小説『SWORD ART ONLINE Fifth Crisis』
作者:トモ(IXA−戦−)

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Vol.9 生死循環

Side; Net 二〇二二年十二月十三日 第二層迷宮区 ボスフロア
 沢を上っていくと、自然的な景観をぶち壊すようなレリーフの施された木の扉が見えた。どうやら、階層ごとに扉のデザインも、何から何まで異なるらしい。何とも贅沢な情報リソースの割き方であった。そうとうなサーバーが使用されているのだろう。
 あの向こうがボス部屋になっているのだろう。
「みんな、良く聞いてくれ」
 ボス部屋の扉を背に、隊長のティアベルが再び演説を始めた。
「もう一度、確認しておく」
 それは出立前に聞かされたボス攻略の後の報酬割りである。
 恐らく、これからボス攻略には、数多くのギルド、若しくはソロプレイヤーが参加するのだろう。このようなルール策定は、ギルド同士、または個人同士の不和を生まないために絶対に重要なものである。今はまだ、個人の差も少なく、十人単位のギルドも無い状態だ。だが、それも今だけの話だ。これから先、進んでいけば、必ず百人単位のギルドが興る。そうなると、規律の無い団体というのは、単なる烏合の衆である。
「レアドロップは誰が取っても、文句を言わない。また、もらった奴も報告しない」
 彼の決めたルールを、一文一文、魂に刻み付けるように、キリトは聞いていた。
「経験値、報奨金は人頭割。ラストアタックのボーナスは、決めた奴の総取りだ」
 そして、全員を見渡す。
「異論は、あるかい?」
 誰からも異論は出なかった。
「よし、じゃあ、行くぞ!」
 青髪の騎士は、場違いにも程がある扉に手を添え、一気に押し開けた。
 扉の向こうは小さな滝になっていた。水の弾ける音、流れるせせらぎ。だが、どこか粘ついた様に見えるのは、どうしても(ナーヴギア)が、流体の完全再現という域にまで達していないからである。それをサウンドで誤魔化しているのだ。取り敢えず、水音を聞けば、流れていると脳が錯覚するように、そんなことを小さな電気信号で遣り取りしている。
「ボスはどこだ……?」
 そんな流体に関する云々に、個々に集ったプレイヤーは誰も興味はない。
 目下は、ここのボスである巨大なカニである。
「あそこだ!」
 誰かが叫んだ瞬間に、ぶくぶくと滝つぼがあわ立ち始めた。
 そこから巨大なカニ、文字通り巨大なカニとしか形容の出来ないモンスターが現れた。流れ作業のように、名前が表示される。固有名詞は(ザ・ジャイアント・クラブ・エフ)と何とも見たままであった。
ふと、キリトはテスト時には無かった最後のエフに注意が行った。
 だが、その意味を気にして、解釈するより前に、指揮官の声が飛んだ。
「腹の卵に気をつけろ!」
 このカニは、腹に大量の卵を抱えている。
 カニの抱えている卵は時間がたつと、子カニが生まれてくるのだ。一撃で死ぬような弱さだが、数が限りないのである。早速、三十人の見ている前でわらわらと出てきた。その数は三十。毎回、攻略法の違うボスを用意するとは。ここにも随分と凝ってリソースを割いているようである。
「攻撃開始!」
 ティアベルの声と共に、いっせいに子ガニに殺到する。
 キリトも駆け出す。後ろを三人も追撃してくる。
「は!」
 システムの支援を得られる軽めの(ソードスキル)を放つ。派手なライトエフェクトを伴って、刃はカニの甲殻へと迫る。だが、いともたやすく弾き返された。
「な……」
 弾かれてバランスを崩す最中、周囲の子ガニに向かって行ったプレイヤーも同じように剣を弾かれていた。まるで鋼鉄を叩いたような痺れが掌に残る。第一層同様に、此方もてこ入れがされているようだ。随分なバランス調整だと、キリトは内心舌打ちした。
「皆、一旦下がれ!」
 指揮官は、この状況を一瞬で整理して、全員を下げさせた。
 体力は無いが、防御に偏重しているタカアシガニの三倍はあるかというくらいの巨大なカニたち。そして、その子ガニを産み続ける親カニ。ボスは親の方である。こいつを殺さないと何時まで経っても先へと進めない。
「待てよ……」
 ふと、キリトは思い出した。
「なあ、カイト……」
「何?」
 こんな危険な状況にあってもカイトは笑っていた。後ろに剣をだらりと自然体に構えているオルカとバルムンクも同じように、不適な笑みを浮かべている。この命の掛かったゲームを心の底から楽しんでいる。そうとしか思えない笑顔だ。ゲームのクリアには意識が向いている。それは間違いない。だが、生きるか死ぬかのギリギリのラインを生きているキリトには理解しがたい、命すら掛け金として使う戦士の肖像。
