小説『SWORD ART ONLINE Fifth Crisis』
作者:トモ(IXA−戦−)

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Vol.3 英雄邂逅



Side: Net 二〇二二年十二月四日 第一層『メダイ』
 半壊したコロッセオのような円形の建物中に、幾人ものプレイヤーが集まっていた。
みな、思い思いの場所に腰掛け、あるものは一人で、あるものは何人かでパーティを組んで、座っている。命がけのゲームなのに、集まった彼らには、どこか落ち着いた雰囲気さえ漂っている。初めてデスゲームの攻略の糸口がつかめたからだ。
 開始から一ヶ月。
 死者数はすでに二千人を超えている。
 大多数の参加者は、経験者であり、このような事態になっても極限状態ではあるが、何とか生き残っていた。環境に適応できず、モンスターに殺された者、極限状態に耐え切れず、自ら死を選ぶもの、二千人の死に方は多様であった。
 同時に残った八千人の生き方も多様になった。
 この世界は、茅場晶彦の手によって、もう一つの『世界』になってしまった。
 どこまで行っても、現実への境界線は目視することは出来ない。この世界での生活が必要になってしまったのだ。その中で、二つに分かれた。つまり、諦める人間と脱出を図る人間だ。その中でも、高いレベルに到ると同時に、死ぬ度胸のある面々が、このコロッセオを模した円形の建物の中に集まっているのである。
 その中に一人で座っているのが、三人。
 並んで座っていた。
「くかー、くかー」
「………」
「………」
 茅場晶彦総指揮『ソードアート・オンライン』のルールは簡単だ。
 各層に配置されたボスを倒して、上層階へと到る。それを繰り返し、頂上の百層へと到る。到るまでの間に、どれだけの人間が死に、どれだけレベルを上げなくてはならないのか、ということに関しては誰も考えていない。余りにも遠大な内容を只管努めて考えないようにしていた。考えた瞬間に心が折れそうだったからである。
 このゲームには『魔法』という概念が一切ない。多くのRPGにある、高火力、広域範囲だが、タメが必要な『魔法』が一切存在しない。文字通り、剣一本だけで生きていく世界なのだ。只管に剣を振って、剣技を習得し、新しい技を生み出し、自分の技を高めていくという、何とも刹那的な世界なのだ。
 ゆえに、RPG的に言われるスキルというのも、剣に纏わる『研磨』や『鍛造』というスキルが中心だ。そして、生活感溢れる『料理』や『釣り』などのスキルが残りを占める。まさに、この世界で剣一本で生きていく生活を意図していたとしか思えない作り方である。
「くかー、くかー」
「……あの、トキオ。そろそろ起きた方が……」
「ん……」
 議場の中心に立っている青髪の青年、ティアベルの発案によって、第一層のボス攻略会議が開かれている。その中には、キリトとトキオの姿もあった。お互いに、知り合いが居ない中、あと一人、フードを目深に被って、素顔を見せないのと三人で、パーティを組むのは必然の流れといえた。
 言えたのだが、決まるや否や、トキオは心地良い鼾を掻いて寝始めた。春麗らかな陽気中で寝ているのかと聞きたくなるくらいに、気持ちよく寝始めた。緊張感のかけらもない。
「……あ、キリト」
 寝起きに首を捻りながら、トキオはゆっくりと目を開けた。
「話、終わった?」
「いや、今粗方のチーム編成が終わったところ」
「長ぇな……」
 ポリポリと顎を掻き毟るトキオ。
この世界は言わば、人間の意識の集合体である。現実世界に残してきた肉体は寝ているが、精神は常に覚醒状態なのだ。この状態になってなお、睡眠が必要だというのは、完全に精神をネットの中に取り込まれたから出来る芸当だろう。
「しょうがない。チームっていうのはバランスが肝心だからな」
 そんな風にキリトが弁を述べるのだが、トキオは目の下にある濃い隈を擦っただけだった。普段からだらしないのか、彼の着ている簡素な胸当ての下の灰色のアンダーシャツは、どこか撚れている。
「じゃあ、これからボス攻略会議を始める」
「ちょお待ってんか、ナイトはん」
