小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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「次はこっちから行くぜ!」

「させません!」

「いーや、強行突破だ。」


海斗は一気に由紀江に近づく。
さっきまでは間合いに入らないように気をつけていたが、今度はその全く逆。
刀を振るえないほど接近するそれは、意表をつく。
しかし、由紀江もその落差にまで反応し、咄嗟にバックステップで少しの距
離をかせぎ、得物の範囲に。
そして、容赦なく斬りつけた。


「せいっ!」


ガキン

その向かってくる刀を海斗はあろうことか蹴り上げた。
そして、刃を跳ね返してしまった。


(っ!斬れない!?)


ほんのわずかな隙。
それがこの高次元な戦闘においては命取りとなる。
由紀江に追撃とばかりに拳が振るわれる。
その身体は数メートル宙を飛んだ。
由紀江はそれでもしっかりと受身をとり、ダメージを軽減する。


(あの靴、何か仕込まれている…)


そう、海斗が由紀江の刀の刃を足裏で受け止められたのは、中に入っている
鉄板のおかげ。
まさかそんなものがあると思っていない由紀江は一瞬の硬直で弾かれた。
少しでも気を抜けば、押し負ける。
そんな戦いだった。


(ちょうどよく打撃も無線機がガードしてくれました。しかし、やはり油断
できない強さです…)


由紀江は小さく深呼吸をする。
ペースを取り戻し、集中するため。
真剣な勝負に臨むために。


「休んでる暇はないぜ。」


海斗の回し蹴りを姿勢を低くして回避する。
そして、それをばねにするように由紀江はまた斬りつける。
だが、海斗はその動きは予測済み。
下から振るわれる刀をまた足で踏みつけるように受けるが…


「っ!」


すぐに回避行動をとる。
明らかに危機を感じた今の攻撃。
鉄板に当たった打撃音もなければ、刀の速度が下がることもなかった。
見れば、確かに靴裏の鉄板には途中まで切れ目が入っていた。
要するに刀が鉄を両断して突っ切ってきたということ。
そのまま足に貫通してくれば、大ダメージは必至だ。
海斗はその食い込んでくるような冷たい予感を察知した。


(ほんと、気が抜けねぇな。)


だが、海斗が息をつく暇はなかった。


「はぁっ!」


由紀江がその場で横薙ぎの一閃を振るう。
海斗は咄嗟に腰を落とす。
気で衝撃波でも撃ってくると警戒したからだ。

しかし、違う。
次に襲ってきたのは倒れてくる2本の街灯。
今の攻撃は由紀江の両脇にあった街灯を斬るためのもの。

そして、海斗の気がほんの一瞬街灯に逸れたとき。
辺りが爆散した。
正確には衝撃によって海斗の周りにコンクリートがまるで砂のように巻き上
げられたのだ。
そして、その人工煙幕が展開されたのとほぼ同時。
海斗に向かって武器が振るわれる。

はなから街灯で傷つけようとは思っていない。
それはただの意外性を狙った不意打ち。
本命はこの一瞬で作り上げた粉塵からの軌道の見えない斬撃。
普通、タイミングも分からなければ、刃の向きも認識できない。

けれども海斗はそれに反応する。
たとえ視界が塞がれようと、空気の流れ、相手の攻撃の気配。
わずかでも様々な事象が海斗にヒントを与える。
それは数々の戦闘で勝手に身についた経験。
海斗は見えない斬撃を足で止めた。

だが…


「っ!?」


ゾクリと。
嫌な感覚が体の中を這いずり回る。
頭からつま先まで広がるその悪寒。
他でもない死の感覚。

それを証明するように響いた音はカンという軽い音。
先程、刀を鉄板で受け止めたときのような高い金属音ではない。
さながら打楽器を鳴らすようなさっきよりも鈍い音。

海斗はためらうことなく、すぐに受け止めたその足を振り下ろした。
力はもはや制御しない。
現状から脱出しなければ、やばいと本能が告げていた。

振り下ろした足はかかと落としのように思い切り地面と接触する。
そこで巻き起こる衝撃。
それを海斗は自分自身に向けていた。
海斗の体はまるで車にでもはねられたかのように後方に飛んでいく。
受身もろくにとれないような強引な回避。
まさに捨て身だった。
体を半端ない衝撃が襲い、地面に強く打ち付けられるがそんなことを気にし
てはいられない。


「はぁ…はぁ…」


ようやく止まった体を落ち着ける。
地面を転がってこすれたのか、海斗の服はぼろぼろになっていた。

海斗が由紀江のほうに目をやると、その両手はそれぞれ得物を持っていた。
舞い上がる塵の中で放った初撃。
それは斬撃ではなく、刀の鞘での一撃。
斬れ味もなければ、威力も伴わない一撃。
だが、海斗はそれを防御してしまった。
するように仕向けられた。

あの煙幕は刀の軌道を隠すためなんかではなく、鞘での無力の攻撃を有効に
するための伏線。
そして、考えの外にある2撃目の本当の斬撃を生み出す作戦。
街灯でついた不意の一撃目をコンマ1秒遅らせてまで展開した煙幕の本当の
意味。
すぐに後退しなければ、刀での斬撃をもろに受けていたことになる。

これは我が身を犠牲にしてでも避けなければまずかった。
…避けなければまずかった。

ザクッ

突如、海斗の足から赤い液体が噴き出す。


(なっ…刀での一撃は確実にかわしたはず…)

「私にとっては刀に例外などありません。ときには己自身も刀とせよ。」


そこで海斗は合点がいく。
回避のために振り下ろした足。
鞘を受け止めていた足を。
しかしそれは威力がない攻撃、守る必要はなかった。

だが、由紀江にとっては闘気を流せば、鞘も刀に変えられる。
勿論斬れ味は本物のそれには遠く及ばないだろうが、人を斬るのには十分す
ぎる。
いわば、刀一本で二刀流をこなしてしまっている。

そして、斬られたのだ。
威力こそ弱い鞘でしかし確実に。
幾重にも幾重にも緻密に計算された攻撃で足をやられた。


「すみません、海斗さん。でも、ここまでしなければ海斗さんは止められな
い。足が使えなければ、もうしばらくは動けません。その間に海斗さんを連
れ帰ります。」


海斗は思う。
由紀江は命を奪わないように足を狙った。
相手が必要以上の怪我を負わないように。
裏切り者の俺に心をいためて…。


(完全に俺の“負け”だな。)

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