小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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無法のアンダーグラウンド“常夜”。
そんな呼び方をする者もいた。
他にも色々あったが、呼び方なんてどれも正しいものではない。
そもそも、正式な場所ではないのだから。

だが、普通“常夜”と呼ばれるこの場所。
地下にあり常に夜であることと、どこまで進んでも人間の闇に包まれている
ことから、この名がつけられた。
名前は随分と小奇麗だが、実際はそんなことない。
まさに“社会の吹き溜まり”なんて言葉が打ってつけの場所。

犯罪者が逃げ込むこともあれば、心に闇を抱えたものが自ら来ることもある。
そんな社会不適合者が何故ここを求めるか。
それはこの場所が完全な法の外に位置するから。
警察もここに逃げ込まれては、どんな重罪人でも一切関与できなくなる。
あまりに危険で、あまりに深すぎる闇だから。



生まれながら海斗はその身に宿す気の量が膨大だった。
神の子だと、凄い才能だと崇められるかといえば、そんなことはない。
赤ん坊にして、その有り余る力は人間を超越していた。
そして、周りが感じるのはただ“不気味”。
結果、恐れられた海斗は両親に捨てられた。
最悪の場所、常夜に。

だが、両親の命はそこで終わった。
一般人が入って出られるほど甘いところではないのだ。
結局、残されたのは幼い海斗と親の遺品だけだった。

ある者は恐怖で発狂して、ある者は自分の戦力にしようと画策して、またあ
る者はまだ幼いうちに危険な芽を摘んでおこうと、様々な住人が海斗を襲った。
幼い海斗にはそれが何故か分からなかった。
目の前の人が悪い人だという認識さえ持てなかったのだ。
それだけに相手の攻撃に抵抗すらも示さず、ただその純真な瞳で見つめるだ
けだった。

だが、ひとたび、自分の身に危険が迫ると一瞬で周りは血の海になっていた。
そこに立っていられたのは、まだ幼い少年ただ1人。
圧倒的に体の大きさも異なれば、力も比べ物にならない。
なら、少年はどうして生き残れたのか。
少年が持っていたのは別に戦闘センスでも何でもない。

“生への執着”

受ける傷など気にもせず、相手の命を迅速に刈り取る。
傷もまた数日経てば、自分で治してしまう。
恐ろしいほどの執着心。

襲ってくる輩は次々にその命を落としていった。
そして、本来なら三輪車にでも乗って、元気に走り回ってるであろう年齢の
少年は人々から恐れられ、こう呼ばれた。

―“死に神”と。

死神ではなく、死に神。
それは人々に恐怖を与える存在としてだけでなく、それ自身も幼くして、感
情も死んだ残虐なパペットだと、皮肉を込められた名。

そんな彼には仲間なんていなかった。
会話相手すらいない、闇の中での孤独。
日が昇ってくれたら、風が吹いてくれたら、彼は願った。
何も変化しない時間は独りで過ごすのにはあまりに辛すぎた。
しかし、それも地下では叶わない幻想にすぎない。

誰でもいいから、話したい。
何でもいいから、動いてほしい。
嫌いでもいいから、襲ってほしい。
退屈は辛すぎた。

そんな彼の願いが叶ったのか。
1人の男性がそこを通りかかる。
動いてるものが見れた、少年がそれに満足していると男性に声をかけられた。

少年は思う。
ここには他に誰もいない、自分に話しかけられたのだ。
嬉しかった、嬉しかった、嬉しかった。
ただ幸せを感じた。

おじさんは家に招待してくれた。
美味しいごはんをご馳走してくれるんだって。
久しぶりに美味しいごはんが食べられた。
こんな優しい人もいるんだ。
良かった、諦めなくて良かった。
食後におじさんがお薬を持ってきた。
何でも、お腹をこわさないために飲まなきゃいけないっていう。
僕はうなずき、コップの水でお薬を飲み干した。

そんな生活が1週間くらい続いた。
おじさんは毎日美味しいご飯をくれた。
そのたんびにお薬もくれた。
苦いけど、優しいおじさんが自分のためにくれたお薬だ。
味は気にしないようにして、欠かさず飲みきった。

ある日の夜、いつものようにお薬を飲んだら、気持ち悪くなった。
目の前がかすんで、立っていてもふらふらする。
どうしちゃったんだろう、僕。

おじさんは笑って言った。
“その薬はね、気を奪い去るものなんだよ”って。
“だけど、君はすごいから、一週間もかかっちゃった”って。
おじさんが何を言ってるか分からなかった。
よく分からなくて、座り込んだら、おじさんがこっちに向かってきた。
おじさんは手にキラキラしたものを持っていて、それを僕に振り下ろした。

次の瞬間、また海ができていた。
真っ赤な海が…。
そこでようやく分かった。
このおじさんも自分を襲ってきたんだと。
自分の手にはお皿の破片が握られていた。
さっきまで美味しそうな料理がのっていたのに、今は真っ赤なスープがこび
りついているだけだった。

気をなくしても、少年は生への執着で生き残った。
そこにあった威力の期待できない道具で相手の急所を的確に狙い、またも、
その命を刈り取った。


襲われるうちに少年は相手の攻撃が見えるようになっていた。
それは考えられない回数による慣れ。
発達した目は気など頼らずとも、数々の危機を回避させた。

そうして少年流川海斗は幼くして、腐った世界を己1人の力で生き抜いてい
ったのだった。

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