小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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【バレンタイン特別編】



―2月14日

去年の俺は何をしていただろうか。
動物たちと過ごしていたか、ギリギリのラインの食べ物でも食べていたか。
同じような日々の繰り返しでカレンダーもなかったのだから覚えているわけが
ない。
そして、俺の環境が何もかも一新された今年は……

どっさり

机の上に堆く積みあがる山。
今日はお菓子がもらえる日らしい。

朝、校門で一年生数人に囲まれて、前触れもなしに綺麗なラッピングに包まれ
たチョコレート、クッキー様々なものを手渡された。
そして教室に入っても朝休みの時間を利用して多くの1年生が同じように持っ
てきてくれた。
但し来てくれたのは全て女生徒。
どうやらこの日は毎年女の子が男に菓子を配る習慣があるらしい。
俺のいた世界では到底知りえないことだ。

こんな男に得なイベントがあるんだな。
なんか動物型のが多いし、真剣で嬉しいんだが。
こういうのって今食っていいものなのか?


「がるるぅぅぅ〜〜。」

「むぅぅ…………。」

「それでなんでさっきから二人は機嫌が悪いんだ。」


俺の目の前で唸っている一子とクリス。
登校中は登校中で由紀江とともにずっとそわそわしていたと思ったら、学校に
着いた途端今度はこれだ。


「それは察してやれよ……。」


大和がそんなことを言ってくる。
でも、いつも突然こんな感じになるしなぁ。
俺には分かりかねる。
ならば、聞くしかあるまい。


「なぁ、ガクト……」

「やめろ、俺様に今話しかけるな。お前は敵だ。」

「は?」

「いや、ガクト。本当に嫉妬は見苦しいよ。」

「そういうモロも内心穏やかじゃないくせによ。」

「ぼ、僕は別にそんなことないよ!」

「ガクトはチョコレートとかもうカバンかなんかにしまったのか?」

「お前なぁ!?」

「待て、ガクト!流川は全く悪気がないんだ、純粋にそう思ってるだけなんだ
よ、だから落ち着け!」

「余計に辛いわ!」

「現段階で去年のキャップを越えてそうだしね……。」

「というか、ほぼ全1年生からは確実だしな。何気に2年生とかからもちょこ
ちょこ稼いでるし、何故か3年生でモモ先輩の次に美人と言われている矢場弓
子先輩からもゲットしてる始末……なんだこの格差は!」

「他の3年生からもちゃっかりもらってるからな。」

「そして、ファミリー勢からのも残していると……。」

「皆互いにタイミングはかって、渡しそびれてたからな。放課後にでもラッシ
ュになるだろうな。」


まだあのとき告白したメンバーは行動に出ていない。
それは現時点での平和と少し先の戦争を同時に表していた。


「袋余ってんなら、もらっていいか?」

「あ!それは俺様の!」

「良かったじゃない、ガクトが見栄で持ってきた大袋が役に立って。」

「ほんとみじめだな……。」


モテない男には辛い一日だということを海斗は知るはずもない。
そんな海斗に男たちは羨みつつも、もう慣れたとばかりにただ呆れているのだ
った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


―放課後

一子とクリスは物凄い速さで同時に動いた。


「海斗!一緒に屋上に行きましょ!」
「海斗!一緒に屋上まで来てくれ!」


思考レベルは同一……

ガラガラッ


「海斗さん!少し屋上でお時間を頂きたいんですが!」
「海斗先輩!ちょっと屋上まで一緒にいいですか?」


やってくる由紀江と伊予。
本当にどこまでも恋する乙女の思考は同じだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そして、屋上。
4人の女子と海斗が立っている。


