小説『SWORD ART ONLINE Fifth Crisis』
作者:トモ(IXA−戦−)

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Vol.8 四声当惑

Side; Net 二〇二二年十二月十三日 第二層 ウルバス
 街が開かれてから十日後。
「また、再び集まってくれてありがとう」
 集まった全員を前にして、青髪の騎士、ティアベルは頭を下げた。
 街の小さな集会所、第一層とは違って、本当に街の公民館のような小さなあばら家だ。
そこに今回の攻略組、三十五人が集っている。リーダーを務めるのは、ティアベルである。一時は、βテスター、キリトの言うところのビーターとして、彼もまた糾弾される立場に追い込まれてしまったのだが、アスナやエギルといった、あくまでも善意、そして攻略の効率を重視する面々によって、リーダーとして担ぎ上げられたのだ。
 現状、彼とキリト以上にβテスト時の情報を持っている人間がいない。
 指揮を取れるだけの協調性や、実力を持っている人間は、ティアベルしかいない。
 そんな非常に消極的な理由であったが、彼以上に隊を、そして自分の命を任せられるにたる人間が他にいないというのも、事実であった。決定に不満のある人間もいるだろうが、誰しもの心が早く、この忌々しい「現実」を終わらせたいということで、一致していたことから、彼が再び、討伐隊長に選ばれた。
 ティアベルは、第一層と同じように会議を進めた。
「まずは、ボスの情報だ」
 ペラリとすっかり御馴染みになった革張りの手帳を取り出し、青髪の騎士は解説を始める。βテストと変わっていないならば、この階層のボスは、巨大な蟹だったと、キリトは記憶している。黒いコートを着た彼は、部屋の一番後ろの席に座って、歳に似合わない憮然という調子で、話を聞いていた。
 周囲からは、ひそひそと噂話をしているのが、洩れ聞こえる。
 じろりと、それなりに殺気を込めて睨むと、途端にヒソヒソという声は止んだ。彼らが何を話しているかは分かる。すでに、狭い(アインクラッド)の中で、ビーターの名付け親になった彼のことは有名になっていた。名誉など何もない、その上、陰口だけはたたかれ続けるという、嫌な役回りだ。だが、それで良かった。
「やあ、隣、いいかい?」
「……どうぞ」
 突然、話しかけられて、そちらの方へと振り向くこともなく、キリトは答えた。腰を落とす音が三回。さして長くもない椅子に四人も座ったので、隣とは密着しそうになりそうな距離だ。そこで、ようやく隣に座っているプレイヤーへと、キリトは目をやった
 赤いバロンコートと軍用みたいな帽子を着た青い髪のプレイヤーだった。
自分とは違い、ソロではないようだ。隣には、白い髪の歴戦の風格を漂わせる剣士と、どこかのジャングルの奥に暮しているような部族の戦士のような男がいる。
(何だ、この三人……?)
 最初のキリトの感想は得体が知れない、だった。
 髪の色も長さも、データを弄れば自由になる、この『世界』で髪の毛を地毛のまま保っているのは、どちらかというと少数派だ。大抵は、髪の色を弄り、髪形を弄り、お洒落を楽しんでいる。勿論、髪の色という一目見て分かる部分をカラーリングすることで、敵との混戦になっても味方識別が出来るという戦闘的、実務的なメリットもある。単純に黒以外の色に染める心算がない、黒以外が似合わないという理由で、キリトは地毛のまま放置しているのだが、この三人は、いくらなんでも自己主張が強いと思う。
 フェイスペイント。
 イヤリング。
 羽のような形をしたマント。
 兎に角、不必要なほどに自分を誇示している。
 確かな実力があるのか、それともただの馬鹿なのか。
 相手の実力や名前を、一目見ただけでは、確かめるすべのない、(SAO)では、知ることの出来ない問題だ。
「じゃあ、これからパーティ編成だ。各自、相性を考えてパーティを組んでくれ」
 また、ソロプレイヤーには大変な時間がやって来た。
 キリトは、今後、パーティを誰とも組むつもりはなかった。ビーターという汚名を返上する気もさらさらない彼にしてみれば、今回のボス攻略に参加したのは、ティアベルに乞われたからである。適当に流すつもりはないが、積極的な攻勢に出るつもりはなかった。
 いらぬ波風は立てたくないとうのが、人情である。
 唯でさえ、良くない印象を持たれているビーターの急先鋒だ。おそらくは現在、全プレイヤーの中でも最高だと思われるレベル15に至っているキリトにしてみれば、同時にパーティプレイは、却って、自分の足を引っ張られることに繋がりかねない。
 だから、ボス戦の集合時間を聞き、攻略の骨子を聞いた彼は、立ち上がる。
 これ以上は聞く必要などないと、暗に自己主張しながら。
「ねえ、君」
「ん?」