 暖まっていた場に冷水を浴びせかけるような濁声に、歓声が止んだ。
「そん前に、こいつだけは済ましてもらへんと、仲間ごっこはでけへんな」
 茶色い髪をツンツンと尖らせたサボテンスタイルの男がそんなことを言いながら前に出て来たとき、順風満帆と思われた会議の行き先に暗雲が立ち込めた。
 小柄な体躯だが、弱々しい雰囲気はなく、がっちりとした体格は現実世界ではかなり鍛えていたらしいことをうかがわせる。
 挑発的な物言いに一部のプレイヤーは不快そうに顔を顰めたものの、リーダーであるディアベルの「意見は大歓迎」という方針により発言は認められた。
 手招きに従い噴水の前まで出てくると、小さく鼻を鳴らし、威圧的に広場のプレイヤーたちを睥睨する。
「わいは(キバオウ)ってもんや」
 そんな風に名乗ると、
「こん中に、五人か十人、ワビぃ入れなあかん奴らがおるはずや」
 ドスの利いた、恫喝するかのような声でサボテン頭の男――キバオウは言った。
 一体誰に詫びればいいのかと、そう問いかけるディアベルにキバオウは憎々しげに吐き捨てた。
「はっ、決まっとるやろ。今までに死んでった二千人に、や。(あいつら)が何もかんも独り占めしたから、一ヶ月で二千人も死んでしもたんや! せやろが!!」
 この瞬間。
 聴衆は彼の言う(ワビぃ入れなあかん奴ら)が誰なのかを完全に理解した。
 ざわめきがぴたりと止み、広場が居心地の悪い静寂に包まれる。NPC楽団の奏でるBGMだけが風に流れる中、ディアベルがそれまでの笑みを捨て、厳しい表情で確認した。
「―――キバオウさん。君の言う(あいつら)というのは……」
 熟考しなくても、答えは出た。
 凛々しい騎士然としたティアベルにも、察しがついたようだ。言いにくそうに、彼は口に出した。
「つまり……、元ベータテスターの人たちのこと、かな?」
 ベータテスター。
 その単語に、キリトが僅かに顔を強張らせる。
「どした?」
 寝ている間にずり落ちたゴーグルを直しながら、怪訝な顔でトキオが尋ねる。
「い、いや、なんでもない」
「なら、良いけどよ……?」
 なおも怪訝な顔をしているトキオを振り払うように、キリトは前を向いた。
 彼らの正面では、キバオウが吼えていた。
「そうや。ベータ上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日に、ダッシュではじまりの街から消えよった。右も左も判らん九千何百人のビギナーを見捨てて、な」
 その言葉は、誰かに確実に突き刺さる。
「奴らはウマい狩場やら、ボロいクエストを独り占めして、ジブンらだけぽんぽん強うなって、その後もずーっと知らんぷりや。……こん中にもちょっとはおるはずやで」
 キバオウは、じろり、じろりと一人ずつガンを付けながら、見ていく。
「ベータ上がりっちゅうことを隠して、ボス攻略の仲間に入れてもらおう、考えてる小狡い奴らが。そいつらに土下座の一つもしてもらわな、パーティーメ ンバーとして命は預けられんし預かれんと、わいはそう言うとるんや!」
 ジロリと全体をねめつけるように見回してから、キバオウは更に吼える。
「そいつらのせいで死んでいったもんもおるんちゃうか思うたら、居ても立ってもいられんようなったんじゃ!」
「テスターのせいで、死んでった奴……?」
 まだ眠たいのか、下の瞼を必死に擦りながら、闖入者の言葉を聞き流していたトキオの隣で、キリトは痛む胸を押さえた。つい一ヶ月ほど前にも、青髪の大男から言われたことが簡単に蘇ってくる。
 ネットゲームの常として、動作確認が行われるのは当然である。
 ネットの接続関連、サーバーの処理速度の問題など、それらを限定的に調べる目的で、限定一般開放するテストプレイのことを、βテストという。そのテスターの事を、βテスターと呼ぶのだが、一般的にMMORPGでは嫌われ者である事が多い。
 数あるソーシャルゲームの中で、箱庭ゲームの強さは、運とつぎ込める金銭額が決める。高い金を使って、自分の箱庭を強化する。そして、引いたカードで、そのヒエラルキーは決定される。画面の前に張り付いている時間が短くとも、それをカバーするだけの運と、経済力があれば、トッププレイヤーに成り上がる事は可能だ。寧ろ、そちらがないとトップに成れないといっても過言ではないだろう。
