小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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道の傍らで壁に背を預けている総理。
その目の前に広がる光景は凄まじかった。
ほとんどは目で捉えきれないほどの速さで行われていた攻防。
だが目で見えずとも、異常なまでの強さは人としての感覚に直接、伝わって
きた。
それも収まり、今目に映っているのは凛とした立ち姿の由紀江と、足を負傷
してその場に座り込んでいる海斗。


(あの坊主、正直相当な強さだが、それを由紀江ちゃんが上回った…。確か
に由紀江ちゃんは強いが、まさかあそこまでだとはな。俺も目が鈍ったか。)


無論、由紀江は強い。
しかし、彼女が最初からここまで強いわけではない。

1人の少女を強くするのは相応の想い。
海斗を、自分の大切な大好きな人を助けたいという強い想い。
それが彼女の芯となり、潜在する自身の能力を最大限に引き出している。

そう、彼女の戦いの目的は正確に言えば、相手を倒すことでも止めることで
もない。
彼女が考えることは最初からただ1つ。


(海斗さんは私が救います!)


それが今の結果を作り出していた。
倒れる海斗と戦場に立つ由紀江。
勝敗は誰の目にも明らかだった。


「では海斗さん、私が責任もって基地まで運びます。」


足を怪我した海斗をおぶってでも行こうというのか。
由紀江は海斗のほうへと歩いていく。


「っ!?」


しかし、その歩みは強制的に止められた。
止めざるをえなかった。
目の前の信じられない光景によって。


「由紀江、俺の負けだよ。由紀江を“なめてた”俺のな。」


海斗はそう言って、血が滴る足で立ち上がった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「テメーらはあんときの!」

「あんたゴルフクラブ持ってた確か…」

「板垣三姉妹の1人だな。」


大和は思い出す。
相手の重要な戦力である板垣三姉妹。
情報によると、長女の亜巳・姉妹のまとめ役で棒術使い、次女の辰子・身長
が一番高く体術使い、三女の天使・ゴルフクラブを扱う。
ということは…


「そうか、こいつが天使だ。」

「ウチのことを気安く呼び捨ててんじゃねー!ウチのことをそう呼んでいい
のは……ちっ!」


天使は“海斗(アイツ)だけだ”という言葉を飲み込み、舌打ちする。


「大和!さがって!」

「ちっ、何故こんなときに…!」


一子とクリスは戦闘態勢に入り、大和の前に出る。
一刻も早く敵の親玉に向かいたいのだが、二人がかりでならそう時間のかか
ることでもないと踏んだのか。
しかし、そんな構えは崩れ去る。


「邪魔なんだよ!」


天使はそう言っただけで、無視して二人の脇を通り抜けようとした。
そこからは微塵も戦おうという意思が感じられなかった。


「待て、逃げるのか!」

「今テメーらに構ってる暇なんてねぇんだよ。ウチは海斗を捜さねーと…」

「え、海斗!?」


予想もしていなかった単語に一子がいち早く反応する。


「…そーいや、テメーら。あのとき海斗がどうこう言ってやがったな。なん
か知ってんだったら、吐きな!」

「ちょっと待ってよ、あんた海斗とどういう関係なの!なんで、海斗のこと
呼び捨てにしてんのよ!」

「そんなのテメーらには関係ねーだろ。海斗は誰にも渡さねぇ。」

「なっ…、違うぞ!海斗は自分と一緒にいるんだ!」

「ちょっとクリ、何言ってんのよ!?それなら、アタシだって…」

「海斗はウチが見つけた、たった1人なんだよ。テメーらとは本気の度合い
が違うっての!」

「何よそれ!!」


突如始まった女同士の熾烈な争いに大和はただただ傍観者となるしかなかった。
好きな男を巡っての女の戦いほど怖いものはない。


(あいつって本当にもてるんだなー………じゃなくて。)

「おい、一子、クリス。色々言いたいことはあるだろうが、今はその本人を
探すためにおいといてくれ。」

「あ、そ、そうね…。」

「それでお前に聞きたいことがあるんだが、流川を捜してるっていったよな?」

「あぁ、そーだよ。だから知ってることがあんなら教えな。」

「それはおかしくないか?流川が何処にいるかはそっちのほうが把握してる
はずだろ?」

「あぁ…そーいや騙されてんだっけな。海斗はウチらの仲間になんかなって
ねぇよ。」

「へ!?え!?どういうこと!?」


一子がすぐに驚きの声を上げたため、クリスなどは声を発しなかったが、そ
の目を丸くして驚きを表現していた。


「海斗は常夜に帰っちまったんだよ。」

「そ、そんな…」


一子やクリスの中には敵でなくて良かったという思いと海斗がいなくなって
しまうという不安が混在していた。


「じゃあ、あいつを捜すっていうのは?」

「マロードの話だと海斗はこの戦いに来るらしい。マロードの読みは結構あ
たるからな。」

「それなら、海斗はこの街のどこかにいるってことね。」

「待て!それなら今海斗を捜してるまゆっちは戦わなくていいってことだよ
な。早く連絡を……モロ、実は……」


大和が今分かった情報をモロに伝える。
由紀江に伝えてもらうために。
しかし、


「ダメだ、通信がつながらないよ!もしかしたら無線機が壊れてるのかも。」

「まずいな……」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


海斗は追い詰められていた。
それはもはや戦う前から決まっていた当然の結果かもしれない。
海斗は戦いに臨む姿勢で既に“負け”ていたのだ。
最悪の罪人にまで優しい少女に人間として“負け”ていた。


(裏切り者が情けかけられるなんて、笑えねぇよな。)


それでも、どんなに惨めに“負け”ていようが、敗北は許されない。


「海斗さん、その足で立つのは……っ!」

「結局俺はどっか逃げようとしてたのかもな。けど、真剣には真剣で
こたえるのが礼儀ってもんだ。」


その瞬間、由紀江は寒気を感じ咄嗟に刀を構えなおした。
自分の圧倒的優位にはかわりないはずなのに…。


「こっからは俺も真剣だ。」

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