小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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「総理さん、連絡ありがとうございます。」

「いいってことよ、由紀江ちゃん。俺は情けないが、ちょっとリタイアさせ
てもらうぜ。」

「はい!」


地面に膝をつく総理を安全な道の端へとよける。
そして、凛とした姿で海斗のほうへと向き直る。


「やっと会うことができました、海斗さん。」

「由紀江…。」

「私はずっと海斗さんを探してました。見つけた今、どんなことをしてでも
海斗さんを捕まえてみせます。」

「俺を捕まえるか…。ってことはそういう流れになってると。」

「最後に1つ確認させてください。敵のボスが言っていたことは全て真実な
んですか、海斗さん。」


海斗は考える。
由紀江の言うそれはおそらく葵冬馬の言っていたことだろう。
だとすると、やはりあいつは常夜出身だってことを風間ファミリーに話した
のか。
まあ、脅してたし、何より黙ってるメリットがないしな。


「ああ、本当だ。それだけなら通してくれ。」

「……っ、それならば尚更海斗さんを通すわけにはいきません。私の全力を
もって止めさせていただきます。」

(信じたくはありませんが、海斗さんが肯定したということはやはり敵側に…)


出来れば、否定してほしかった。
自分は敵じゃないとそう言ってほしかった。
だが、こういう答えも覚悟してきた。


(これ以上海斗さんを悪者にするわけにはいきません。)

「邪魔するっていうことか?」

「はい。」

「どけと言ったら?」

「嫌です。絶対にここで海斗さんを捕まえます。もう逃がしません。」


流石に常夜出身なんてことを知ったら、こういう反応だよな。
どんなに仲が良い友達だろうと、それだけで嫌われて敵になる。
別に何も不思議なことではなく、当然の反応だ。
そんな恐ろしい存在なんて避けようと思うのが自然。
俺が責められることなんてないし、もうそんな反応にはとっくの昔に慣れて
いるんだ。
ははっ、“死に神”が人に思われようなんて滑稽な話か。

特に由紀江は良い子なのに、今まで友達が作れず人と接してこなかったんだ。
出会ったあのとき…

“周りの人がどう思っていようと、私は流川さんとお友達になりたいんです!!”

真っ直ぐな意思。
それはちっとも嘘偽りない言葉だった。
しかし、周りがどう思っているかと常夜出身ではそもそも次元が違う。

由紀江いわく、俺は初めて出来た友達だという。
その最初の奴が人を殺したことがあるような悪人だと分かったんだ。
由紀江のような女の子は怖がってしまうだろう。
いや、もし信じてくれていたのだとしたら裏切ったと思われても仕方ないか。

…最低な男だよな。
こんなんじゃ必要とされないのは当たり前。
現に目の前には敵として立ち塞がる少女の姿がある。


「いくら由紀江でも邪魔するなら容赦しないぞ。俺だって少しは戦えるんだ
ぜ?」

「そのくらいの脅しでは退きません。私も海斗さんの強さは十分に知ってい
ます。そのうえで止めにきたんです。」


決意のこもった眼差し。
揺らぐことを知らぬ強い意志。
由紀江は最初に会ったときから緊張していて、自分の意見はあまり強く主張
できずに同調するタイプだと思っていた。
しかし、こういうときには絶対に己を曲げたりはしない。
誰よりも強く真っ直ぐと物事に相対する。

そう、こんなに良い子なんだ。
引っ込み思案で弱気でも、優しく強い少女。

…やめだな。
あの程度の脅しではすんなり退いてくれないよな。


「けど、俺はこんなとこで時間取られるわけにはいかねぇからな。さっさと
行かしてもらうぜ。」


そうして、由紀江をかわして先へ走ろうとするが…

ザッ

「行かせません。」


それは瞬速。
まさに瞬きをするうちに由紀江は海斗の前に回りこんでいた。


「逃がしてはくれないか。」

「やはり敵になっても海斗さんは優しいです。海斗さんなら戦わずに通るこ
とを選びそうだと予想していたので反応できました。」


変わっていない海斗に喜ぶ由紀江。
優しいという場違いな言葉に真意が分からない海斗。
由紀江は一呼吸おいて、言葉を続けた。


「ですが、そんな優しさは不要です。私はここで海斗さんを連れて帰るため
に戦います!」

(それがお友達として、……好きな人としてやるべきこと。)

(ここまで粘ってくるとは、やっぱそれだけ恨まれてるってことか。まあ、
常夜出身を隠して普通に友達やってたことを考えれば、文句の言いようがない。)

「けど、それに俺が付き合ってやる理由はない。」

「海斗さん!」


由紀江が名前を叫ぶ。


「覚えていらっしゃいますか。ビーチバレーのお願いのこと。」


海斗の記憶にもしっかり残っている。
水上体育祭で由紀江が勝ち取った1つの権利。
それは保留となって、未だに使われていなかった。


「勝手ながら、それを今行使させていただきます。海斗さん、私から逃げな
いでください。本気で私と戦ってください!」

「由紀江、本気でって…」

「私は真剣です!!」

「………………」


そこにあるのは今までで一番の魂のこもった瞳。
海斗は分からなかった。
何故こんなにも熱くなれるのだろうか。
自分に対する恨みでこんな真っ直ぐな目をできるのか。
本当に分からなかった。


「…分かった、約束は守る。願い事をきこう。ただ…やるからには安全の約
束はできない可能性もある。」

「望むところです!私も全力で海斗さんを止めて、二度と離しません!!」


もはや由紀江の言っていることは告白のようで、明らかにおかしかったのだ
が、今の海斗に気にする余裕もない。

海斗を愛して、そのために戦う由紀江。
その愛に気づけず、違和感を覚える海斗。
すれ違う二人は今正面から向かい合う。


「黛由紀江、参ります!!」

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