「カニって、甲羅があるんだよな」
「うん、そうだけど」
 答えたのは、どこかの部族の戦士のようなオルカだった。
「カニは、基本的に腹が弱い……」
「そうか!」
 一足先に答えに辿り着いたらしいバルムンクが、白いマントを翻し、駆ける。そのままカニに足払いを掛けた。騎士に有るまじき行為だが、八本の足で全体重を支えているうちの四本を地面からすっ飛ばされたカニは、簡単に転がった。
「よし!」
 バルムンクが後ろに向かってガッツポーズを送る。
 付いて来いという合図なのだろう。
 彼のやり方を見ていた別のプレイヤーが、今度は泥臭くカニを躓かせる。
「そして、こうだ!」
 白い羽の騎士は、カニをひっくり返し、腹に剣を突き立てる。
 硬い甲羅で守られていたはずのカニは、いとも容易くポリゴンとなって散った。
 確かに、バルムンクのレベルが突出しているというのも、子ガニに一撃必殺を決められた理由のひとつには違いない。
 だが、それよりも、重要なのは、今までどこに攻撃を当てても、ダメージは変わらないと思っていたモンスターでも、攻撃部位によってダメージ判定が変わるという事実だ。この事実は、徹底的に遣り込んでいたはずのビーターであるキリトも知らなかった。
 だが、攻略方法が分かってしまえば、恐れるに足らない。
「指揮官! 指示を!」
「ああ! 全員、彼の遣り方を真似ろ!」
「おおおおおお!」
 卵脚に抱えられた卵が次々に孵り、巨大なカニは次から次へと現れるが、ひっくり返し腹に剣を付き立てる。それだけで、レベルの低いプレイヤーであっても、容易に倒せる。
そうなると、段々と欲望が鎌首を擡げてくる。
 即ち、経験値への欲望。
 基本的には、モンスターを倒して、経験値を得るのだから、モンスターが湧き続けるような地点があれば、そこは絶好の経験値稼ぎの場所になるのだ。おまけに低レベルのプレイヤーであっても簡単に潰せるという手軽さ。このカニ達は、プレイヤーに絶好の獲物であった。だから、親カニが、次の子供を産むことを期待し始めた。
 その欲望は、伝播する。
 後衛にいたプレイヤーも、経験値欲しさに前へ前へと出続ける。
 何時しか隊列は、千々乱れ始めた。纏めていたはずのティアベルの声も届かなくなってしまっていた。そのことに頭であった青髪の騎士と、レベルの高かった三人の剣士、その四人以外は、誰も気が付かないでいた。
 後ろから、ティアベルが怒鳴る。
「待て、皆!」
「落ち着いて!」
 カイト達が、最前線に立ち、必死に押さえ込もうする。
だが、誰も耳を貸そうとはしない。
 キリトでさえ、次々に積み重なっていく経験値に、心が震えていた。
三十という自分の倍以上のレベルを誇っているプレイヤーに少しでも追いつきたい。そんな本人は一切自覚していない、あまりにも子供っぽい嫉妬心から、徹底的に屠り続ける。
 だから、誰も気が付かなかった。
 沢の下流に泡が浮いていることに。
 そして、その泡が、次第に大きくなって。
「え……?」
 誰かが反応する頃には、それはティアベルの後ろで、巨大なカニになっていた。名前が少し遅れて表示される。名前は(ザ・ジャイアント・クラブ・エム)と先程のカニとは、一文字違いである。だが、この一文字の違いが非常に大きい。
(まさか……)
「危ない!」
 反応の遅れたティアベルへと、もう一匹のカニが巨大な鋏を振り上げた。
 ギロチン。
 そんな恐怖政治の代名詞が、全員の脳裏を駆け抜けた。
「雌雄一対なんだ!」
 ようやく、エフの意味に気が付いたキリトが叫ぶ。
 エフとエム、つまりは、maleとfemale。オスとメス。このカニは雌雄一対でひとつのボスなのだ。カニの家族、それを潰さなければ、クリアとならないのだ。そのことに、全員が遅まきながら気が付いた。そして、これが油断なら無いレイドを組まねば倒せないボスなのだということにも。
 誰しも知っていたはずだ。
 だけども、忘れていた。
 このゲームの中に潜む悪意を。
「逃げろ、ティアベル!」
 叫んだキリトの前で、オスカニがティアベルの体を、まるで紙切れのような気安さで、巨大な鋏で切り裂いた。盛大に吹き飛ぶ青髪の騎士の体。全員の見ている前で、彼の体力は、見る見るうちに減っていく。その体をせめて落下ダメージから守ろうと、彼のカバーに入ろうと走っていたバルムンクが空中で捕まえた。
「無事か!」
 指揮官の窮地にキリトが駆け寄る。
「バルムンク、彼の容態は!」
 子ガニを蹴散らし、カイトが走り寄る。その後ろから、また新しいカニが湧き出てくるが、オルカが、その筋肉の鎧を生かし、剛健な剣を勢い良く振るう。その剣に吹き飛ばされ、十ほどの子ガニが吹き飛んだ。