 そんな風に自己主張していたキリトを、隣に座っていたバロンコートの青年が引きとめた。こうやってマジマジと見てみると、歳は、それほど変わらないようにも見える。せいぜい、上三つというところである。両の頬に、綺麗な刃物を模ったペイントがしてある。
 キリトも、私服で妹と歩いていると姉妹に間違われるような柔和な顔をしているが、同じような雰囲気の漂う青年であった。
「一人よりは、パーティを組んでいる方がいいと思うけど?」
 どうやら、編成せずに出て行こうとした彼を呼び止めたようだ。
「良いんだよ、問題ないから」
「そっか、それじゃ」
 キリトの目の前に「パーティ申請が届きました」とのアナウンスが流れる。
 たった一回だけ見た、アナウンスだ。勿論、断ることも出来るのだが、自分から押すのは、どうにも良心が咎めた。仕方ないと思い、適当に、悪者を演じて、引っ込めさせることにした。
「俺はビーターだぞ」
「あ、結構有名だよね」
 ニッコリ。
 屈託のない笑顔で、丁寧に返された。悪名ばかり先に流布しているとばかり思っていたが、そうでもないようだ。彼らはベータテストの存在を知らないのだろうか。それとも、知った上で、話しかけているのだろうか。この彼の笑顔からは、判別できそうにない。
「正直、迷惑なんだよ」
「何で?」
「レベルが違うから」
 こう言えば、黙るだろう。足手まといなどいらない。ほとんど率直なキリトの言葉だった。格好を付けるなら、最後まで格好を付けよう。そんな彼の子供染みた安直で、安易な考えもあった。ネットの中での最強という称号に確かに固執していたから。
「へえ、いくつ?」
「十五」
 この十日間で、更に十もレベルを上積みしている。
 RPGの宿命だが、レベルが上がるにつれて、段々と上昇率は下がっていく。適正値が考えられているならば、この十日で、十も上積みすることなど、不可能に近い。それは、キリトがダンジョンに潜り続け、修練を重ねた結果、効率の良い狩場、レアなモンスターを探して回った結果である。
 おそらく、これが、今の自分が、全プレイヤー中の最高のランク。
その自負と自慢が、今の彼の心の中には渦巻いていた。
だが、
「へぇ、そんなもんなんだ」
 バロンコートの青年は、さして驚いていなかった。寧ろ、期待はずれだとでも言いたげな感じで、キリトを見ている。これには流石に、キリトの方が困った。嫌がらせの心算が、まったく嫌がらせになっていない。大抵は、出会ったら無言で離れていく狂った戦士。それなのに、彼は、無遠慮に入り込んでくる。見下すでもなく、見上げるでもなく、自然体でゆっくりと、優しくもなく、厳しくもなく、入り込んでくる。
「あんた、いや、あんたらのレベルは?」
「えっと、三十五くらい?」
「俺は、三十七だな」
「三十六だ」
「な……」
 キリトは絶句するしかなかった。
 死ぬ危険性がどこへ行っても着いて回る以上、レベル上げは絶対なのだが、言ったとおり、高レベルのプレイヤーが低層で狩をしてもさしたる経験はもらえない。現実と遜色ないリアリティがあったとしても、これは、どこまでもゲームなのだ。その法則は、無慈悲に誰しもに平等に降りかかる。
 それを跳ね除けて、倍以上の開き。
 第一層攻略時の平均のレベルが七。現在の攻略に参加するプレイヤーの平均レベルが、十一程度であることを考えると三倍以上、キリトの二倍の経験を彼らは積んでいるということになる。どちらが足手まといなのかは、一目瞭然だった。
「………」
 黙ってパーティ結成のボタンを押した。
 こうなれば自棄だ。倍以上の経験を積んでいるプレイヤーから、効率の良い稼ぎ場所などを徹底的に駆り集めよう。これだけの経験値があるならば、間違いなく、それにふさわしい実力があるのだろう。何事も情報が肝心である。
「それじゃ、自己紹介かな。僕はカイト」
 赤いバロンコートの青年は、砕けているが丁寧な口調で自己紹介を始めた。
「そして、こっちがバルムンク」
「よろしく頼む」
 白い髪、白い羽のようなマント、着ている甲冑も白銀という全体的に高潔な印象の漂う騎士のような男が、手を差し伸べてきた。その手を丁寧にキリトは握り返す。
「んで、最後に、彼がオルカ」
「まあ、よろしく頼むわ」
 ガッチリとした体格の無骨な剣士は、白い歯を見せて笑った。顔中に青いペイントが施されており、やはりどこかの部族のような印象がある。
「……キリトだ」
 少し、躊躇ってから、自分のことを名乗った。
 相変わらず、得体の知れない三人に警戒心を抱きつつも、キリトはパーティを組んだ。



Side; Real 二〇二二年十二月十三日 東京文京区 S大学病院
 黒貝敬介は、勤める医院に入院しているSAO事件の被害者のカルテを集め、都内のある大学病院で開かれている学会に参加していた。年の瀬も迫り、色々と忙しい時期なのではあるが、国家のご命令とあれば、従うより他にないのが、悲しいところである。
『えー、ですから、このようにすれば、今回の事件被害者は問題なく、処置できると……』
