小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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学校が決まったら、次なる試練は住むところだったのだが、それにはほとん
ど苦労しなかった。
親不孝通りのとあるアパート、そこの酒癖悪い大家(女)が受け持つそこは
一風変わっていた。
身元も分からない俺を力仕事を手伝う条件で、すんなり受け入れてくれた。
家賃も治安が悪いせいか安いし、俺にとっては好条件。
迷うことなく、俺はこちらの世界での住処を確保できた。


今思えば、川神学園に入学してから俺の新しい生活が始まったのか。
色々新鮮だったな。
まあ、最初の頃は誰とも関わらないようにしていたから、退屈は捨てきれな
かったがな。
そもそも、あんな目立たないように変装してたのもな…





「この街も色々あるんだな。」


知らない街を散策する。
こんなに人がうろうろしているという光景も新鮮だ。

俺も明日からは川神学園の生徒だ。
正直、テストはそんなに難しくなかったのでほぼ確実といえる。

さてと何をしようか。
行く宛もなくぶらぶらとしていると…


「…遅いねー…」

「…ていうか、それってどうなの?…」


前でなにやら会話をしている大人っぽい女の子2人組みを発見。
あれが噂のおしゃれっていうやつか。
オフィスレディとかそういう奴なのか?
スーツじゃないから、雰囲気だけなんだが。
明らかに俺よりも年上の二人はこれまた新鮮だ。


(あっちの世界は女なんてそう見ないからな。)


そのとき不穏な気配を感じた。
見れば若者がこちらに自転車で突っ走ってくる。
何を盛り上がっているのか、そいつは後ろの自転車の奴とふざけあっていて、
前なんか見ていない。
そして、それは迷わずさっきの女の子たちの方へ向かう。
それも結構なスピードだ。
対して、女の子たちも会話に夢中で気づく様子はない。


(ちっ、なにやってんだ。)


幸い、女の子と自転車の距離はまだ少しある。
俺は迷わず暴走する自転車の前に出る。
そして、真正面から遠慮なく突っ込んできたそれを片手で止めた。

ガンッ

当然、乗り手は何が起こったのかと瞬きを繰り返す。
そんな阿呆に状況を理解させるように言ってやる。


「ちゃんと前見て、走れや。周りに迷惑かけんな。」


少し低めの声に努めて笑顔。
こういうのが一番心にくるらしいからな。


「は、はい!!」


自分の危機を感じたのか、震える声で大きな返事をする。
俺の言ったことは理解してくれたようで、ライダー2人組みは縦一列の安全
第一で走り去っていった。
はあ、どっちの世界にも常識なってない奴はいるんだな。
あちらと比べれば、断然可愛いもんだが…。


「ねぇねぇ、ちょっと君!」

「あ?」


振り返ると、女の子2人組みが俺の後ろに立っていた。
結構離れたとこにいたはずなんだけどな。


「今、あの自転車の子たちから守ってくれたんだよね。」

「いや、俺は別に…」

「良かったら、お礼に私たちと一緒にお茶でもしない?勿論おごったげるよ。
ね、どう?」

「別にお礼もらえるほど大したことはしてねーけど。」

「もー、察し悪いなー。実は今、この前コンパで知り合った人たちと待ち合
わせしてるんだけど、時間に遅れてるのよね。誘っといて、こっちは仕方な
く来てるのに遅れるなって感じじゃない?もう10分くらい待たされてるし、
このまま待つくらいだったら、君と遊びたいのよ。」


あー、それは確かに男のほうが悪いだろ。
なんかの本にも男は女を待つもんだって書いてあったし。
そのうえ誘ったんだったら、愛想つかされても文句言えねぇな。


「ね?ね?キミ紳士的で優しいし、それに自転車を止めて注意するなんて男
らしいじゃない。何より近づいて見てみれば、顔もかっこいいなんてねー。
もうあんな男を待ってる必要なくなっちゃった。お姉さんたちの暇つぶしに
付き合って、お願い。」


こっちの世界の会話ってのも体験しとくっていうのもある。
それに普通に可愛いし、断る理由はないか。


「ま、いいけど。」

「やった、じゃあ決まり。あっちにカフェあるから、行きましょ。」


―店内


「何飲む?なんでも好きなもの頼んでいいからね。」

「暇つぶしには付き合うけど、自分の分は自分で払う。」

「いいのよ?別に遠慮しなくても。独り身なんだから、これでもお金には困
ってないわよ。」

「関係ねぇよ。女の子にはおごっても、おごらせたりしたら駄目だろ。」

「うっわぁ、かっこいいこと言うねぇ。ほんとキミのそういうとこいいなー。」

「そんだけかっこよかったらモテるでしょ?彼女いる?」

「いや、そういうのは特に…」

「うわー、じゃあお姉さんが狙っちゃおっかな。年上とかどう?」

「いや、あんたは普通に可愛いけど。」

「わー!なんか君に言われると本気で嬉しいな。」

「なんか、運動も出来そうだし、頭も良さそうだし。学校とかで注目の的な
んじゃないの?」

「へっ?運動出来たり、頭良かったら目立つのか?」

「そりゃそうよ。しかも、そんなにかっこいいんだから、絶対君に憧れてる
子とかいっぱいいるわよ。」

「いや、それはねーけど……そうか、目立つのか。」

「そうよー。あーあ、私が君と同じ年で同じクラスとかだったら、絶対に告
白するわね。」

「はぁ……」





あの前情報はなんだかんだで役に立ったな。
クラスも一番良いとこはやめたし、テストの点数も自分で調整して、目立た
ないような工作ができた。
同時に俺に退屈を与えたが…。
ま、結局やめたし、どうでもいいか。

ほんとこっちの世界は発見の連続で飽きることがなかった。
楽しい事だって沢山あったし、良い奴らにも沢山会えた。
けど…

“お前への復讐なんだから”

俺には結局場違いだったってことか。
どこかで俺も普通に生活していいと思ってた。
なのに、俺のせいで迷惑をかけて、傷つけた。
俺は必要とされていない。
この世界に。こっちの住人に。

だから、戻るだけだ。

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