 集まった三人の前で、ティアベルは荒い息をしていた。心肺能力などに左右されずに運動できるヴァーチャル世界なのに、彼の息は、荒く、大きいものに変わっていた。
「早く回復を……」
 集まった三人が、回復用のポーションを差し出すが、ティアベルは、それを何故か制した。突然の出来事に三人は止まってしまう。
「何故だ! 死ぬんだぞ!」
「そうだよ、貴方以上に、指揮を取れるのは……」
 吼えたのは、白羽の騎士と、赤いコートの騎士だった。
 まるで長年付き添ってきた仲間を思いやるように、声を荒げる。同じ隊に所属した騎士の命のともし火が消えそうになっている。その受け入れがたき事実を目の当たりにして、キリトも、殆ど泣きながら怒鳴った。
 人を避けて、避けて、生きてきた癖に、と頭の中で誰かが囁いている。
 その頭の中に流れる悪魔の囁きを必死に押し殺し、吼える。
「あんたが死んだら、誰が纏めるんだよ!」
 ここで彼が死んでしまったら、隊が崩壊する。このバラバラだったプレイヤーを纏めたのは、ティアベルの指揮能力と人徳のおかげなのだ。その彼がいなくなった後は、地獄絵図でしかない。何をすれば、何を捨てれば良いのか分からなくなった隊員たちが好き勝手に動き回り、犠牲が増えるだろう。
そして、何よりも、彼の代理を務めるだけの力がある人間が、この場に、いない。
「これで、いいんだ……」
「良い訳ないだろう!」
 弱弱しく呟いたティアベルに、キリトは吼えた。
 バルムンクの腕の中で、彼は小さく笑った。
「ボスを、……倒してくれ……」
 それは、誰に向けて言った言葉なのだろうか。
 確かめる前に、青髪の騎士は、無数のポリゴンとなって散っていった。

 

Side; Real 二〇二二年十二月十三日 大阪生駒 
 亮は千草と共に、大阪の生駒へと来ていた。
「小説家さんって、儲かるんですかね?」
「さあ?」
 目の前に現れた邸宅、まさに邸宅としか表現できないような巨大な家を前にして、千草は、どこか的外れな感想を漏らした。亮の方も、まともに取り合うべきではないと判断して、適当に彼女の言葉は流した。
 表札をもう一度見合わせて、間違えていないことを確認する。
「鷲尾、ここだな」
 躊躇うことなく、亮はインターフォンを押した。
 一拍の間が開いて、スピーカーから女性の声が聞こえてきた。
『はい、どなたでしょうか?』
 落ち着いて、それでいて、どこか嗄れた女性の声だった。恐らくは目的の人物の夫人なのだろう。彼とは面識があるが、夫人とは直接の面識がない。
「あ、すいません。三崎といいます。黛、いや、大治郎さんはご在宅でしょうか?」
『主人は、今、外出しておりますが……』
 申し訳なさそうな夫人の言葉に、少し亮は千草と顔を見合わせた。
「どれくらいでお帰りになられますか?」
『執筆合間の散歩と申しておりましたので、そんなに掛かるとは思いませんが』
「それでしたら、待たせて貰えませんか?」
『分かりました。どうぞ』
 ギイッと鉄の扉が開いた。導かれるように、二人は邸宅の中に足を踏み入れる。
 玄関先で出迎えてくれたのは、和服の老婦人であった。
「初めまして、鷲尾大治郎の妻でございます」
「初めまして、三崎亮です。そして、此方が、日下千草です」
「どうも、初めまして」
 老婦人に案内されて、客間に案内された。外からの見た目に違わず、邸内も非常に豪華なつくりであった。二人の住まいだと聞いていたのだが、しっかりと管理も行き届いていて、埃や髪の毛などひとつも落ちていない。なんとも落ち着かない感じで、待っていると夫人が、これまた高そうな湯呑とお茶、そして、お茶菓子を運んできた。
「どうぞ」
「ご丁寧にありがとうございます」
 すっと千草が丁寧に頭を下げた。つられて、亮も頭を下げる。
 しばらくお茶を飲んで、待っていると、襖を豪快に開けて、剛健な雰囲気の漂う老人が姿を現した。既に七十を大きく超えているはずなのだが、まだ、健康そのものである。若い此方が、気おされそうなほどの圧迫感を放っている。
「おう、久しぶりだな!」
 現れた鷲尾は、良く通る豪快な声で二人を見るや否や、にっかりと白い歯を見せて笑った。豪放磊落・質実剛健という言葉がこれ以上に似合うだろう笑顔も無いだろう。
 鷲尾大治郎、またの名を小説家、黛正太郎。
 元は大学教授であったが、定年を迎えて退職した後は、小説家として身を立てている。元々、教授時代からの著作が多いので、非常にコアな人気作家として、文壇では名が通っている。かなり適当な性格だが、何となく老獪から生まれるカリスマ性のある男だ。よっこらせっと、大きな節くれだった手で、腰を掻きながら、どっかりと座った。
「で、どうした二人とも? 結婚の挨拶か?」
