではなかった。
 色々経験できて、むしろ楽しいとさえ感じている。
 そんな日々が、もう、終わってしまうのだ。
 複雑な想いがエルゥの中に過ぎった。
 不安と希望と、そして寂寞感が入り混じる、何とも言いがたい想いが。
 「大丈夫じゃ、エルゥ。上手くいくじゃろう。心配は要らんぞい」
 ティム爺の言葉に、エルゥはにっこり笑って頷いた。

 
 
 八 夜明け前 1へ続く

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