 そんなことを思って、わざわざCC社からの依頼を保留にして、ここまでやってきたのだが、目の前で続けられるのは足の引っ張り合いである。
 一万人。
 それを救出することができれば、一躍、時の人だ。
 そんな名誉を競っている汚らしさが滲み出ていて、黒貝は細い眉を顰めた。
 早くからCC社は今回の事件と、過去のゲームによる未帰還者との関連性を一切否定して、黙り込んでいる。捜査情報は、黒貝には入ってきているが、こんな学会で吼えているだけの連中には、渡されていないようである。
(やれやれ、火野の秘密主義も筋金入りだな……)
 いっそ呆れるくらいの火野拓海の秘密主義。
 だが、そのおかげで、今回独自にCC社が動いていることは世間にはばれていない。
 バックアップメンバーとして残っている身としては、あまり関っていることは知られたくない。ハロルド・ヒューイックの遺産を引き継いだCC社は色々と何かしらの問題を抱えている。その問題に巻き込まれて誤解を受けるのは、御免だった。協力体制を敷いているからこそ、なおのことである。
「さっきから大変なことを言っていますね」
 隣の加賀京子、同じくバックアップメンバーである楓は、困ったような顔を浮かべて、話を聞いていた。福祉介護士である彼女も何かの手助けになればと思ってついてきてもらったのだが、先ほどから本当に実りのない話ばかりである。逆に付いてきて貰って、申し訳ないくらいである。
「くー、くー」
「萌ちゃんは、寝てしまっていますし……」
 更に隣、黒貝とは旧知の間柄である、久保萌も伴っているのだが、彼女はすでに夢の中である。無理もない。招聘を受けてやってきた黒貝ですら、飽きそうな内容なのだ。ここまで目を開けて、ちゃんと聞いている京子のほうが褒められるべきである。
 今回のSAO事件。世間では、(ソードアート・オンライン)を略して、こう呼称しているのだが、事件の被害者は一万人。初日のうちに茅場晶彦のルール説明前に脱落したのが、二百名程度。それから一ヶ月少々。脱落者、つまり死亡した人間は、すでに二千人を突破している。これから先、更に犠牲者が増えることは明白であり、何かしらの、分解、ネット遮断以外の有効な手立てはないかと必死になっているのだが、物理学の専門家の脳内を、医学を使っている人間が理解できようはずもない。
「これに関しては、どう考えても曽我部君の結果を待つしかない」
「ええ、私もそう思います」
 一週間ほど前から、曽我部はアメリカのサンフランシスコに飛んでいる。そこで『ナーヴギア』、そして、自身の夢との乖離を探っている。ついでに茅場のアメリカ留学中の情報についても捜査してくると言っていた。ここは結果を待つべきだろう。ネットワークコンサルタントという、ネット上の興信所みたいな彼だからこそ、入れる場所というのもある。
 彼の手にある、トキオを開放して手に入れたチップも十分な手がかりになるだろう。
「我々に出来るのは、無事を信じて、毎日、被害者の体のケアをしてあげることさ」
「ええ、そのとおりです」
 そういった二人だが、気になる点が幾つかあった。
 折しも、全員が同じ疑問にたどり着いていたのだが、彼らには知る由もない。
 それは、何故一万人なのかということである。
 一万人であることに何か意味があるのか。
 深く考えすぎかもしれないが、初回ロットに当たる幸運な人間を、何故一万人に限定したのか。トキオが巻き込まれたのは、単なる偶然であろう。もし、偶然でないならば、曽我部にも、リーリエにも、他の面々にも届いていなければおかしい。
 申し込みは全世界から殺到し、二十倍の倍率だったと聞く。
 サーバー容量の問題なのか。一万人以上になると処理が落ちて、ラグが生じるなどの理由で、初期は人間を限定するゲームも確かにある。だが、リリース時に日本国内ではCC東京本社に並ぶだけの資本金と技術力のあったアーガスに、十万単位、百万単位のサーバーが作れなかったとは、どうにも信じられないのだ。
 杞憂かもしれないが。
 何か、一万という数字には意味があるのかもしれない。
 これに関しては、ひとつ、黒貝も京子も結論を持っていた。
「それも、量子コンピューターに関する何かの実験データなのか……?」
「人体実験のモルモット……」
 医術にも統計学が使われる。
 新薬が出来たとき、使って、どれだけの効果が、どれだけの数に表れたのか。それを導き出すのは統計学だ。つまり、一万人の魂を閉じ込め、何かに利用しようとしている。統計学的に、一万の数字というのは、日本全国の人口に当てはめて適応できる、限界のサンプル数なのである。
 それが人道的か、非人道的なのかまでは分からない。それは、本人しか知らず、聞かねばならないだろう。
「にしても、それ、都市伝説でありましたよね」
「『電子監獄』か……」
 終身刑を受けた人間をいつまでも税金で食わせておくわけには行かない。