 早速、大治郎節全開である。
 二人の顔を見比べて、大輪の向日葵のような笑顔を浮かべた。
「いえ、そうではなくてですね……」
 顔を赤らめながら、千草が弱弱しく反論するが、鷲尾はガハハと豪快な笑い声を上げるだけだった。恥ずかしがること無いだろうと言いたげな声と顔だ。
「仲人くらいなら、務めるぞ」
「あの、だから……」
「貴方、ちゃんと話を聞いてあげましょうよ」
 困った顔の二人を前に夫人が助け舟を出してくれた。
 確かに事情を知らない、第三者が見たら、結婚の報告と間違われてもおかしくないような状況だ。机を挟んで向かい合う若者二人と、父と母。誰がどう見ても勘違いするとしか思えない光景である。
「お二人は、主人に何か頼みがあってきたのでしょう?」
「そうだ。俺たちは聞きたい事があって来たんだ」
「なんだ?」
 また本当に聞いているのか、どうか分からない態度で返事を鷲尾は返す。
「犬童雅人とのことだ」
「ん、オーヴァンか?」
「そうです。彼に関する情報が私達は欲しいんです」
 オーヴァンこと犬童雅人と、鷲尾大治郎が使っているPCデータ、がびは、嘗て義兄弟の契りを交わした中だという。最強の男と、最高の男が結んだ男同士の契りとは、なんとも時代錯誤な関係だが、鷲尾の方は、大いに納得しているらしい。何でも、昔、血みどろの決闘に至ったこともあるとか、ないとか。二人は、そんな関係なのだ。
 そんな味方以上に信じられる敵に、犬童雅人は何か残しているのではないか。
 亮を初め、今作戦のメンバー、特にオーヴァンを良く知る面々は、そのように考えたのだ。犬童の罪状を顧みれば、確実に知り合いには捜査のメスが入る。そんな時に、重要な情報を、まさか敵に何かを託している人間はいないだろうという、捜査の上での心理を逆手にとっているかもしれない。
 亮と千草は、今、起きているSAO事件に、オーヴァンが噛んでいるのではないか。
 噛んでいなくとも、何か知っているのではないか。
 主犯である茅場との間に何かしらの関係があるのではないか。
 それを過去に遡って、調べているのだ。
「そうか……」
 説明し終わる頃には、既に昼を迎えていた。
 鷲尾は、いつもの豪快な成りは潜め、真面目な顔で二人の顔を見ている。
「少し、待ってろ」
 そういうと、一端、老作家は席を辞した。
 すぐに、何かの資料を持って、戻ってくる。
「これが、あいつが託したものだ」
 今時珍しい紙媒体で鷲尾が、二人の前に出したのは、膨大なページ数のレポートだった。
「『mamaレポート』……?」
 タイトルは、簡潔にそう記されていた。
「環境団体の『mama』って知ってるか?」
 二人とも聞き覚えがあった。
 アメリカに本拠地を持つ、環境保全団体の名前だ。
 母なる地球を守ろうということで、世界各地で環境保護の運動に乗り出している団体である。だが、そのやり口は、テロリスト紛いの行動も多い。メキシコ湾の油田を爆破して、オイルメジャーに重大な被害を与え、結果的にメキシコ湾沿岸を重油汚染してしまうなど、本末転倒な行動も多い。
 他にもネットテロにも関わったという噂も多い団体だ。
「あいつは、七年前NABに所属していた時分、これについて纏めていた」
「それと、今回の事件が、どう繋がるんだ?」
 そんなテロリスト紛いの行動を行っている自然団体と、茅場晶彦がどう繋がるのか。
「名簿を見てみろ」
 パラパラとページを捲り、名簿の欄を探す。
 元大学教授、人類学者、ドミニク・ド・ラボー。
 AILTIMT社取締役、シビル・グリーン。
 CC社サンディエゴ本社社長、ヴェロニカ・ペイン。
 アメリカ国家安全保障委員会、キンバリー・フレーザー。
 なんともアメリカ国内の、早々たるメンバーが並んでいる。だが、彼女達がテロに加担しているという証拠はない。各地の軍隊、政府、他にも市民団体などに、まるで毒か病のように感染して、賛同者を増やしていくのが、彼らの遣り方である。もしかしたら、こうやって話している亮も、千草も、鷲尾も、彼の夫人の誰かが、そのメンバーである可能性というのは、十分にありえる話なのである。
「その最後のページだ」
「最後の……」
 亮が最後のページへと紙を送る。隣から吐息が掛かりそうなほどに接近して千草が覗き込んでくる。
 最後のページのタイトルは、antagonist、敵対者のリストであった。
 NAB職員、犬童雅人。
 CC社研究社員、番匠屋淳。
 そして、
「……茅場、晶彦……」
 その名前を読んで、二人は、状況が理解できなくなった。
 何故、この事件を起こした彼が『mama』の敵対者として名を連ねているのだ。
 環境保護団体に対立する、天才ゲームデザイナー。
