小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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朝こそ大変だったが、今は静かなもんだ。
露骨に俺の机を迂回してくような奴は流石にいなくなったが、基本は昨日まで
と何も変わっていない。
休み時間には本を読んでいるし、わざわざ机に寄ってきて話しかけてくる輩も
いない。

こんな空間もいいかもな。
今までは嫌悪がこもった視線なんて、慣れていて、いちいち気にも留めていな
かったが、ないならないで案外気持ちの良いものだ。
俺って、意外に人間的なところがまだあるのかもな…

ははは、俺が人間的なんて悪い冗談だ。

んー、本の進みも速い。
印象改善様々だな。

おっと、集中してたら、もう昼か。
そう思って、再び本の続きに目を戻すと、そこに影が落ちた。


「か〜いとっ」


その正体を確かめるべく、顔を上げる。
いや、そう俺を呼ぶ奴なんて1人しかいないんだが。


「なんだ、一子。」

「一緒に学食いきましょ。」

「あー、悪い、俺、金持ってないんだわ。」

「え、じゃあお弁当なの?」

「いんや。」

「え!?じゃあ、お昼ご飯どうするのよ。」

「どうするも何も、食わないが。」

「うぅぅ…」


俺がその旨を説明すると、一子は目を伏せて、うなり始めた。
はあ、まったくこいつは1人で飯を食うのが、未だに寂しいとか抜かしやがる
のか?そうなのか?そのくらい独り立ちするべきだろ。


「俺は食わないが、学食に着いて行ってやるくらいなら構わんぞ。」

「え?」

「そこで読書しても、変わらないからな。」


なのに、こんなことを言ってしまう辺り、俺も大概甘いんだろう。

ホントに一喜一憂を体全体で表すから、犬みたいだ。
こんな小動物系の仕草で懇願されたら、断れる奴はそういないだろう。
ましてや、動物好きの奴なんかには効果覿面だな。ん?それって俺か。
お得なステータス持ってんなー、まったく。


「ありがと、海斗。」

「いいってことよ。」

「じゃ、行きましょ。」


一子に後ろから押されて、食堂へ向かった。


Side 大和


「大和ぉー」

「岳人、気持ちは察するが落ち着け。」


そうだ、ワン子は昼飯はよく岳人と一緒にとっていた。
それが、今日になった途端、これだ。

それだけなら、まだよかったのかもしれない。
ワン子が去り際に放った一言が岳人の心臓に深々と突き刺さったらしい。

“今までありがとね、ガクト”

硬直する岳人に俺とモロは何も声をかけることが出来なかった。
哀愁漂うBGMが空で聞こえてきそうだ。

なんか、嫁いで親元を離れていく娘ってこんな感じなのかな。
見事なハートブレイクを決めていった。

恋する娘は恐ろしい。


Side out


食堂というのは初めて来たが、案外綺麗なもんだ。
まあ、食事処が不衛生ってのもおかしな話か。


「本当に何も食べないの?お金なら貸すわよ。」

「いや、返せる保障がないからな。」

「なんだったら、別にご馳走してあげるわよ。」

「いや、いい。借りはできれば、作りたくない。」

「借りなんて、気にしなくていいのに……」

「俺は一子とは対等でいたいんだよ。」

「え…!あ、うん…」

「ん?」

「あ、アタシ、食券買ってくるわ。」


そう言い残して、一子は逃げるように去っていった。
どうしたっていうんだ。


Side 一子


火照る顔を抑えながら、券売機に並ぶ。

さっきの海斗の言葉が頭の中で反響する。
それはどんな他の音よりも心地よかったけど、同じくらいに恥ずかしさで胸が
締め付けられた。

海斗と一緒にいるといつもそうだわ。

今日だって、お昼に誘うだけなのにすごく勇気をふりしぼった。
ガクトを誘うときは一緒に食べたいから誘う、ただそれだけだった。
海斗だって、理由はかわらないはずなのに、どきどきした。
苦しいんだけど、満たされた感じになる。

これが何かは分からない。
ううん、今までは知らなかっただけ。

確証も根拠もそんなもの何もない。
経験だってないから、答え合わせもできない。
でも、自信をもって断言できる、今のアタシなら。
この気持ちが“恋”っていうんだって。

―アタシは真剣で海斗に恋をしているんだって。

認めてしまうと体がすっと軽くなった気がした。
さっきはコントロールできなくて、強張っていた顔も、自然と笑顔になる。
顔の火照りもとれると、早く海斗のところに戻りたいと思った。

これもアタシの素直な気持ち…

深く考えるとまた顔が熱くなっちゃいそうだったから、アタシは順番を待ちな
がら、何を食べるかを決めとくことにした。


Side out


一子は食券を買いに行ってしまった。
仕方ない、本でも読んでるか。


「あの……」

「?」


誰かに呼ばれた気がする。
そう思い、正面に視線を向けた。

-16-
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