 死ぬまで監獄の中にいる人間の食費を減らそう。そんな動機があったかどうか走らないが、終身刑受刑者の脳だけをネットの中、平たく言えばパソコンの中に閉じ込めてしまう監獄。電子の中に存在する架空の監獄、ゆえに『電子監獄』なるイチトゼロの牢獄。
 今の状況は、その都市伝説と酷似しているのだ。
 そして、囚われた人間たちは、脳の実験に使われているという。
 そんな風に、ネットが隆盛したからことの都市伝説というのは多い。
 二人の語る『電子監獄』も、そのひとつだ。あまりの非人道的な手段ゆえに、使われることなく消えたはずの技。それが、何故、こんな風に現れているのか。裏に何者かの意思が見え隠れしているようで、気に入らない。
「それでは、次は竹馬大学医学部教授、菅井太一郎でございます」
 アナウンスとともに、どこか神経質そうな顔の初老の男性が壇上に上がった。
 五年前の第三次ネットワーククライシスにおいて、科学的な見地から動いた一種の事件解決の立役者でもある教授だ。
『今回の事件は、私が提唱してきたドール症候群とはまったく異なるので、困りました』
 そんな風にさりげなく、自説の提唱を織り込んだ挨拶から、菅井教授の話は始まった。
『私見を述べさせ頂けるなら、最初に結論を』
 オホンと、初老の教授は咳払いを一回挟んで、話し始めた。
『今回の事件に医学的な処置は難しいと言わざるを得ません』
 著名な教授は、いきなりお手上げを宣言した。
 菅井太一郎というと、その道では名の知れた教授である。その彼がいきなり、さじを投げたのだ。流石に、会場はざわめく。そんなざわめきが一段落するのを待って、菅井は話を続けた。年が行って、どうにもしわがれた声で。
『私も患者を何人か抱えておりますが、やはり脳は人間のブラックボックスなのです。それに安易にメスを入れるというのは、どうにも難しいでしょう』
 名教授の意見に、静かになる。
 彼に、解決法が見出せないなら、他の教授や医者では、到底出来ない相談なのだ。
『ですが!』
 そんな風に議場に漂った、空気を打ち消すように、菅井は大声を張り上げた。あまりの声量に、自分で咽てしまう。
『脳波は、生きています。生体信号を読み取り、状況を調査するシステムを作りました』
 彼の発言に、黒貝は正直に驚いた。
 萌も周囲のざわめきに反応して、頭を上げた。
「どったの、先生?」
「そうか。何で気がつかなかったんだ!」
 どうやって、取り外すかということに頭が行ってしまって、すっかり忘れていたが、『ナーヴギア』を含み、行われていることは、所詮は電気信号のやり取りなのだ。つまり、脳波を測定する装置を使えば、被験者の精神状態や思考が分かる。詳しく、どんな状況なのか、被験者がどんな映像を見ているのか、が分かるかもしれない。
 繰り返すが、人体の動きは電気信号でやり取りされている。
 つまり、目の前に「りんごがない」状況であっても、「りんご」の触感や香りなどを内包した電波を照射すれば、脳は目の前に「りんごがある」と錯覚する。これがヴァーチャルリアリティーという技術なのだ。
 菅井教授の発想は、まさにヴァーチャルであることを逆手に取った方法である。
 被験者の頭の中、そして、『ナーヴギア』から流れている電波を解析することで、何がおきているのか、それを理解しようというのだ。
 突拍子もない発想だが、外せない以上、このような努力はして、然るべき、ことなのである。思わず、黒貝は拍手を送っていた。一番後ろから始まった拍手の嵐は、だんだんと大きくなっていき、壇上の彼の元に到達するころには、会場全体が拍手の嵐であった。



Side; Real 二〇二二年十二月十三日 渋谷区 国際連合大学前
「ちょっと、国連のビルってあっちだよ?」
「いや、地図はそこになってない」
 おのぼりさん丸出しの会話をしながら、相田亜澄と生田衣織は、先日NABの日本支部の職員だという、あからさまに胡散臭い女性から受け取った地図とチケットを手に、東京へとやって来ていた。
 彼女らの生まれは、青森の津軽だ。故郷よりも雪は降っているのに、積もっていない。さして冷たくもない。そして、人口の多さに驚きながら、渋谷の繁華街を歩いていた。一本道ですら迷う方向音痴な亜澄に任せておくわけにはいかないので、地図は衣織が持っている。あちらには国連のビル、正確には国連大学があるのだが、NABの日本支部は、どうやら、あの絢爛豪華な近代的なビルの中にはないようである。
 そして、大通りから一本入った小さな通り。
 都会の中に、溶け込んでいる小さな雑居ビル。
「おいおい、国連の機関なんだよな……」
「本当に、こんなところにあるのかな?」
 雑居ビルなのだ。
 まるで場末の金融会社が入っているような、怪しげな香りのするビルだ。
 とてもではないが、国際機関の支部があるとは思えない。もっと近代的なビルの中に入っていると思っていた二人は、がっかり半分、そして、疑惑半分で、ビルの中に入った。