 事は最早、ゲームという矮小な現実の域にとどまっていない。それこそ、小説家が好みそうな世界規模で進行しているような陰謀を巡る話に巻き込まれているとしか思えないのだ。一大学生が二人、噛み込むにはスケールの大きい話である。
「待て、サイバーテロにも加担してるって言う『mama』の敵対者ってことは……」
 簡単に言えば、彼らの行う目的と、茅場晶彦の目的は合致しないということになる。
 彼と彼らの目的が何か、それは分からない。
 だが、今回の事件、いや、事件ではなく茅場晶彦の計画と言うほうが正しいのかもしれないが、それを妨害するために、このテロリスト集団がやってくるかもしれない。その危険性が生まれたのだ。もしかしたら、プレイヤーの中に、入っているのかもしれない。
 恐らくは、茅場に悪意と敵意を持って。



Side: Net 二〇二二年十二月十三日 第二層迷宮区 ボスフロア
 目の前で、人が死んだ。
 ―――これは、ゲームであってゲームではない。
 ―――今後、ゲーム内において体力がゼロになったプレイヤーは死ぬ。
 初日、ゲームマスターとなった茅場晶彦の言った言葉が思い出される。人の命というのは、これほどまでに呆気ないものなのだろうか。「ゲーム」という「現実」の中で、存在している人間が、呆気なく死んだ。それも怪物に殺されるという、想像も出来ない方法で。
 ザワッと、キリトの中で何かが逆立った。
 許せるとか、許せないとか、そんな感情ではない。
 死んだことへの哀悼でもない。殺された怒りでもない。
 表現の仕様のない感情が、渦を巻いた。
「……あああああああ!」
 また大きな鋏を振りかぶったカニへと、剣戟を叩き込む。
 カニの軟い間接部に、鋭い刃が突き刺さる。
「落ち着け!」
 誰かが後ろで何かを言っている。
 だが、そんな言葉は、沸騰した彼の耳には届くはずもない。
「くそ、援護するぞ! カイト! オルカ!」
「分かった! 行こうぜ、カイト!」
「皆も、着いてきて!」
 一人の暴走を咎めることもなく、段々と落ち着きを取り戻してきたらしい。参加していたレイドのメンバーが、自分のなすべきことを、良いと思えることを、するために動き出した。皮肉にも一人の騎士の死が、また全員を結束させていたのだ。
 誰もが、心の底から競り上がってくる泣きたい気持ちを押し殺す。
 製作者の悪意に晒され、消えていく命。
これ以上、利己心に走って、仲違いしている場合ではないのだ。
そんな簡単な事に、気が付くのに、さほどの時間は必要としなかった。
そして、その事実は、各人の思いが別々な方向へと向いていくことを意味していた。
「幼生は、出来るだけ抑えて、メスの卵脚を狙う!」
 このゲームには、敵にも味方にも部位欠損というパラメータがある。
 一撃必殺にならずとも、腕、足などの四肢が切り飛ばされることがある。
 勿論、プレイヤーは時間経過で回復するような、ゲーム上のエッセンスでしかないが、一度しか存在しないボス戦では、大きな効果を発揮する。ボスの四肢欠損や弱点部位の攻撃は、それだけで大きく体力を削り、尚且つ、戦力を下げることになるのだ。
 戦い方は卑怯かもしれない。
 だが、卑怯などとは言っていられない。
 戦って、勝って、生き残らなければ、誰も助からない。
 歩みを前へと進めなければ、誰も生き抜くことなどできない。
 個々人の欲望ではなく、全体を見つめて、全体を理解して、それでようやく、戦うことが出来るのだ。曲がり間違っても、ネットゲームはリソースの奪い合いなどではないはずなのに、命という誰もが大切に思っているものが関係した瞬間に、醜くも正しい本性がむき出しになっていた。その本性をいかに、理性で包めるかが、そんな子供の目標のようなお題目が、これからの攻略に重要なのだと、悟ったのだ。
 脚を切り飛ばし、鋏を折り、乱暴にカニの柔らかい部分を狙っていく。
 弾かれる剣から生まれる閃光。
 反撃に生まれる損害の光芒。
 割れ散った欠片が、またひとつになり始める。
「うおおおお!」
 誰かの切っ先が、カニの腹を抉った。
 数値的なカニのHPは、それで無くなった。
「よし、メスカニは倒した!」
 バルムンクの声に、歓声が上がる。歓声に入り混じるように、メスカニは、薄い水色のポリゴンの破片となって、渓流へと戻っていった。ボスモンスターという化け物として、殺されるために生まれて、殺された後はどうなるのか。ふと、カイトはそんなことを思ってしまった。もし、彼らに人間と変わらないAIが組み込まれていたら。そんな嫌な想像をして、赤いバロンコートの青年は、身を震わせた。
「おおお!」
全員でもう一匹のカニへ戦いを挑もう。そう思って、振り返った瞬間。
「…はあ、はあ……」
