小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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【クリスアフター】



俺はクリスと一緒に屋上に来ていた。
外は晴天、通り抜ける風が気持ち良い。


「今日はおむすびに挑戦してみた。」

「おぉう…」


挑戦という言葉に違和感を感じるかもしれない。
なにしろご飯を握って具材を入れるだけの考えうるかぎりで最も簡単な料理
だろう。
クリスが取り出したのは少し不恰好なおにぎり。
それでも最初と比べれば大きく成長しているのだ。
普通に一口放り込む。


「ど、どうだ?」

「美味いよ。」

「そうか、良かった…。」


別に味は最初から不味くなかった。
問題なのは形だけだった。
それも今では随分と改善されている。


「まあ見た目の良さはあとは慣れだよ。味は美味いし、どんどん上達してる
しな。」

「本当か!今日は卵焼きも作ってきたんだ。ちゃんとレシピを見ながらやっ
たから大丈夫だと思う。」


卵焼きなんて料理できない俺でもレシピ無しで作れる気もするが、クリスは
全く料理についての知識がなかった。
というか家事全般、全て周りの者がやってくれたお嬢様ゆえだ。
そんな状態から必死に勉強して、こうやって作ってくれているのだ。
普通の人には簡単なことでもクリスにとっては物凄い進歩だった。


「ほら、海斗口を開けてくれ。」


クリスが箸で卵焼きを差し出してくる。
焦げてもいなければ、特に問題は見当たらない普通の卵焼き。
だが、これに至るまで何度か失敗を繰り返したことは想像がつく。
俺は口をあけ、その卵焼きを味わう。


「こっちはどうだ?」

「うん、これも美味い。やっぱ、やれば出来るんだよな。」

「そうか、美味しいか…」

「クリスも試しに食ってみろよ。」


クリスから箸を取り上げ、今度は逆にこちらが差し出す。


「ほら、あーん。」

「な、おい、恥ずかしいだろ!」

「さっき自分でやってただろうが。」

「あれは…あれだって結構恥ずかしかったんだ。なのに、あーんしてもらう
なんて、もっと恥ずかしいじゃないか!」


理屈が分からん。
するのは良くても、されるのはダメってことか?
どんだけ我が儘なんだよ…


「そんなこと言わずに我慢しろって。素直に口開けてくれたら、あとでキス
してやるぞ。」

「なっ…!そんなのさっきのなんか比じゃなく、最上級で恥ずかしいだろ!」

「…そう言いながら口開けてるクリス、マジで可愛いな。」

「うっ、うるさい…、約束は守れよ。」


などと、あまあまなやり取りをしていた。
そう、数日前から俺とクリスは恋人になった。
その日からこんな雰囲気が毎日続いていたのだ。


「そういや、クリス。父親の件はどうなった?」

「ああ、今日約束ができた。きちんと海斗のことを紹介しようと思う。」

「たぶんダメだって言われるぜ。」


なにしろ一回軍派遣してきたからな。


「大丈夫だ、父様も私の選んだ者なら認めてくれるさ。」

「……だといいけどな。」


嬉々として言うクリスに対照的に俺はなんとなく不安を覚えていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「駄目に決まっているだろう!!」


やっぱりだった。


「何故ですか、父様!」

「私が心血を注いで、大事に大事に育ててきた娘をどうして男にやらねばな
らんのだ!」

「でも海斗は自分が好きな人なんです!」

「生きていれば、もっと好きな者が出来る。今だけの感情に惑わされるな!」

「そんな軽い気持ちではありません!」

「とにかく駄目だ、交際は認めん!」


このままではずっと平行線だ。


「娘の気持ちを優先してやれよ。」

「なんだと…大体軟弱な日本人に大切な娘を任せられるわけない!」

「日本人ってひとまとめにしてる考え方のほうが弱い奴の意見だけどな。」

「貴様…!」

「俺は好きな奴は絶対に守る。クリスのためだったら何でも出来る。あんた
が認めないって言うなら、駆け落ちでも何でもしてやろうか?」

「海斗、あまり父様を怒らせるな!」

「いいだろう、そこまで言うのならクリスを守るほどの実力があるか試して
やろうじゃないか。」

「望むところだ。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


無駄にだだっ広い土地。
そこには建物の影など一切なく、多少の地面の凹凸が見えるのみ。
軍事演習場とかいう場所だった。


「お前がクリスに何かあったとき守れるという証明をしてもらおう。」

「ああ。」

「ルールは簡単だ。これから一時間我が軍と戦い、死ななければ合格としよ
う。」

「父様!それは危険すぎます!別に実弾を使わなくとも…」

「何を言っている。自分の命も守りきれない奴に我が愛娘を託せるはずがな
いだろう。それにこれは賭けだ。こちらが認めるという条件を提示している
以上、そちらにも相応のリスクを負ってもらうというのが筋だろう。」

「1ついいか?」

「なんだ、命が惜しくなったなら、今からやめても構わんぞ。無論クリスと
は一生関わらないでもらうが…」

「じゃなくてよ、俺は人は流石に殺すつもりはねぇけど、物にまで気は遣っ
てられねーからな。」

「は?」


フランクはその言葉の意味が分からない。
そのまま開始の合図が鳴る。
これより1時間父親と彼氏の戦争が始まる。


「大砲とかあんま高い物使って後悔しないようにな。」


開始直後だった。
その言葉とともに近くにあった大型兵器が形を失う。
一瞬で粉々に砕け散った。


「1時間でどれだけの損失だろうな。」


フランクはやっとその意味を悟ったが、もう遅い。
1時間やられていく自軍を見ているしかなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「賭けは俺の勝ちだな。」

「くそっ…!」


相当悔しいのか壁を殴りつける。
だが、勝負は勝負…


「…俺は別に軍と戦いたくて力をつけたわけじゃない。大切な奴を自分の手
で守りたかったから、俺は力が欲しかったんだ。それで今、クリスが俺の守
りたい奴なんだ。あんたが大切に育ててきたのはクリスを見てても分かるし、
誰にも渡したくないって気持ちも理解できる。けど、俺はもうクリスを好き
でなかったことには出来ない。クリスのためなら命だって懸けられる。絶対
に俺が守るから、認めてくれ。」

「…軍人は勝負事には厳しい。敗者の私に何も言う権利はない。」

「父様…!!」

「ただクリスを泣かしたときは日本ごと貴様を葬るからな。」

「心配いらねぇよ。泣かせはしないし、もし襲ってきてもクリスだけには傷
つかせねぇからな。」

「…ふん。生意気な…」


もう用はないとばかりに去っていくフランク。
だが、1度立ち止まりそこで言った。


「…クリスをよろしく頼む。」


それは小声だったが、はっきりと海斗の耳に届いた。


「任せとけよ。」


去った後に呟くように言う。
すると、いきなりクリスが胸に飛び込んできた。


「海斗っ!」

「これで晴れて親公認のカップルってことだ。これからはもっとキスも出来
るな。」

「ばっ、馬鹿者!!なにを、なにを…」


何を狼狽してるんだか。
ほんとからかい甲斐があるよな。


「おっ、おい…」

「ん?」


クリスの方を見ると、目を瞑ってこちらのほうを向いていた。
その頬は明らかに赤い。


「…しないのか?」


全く照れ屋なんだか素直なんだか…
そんな反則級に可愛い彼女に俺はそっと口付けるのだった。

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