 ビルの中も想像したとおりだ。何かの薄汚れたダンボールが堆く積み上げられ、廊下を三分の一ほど占拠している。廊下も手入れが行き届いておらず、汚れ放題だ。
 ますます怪しい。
 こんな場所に事務所を構えているというのも、おかしな話である。
「来たか、とりあえずはログインしてくれたまえ」
 ドアの向こうから、偉そうな女性の声が聞こえてきた。
いや、事実偉いのだろう。少なくとも、こちらは高校生が二人だ。国連機関の職員と比べると、どちらが社会的に偉いかなんて、一番、衣織が良く分かっていた。ここで何か余計な騒ぎを起こして、機嫌を損ねてもらうわけにはいかない。こちらは友人の命と体がかかっているのだ。
 FMDを装着し、ログインする。ワンタッチで入れるのだから非常に便利である。同時に、眼鏡のようなFMDは、現実をそのままそっくり再現する。いうなれば、『現実』に『仮想』という色を塗るような装置なのだ。
 ログインした瞬間に、亜澄はサクヤというゲームの中のキャラクターに。
 衣織はトービアスという同じくゲームの中のキャラクターに変わる。
 赤いベレー帽に下着が見えそうなほどに短い実用的なホットパンツを履いたサクヤは、もう一つ、コインの表と裏のように背中合わせに存在する世界を見て、わくわくしていた。相変わらず、左手の麻痺は残っているが、気にはならない程度だ。
「ログインしたぞ」
 鋭く、中性的な雰囲気を漂わせる白い剣士、トービアスが次の指示を伺う。
「奥の扉だ」
 また偉そうな女性の声。
 導かれるままに、二人は奥の、といっても一つしかないが扉を開ける。
 途端。
「うわ!」
「きゃっ!」
 黒い空間に飛ばされた。
 その闇の中から、何人もの人間が歩いてくる。服装の統一感などはまったくない。
 元気の良さそうな赤い髪の少年。
 青い髪と左手に大きな鋼鉄製のギブスをつけた男性。
 まるで誰かを弔っているかのような黒い服を着た女性。
 他にも続々と、こちらへと歩いてくる。十、二十、もう少し多いくらいの人数だ。見知った顔は一つもない。まるで何かに囚われたままの残留思念が歩いているようだった。
「こんなものを見せて、何をする心算だ!」
「何、怖がらせる心算はない」
 女性の声は、安心させるような声音で、呟くように言った。
「彼らは、嘗て、君たちの友人同様に、ネットの世界から帰ってこなくなった人間たちだ」
「『未帰還者』……」
 トービアスは一発で、彼女の見せた人物が一体、どんなことに巻き込まれたのか、得心がいった。ギリギリと奥歯をかみ締めて、
「あれは、都市伝説じゃなかったのか!」
 トービアスが、吼える。
 サクヤは一体全体、何のことなのかと首を傾げている。
 CC社のリリースした大規模MMORPG『the world』に纏わる噂。
 必死になって、運営は隠蔽しようとしているが、噂は噂として、流れていく。
 そのうちの一つ。
 医学的にも、生物学的にも、全く異常がないのに、何故か意識が快復しない未帰還者という現象は、半ば公然の事実として、受け止められている。ここに映し出された彼らは、その被害者なのだという。まるで、今世間を騒がせているSAO事件と似たような感じなのだが、全く違うとも言える。
 まるで、『世界』に別の意思を持った何者かが蠢いているかのような。
 ゲームとは全く関係のない別の目的が息づいているような。
 SAOがあくまでも、システマチックに、ロジステッィクに展開しているのとは異なり、殆ど未帰還者の話題は、オカルティックの範疇に入る話題だ。ログアウト云々ではなく、視覚にしか訴えかけていないFMDでは、そもそもの理論からして違う。
 FMDは単純に電子線を見ているだけのような状態だ。外せば、現実の空間が戻ってくる。そんな簡単な切り替えなのだ。言ったとおり、『虚構』が『現実』を塗りつぶす。
「まあ、詳しい説明は後にしよう」
 ふっと唐突に黒い空間は消え去り、豪奢などこかの城の一室のような部屋が現れた。
 そのまた豪華な色と装飾のソファーに偉そうにどっかりと座っている、甘ロリの少女。
「初めまして、かな。シャムロックだ」
 少女、シャムロックは外見に似合わない偉そうな声で話し始めた。
 憮然とするトービアス、何がなんだかさっぱり理解できていないサクヤに、彼女は着席を促した。子供っぽい反抗心で座るのを拒否しようとも思ったが、そういう空気でもない。向こうはすでにカードを一枚切っている。
「名乗る必要は……、ないでしょう。私はそれなりに有名人ですから」
「知っているよ。情報屋のトービアス。結構有名だ。それに……」
 先程から所在無さげに座っているサクヤ。
 ちょっとした因縁のある相手なので、どうにもサクヤは居心地が悪いのだ。
「まあ、賞金首の件は、一部の独走だ。今は取り下げている」
「なんだー、良かったー」
「良くはないぞ。こんな立場になかったら、間違いなく、私は君をPKしているところだ」
 安堵のため息を漏らしたサクヤに、シャムロックは冷たく言い放つ。