 荒い息を吐く、黒い剣士の前で、(ザ・ジャイアント・クラブ・エム)が膝を付いていた。いや、もうあれば、食われるためのカニだ。脚を折られ、鋏を飛ばされ、腹に幾つも刀傷を付けられたカニ。まるで、鍋に叩き込まれて、煮込まれ、食い散らかさられる前のようであった。そのカニを前に黒い剣士は、持っていた片手剣を天高く振り上げた。
 そして、
「ああああああ!」
 憎悪でもない、憤怒でもない、悲哀でもない、人の生死に纏わる、どんな感情とも思えない声を魂の奥底から、吐き出して、黒の剣士は、カニの頭に切っ先を落とした。
 そして、相手の後を追うように、ゆっくりとカニは、渓流へと解ける破片になった。



Side; Real 二〇二二年十二月十四日 都内マンション
「かんぱーい!」
 元気な声の唱和が、部屋の中に木霊した。
 高原祐樹は、年下の友人に誘われたパーティに列席していた。場の盛り上がっている雰囲気とは逆に、祐樹の気分は、沈んだままである。それなりに長く生きてきたが、やはり人の死というものには、慣れそうに無い。
「遥さん、一詩さん、おめでとうございます!」
 発起人である、国崎秀悟が、二人に祝いのプレゼントを贈る。
 予定していたとおり、今日は、度会一詩と水原遥の元に、第二子が誕生したことを祝う会だ。ついでに、クリスマスも戦う企業戦士たちのために、一足早い聖夜を祝おうという趣旨も含んでいる。
「ここで、出席者の皆さんから、何か挨拶をもらいたいとおもいまーす!」
 元気良く、秀悟の妹、玲奈が手をマイクの代わりにして、七人の出席者から一言ずつ頂戴するために、部屋の中を回り始める。
「それじゃ、最初は、真由美さん!」
「はいはーい!」
 元気良く、黒川真由美が手を上げる。既に三十を大きく超えているのに、外見は高校生と言っても差支えがないほどだ。どちらかというと可愛らしいの部類に入るだろう。悪く言えば、子供っぽいということなのだが、これでも一児の母でもある。
 今回のパーティの料理は、彼女の手作りだ。
「祐樹君、失礼なこと考えてるでしょー?」
「うっ…・・・」
 挨拶の前に、祐樹の方を見て、彼女はニヤリと悪戯小僧のような笑顔を浮かべた。
 場は笑いの渦に包まれる。彼らに釣られて、思わず、祐樹も笑ってしまう。
「はい、えっと、二人とも子供の誕生、おめでとう! 二人には、親子共々色々とお世話になってますけど、これくらいしか返せなくて、ごめんねー。何かあったら、いつでも先輩ママとして相談に乗るからね、遥ちゃん」
「あ、はい。ありがとうございます!」
 まだ三歳に満たない娘の浬子を抱えた遥が、先輩ママにお礼を述べた。
「それじゃ、今度は……」
 玲奈の今度の標的は、眼鏡を掛けた理知的で、淑やかな印象の漂う女性だった。
「大鳥春奈、鳳花さん、お願いします」
「玲奈ちゃん、あまりプレイヤーネームで言われるのは……」
「いいじゃないですか。私達をつなげたのは、あの『世界』なんですから」
 口を少し尖らせて、春奈は反論しようとしたが、せっかくの祝いの席に、そんな気持ちを持ち込むべきではないと考えたのだろう。素直に、春奈は通りの良い、
「鳳花です。人狼族でした。お久しぶりです」
 そう名乗った。
「結婚とか、出産とか、まだ早いかなと思っていたら、私も三十手前になりました」
 春奈は、二人の母親を前にして、そんなことから話し始めた。
「今年も一緒に過ごすステディは居ません!」
 そんな力説に、またリビングが明るくなった。
「と、私の愚痴は別にして、二人ともおめでとうございます」
 その後、彼女らしい清楚で、落ち着いた挨拶が続けられた。
「それじゃ、咲さんかな?」
「柴山咲です。渡会先輩も、遥さんもおめでとうございまーす。私も、立派に先輩の後を継いで、デパックチームのリーダー務めてます。いやー、こうやって実際に使っていると、神槍って使いにくいですねー。あ、『僕』っていう癖も抜けて、万々歳です」
「柴山―?」
 そんな事を言った咲に、度会が昔と同じトーンで話しかけた。
「あ、先輩、僕に何かようですか?」
 言ってしまって、咲は口元を押さえた。抜けきっていない癖に、一同は苦笑を抑えられなかった。咲は、長らく男性PCでゲームをプレイしていたために、ロールも男性を気取っていた。そのため、ボイス入力の一人称も「僕」と言ってしまう癖があった。部長であった度会からは、何度も注意されて、矯正したのだが。
「ひどいですよ、先輩」
「ははは」
「それじゃ、次は、深鈴ちゃんかな」
「はいはーい。ミレイユ、黒川深鈴だよー」
 先程の黒川真由美の愛娘が、彼女である。まだ十二歳で、今回の参加者の中では最年少である。母親譲りの人懐っこさと好奇心の旺盛さで、色々なところへ首を突っ込んでしまう。今、通っている学校でも、人気者らしい。