 だが、MMORPGの強さは、情報力だ。
 どの場所が、経験値稼ぎに打ってつけだとか、どこの狩場が、アイテムドロップが多くて儲かるだとか、そういう事を「知っている」事が武器になる。そして、一般的に彼らはカルテルを組んで、情報の漏洩を防ぐ。自分たちで有利な情報を独占する事で、新しいライバルが出てくる事を防ぐ。そうして、トッププレイヤーと現実では、何の意味もない称号に固執するのだ。
「………」
 この一万人の中で、βテスターは二千人。
 勿論、全員がこのデスゲームに参加しているとは限らないから、その通りの数字ではないだろうが、正式オープン前に幾らか攻略して、情報を持っているβテスターが忌み嫌われるのは当然の事と言えるだろう。
「つまり、貴方は、βテスターが情報を寄越さなかったから、死んだ人がいると」
「そうや!」
 落ち着いて対応しようとしているティアベルに対して、キバオウは話しているうちに興が乗ってきたのか、段々と熱っぽい、魘されたような口調になり始めた。
「あいつらが狩場独占したりして、なきゃ死なずにすんだ人間が何人おるか!」
 また、キバオウは議場全体を見回した。
「そんなテスターに謝罪してもらおうおもてな!」
 彼の言葉に、仲間が賛同する。その一角からは「謝れ」「謝れ」と連続したシュプレヒコールが始まった。そんな大声での糾弾の中、キリトはぐっと拳を握った。
 彼もまた、オーヴァンに言われたとおり、βテスターだ。
 別に意味はない。
 単純に、このネットゲームに興味を持って、隣に住んでいた年上の親友に誘われて始めて、新しい刺激がほしくて、このゲームのβテスターに申し込んだ。それに当たった。その結果、糾弾されている。自分の持っている情報を他人に流さず、独占して、友人を見捨てて走ってきた。
 その罪悪感を正当化しようと、必死になって胸の中で言葉を探す。
「うるせぇぞ、おっさん!」
 そんな風にして、キリトが必死に自己を正当化しようと足掻き。
 キバオウと彼の仲間が叫んでいたところで。
 トキオが怒鳴った。
「何や、坊主。お前もβテスターか?」
「いや、ばっちり、そっちは落ちたわ!」
 必死になって言葉を探しているキリトの隣、トキオは腕を組んで、胸を逸らして言う。
「さっきから聞いてりゃ、単なる嫉妬じゃねぇか!」
「何やて!」
「じゃなきゃ何だ?」
 ドンと足を鳴らして、トキオは吼えた。
 灼熱のような赤い髪の毛が揺れる。その様子をキリトは呆然と見上げる。
 リズムよく、階段状になった席を飛び降りて、トキオはキバオウの前に立った。
 若干、彼よりも背の高い、キバオウを下から睨み付けつつ、負けじと言い返す。
「罪悪感に訴えかけて、稼いだモン、ネコババしようって魂胆か、あ?」
「…………!」
 キバオウは答えない。
 図星だったのか、それとも他に何かの魂胆があったのか。それはトキオにはどうでも良い事であり、気にする必要のない事であったが、場の空気はいっぺんに悪くなってしまった。二人のガンの付け合いで事態は膠着してしまった。お互いが叫び終わり、場が落ち着いたところで、また一人、どこか呆れたようなため息とともに、男が立ち上がった。
 此方は肌の黒い、筋骨隆々とした男だ。
「発言、いいか」
「ええ、構いませんよ」
 そんな落ち着きのなくなってきた、悪い空気をどうにか取り繕おうとティアベルは、ぬっと出てきた大男に、面食らいながらも、どうにか平静を装って、男に意見を求めた。
「俺はエギルってもんだ」
 じろっと、キバオウとトキオを見ながら、偉丈夫は見事なテノールで話す。
「キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーが沢山死んだ、その責任を取って謝罪しろ、ということだな?」
「そ、そうや……」
 巨漢エギルの存在感にキバオウは一瞬怯んだ様子を見せた。
 しかしすぐに勢いを取り戻すと再びテスターの糾弾を行った。
