小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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えー、この世には“塞翁が馬”という言葉がある。
馬が逃げたり、足を怪我したり、うんたらかんたらのアレだ。
良いことがあったら、悪いことがあると。

でも、そんなことないと言う人が大半だろう。
悪いことばっかだと。

それは悪いことばっか覚えてるからだ。
良いことも人は勿論覚えているが、何故か悪いことの記憶の方が色濃いなんて
ことはよくあることで、結果、そんな風に思ってしまうのだ。
人間っていうのはつくづく不便にできている。

いや、そんなことはどうでもいいんだ。
俺はさっきまで、楽しい時間を過ごしていた。
久しぶりの人との食事だった。

まあ、結局俺が何を言いたいかというと……


「お前が流川海斗だな。」


今、俺には不幸の順番がまわってきたらしい。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


目の前に女が立っている。
見たところ先輩だとか、それって制服かとかはどうでもいい。
こいつ、かなりデカイ気を持ってやがる。


「俺はあんたのこと、知らないんだが。」

「ほう、先輩にその口の利きかたとは、それに私のことを知らないと。」

「なんだ、自分が有名人だとでも言うつもりか。」

「フフフ…」


はあ、よく分からん。

何故、俺に話しかけてきたのか。
何故、俺の名前を知っていたのか。
何故、そこで不敵に笑うのか。

分からないことだらけだが、それでも分かることもある。
こいつには関わらない方が吉ってことだ。

俺はそのまま横を素通りする。



次の瞬間、俺は思わず、頭を左にずらす。


「ほう、今のをかわすことが出来るのか。」


俺の頭があった位置に拳があった。
というか、とっさのことだったので、回避行動をとってしまった。
失敗したな。


「弱い奴は、守りと避けが出来ないと生きていけねえんだよ。」


そう言い訳をしておく。


「なら、あのメイドとの戦いで見せた微動の回避はどう説明する。」


ばれてたか。

いくら、小さい動きとはいえ、攻撃の威力を受け流す動作だ。
攻撃している相手に悟られないように工夫することはできるが、流石に客席全
方向となると、つわものには見切られてしまうだろう。


「なんだそれ、もしそう見えたんなら、体が勝手に相手から逃げようとしてた
んだろ、何回殴られたか分かったもんじゃないからな。」

いわゆるオート回避って奴だ。
本当にそんなの実装してたら、ヌルゲーだな。


「お前、何故隠している。」


こいつ、人の話きいてんのか……

何故かだって?そんなの決まっている。
もうあんな退屈は嫌だからだ。


「本当に疑り深いな、そんなに俺が強そうに見えるか?」

「いや、見えない。というか、気も感じられないしな。だからこそ、その弱い
お前が、強敵を打ち破ったからこそ興味がある。」

「あんな勝負は……」

「汚いと言ってしまえばそれまでだ。だが、それでもお前は勝利した。それに
決勝の相手は汚い手を使ったって、勝てるかどうかの相手だった。」


うむ、困った。
もう目立つことに関しては、ある程度吹っ切れたとこがあったが、戦闘ができ
ると思われるのはなー。


「まあ、勘ぐるのはいいが、ガッカリするのが目に見えてるぜ。」


なので、もうこれ以上の否定はやめておいた。
適当に一言を残し、その場所から去った。

今度は拳は飛んでこなかった。
代わりに後ろからは薄ら寒い笑い声が聞こえていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ふふふ、この世には“塞翁が馬”という言葉がある。
立派な馬が来たり、戦争に行かなくて済んだり、うんたらかんたらのアレだ。
悪いことがあったら、良いことがあると。

でも、そんなことないという人が大半だろう。
悪いことばっかだと。

それは悪いことのダメージが大きいからだ。
良いことがあっても、その後の悪いことというのは結構堪える。
逆に悪いことがあったら、後に良いことがあっても、尾をひいて、素直に喜べ
ないなんてのはよくあることで、結果、そんな風に感じてしまう。
人間っていうのはつくづく面倒なもんだ。

いや、そんなことはどうでもいいんだ。
俺はさっき、変な女に捕まって、問い詰められた。
正直、色々な意味で危険だった。

まあ、結局俺が何を言いたいかというと…


「ありがとうございましたー、またどうぞー。」


現在、俺は幸せの真っ只中らしい。


「僥倖、僥倖。」


見慣れない屋台があったので、ためしに寄ってみた。
クレープかなんかだろうと、結論づけていたが、嬉しい誤算だった。

その屋台は珍しく、動物ビスケットなるものを売っていた。
なんか沢山の動物の形を模したビスケットが袋詰めになっている。
思わず、2袋も買ってしまった。
その片方は左ポケットに突っ込み、残りの袋のリボンを解く。
そして、羊を口に放り込む。


