小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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「まさか、決勝の相手が一子殿とは……」

「九鬼クン。」

「うぬぬ、S組の誇りがかかってるとはいえ、心苦しい限りである。」

「英雄様、ここは私にお任せください。」

「む、なんだあずみ。」

「いくら試合とはいえ、英雄様が最愛の方と戦う必要はありません、この忍足
あずみが責任を持って勝利しますので、英雄様は客席でお休みになっていてく
ださい。」

「ふむ、あずみ、素晴らしい忠誠よ。ならば、我は信頼の元にそうさせてもら
おう、フハハハハハ」

「もったいなきお言葉です、英雄様〜」

「………………」


そういって、メイドがデコバツにアイマスクを渡して、デコバツはフィールド
の外に出て行ってしまった。

あれ、もう既に相手を1人倒しちゃった?
くそ、負けるつもりだったのに、なんでより有利な状況になってんだ!
……と思ったのも束の間、


「はあ、ようやく始められるなあ。」

「……!」


いきなり、メイドの口調が変わった、いや口調だけじゃない。
二重人格ってわけでもなさそうだし、こっちが通常らしいな。
てことは、デコバツの前では猫をカブってんのか。
だから、わざわざ目隠しまで渡して、睡眠を促したと…

やばいなあ、こいつから出てんの殺意じゃん。


「お前、あれだけの攻撃を受けて、動けるってことは、ある程度強いって認識
していいんだな。」


確実に俺に向けて、言ってるよな。
無口キャラだが、強いとかいう誤解は解かないと後々めんどい。


「弱者は頑丈じゃないと生きれん。」

「はあ、まぁ強そうには見えないわな。」


疑っては見たものの、俺の滲み出る弱さオーラの方を信じているようだ。
つーか、こいつ女のくせに口わるいなー。


「だからって、油断はしないぜ、あんな手に引っかかるなんつーのは御免だか
らな。」


そういって、小太刀を両手に構える。
武器はレプリカだし、斬れることはない。
だが、コイツの場合、武器より殺気の方がよっぽど鋭い。


「んじゃ、戦闘開始だ。」


途端、圧倒的な速さでメイドがこちらに向かってきた。
なに、最初から狙いが俺かよ…!

凄まじい量の斬撃がわずか数秒の間に俺の体を襲う。
痛みが先ほどの比じゃないが、ある意味これはチャンスか?
ここで倒れておけば、目立つことなく終了だろう。


「せいやぁぁぁぁっ!」


そんな思考を割るように一子が薙刀を振るった。
メイドはそれをかわし、懐に入って当て身を見舞う。

今の動きは完全にただのメイドを凌駕していた。
主の護衛っていうより、こいつはどちらかというと狩る側の人間だ。
そんな奴の攻撃をくらった一子は薙刀でなんとか姿勢を保っている。

これは圧倒的だな、悔いなく勝負が決まりそうだ。


「不意打ちであたいの首がとれると思ったか、小娘。」

「くっ…!」

「お前じゃ敵わねえよ、くぐり抜けた修羅場の数がちげぇ。」

「それでも諦めないわ。」

「はっ、努力だけで天才に勝てるなんて、いつの時代のスポ根漫画だよ。どこ
まで努力したって、その人間相応の限度ってものがあるんだ。その器が相手の
大きさに足らなければ、いくら器いっぱいに水を注いだところで量が覆ること
はないんだよ。」

「……は?」


今、コイツは何を言った?
この腐れメイドは何をほざきやがった?


「おい…」

「あぁ?なんだよ、根暗ヤロー。」


驚くくらい自分の声が震えていた。
言葉から怒りを隠し切ることがまるで出来なかった。

無口だの、根暗だの、地味だの、ひ弱だの、無感情だの、そんな設定は1つ残
らず、頭の中から追い出されていた。


「お前は何、馬鹿なことを垂れてんだ?」

「え、どうしたの!?流川君。」

「なんだなんだぁ、根暗が狂ったか?」


一子が練習しているのは毎朝見かけた。
強くなるためにひたむきに努力し続けていた。
自分の強さを誇りにしつつも、自分の未熟さも認めていて、まだまだ強者には
届かないと知っていながら、それに絶望するのではなく、それさえも糧にして
進み続けていた。

その瞳は眩しいほどに真っ直ぐと前を見ていた。
そんな鍛錬を多くこなし、自分に人一倍厳しい彼女は、いつも明るく、誰にで
も公平に接した、この俺にもだ。
ペアができない嫌われた俺の前でも彼女は同じ笑顔を見せた。

どんな困難な状況でも、明るく揺らがないその姿はまさに勇ましかった。


「努力じゃ天才には勝てないだと…?」

「おいおい、お前まで熱血理論かます気かよ?勘弁してくれ。」


この勇ましい少女は俺を狂わせた。
俺と会話をしようとしたし、笑みまで引き出された。

なら、徹底的に狂ってやる。


「勘違いしてんじゃねえぞ。」

「あぁん?」


どうせこのまま目立たないように暮らしたって、この退屈な日々が永遠にルー
プするってのは目に見えてる。
結局、俺は我慢がきかなかったってことだ。
どのみち、一度は絶望した人生。
どうなろうが知ったことか。
ならば、俺は自分の衝動に素直に従うまでだ。


「努力が超えられない存在が天才なんかじゃねえ。」

「流川君?」

「どんなに高い壁を目の前にしても、諦めずに努力し続けられる奴のことを天
才って呼ぶんだよ。」


わざわざ、自発的に俺とペアになろうだなんてな。
ホントに何で、わざわざ印象を変えてまで、人から避けられるようにしたんだ
か、物好きもいるもんだ。


「ははっ、何いうかと思えば、ならその天才はあたいの実力とつり合ってくれ
るのか……ねっ!」


俺の顔面に向けて、思い切り放たれたパンチを何もせず受ける。

それが俺の覚悟だと自分に言い聞かせるように。
今から俺はさっきまでの俺じゃない。

これで変装グッズも壊れてしまったわけだ。
戦闘に邪魔なウザい前髪をぐしゃぐしゃとかき上げ、地べたに転がった、もは
や本来の役割を果たさないであろう眼鏡も踏み潰す。

口の中に広がる鉄の味を吐き出して、言い放つ。


「だからよ、お前の相手はこの凡才の俺で十分だ。」


さて、じゃあ手始めに俺の後ろでびっくりしてる物好きさんに優勝でも、プレ
ゼントしようかね。

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