「えっと、お二人とも、おめでとうございます」
 ペコリと行儀正しく一礼。見る人全てが癒されるような笑顔での一礼であった。
「二人には、親子共々お世話になりました。これからも迷惑をかけるかもしれませんけど、よろしくお願いします。また、浬子ちゃん、遊ぼうね」
「はい、ありがとう。それじゃ、最後は……」
「……期待してますよ、祐樹さん」
「………」
いつの間にか近くに居た秀悟が、小声でそんな事を言ってくる。
 態々、最後にしたのには、何かエスプリの利いた事を、そして、トリを締めくくるのに、祐樹ならば、相応しい事を言ってくれるのではないかという、国崎兄妹らしい、考えの見える計画なのだろう。十日ほど前に聞かされて、プレゼントを強請られた事からも、それは良く分かっていた。勿論、そちらは、バッチリ準備してある。
 だが、そんな事を期待されても、正直、困る。
 だが、全員の目が期待している。正直、危ない。
 こんな挨拶をするとは思っていなかった祐樹は頭の中で、必死になって何かを考える。昨日のことを考えていないで、真面目に挨拶を考えておけばよかったと、少し後悔する。
「…・・・よし」
 失礼に成らないように、そして、出来るだけ期待に応えられるように。
「お二人ともお久しぶりです」
 早く、早くと秀悟がせかす。
「俺のゴットファーザーの元に子供が生まれたということで、嬉しく思っております」
 チラッと横を見ると、秀悟が口元を押さえている。黒川母娘は何のことか分かっていないので、ポカンとしている。咲は、思い出したように手を打った。渡会夫妻は、二人揃って、照れくさそうに頬を掻いていた。
 高原祐樹のキャラクター、バルムンクの二つ名である『フィアナの末裔』『蒼天』は、ネット詩人でもある遥が、付けた名前なのだ。彼女はイギリス民話、特に古代ケルトを専門に扱っている翻訳家であり、その中で邪龍を討伐した彼と、もう一人、『蒼海』の二人を、フィニアンサイクルに出てくるフィアナ騎士団の末裔だと称したのだ。
 彼らが自発的に名乗ることはないが、半ば二人の通り名として、通用している。
それを差して、ゴットファーザー、代母ということを引っ掛けてみたのだ。由来を知っている人間には、大うけのようだ。だが、知らない人間には、完全に外してしまった。
 この空気をどうしようかと思いながら、
「この名前を誇りに、これからも頑張って行きたいと思います」
 後ろで効果音でもつきそうな、決めポーズ。
 真面目な馬鹿とでも称しようか。高原祐樹とは、そんな男だ。
 だからこそ、こんな風にCC社の企画部の部長と言う肩書きを持つことが出来るのかもしれない。世界規模で接続されているゲームだ。万人受けする企画など、そう簡単に作ることは出来ないだろう。だが、彼は、その辺りのことを良く心得ている。
「まずは、二人にお祝いの品を、と」
「これは……?」
 本来の目的は、夫妻の第二子誕生のお祝いなのだが、お祭り好きな秀悟は、何かにつけて集まろうとする。この会も、なんだか皆で楽しむだけになってしまっていたが、ちゃんと祐樹は覚えていて、二人にプレゼントを贈った。
「何、大したものじゃありませよ。存分に使い倒してください」
 更に、彼は気が回る。
 ここに来たときから、全員が注目していた
「そして、皆さんに一足早いクリスマスプレゼントだ!」
「おお!」
 興奮するのは、秀悟や玲奈、そして深鈴だけではない。
「やっほー! 祐樹君からのクリスマスプレゼントだー!」
 最年長のはずの、真由美までもが一緒になってはしゃぐ。これではどちらが娘なのか分からないくらいだ。そんな彼女に、非常に言い難そうに祐樹は告げる。
「あの、真由美さんには……」
「えー、準備してくれてないのー」
「はは、申し訳ありません」
 むすっとした顔の母親に、申し訳なさそうに祐樹は、お詫びの言葉を述べる。
「折角、私もクリスマスプレゼント持ってきたのに。祐樹君にだけだけど」
「えー、ずるいー!」
 ぶーぶーと秀悟や玲奈、春奈や咲が非難の声を上げる。
 それに一児の母らしい笑顔で、真由美は黙らせる。なんだか、あまり非難しても、上手い具合にはぐらかされそうな感じの笑顔である。彼女、そして、その血を余すことなく継いだ娘の笑顔に負けて、秀悟や海斗は、色々と断れない事件にも巻き込まれたのだ。
「んで、ちょっと大きいから、車の中なんだー、一緒に取りに来てくれるー?」
「それくらいお安い御用ですよ」
「よし、それじゃ、ちょっと中座するねー」
「はい、それじゃ、先に食べてますね」
 そういうと、真由美は、祐樹の手を引っ張り外へと出た。
