小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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「うぃーす、おはよう。」

「おはよ、遅かったね。」

「寝坊でもしたのか?」

「いや、それがよ…」




「ねぇ、昨日のドラマ見た?」

「見たわ、あのチョーどろどろのヤツっしょ」

「いや?、やっぱイケメンはいいわぁ」


今日も今日とて騒がしい教室だ、そういつもと何も変わらない日常。
言うまでもなく、退屈だ。
まあ、だからといって俺がその会話に参加することはない。
俺が欲しいのは別に人間の温もりではなく、刺激だ。
会話が嫌いというわけではないが、自分から話しに行くほどではない。

まあ独りでも何も困らないが……
こんなことを言う奴を“ボッチ”と呼ぶとこの前読んだ本に書いてあった。
だから、間違ってもこの考えは口には出さない……口に出す相手もいないが。
あれ、俺ってすごい悲しい奴じゃね?
……あまり深く考えないようにしよう。


「みなさーん、先生が来ますよー。」

「おい、机の上のDVDしまえ。」

「起きろ、先生来るぞ。」


クラスに委員長の声が響き渡り、その後数秒クラスは静寂につつまれる。

ホント変わらないな、この流れは……もはや、テンプレだ。
案外、俺は本当にゲームの中の登場人物とかなんじゃないだろうか。
何を話しかけても二回目からは同じ言葉で返されるRPGのような。
だとしたら、さっさとラダトームから出してくれ。
もう、うんざりなんだよ、宝物庫のおあずけとか、王様とは思えない微々たる
量の軍資金とか、国を救わせるのにケチってんじゃねえよ。
こちとら竜王と戦って、さっさとエンディング見たいんだよ。
あっちは世界の半分、提示してくんだぞ。
そらもう、王様は完敗だよ、主に器の大きさで。

いかん、昨日立ち読みしたゲーム攻略本に毒されすぎてるな。
そんなしょうもないことを脳内で繰り広げていたら、教壇に女教師が佇んでい
た、素人目に見ても隙はないだろう。


「起立!礼!着席!」

「うむ、では出席をとる。」


淡々と教師が名前を呼んでいく、小声だといちゃもんつけられるのは皆、嫌と
言うほど身に染みているらしく、はきはきと返事をしていく。
そして、最後の一人である。


「流川海斗」

「おう。」

「………」


教師が顔をしかめる。とはいっても怒るというよりは困った様子だ。
最初の方こそ、クラスもざわついていたものの、この数秒の沈黙も慣れたもの
だ、今じゃわざわざ俺の方を見る奴もいなくなった。
人間ってのは順応する生き物だからな、いいことだ。


「流川、再三言うが、その言葉遣いはなんとかならんのか。」

「ああ。」


最低限のやり取りを交わす。
こんな形だけの叱責ももうすっかり日常の一部だ。
教師は深い溜息をついて諦めたように次の話に入っていった。
今でこそ、この対応だが最初の頃はひどいものだった。





―1学期開始当初


「では、新たなクラスとなったところで出席をとることにする、呼ばれた者は
しっかりと返事をするように。」


………

……




「最後に流川海斗。」

「おう。」

「……流川海斗。」

「おう。」

「貴様、教師に向かってその態度は何だ!」


素早い鞭が飛んでくる。
側面から3発の打撃が入る。
俺はその攻撃に対して何をするでもなく、沈黙していた。


「お、おい、黙ってないでなんとか言わんか。」


教師はびっくりしたような顔で俺に発言を促す。
クラスメイトはざわざわとざわめいている。
大方、俺が痛いと声を上げたり、顔を歪ませたりしないことを不審がっている
のだろう。

目立つのは御免被るのだが、これだけは性分だ、どうしようもない。
それにこの対応ならば、クラスメイトが教師の去ったあとで「お前すごいな」
などと机のまわりに面白半分で集まってくることもないだろう。
こんな鞭で叩かれて無反応でいるような奴は気持ち悪いだけだ。
思えば、このときから俺の心象は、無口で、無表情で、根暗の気味悪い奴とい
う風になってしまったのだろう。
いや、そうなるように仕向けたが正解か。

ともかく、こんな対応を来る日も来る日も続けていると、しだいに教師はあき
れたように形式上の注意をするのみとなった。
クラスメイトも俺の人物像をしっかりと確定してしまったようだ。
……結構なことだ。





ということで今に至るのだが、目立たないことが退屈につながるとは完全に思
慮の外であった。
自分の馬鹿さにあきれる。

あと目立たないというのは意外に難しい。
それこそヒーローみたいな良い奴でもいけないし、逆にヤンキーみたいな悪い
奴でも駄目だ、話しやすくても勿論目立つし、気持ち悪すぎてもイジメやネタ
の格好の的だ。
目立つことを避ける一番の方法は他者との関わりを絶つこと。
言うなればスポットライトを避けるのではなく、電源を落としてしまうという
方法だ。
それがまさかステージ全体の明るさを奪うことになるとは全くの想定外だ
ったわけなのだが…

まあ、つまりは他者に関わりたくないと思わせればいい。
性格の良し悪しに関わらず、人間が最も嫌うタイプは無反応の奴だと思う。
楽しく話しかけても笑わない、いじめても嫌がらない。
それでも関わりたいなんて思うなら、それこそ、そいつは石ころでも相手にし
ていればいい。
だからこそ、そういう奴は総じて相手にされない。

見た目にも一応気をつける。
視力が悪いわけでもないのに黒ブチの伊達眼鏡をかけている。
といっても、所謂おしゃれ眼鏡というのではなく、その逆だ。
なんというかガリベン君がつけているようなダサ眼鏡だ。

また髪全体を前髪のほうに持ってきてぼさぼさと目に影がおちるようにして、
陰気な雰囲気を演出している。
要約すると、わざと少しダサく見えるようにしている。
ここでの“少し”というのは不快を与えない程度のダサさということだ。

別にナルシストなわけではないが、人の好みなんて千差万別だ。
事実、この学校に来る前は街で誘われたことも数回ある。
当然、告白されたとなれば、どんな奴でもその日の話題は独占だろう。
また、告白した子からすれば、答えに関わらず、存在をすぐに意識しなくなる
というのは、どちらにしても無理な話だろう。

実際、その二つだけで印象はだいぶ変化した。
やり始めた当初は鏡を見る度、霊感に目覚めたのかと疑った。
というわけで、見た目的にも注目されることはなく、正真正銘の気味の悪い奴
と位置づけられているわけだ……言ってて悲しくなってきたな。


そんなどうでもいい自虐を延々続けていると名前を呼ばれた気がした。

-2-
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