小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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あの裏切りの事件から俺の生活は少しずつ変わっていった。
少し時が経ち、物事が理解できるようになると、俺は人と関わるのをやめて
いた。
人間なんてあんなもんだという見解に行き着くのは、そう時間のかかること
ではなかった。
別に絶望したわけではない。
俺が邪魔者だというだけ、殺そうとするのは当然。

だから、俺はもっと違うものを信じるようになっていた。
たまに紛れ込んでくる野良の動物たちを相手にしては、一緒に遊んだり、会
話をしていた。
会話といっても、勿論動物たちが話せるわけでもないので、俺が一方的に声
をかけているだけなのだが…。
それでもずっと一緒の時間を過ごすうち、俺の話が終わるまではそこを動か
ず寝転がって聞いてくれていたり、相槌を打ったりと、心が通じているかの
ように感じていた。
まぁ、俺の勝手な解釈でしかないけどな。
俺の周りで戯れているその姿を見ているだけでも、心は和み幸せだった。

また、寄ってくる野蛮な住人からはそいつらを保護していた。
自分たちを守るためにその手を血に染める姿を見ても、動物たちは逃げ出さ
ず、むしろ日増しにその数は増えていった。
逃げられても仕方ないと覚悟はしていたのだが、やはり残ってくれていたと
いうのは素直に嬉しかった。



動物たちは海斗の根底にある優しさの部分を感じ取っていった。
動物とはそれくらい本能に長けたものである。
動物好きに悪い人はいないなどと言うが、それこそ動物に好かれる人に悪い
人はいないという方が余程適切である。



あのときのクスリは俺の気を奪ったらしい。
今思えば、予定外の1週間という長い時間がかかったのも、俺の気が膨大だ
った故なのかもしれない。
どんなクスリだったのかも分からないし、果たして副作用が気を奪うという
ことだけだったのかも定かではない。
気づいてないだけで体に不具合がある可能性は十分考えられた。
まあでも、一番はやはり気の消失。

だが、動物たちと戯れる以外にすることもないので、毎日そのほとんどの時
間を鍛錬に費やしていると変化が表れた。
驚くことに自分の体にまた気が戻ってきていたのだ。
クスリが弱かったのか、俺の気が規格外だったのかは分からない。

けれど、一度空になった気を戻すという荒業を成し遂げたせいなのか。
俺は自由に気を扱えるようになっていた。
詳しく言えば、オンオフを使えるという普通不可能とされていること。
また繊細なことから力任せのことまで、気で様々な用途にも応用できるよう
になった。

だが、別にこんなものに頼っている必要はない。
いざというときに頼りになるのは己の体だけだ。
結局、この世界で生きるということはそういうことだから。
俺は気をゼロの状態に操り、鍛錬を続けた。

俺がピンチになったら、周りを皆殺しにしてしまう。
俺の意思には関わらず、生への執着がそうさせるのだ。
ならば、ピンチにならないような圧倒的な強さを。
いつも冷静でいられるような絶対的な強さを。
無闇に人を傷つけない強さを手に入れるための鍛錬。



そんな毎日の繰り返し。
日に日に増える動物たちと過ごす楽しい時間もあったのだが、変動しない作
業のループの中にいることに変わりない。
俺はうんざりしていた。

動物たちもこんなところにいては、すぐに弱ってしまうだろう。
環境もそうだが、なにしろ空気がもう腐っているようなものだ。
こいつらが外の世界にいたのだとしたら、引き止めているのは完全に俺だ。
可哀相な俺に優しいこいつらは付き合ってくれているのだろう。

だから、俺は外の世界に出る決意をした。
たまに流れ込んでくる外の世界の本。
それは知識や情報の塊だった。
興味がわいていたのも事実だ。

決意をすれば、すぐだった。
持って出るものなんて、一つとしてなかったから。
俺が歩き始めると、大勢の動物たちも後に続いた。

出入りは本来簡単に出来るのだが、出入り口が使われることはそうない。
理由は簡単、入った者が出ないからだ。
法の網を抜けて、腐った安息を求めた者は自分から規則の世界には出ようと
しない。
また誤って紛れ込んでしまった者はその身ぐるみを剥がされ、ほとんどの確
率で命までもを取られる。
ある意味、そんな一方通行なのだ。

外に出ると、右側から風が吹きぬけた。
少し歩くと、人影があった。
外に出たからといって、ここもまだ治安が悪い。
得体の知れないそいつから、動物たちのことを守ろうと思った。

だが、目の前の女はニコッと笑う。
どうやら、目の前にある店の従業員のようだ。
女は店の中に入ると、箱を持ってきた。
わけもわからず、警戒しつつも様子を見ていると…。
箱からペットフードを出して、動物たちに与え始めた。

なるほど、俺の事情が分かっているらしい。
確かにこんなに多くの動物たちを連れて、街は歩けない。
ここに置いていくことが得策だろう、面倒も見てくれるようだしな。
だが、初対面の俺になぜこんなことをしてくれるのだろう。



その女は何を感じ、見ず知らずの海斗に手を差し伸べたのだろう。
それはやはり、海斗に全幅の信頼を寄せる周りの動物たち。
動物に好かれる人に…



俺の知っている人間は一部でしかないことが分かった。
俺の世界は狭すぎた。
悪人がはびこる退屈の闇。

この広い世界にはどんな人間がいるのだろう。
それが知りたくなった。
本の世界ではなく、リアルで。

だから、俺は学校に行こうと考えた。
沢山の人間が集まるという学校に。
そこなら退屈を感じずにすみそうだ。

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