 マスターとしての矜持と責任という以上、あまり個人的な感情を出すのは御法度だが、逆にそんな立場になかったら、この白い少女が後ろから追いかけてきたかもしれないのだ。一目見て高レベルプレイヤーだと分かる。絶対的に実力が、自分たちと間に歴然とした差として横たわっているのが分かった。
「まあ、気負わなくていい」
「あ、はい、すいません。サクヤって言います」
 カチャリと三人の前に、紅茶が差し出された。
 それに口を付けつつ、シャムロックは、不適に笑いつつ、問いかけた。見た目は十歳以下、精々七、八歳程度の体格で、ソファーにも人形のように座っているのに、貫禄は二人の三倍以上ある。
「まず、この短期間で、どうやって江藤衿、君たちの友達だったな。彼女をはじめ、現在起きている事象について調べた?」
「その前にいいですか?」
「なんだい?」
「正体を明かさないのは、不公平じゃないですか?」
「ふむ……」
「それに、そんな外見で凄まれたくない」
「この格好をしているのは、せめて君たちに合わせようという言う心算だったのだが。あと、一応言っておくが、これは私の趣味ではない」
 そんな聞いてもいない事まで話して、シャムロックは嘆息した。
「まあ、いい。直接、話そう」
 そう言って、衣織と亜澄はFMDを外した。
 現れたのは、妙齢の女性だった。しっかりしたスーツに身を包んだ、まさに「デキル」女というのがぴったりくるような女性であった。
「改めて、シャムロックこと、佐伯玲子だ」
 同じ威圧感のある声で、女性は名乗った。
「では、話そうか。君たちの友達、江藤衿が現在どうなっているのか?」
 佐伯はゆっくりと、指を折りながら、対話を求めていく。
「『the world』が抱えている闇とは何か?」
 衣織が、身を乗り出す。
「世間を騒がせる『電子監獄』とは何か?」
 亜澄が、目を見開く。
 ただの女子高生であったはずの二人は、段々と得体の知れない世間の闇に踏み込んでいくような気がしていた。目の前に座っている妙齢の女性は、さしずめ、地獄への案内人というところだろうか。



Side; Net 二〇二二年十二月十三日 第二層 迷宮区
 キリトは困惑しながら、ボス攻略の行軍に加わっていた。
 第二層の迷宮区は、古城の廊下のようだった第一層とは異なり、まるで山岳地帯の渓流のようであった。流れる水のせせらぎを聞きながら、見た目だけはピクニックのように、見える行軍は続いている。そろそろティアベルの行っていたボス部屋が目前なのだが、非常に困ってしまっていた。
「………」
 困惑の理由は、目の前にある。最後尾を歩いているので、先頭を歩くティアベル達には見えていないようだが、臨時にパーティを組んでいる三人である。
「おーい、カイト。置いてくぞー」
「あ、ごめん。すぐに行くよ」
「急げよー、もう着いちまうぞー」
立派なバロンコートに身を固めたカイト。
 彼は、とにかく、見るものすべてが珍しいのか、猫のように好奇心を発揮して、あちこちのオブジェクトを触って回る。まるで、そこにあるもの全て、この狂った『世界』を楽しんでいるかのような、調子でさえあった。
 それを嗜めるオルカとバルムンク。
 これから死闘に赴くというのに、三人の緊張感は低すぎた。レベルが高すぎるというのもあるのだが、幾らなんでも、これは隊全体の士気に関わる。
 効率を重視して、最小最低限の労力で、最大のリターンを求めてきたキリトであったが、彼らの存在はイレギュラーもイレギュラーであった。この世界を、心のそこから楽しんでいる。楽しんで、楽しんで、遊びぬいている。命がかかったゲームだというのに、全くそのことに物怖じなどしていない。だからと言って、諦めているわけでもない。
 考え方が違う。
 この『世界』で起きる、ちょっとしたことに一喜一憂して、それを隠すことなく表に出して、みんなで分かち合う。大勢で楽しむことのできるMMORPGの楽しさというのは、本来は、そういうものだ。一人では詰まらない事も、出来ない事も、大勢が集まることで可能にしていく。分かち合って、楽しむ。それが本来のネットゲームの楽しみ方であって、キリトや大勢のトッププレイヤーの殺伐とした、無味乾燥の極致ともいえるプレイは、やはり間違っているのかもしれない。
 彼らを見ていると、心の奥が痛い。
 やはり、パーティを組んだのは、間違いだったかもしれない。
「そういえば、キリト君だっけ?」
 清流に生えていた、何か分からない水草を顔に貼り付けて、無愛想なキリトを笑わせ様と、カイトは面白い顔を作っている。年上に見えるのだが、何だか子供っぽい。
「……何だ?」
 別に丁寧に言う心算もない。
 土台、ネットの中では、経験が全てだ。リアルの年齢も、職業も、年収も、その他の一切が、この中では意味のない設定に成り果てる。ネットの中はリアルに持ち込まず、リアルのことはネットに持ち込まず、これがネットゲームをする上での他人との関係性だ。