 十二月も半ばになって、外の空気は身を切り裂くほどに冷たい。夜のネオンサインが煌びやかに、そんな冷たい夜空に煌いている。幸いなことにエレベーターの中は、空調が整っており、非常に暖かい空気で満ち溢れていた。
「祐樹君、何かあった?」
 そのエレベーターの中、真由美は唐突に尋ねた。
「何か、とは?」
「んー、例えば、誰か友達が亡くなったみたいな顔してる」
「!」
 祐樹は、億尾にも出さず、黙ったまま彼女の発言を無視した。
 だけども、無視がまずかった。却って、彼女の興味を引く結果となってしまった。
「図星みたいだね」
 ニカリと笑う真由美に、口篭る祐樹。
「いえ、そんなことは……」
「昔っから、そんな風に図星を突かれると、黙っちゃう癖抜けてないんだね」
「はあ……」
 火野に対しても頭が上がりにくい。だが、彼女にも、どうやら頭が上がらないようだ。理詰めで、相手に対して有益な取引を持ちかける火野とは異なり、彼女は、なんと言うか、ほいほいと人の心の中に踏み込んでくる。でも、重要なことは、相手が話してくれるのを待つ。そんな女性なのである。勝ち目がない。そう悟った祐樹は、ゆっくりと話を始めた。
「今回の、SAO事件……、真由美さんはどう考えてます?」
「どうって? 残念だけど、学者さんじゃないから、目的とか聞かれても困るよ」
 高層マンションのエレベーターが、ようやく地上階に着いた。
 近くの駐車場に止めてあるという彼女の車まで、その話をすることにした。
「いえ、そうではなくて、ですね」
「ふんふん。人が死んじゃった、それも多分、祐樹君の前で」
「ええ、その通りです」
 昨日、目の前で人が一人脱落した。
 見た目だけは、何でもないゲームオーバー画面だっただろう。
 だが、それは現実世界での死を意味している。
 昨日の夜、そして今朝方、祐樹、そして、康彦と海斗の三人は第三層の街へと辿り着くと同時にログアウト。頭に走る鈍痛に耐え、アーガスから、CC社が手に入れた名簿を手に、現実世界でのティアベルの下へと行ったのだ。このあたりは、日本政府も総務省や経済産業省がプロジェクトチームを結成して、対処に当たっているが、病院への搬送で、あとは法的なアーガスの解散手続きで終わっている。そんな何も出来ない、無力さに打ちひしがれているのは、彼ら自身だろう。それに同情と苦慮くらいは祐樹も抱いている。
 そして、三人が辿り着いた病室の中。病室の空気は、無慈悲に暖かかった。けれども、冷たかった。病院の上で泣き崩れる彼の妻らしき女性。そして、何が起きたのか、全く理解できていない顔で笑っていた、彼の幼い子供。そして、悲しげに俯く医者や看護士。
 自分たちが果たすべき役割を果たせなかったこと。
 土台、十二人、まだ参加していないメンバーを足しても十四人で、一万人の命を守るというのは、無理な話であることくらい、最初から割り切っている。だが、実際に、目の前で死に、それが現実に波及するのだと知ったとき、三十年生きてきてなお感じたことの無い感情が、胸の奥底から湧き上がってきたのは事実である。
「多分だけど、昔と同じことしてるんでしょ、バルムンク君?」
「……ミストラルさんには、適いませんね……」
 まるで探偵。
 何を考えているのか、彼女にはお見通しのようである。心の中を探り、捜し、高原祐樹の心中を正確に捉えていく。その彼女の探し出そうとしている手に、彼は全てを委ねた。
「それで、何を思ったのかな?」
「……分かりません」
 正直な感想だ。
「だけども、ここで諦める、っていう選択肢はない、って思ってます」
「うん、それだよ」
 ニコッと真由美は特大の笑顔を浮かべた。
「十二年前も、八年前も、君が、君たちが、諦めたら、全部が終わってたんだよ」
 この事件に対して、高原祐樹は余りにも無力だ。そして、事件を解決するに当たって、崇高な志があるわけでもない。役人連中のことを無力だと、彼は罵ろうとは思わない。
 立場が違うだけで、所詮は同じなのだ。
 だけども、立場が違うことが、大きな違いなのだ。
 蒼天を継ぐバルムンクとして。そして、カイトやオルカ、ブラックローズが居ること。それは、彼に事件解決のために、人を救うための力を与えてくれるに違いない。
 ミストラル、黒川真由美は、そのことを誰よりも知っている。信じてくれている。
 他ならぬ『.hackers』の一人として。
「頑張れ、青年!」
 これが彼女からのクリスマスプレゼントなのだとしたら、随分としょっぱい。
「……はい」
 それに、こんな顔で戻ったら、また秀悟にからかわれるだろう。
 折角のお祝いの席なのに、涙を流すのは、似合うはずもない。
 

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