小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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煙が広がる空間。
海斗の姿は確認できない。
釈迦堂は満足したように見ていた。


(直撃くらえば、しばらくは動けねーだろ。)


だが、その刹那。
煙の比較的近くにいた辰子の後ろに海斗は移動していた。
その体は機能しているし、目立った傷も見当たらない。


「うああああぁぁああ!」


辰子は後ろにまわられたことなんてお構いなしに自分の周り全範囲を攻撃す
るように柱を振るう。
遠心力も加わった強固な柱の横薙ぎの一撃が海斗のわき腹目掛けて飛んでくる。
咄嗟に左腕で自分の体をかばうようにする。

直後に響くゴキンという音。
それは海斗の腕が壊れる音ではなく、柱が海斗の腕に触れた点から小枝のよ
うに折れた音だった。


(あのガキ、気で防御を…なるほど、さっきのリングも直撃を気で守ったか。)


今の攻防を見て確信する。
柱が折れたのも、さっきのリングでダメージを負っていないのも、気で防い
だからだろう。
どこに攻撃が来るかをその優れた目で見極める。
そうして、先にそこに気を伸ばしておけば、自分の体に触れる前に止められる。
リングにしても、気を使って少し前の空間で爆発させることにより、直撃を
避けたのだと思われる。

辰子は折れた柱を確認はしたが、それだけだった。
すぐに柱を捨て、拳での攻撃へと入る。


「零距離当て身!」


接近状態から繰り出されるそれを海斗は後ろにかわす。
ただのバックステップでも気で強化した一歩は大きい。


「後ろにもいるんだなぁ、これがよ!無双正拳突き!」

「くっ…」


さがった先には釈迦堂が移動しており、待ち伏せの拳をくらう。


(下手に新しい技は使えねぇな。コピーなんて厄介な技だ。)


そう考える釈迦堂も下手に動けない状況だった。
あまり強力な技を使うとリスクが高い。
全てコピーできるはずはないが、無駄撃ちはできない。


(やっぱ、二対一は面倒か…)


対して、飛ばされた海斗はそんなことを考えていた。
負けるとは思っていないが、このまま戦っていても決着までは長そうだ。
ならば、定石は片方を倒して一対一に持ち込むこと。

となれば、男の方は後回しだろう。
海斗は武器をなくして拳を構えている女のほうを見る。


(確か天使の姉だったよな……それじゃなくても女の子だしな…)


状況が状況ならば、男女問わず容赦はしない海斗だったが、出来ることなら
やはり傷つけることは避けたかった。
そんなことを言ってられるレベルの相手ではないのは分かっていても、天使
の家族でもある事情を考えると抵抗があるのは否めない。

相手の特徴は莫大な気と馬鹿力。
テクニックとか小細工を使ってくるタイプではなく、攻撃力特化の乱暴な気
の使い方をする。
拳での攻撃も武術というよりかは喧嘩のそれだ。

海斗は待ち構える辰子に正面から突っ込んでいく。
当然のように放たれる高威力の拳。
くらったら一発アウトであろうとてつもない攻撃力。
しかし、それだけに…


「よっ、」


…隙は大きい。
海斗はその拳を本当にギリギリまで引きつけ、間一髪でかわす。
そのまま懐に潜り込み、反撃を許さないとばかりに拘束した。


「なっ!?」
「えっ!?」
「へっ!?」


周りの者が思わず驚きの声をあげる。
それもそのはず、拘束とはいっても海斗が辰子を抱擁しているようにしか、
見えなかったからだ。

海斗としては相手の両手の自由を奪い、且つ逃げられないようにホールドす
る方法で一番相手が痛くないものをとっただけの行動だったのだが、恋する
乙女たちには違う意味でのダメージを与えたのは言うまでもない。


「ふぁあああああぁぁ……ぁぁ…」


辰子も最初は抵抗の叫びを発していたが、その勢いはだんだんと弱くなって
いった。
それを見た釈迦堂が初めてこの行動の意図に気づく。


(あいつ…!気を奪い取ってやがんのか!)


辰子から海斗へ膨大な気が流れていく。
気を吸い取る、それはただ気の扱いが上手いだけではどうにもならない。
確かに気を自在に操れれば、相手から気を奪うことは可能だ。
しかし、実際にそんなことを行う者はめったにいない。

本当の難点は気を吸い取ることではなく、吸い取った気を用いることにある
からだ。
気というのは個人個人で同じ物はない。
そして、外部からの気はまず自分の気と同調することはない。
つまり、取り入れればメリットよりも自分にかかる負担のほうが大きいのだ。
扱えないなら捨てればいいと考えるかもしれないが、それもやはり気が扱え
てのこと、他人の気では放出することもできない。

こういう理由で自分の気と他人の気を同居させるなんて不利なことしか生ま
ない、よって気を奪おうとする者などいないのだが…。
海斗は違った。
普通なら暴走するはずの気を自らの圧倒的な量の気で強引に抑えつけている。
気の性質が違うのは確かだが、気の量がその分増えているのも事実。
要はメリットと同時にもたらされる負担さえ耐えることが出来れば、相手の
気を減らし自分の気を増やす、こんなに良い手はない。


「あぁーー……zzz」


いきなり体の中にみなぎっていた気を抜き取られた辰子は疲れの反動からか、
ふにゃふにゃと脱力して、眠りに落ちてしまった。
海斗はそんな辰子を優しく床に寝かせる。


「さて、これで一対一だな。」

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