 ましてや、ここは限りなく『現実』の『世界』だ。
「いや、そんな憮然として、楽しくないのかな、っと思って」
「楽しい?」
 何を聞くのだ、正直にそう思った。
βテストの時までは楽しかった。それは彼の本心だ。何度も敵に挑んで、何度も死んで、そして、勝って喜んで、何度もリスタート地点である(黒鉄宮)に笑いながら、もう一度、ログインしたものである。現在の(黒鉄宮)は、死者を記す真っ黒な墓標が置かれている。ご丁寧に死亡時刻と、死亡理由も添えられて。
 だが、今は、文字通り命が掛かっている。
 ログアウトできない以上、茅場晶彦の宣言が真実であるかどうかを確かめる術は、ゲームの中に暮しているキリト達には確認する術がない。
 だからこそ、真剣なのだ。とてもではないが、楽しんでいるような状況ではない。βテスト時代の知識を最大限に活用し、強引なソロプレイによって経験値を稼いでいたキリトは、少しでも生き残りに必死だ。誰かを助けている余裕はない。ましてや、楽しむなど、二の次、三の次である。いや、三の次に出てくれば、まだ御の字だろう。もしかしたら、どこにも存在しないのかもしれない。
「逆に聞くけど、何で、この世界を楽しめるんです?」
「………」
「俺は、生き残ることに必死なんです。楽しむことなんて出来ない」
 黙り込んだカイトに、キリトは、きっぱりと言い切った。
「だから、数多いるβテスター、ビーターの汚名を一手に引き受けた、のかい?」
 カチャカチャと拍車の音を立てながら歩くバルムンクが尋ねた。
「楽しむことよりも、ビーターとしての責務を果たそう、と躍起になっている」
「………」
 今度はキリトが黙り込む番だった。正直、痛いところを突かれたと思う。
「その責務っていうのは、何よりも危険なリスクが伴う場所へと飛び込むこと」
 今度は、腕を組みながら歩く、オルカに指摘される。
「言っちゃなんだか、自分から死にに行っているみたいだな」
 オルカは、消極的な自殺だと言っている。
 この偽りの『世界』に渦巻く怨嗟や憎悪を全て引き受けて、自分の身と引き換えに全部を終わらせるために、全てを虐げる。ヒロイズムと言えば格好はつくだろう。だが、その実、生きることを消極的に諦めているとしか言いようがない行動なのだ。
「なら、あんたらは……」
 自分でも似合わないと思う。だが、思わずキリトは声を荒げた。
「それだけのレベルに至るまでに何をした!」
 ギリギリと奥歯を噛んで、吠え立てる。
 行軍の中、これから戦闘を迎えるのに、不和を生んでどうすると思っている冷静な頭もどこかにあった。だが、それでも、彼らのレベルが示す意味を糾弾した。そんな風にして、何かを誤魔化そうとしていた。いや、誤魔化すというなら、まだ優しい表現なのかもしれない。単純に、彼らとの実力の差に、嫉妬していたのだろう。
「ビーターでなくても、お前らは、俺と同じだろう!」
 キリトの色々な思いがない交ぜになった叫び。
 それをカイトも、オルカも、バルムンクも真正面から受け止めた。
「批判は甘んじて受け入れよう」
 目を瞑って、少し考える態度を取った白い騎士は、ストレートに伝えた。
「だが、俺たちは、効率の良い稼ぎ場も知らない」
「同じように、レアドロップの場所も知らないけどな」
「え……」
 このような大規模MMORPGで最も問題になるのが、経験値だ。
 一人用のゲームなら、戦って、勝てば、経験値は入る。だが、ネットRPGは、戦うという経験値を手に入れる前の大前提が問題になる。なぜなら、無慈悲にシステマチックに時間当たりに出現する敵の数は決定しているからだ。
 キリトがスタートダッシュを決めたのは、このロジックが存在するからである。
 先に敵を潰しておくというのは、まるで良い事のように思えるが、同時に後続に経験値が入ってこないことを示している。同時に、後続に前線で戦う人間が得ているだけのアイテムも手に入れられないということになる。
(それのシステムを無視して、つまり、ただ只管に、敵を倒したって言うのか……)
 前回一緒だったトキオもだが、何ともおかしなプレイヤーだ。
いや、いっそのこと、異常という方が正しいかもしれないプレイヤーである。
「あと、僕らも、ちょっとイリーガルな能力があるからさ」
「……?」
 右の手首を、まるで我が子でも労わるかのような優しい手つきで、カイトは撫でた。
 そこには何も装備されていない。確かに腕輪の部類のアイテムはあるのだが、キリトの目には、何も見えない。それなのに、何か、本当にカイトは何かがあるかのような振る舞いを見せている。そして、そのことに既知の間柄らしい、オルカやバルムンクも何も言わない。その右の手首についているものが何かを知っているようだ。
「まあ、僕らも言い過ぎたかな。すぐにでもボスだし、仲良くやって行こうよ」
 毒気のないカイトの顔に、すっかり怒りも消えてしまった。



Side; Real 二〇二二年十二月十三日 金沢 郊外のある喫茶店