「うむ、美味い。」


動物の種類ごとに1つずつ残しておこうかなどと考えつつ、歩いていると前方
にコンビニが見えてきた。

ちょうどいい、今日の晩飯でも買っておくか。
そう思い、歩を進めると人の集団が視界に入った。

はあ、またか。
場所はコンビニの入り口の真正面。
集まっているのは、町の不良たち。
いわゆる、たむろっているというやつだ。

今日は機嫌が良いからな。
いつも通り、相手をしてやろう。

ていうか、そんなとこに突っ立ってられると通れねえんだよ。
考えりゃ分かるだろうが。
いつもは空気読んで、もうちょい隅の方に居座ってんのによ。
なんで今日は入り口に向かって立ってんだよ。
どうした?遅れてきた反抗期か。

俺はビスケットを片手に不良の1人の肩をちょいちょいとつつく。


「あ?なんだ、てめぇ。」

「そこにいると、通れないんだよ。邪魔だ、どけ。」

「お前、えらいデカイ態度とってんなあ。」

「なんで逆に、お前らに下手にでなきゃいけないんだ。」

「てめぇ、戦力差わかってんのか?」

「5対1ってとこだろ。」


目に見える形ではな。
そう心の中で付け足しておく。


「ほう、数が数えられねぇ馬鹿かと思ったが、戦力差が分かったうえで突っこ
んでくるような大馬鹿だとは思わなかっ……」


ドサッと音を立てて、不良が崩れ落ちる。
首に手刀を当てただけでこれだ。
人間ってのはこんなにも脆い。


「野郎、てめぇ!」


今度は俺に明確な敵意をもって、4人が次々と飛び掛ってくる。
それを俺は受け流し、確実に1人ずつ手刀を決めていく。

そして、わずか数秒後…
周りには意識を刈り取られた不良が5人地面に倒れ伏していた。

終わった終わった。
いい運動になったとコンビニに足を向けようとすると、動けなくなった。
いや、倒れている不良が足を掴んできたとか、そんな胸熱展開ではない。

そこには少女がいた。
ああ、だから、こいつらコンビニの入り口になんか向かってたわけだ。
視線の先にいたのはこの少女ってことか。

いや、今までも絡まれている少女や女性を助けることがなかったわけじゃない。
むしろ、そんなケースは多いくらいだ。

今、話し合うべき論点はそこではない。

問題なのは、少女が川神学園の制服を着ているということだ。
見たところ、一年生だろうか。

やばい、口止めしないと。
そう思い、声をかけようとしたら、相手が先に口を開いた。


「あ…あ…あり……」


声が震えている。
それもそうだろう。
こんな少女が男5人に囲まれたのだ。
怖くないはずがない。

そんな子に俺は口止めだなんてな……
自分のことしか考えてないのか。
大体、そんなもの言うなというほうが逆に怪しいだろう。
俺は口止めをやめて、左ポケットに手を突っ込んだ。


「ほら、これやるから、食え。」


そう言い、動物ビスケットを渡す。
ちょっと相手の顔に笑みが見えた。


「じゃあな。」

「あ…」


そして、その場を去った。
晩飯を買いそびれたが仕方ないだろう。


Side 伊予


野球雑誌を立ち読みしてたら、すっかり日が暮れちゃって、帰ろうと思ったら
柄の悪い人たちに囲まれた。

いきなりのことで驚いて、声もあげられなかった。

そんな硬直する私を助けてくれた男の人。
一瞬の出来事だったけど、不良を全員倒しちゃった。

…確か、名前は流川先輩。
タッグマッチで優勝したちょっとした有名人。
あのときは全然そんな素振りは見せなかったのに、こんなに強かったんだ。

私はすぐにお礼を言おうとした。
だけど、声が震えて、上手く言葉にならなかった。

そんな私を見て、動物のビスケットをくれた。
微笑んでそんな可愛らしいものを出す先輩がさっきの強い先輩と違いすぎてて、
ちょっと面白かった。

そしたら、くれるだけくれて、何も言わずに行っちゃった。
本当に何を考えているんだろう。


「優しいな…」


ビスケットを一口かじった。
とてもとても甘い味がした。

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