小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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「さて、こんな大接戦になるなんて、誰が予想したでしょう。二回戦を立て続
けにとられた流川海斗選手でしたが、その後の二回戦を圧倒的な結果で勝利し、
ついに勝敗は第五回戦にまでもつれこんだーーー!」

「ハゲの無駄に気合が入った実況も許そう。これは本当に面白くなってきたな、
フフフ。」


そう、これに勝てば、最初の失敗はどうでもよくなる。
俺は最後のくじをひいた。


「では、発表する。最後の戦いは脚力対決だ!!」


え、なんだって。
ここにきて、キックの対決とかはやめてくれよ。
もうギブアップできねえんだからさ。


「競技内容はこのトラックを先に5周したほうが勝ち。ただそれだけだ。」


ほう、よかった。
まじで蹴りあいなんて洒落にならんからな。


「これは流川は相当なはずれくじをひいたな。」

「ああ、なんとなく分かります。」

「キャップは本当に風のような男だからな。」


Side 一子


とうとう最後の試合まできちゃった。
本当に海斗は意外なところで凄いときがある。
弓矢だって、長期戦になると思ってたのに、京みたいに一発で決めちゃうし。

最初はあんなに心配だったのに、もう勝っちゃうかもしれない。
そう思った直後だった。

第五回戦目は競走の勝負。
キャップの一番の得意分野だった。
最後の最後でこれが来るなんて、本当に…
キャップは運もいいからなぁ。

流石にこれでは圧倒的にキャップが有利だ。
このままではキャップが勝ってしまう。

それはアタシにとっては、海斗のファミリー入りを意味しているんだから、本
来喜ぶべきだったのかもしれないけど。
それでも最後まで海斗を応援しちゃうのは、好きなんだからしょうがないと思
う。

でもこの勝負ばかりは正直不安だった。
キャップの速さはみんな認めている。
海斗はどうするんだろう?

アタシは色々考えたけど、結局これからの試合を見届けることしか出来なかっ
た。

“頑張って、海斗”


Side out


俺たちは既にスタートラインに着いた。
あとは合図を待つだけの状況だ。

しかし、さっきの司会の言うことや会場の様子から見るに、対戦相手は随分と
足には自信があるらしい。
それがどの程度のものなのかまでは、流石に会場の様子などからは想像するこ
とは難しいが、用心に越したことはないだろう。
最初は相手と並走しながら、様子を見るというのが、最善だろう。


「風間ー、頑張って。」

「一周差くらい、つけちゃえー!」


いや、一周差は流石につけられたくないんだが…
まあ、慣れたもんだよな、アウェーなんて。


「流川先輩、頑張ってくださーい。」

「応援してまーす。」


え、俺を応援してくれてる子なんて、いるのか。
しかも、むさい男などではなく、女の子が。

そりゃ、若干機嫌が良くなるのは、男として仕方ないだろう。
いやー、単純単純。


「では、位置について。」


いよいよ、来るらしい。
まあ、負けない程度に頑張るか。


「よーい、……スタート!!」


ヒュン

いや、洒落じゃなく、そんな音が俺のすぐ隣から聞こえた。
そして、風間翔一がありえないスピードで走り出しているのを認識した。

…いや、まずいだろ!
俺もすぐに後を追う。

速いというのは、予想していたし、警戒していたが、ここまでとは思っていな
かった。
こいつ、本当に足が速いじゃねえか。
いや、皆そう言ってたっつーの。

くそ、俺としたことが…!
警戒はしていたとはいえ、これは油断としか言いようがない。
相手の実力を見誤っていたんだからな。
油断にはあれだけ、危機感をもっていたにも関わらず…

作戦変更だ。
並走なんて悠長なことは言ってられない。
俺は相手のすぐ後ろ、背中に張り付くようにして走る。


「なんか、流川は変なところを走ってますね、走りにくそうですけど。」

「いや、あれはたぶん…」


スリップストリーミング。
カーレースなどでは、協力して使われるような有名な作戦だ。
相手の車の後ろに付くことで、自分は空気抵抗を受けずに走ることができる。
それをただ単に人間同士でやっているだけだ。

ていうか、本当にこいつ速いな。
もう、三週もしやがった。

俺は肩で息をして、加えて息を切らせて走っている。
足の動かし方も不規則にする。
いや、流石に疲れてないのはおかしいからね。


「流川の奴は相当疲れているみたいですね。それでも、付いていってるのは凄
いですが。」

「フフ、本当に凄いよなぁ。」


見るからにヘトヘトな俺は、一定の距離を保ち、追い続ける。
今は片手でわき腹辺りを押さえて、限界って感じだ。


「流川先輩、頑張ってください。」

「諦めないでー!」

「あと少しですよ、倒れないでください。」


客席の一年生も心配してくれている。
どうやら、完全に俺は今にも倒れそうっていう風に映っているらしい。
いい感じだ。

そんな状態でとうとう最終ラップに入ったらしい。
そこで少し、前方のスピードが上がる。

おいおい、勘弁してくれ。
俺も距離を離されないようにピタリとその後につく。

耳を澄ませてみる。
前からは、スタート直後に比べて、多少乱れた息遣い。
やはり、若干の疲労の色が見てとれる。
流石にこの距離をそのスピードで走って、疲れないなんてのは困るしな。

これなら、いけそうだな。


「いけー、風間ー!」

「このままゴールだ!」


もう負けられないんだって。

そして、本当に最後の直線に入る。
ここだな…

俺は今まで絶対に位置を守っていた背中から横に出る。
そして、不安定な姿勢はそのままに、急激にスピードをあげた。
そう、あたかも最後の力を無理矢理振り絞ったかのように。

実際はスリップストリーミングで温存していた体力を使っているので、別段疲
労を感じるようなことはなかった。
ま、地道な節約の勝利ってとこだ。
悪いな、この勝負は俺がもらった。


そう思った直後、何かに抜かれた。
いや、何かではない。

“風間翔一”

俺の競走相手しかいない。
そいつは風のような速さで走っていた。
どこにそんな力を残していたんだ。

最後まで楽しませてくれる奴だ。
本当に面白い。
こちらの予想を悉く裏切ってくれる。


こんな奴が率いるファミリーか…
さぞ、はちゃめちゃで騒がしいのだろう。
だが、それだけに面白そうだ。
そんな中に混ざるなら、少しは楽しめるかもな。

“風間ファミリー”

入ってみてもいいんじゃないだろうか。









































…………なーんて。
残念ながら、そんなことは思わない。
俺はあくまで自己中野郎だからな。
団体なんかに所属して活動したら、そこを滅ぼしかねない。
一子や由紀江は別として、よく思わない奴も絶対いるだろうしな。

そんなことしなくとも、俺は自分で楽しみを見つけていく。
ファミリーに入らなくとも、面白い奴らとは関われるしな。
それに…

さらに走るスピードをあげて、追い抜く。

…応援してくれてる子たちの前で敗北は御免だな。


「1着、流川海斗!よって、川神戦役、勝者は流川海斗!!」


会場から割れんばかりの歓声が上がる。


決着はついた。

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