 あいつらが自分たちを見捨てなければ二千人は死なずに済んだ。βテスター連中がちゃんと情報やアイテム、金を分け合っていれば、今頃ここに十倍の人数が集まるどころか第二層、第三層まで突破できていたに違いないのだと。
 そうして、憎悪の込められた目でエギルを睨み付ける。
 しかしエギルはそれに対して真っ向から視線を合わせ、反論した。
「キバオウさん、あんたの言う事は確かに正しい」
「な、なんや、分かってくれるんかいな……」
「ただな、これ金やアイテムはともかく、情報はあったと思うぞ」
「――――なんやと?」
 レザーアーマーの腰に付けてある大型ポーチ、その中からエギルは一冊の本を取り出した。革張りのちょっとお洒落で豪勢な本だ。
「このガイドブック。ホルンカやメダイの道具屋で無料配布してるんだがな」
「それがどないしたっつうんや……」
 エギルの発する静かな空気に押されて、キバオウの声は尻すぼみに消えていく。
「こいつに載ってるモンスターやマップのデータ。提供したのは、元βテスターだ」
「な……」 
「あんたの嫌いな、な」
 核心を突いた言葉にプレイヤーたちがざわめく。
 キバオウもとっさに言い返すことができずにぐっと口を閉じ、背後のディアベルがなるほどとばかりに頷く。
 その隙を逃さずエギルは体を、全員に向けると、低音でありながら良く通る声を張り上げた。
「いいか、情報はあったんだ。なのに、沢山のプレイヤーが死んだ。その理由は、彼らがベテランのMMOプレイヤーだったからだとオレは考えている」
 エギルの演説に誰もが聞き入っていた。
「この『SAO』 を、他のタイトルと同じ物差しで計り、引くべきポイントを見誤った。だが、今は、その責任を追及してる場合じゃないだろ。オレたち自身がそうなるかどうか、それがこの会議で左右されると、オレは思っているんだがな」
 凄みのある声に乗せた、非の打ち所のない完璧な演説。
 会場は一気にまとまってしまった
「お前さん、すげぇ啖呵だったな」
「褒めないでくれよ」
 そんなことを言いつつも、エギルに褒められたトキオは嬉しそうだ。顔を真っ赤にして照れている。そんな破顔を見て、キリトは嫌な嬉しさに苛まれた。
「ううん。じゃあ、改めて、攻略会議に移りたいと思う」
 言いがたい不快な空気を払拭するように、議長が口を開いた。
「昨日、オレたちのパーティが、あの塔のボス部屋を発見した」
 街並みの向こうにうっすらと見える巨塔。
 アインクラッドを貫く迷宮区を振り上げた右手で指し示しながら、ディアベルは宣言した。
 第二層と第一層の直線的な距離は、百メートルほど。
 それなのに遠い。目に見えているはずなのに、遠すぎる。
 最上階とはつまり、ボスフロア。
 そこまで探索が進んでいたのかという驚き、決戦を間近に控えた事への緊張、各々の意味でざわめくプレイヤーに向けてディアベルは静かに続けた。
「一ヶ月」
 これまでのことを振り返るようにして彼は言う。
「ここまで、一ヶ月もかかったけど……」
 その間に一万人の身に何が起きたのか。
 全てを詳細に語る事は出来ない。だが、確実に死んだ人間がいて、また期待に胸を膨らませている人間がいると言うのもゆるぎない事実なのである。
「それでも、オレたちは、示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームそのものも、いつかきっとクリアできるんだってことを、『はじまりの街』で待ってるみんなに伝えなきゃならない」
 強い意志の込められた言葉。
 まるで誓うようにして声を張り上げ、叫ぶ。
「それが、今この場所にいるオレたちトッププレイヤーの義務なんだ!」
 拳を握るティアベル。彼も若しかしたら、目の前で死を見たかもしれない。
「そうだろ、みんな!」
 どっと会場がざわめいた。
 ようようという調子で、会議は始まった。
 豪胆にも内部を覗いてきた者の証言によると、ボスの外観は巨大なコボルド。犬の頭を持つ、人間型のモンスターだ。尤も普通の伝記などで語られるコボルトとは違って、肌が赤く、五メートルもの巨体だったが。
 名前は(イルファング・ザ・コボルドロード)というらしい。
 武器は曲刀カテゴリに属する剣を装備していたらしい。