「あのね、海斗!これ頑張って作ってみたの!上手く出来たか分かんないけど
もらってくれたら嬉しいっていうか……。」

「海斗!自分はクマのクッキーを焼いてみたんだ。その何度か失敗したが、こ
れならたぶん食べれるようになってると思う……。」

「あのあの、海斗さん。これは日頃の感謝の気持ちと海斗さんをお慕いしてる
気持ちを込めて作りました。料理ほど慣れてないですが、食べていただけると
嬉しいです。」

「私も!海斗先輩に食べてもらいたくて、動物ビスケット作ってみたんです。
海斗さんがくれた思い出の物なんで頑張りました。」

「おお、みんなありがとう。すげぇ嬉しいよ。」

「「「「えへへ……」」」」


好きな人の言葉だけで同じように照れて笑う。
その言葉だけが欲しくて頑張っていたのだから。
他に望むものなんてなかった。


「あと、言っておくけど海斗。それって誰もがもらえるものじゃなくて、好き
な人に贈る意味のあるものだから。」

「え?そうなの?」

「そうだ!好きな者がそれだけもらっていれば複雑な気分にもなるというもの
だろう。」

「あぁ……そういうことだったのか。」

「あはは……でも海斗さんならしょうがないですよね。」

「確かに1年生はみんな憧れてますし。」

「ほんと安心できないわ。」


何はともあれ無事に渡すことが出来た。
全て円満解決だと思ったのだが……。


「カイトー、みぃつっけた〜♪」

「海斗、ここにいましたか。」


やってきたのはハイテンションの小雪と落ち着いたマルギッテ。
対照的ではあるが、目的は1つである。


「あ、あのですね、海斗……。これはドイツの美味しいチョコレートなのです
が……その、海斗には手作りをプレゼントするのも吝かではなかったのです。
しかし、なにぶん私はずっと軍人と過ごしてきたものですから。そういったこ
とにはとことん不向きで……すみません。海斗への愛情がないわけではないの
です。そこは誤解されては困ります。」

「カイトー、ボクのチョコ入りマシュマロ食べてー♪ほら口開けてー。いっく
よー、あーん♪」

「おわ……!」

「なっ!?」


小雪は袋からマシュマロを取り出し、海斗に食べさせる。
全員、ラッピングまで気を遣って、そんな発想は全くなかった。
衝撃の行動にそこにいた全員が固まる。
ただ事態はそれだけでは済まなかった。


「お前は何をしてやがんだー!」


突如乱入してきた天使。
どうやら海斗に会おうと学校に来たときに発見して飛び込んできたらしい。


「いっつも抜け駆けしやがって……。海斗、ウチも作ろうとしたんだけどよぉ
なんつーか上手くいかなくて。今速攻で買ってきたから、これもらってくれ!」

「失敗したのは?」

「え?」

「失敗したの持ってんだろ?そっちくれよ。」

「でも、本当にひどいんだって!」

「俺のために作ってくれたっていうなら、俺は食いたい。」

「……じゃ、じゃああーんしてくれよ。」

「ほら、あーん。」


確かに少し焦げて苦味のあるものだったが、海斗はすぐに飲み込もうとせずに
ゆっくり味わった。


「ありがとな、嬉しいぞ。」

「お、おぅ……」


天使はそんな海斗の態度に本当に嬉しそうに俯いた。
周りの者も羨ましいと思う反面、海斗のこういうところに惹かれているわけな
ので、誰も文句を言うことは出来なかった。

しかし、これでは終わらないのである。
意外なところから火種は発生する。


「海斗……。私のは確かに市販の商品だが、食べさせ方で愛情が伝わるという
のなら……。」


マルギッテは高級そうなチョコを1つとって口に運ぶと、そのままくわえた。


「ほ、ほら……遠慮なく食べてくれ。」


目を瞑って、顔を紅潮させながら唇ではさんだチョコを差し出す。
もはやそれは軍人の顔ではなく、女の子としてのそれだった。


「ちょぉぉおっと!それはダメーー!!」

「何ぶっとびやがってんだ、テメー!」

「あわわわわわ……!」

「あはは、ダイターン!」

「すごいアダルトだわ……。」

「マルさん……やはり侮れないな!」

「言ってる場合じゃないわよ!」


女たちの戦い、バレンタイン。
しかし、海斗の周りはいつも通りだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



百代もまた海斗のところへ来ていた。


「よぉ、海斗ー。結構3年生から預かってるぞ。」

「あぁ、ありがたくもらっておく。」

「かくいう美少女の私からもプレゼントだ。」

「お、ありがと。」

「受け取ったな?」

「は?」

「よし、そのかわりに勝負してもらおうか!」

「勘弁してくれ!」


こうして大変なバレンタインの一日が終わった。

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