 日本海側の冬は辛い。
 特に日本海に突き出した能登半島にある金沢は、三方向から露骨に季節風の影響を受けるために、新潟や北海道に並ぶ豪雪地帯である。降り積もった雪の中、久しぶりに会うことになった相手に、逸る気持ちを抑えて、水無瀬舞は歩いていた。
 深々と粉雪が、降り続ける。
 今年の冬は、シベリア寒気団が張り出したために、雪は少ない方である。
 待ち合わせ場所に指定されたのは、高校時代から通っていた喫茶店である。
 年の瀬も迫った喫茶店は、せめて凝り固まるほどに重なった師走の疲れを、一時でも癒そうと大勢の人間が集っている。カランカランと寒空に冷たく凍てついたベルの音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
 店内は、程よく暖房が効いており、暑すぎずというような調子だ。
 店員が愛想良く挨拶してくれるが、彼女の挨拶よりも大事なことがあった。その目的の人物は、相変わらず飄々とした顔で、楽しそうな顔で、昔懐かしい顔のままで、お気に入りだった席に座っていた。
「久しぶりだな、舞」
「智成」
 待ち合わせ相手の香澄智成は、相変わらず如才ない、加えて屈託ない笑顔であった。
 高校時代から少しも進歩していないと、呼びかけられた方は思う。
 彼に促されるままに、席に付く。すぐにウェイターが注文を取りに来た。
「コーヒーでお願いするわ」
 舞は、端的に注文した。
 そして、実に七年ぶりともいえる幼馴染に、少々冷たく当たる。
「十二年」
「………」
「もう、私、来年には三十なんだけど」
 恋人同士であった二人。
 だが、智成が東京へ行ってしまってからは、自然に消滅してしまった。以来、智成が努力を重ねていなかったわけではないが、東京と金沢など、そう簡単に行き来できるような距離ではない。待ってもらう約束など、していなかったのに、律儀にも彼女は、待ち続けたのだ。友として、恋人として、どこまでもまっすぐに、やさしく。
「……その何だ、すまなかった」
「で、どうするの?」
 謝っても許そうとは思わない。一秒一秒が、女性には金に匹敵するのだ。
「あ、そのなんだ……、今、すごく厄介な仕事抱えててさ」
「ふうん、また私は待たされるのね」
 舞の言葉に、智成はうろたえる。
「冗談よ。待っててあげる」
 だから、舞はそれだけしか言えなかった。
 お互いに未練が残っているのは間違いない。だから、離れれば離れた分だけ、輝きは増していく。その錆び付くことなく、今も輝きを放ち続ける幼さのない、高校生の礼儀正しい恋心は、今も二人の中に消えることなく残っているのだ。
「その、なんだ。ありがと」
「どういたしまして」
 何となく甘酸っぱい遣り取りを終えた二人。
「それよりも、頼みたいことがあるんでしょう?」
 そして、舞は真面目な顔で智成を見た。
 ここから先は、ふざけていられない、ハリウッド映画見たく愛を語りながら、アクションなんて出来ない、暗に彼女の黒い瞳が言っていた。
「徳岡さんに連絡が取れないかと思って?」
「徳岡さん、に?」
 二人の話題に上った徳岡というのは、本名を徳岡純一郎という。
 元々、CC社の社員であり、『the World』の日本語版の移植ディレクターであり、上司との不和から退社して以後、舞や遠野京子や相原有紀と共に、リアルの世界で第二次ネットワーククライシスと戦った一員である。そのとき、ネットの世界で戦っていた海斗には知る由も無いことだが、彼女らもまた、立派な団員なのだ。
 しかし、徳岡純一郎。
 彼の消息は、第二次ネットワーククライシス以後、掴めないでいた。
それが分からない故の智成の申し出であった。
「えっと、私も彼の居場所までは……」
「連絡先、とかは?」
 舞は力なく首を振った。
「そっか……」
「あ、でも、娘さん」
「娘さん……? あ、潤香ちゃんか!」
 彼女のことは、智成も良く知っている。何せ、一緒に未帰還者になった嫌な仲だ。彼女の友達であるアルフも一緒になっているのだから、つくづく海斗たちには感謝しなくてはと智成は思っている。未だに面と向かって謝意を述べたことは無いが、述べても彼らは、間違いなく受け取らないだろう。
「確か、今も三鷹にいるって聞いてるから、戻ったら会ってみたら?」
「分かった」
「それと!」
 話し終えたとばかりに勢い良く伝票を持ち、席を立とうとした智成を舞は強い声で圧しとどめた。師走の疲れを癒しに来たサラリーマン達の視線が集まる。昔を思い出しているように、二人を見て感慨に耽っているものもいるくらいだ。
「何に首を突っ込んでるのか、知らないし、聞かないけど」
 大人な笑顔を舞は浮かべて、智成をまっすぐに見詰める。
「貴方の帰ってくる場所、その隣には必ず私がいるから」
「ありがとう、舞」
 


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