 またその他にも取り巻きとして何匹もの(ルインコボルド・センチネル)を従わせており、攻略にはボスを攻撃する本隊と、それを援護する分隊とが必要になるだろうとディアベルは述べた。
「ボスの数値的なステータスはそこまでヤバイ感じじゃない」
 偵察隊から齎された情報を開示しつつ、ティアベルを中心に話が進んでいく。
「もし普通のMMOなら、みんなの平均レベルが三……、いや五低くても十分だと思う」
 本来なら、適正値とも言えるレベルが設定されている。
 多くのRPGには敵にもレベルが設定されており、ある程度の攻略の目安になっている。相手とのレベル差は、そのまま戦力・技能の差となって立ちふさがる。ましてや、これは命の掛かったゲーム。レベルを上げておいても、足りなくなる事はない。
「だから、きっちり戦略を練って、武器を備えれば、死人を出さずに勝てる……」
 と、そこでディアベルは言葉を止めた。
 首を横に振り、不敵な笑みでもって言い直す。
「や、悪い、違うな」
 一瞬だけ止まった彼は、決意と共に、言った。
「絶対に死人ゼロにする。それは、オレが騎士の誇りに賭けて約束する!」
 さすがは大層な名前を自称するだけのことはあると言うべきか、力強い宣言に聴衆が湧く。昨日以上の歓声と拍手が飛び交い、ディアベルもまた照れながらも満更ではなさそうにそれを受け止める。
「皆、勝つぞ!」



Side; Net 二〇二二年十二月四日 第一層『はじまりの街』
 建築物オブジェクトというのは破壊不可能だ。どれだけ魔法をぶち当てても、切り刻んでも、傷は一つも付かない。プレイヤーを守る壁であると同時に、閉じ込める檻でもあるのだ。壁の向こうは、データの外になる。
 そのオブジェクトに穴を開けて、九人。
「よっと」
「久しぶりの感覚ね。ゲートハッキングも」
 CC社が派遣したSAO特別対策部隊、『Project.G.U』と名付けられた一団は、『アインクラッド』第一層の『はじまりの街』に降り立った。完全に不正規ルートからの侵入、所謂、ハッキングなので、誰かの視線が僅かでも集まる可能性のある広場や四辻を避けて、NPCすらいない、何のために用意されたのか分からない路地裏の場所に穴をぶち開けた。
 流石は八蛇と言うべきか。事前に『アーガス』から、ゲーム内のオブジェクトの設計図を入手していたのである。そのデータから算出された的確なフローチャートに従って、城の基部に降り立った。
「ここが、『アインクラッド』……」
 誰からともなく、声が漏れる。
 中世の石造りの町並みを再現したような『はじまりの街』の外観。彼らには、どこか昔を思い出すヴィジュアルである。駆け抜けた冒険の日々は、今でも心に焼き付いている。
 幾度となく、ゲーム仕様外のアイテムと技を使って、サーバー運営しか知らない情報を手にしてきた面々だ。さすがに別のゲームへとハッキングするのは初めての経験だったが、タルタルガのゲートから電脳の壁に、穿孔するようにして、この地へやってきた。
「なあ、俺たちが侵入することを、『アーガス』運営、いや、茅場が予測している可能性は?」
「……?」
 到着早々、バルムンクが不吉な事を言う。
 この一ヶ月の間、日本政府や各種機関が何もしなかったわけではない。
 ネットワーク問題を専門に扱う国連下部組織NAB、各種ネットワーク運営会社などに依頼して、そして、自らも完全にブラックボックスと化してしまった『ソードアート・オンライン』の運営サーバーへのアクセスを試みている。勿論、事件解決に動いたのは、このような由々しき事態を起こしてしまった『アーガス』も同様だ。
 だが、一ヶ月掛かっても芳しい成果は得られなかった。
 外部からの進入を許さない電脳世界の難攻不落の要塞、浮遊城『アインクラッド』。それを作り上げたのは、茅場晶彦本人だ。
 その天才たる彼が、「万が一」の可能性を考慮している可能性は十分にある。
 このイレギュラーPCの存在を知っている可能性。
 CC社が問題解決に越権行為とも言える形で乗り出してくる可能性。
 それらの不確定要素を熟慮していないとは考えにくい。
 バルムンクは、彼が自分たちの天空に浮かぶ自らの居城への侵攻を考えているのではと、不安になっているのだ。皆、あまりの心配性に一笑に伏そうと思ったが、
「彼の言う事には一理ある」
「アイナ…?」
「茅場晶彦の論文とか、何本も読んだけど、彼は本当に天才」
 白いゴシックロリータのドレスに身を包んだ少女が、腕を組みながら話す様は似合っていない。外見と中身にひどいギャップを感じている。
「確かにな。俺が、シックザールなんていうのを開発しているのは、あいつも先刻承知だ」
「フリューゲルまで」
 だが、同門であるという彼が言うと、真実味が増す。
 いくら警戒しても、しすぎる事はないだろう。
「まず、状況がどうなっているのか。俺は知りたいのだが」
「なら、しっかり、情報収集かな」
 至極当然だけど、重要な事をカイトが言う。
「それじゃ、班を分けましょうか」
 アトリの尤もらしい提案に、異論は出なかった。
 九人もいるのだ。人間を分けた方が効果的に捜索することが出来るのは間違いない。
「んなら、俺はトキオを探しにいくかな。あのバカのことだし、死んでないだろ」
 プカリと仕様外のキセルを吹かしつつ、フリューゲルは信頼に満ちているのか、それともからかっているのか、どちらにでも取れるような事を口の端に上げる。
「俺は、外周を探ってみる。幸い、飛行スキルもあるしな」
 英雄の名を関したバルムンクには、嘗てのクエスト報酬として飛行スキルが付与されている。一般的なアクションRPGにおいて『飛べる』というアドバンテージは大きい。今回は、彼もそのアドバンテージを最大限に利用する心算でいた。ヴィジュアルのためだけに付けられた羽根ではないのだ。
「俺とハセヲは、迷宮に潜るわ」
 そんな風にハセヲの肩を抱きながら、クーン。
「ハセヲ、松とグランディからの素敵な贈り物使おうぜ」
 サムズアップでクーンはハセヲに同意を求める。確かに二人のアイテム欄には、素敵な贈り物が入っている。現実でも移動手段として使っている機械が。
「なら、決まりね」
 市街地の捜索は、アトリ、パイ、ブラックローズが担当する事になった。彼らには、この世界と別の世界を結ぶ仕事もある。才気溢れる三人に任せていれば、心配はないだろう。
 市街地外延の探査と情報収集はオルカとカイトが、そして浮遊城である『アインクラッド』の外周探査は、バルムンクとアイナが担当する事になった。
「んじゃ、俺たちは『アレ』使って、さくさく向かうとしますか!」
 そういうと、クーンとハセヲはアイテム欄を弄り、『アレ』をオブジェクト化した。
 全長は二メートルほど、唸りを上げるマフラー、黒い流線型のフォルム、ゆっくりと回転数を上げていくエンジン。何から何まで、当時を思い出す格好だ。
 嘗て『The World R;2』に於いて、二人が使っていたバイクである。タウンの中、フィールド上、あらゆる場所を走破することの出来る、ハイパーマシーンでもある。 
「クーン、分かってるとは思うけど」
「分かってるって、くれぐれも目立つ真似は、だろ?」
「分かってるだけじゃなくて、実行に移してね」
「手厳しいね、パイ」
 やれやれといった調子で、クーンはおどけてみせた。
「はいはい。夫婦漫才はその辺にして、出来るだけ早いところ、出発したほうがいいんじゃないかい。色々と気になることもあるんだろう? オーヴァンとか、トキオ……、は別に良いか?」
 そんな変わらない飄々とした態度で、フリューゲルは行動を促した。夫婦漫才などと言われて、パイは苛々しているが、クーンの方は満更でもない顔をしている。
「何で、疑問調なのよ……?」
「んじゃ、散会」
 ブラックローズの問いに答えることなく、フリューゲルはクーンのバイクに後部に腰掛けた。ハセヲも急ぎ乗り込む。エンジンが唸りを上げて、吼えるようにタイヤが回転する。
「気を付けて」
 カイトたちに見送られて、三人は草原、そして、さらにその先に城を貫いてそびえる迷宮へと爆音を上げて走り始めた。
「さ、僕らも行こう」
 三人を見送ったカイトが見回す。
「いいと思えることをやっていこう。でないと、先へ進めないから

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