小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

―クリスティアーネ・フリードリヒ
ほんと、迷惑なほど真っ直ぐな奴だ。
一子といい、由紀江といい、目の前のこいつといい、穢れのない奴が多すぎ
るな、俺の周りは。
迷惑なんだが、願わくばこいつらにはこのままの瞳でいてほしい。
思っていてほしい、世界は綺麗なものなのだと…


「今すぐ始めようぜ、わざわざ観客の前でやる必要はない。」

「だが、教師の立会いのもとでなければ…」

「だとよ、学園長。」

「何を言っている?」


さっきから気配が感じられていた。
いや、違うな。気配はなかった。
そう、不自然なほどにその空間には自然の気配すらなかった。

どんなに隠れるのが一流な奴でも、それは一部、つまり自分だけだ。
広い視野で全体を見渡せば、違和感がどうしても露見する。


「ほっほっほ、ばれておったか。やる気に満ち溢れた闘気を感じたのでな。
気になって、見にきてしまったわい。」

「確か学園長には特権があるんだよな。」

「ああ、ワシがこの勝負、責任をもって見届けよう。決闘を許可する。」

「だそうだ。武器のレプリカは持ってきたか?」

「相変わらず、生意気な小僧じゃ。当然、持ってきておる。」

「自分は勿論レイピアを使わせてもらう。」

「俺は…」


俺の本来の武器は己の拳。
だから、いつもならば、ここで何も選ぶことなく、戦闘突入なのだが…
それでは、あまりにも早く終わってしまう。

こいつは正々堂々勝負することを望んでいる。
眩しいくらい、自分の道を貫き通しているのだ。
だから、俺はこいつに本気で応えてやると決めた。
一切、手を抜かず、遊びは無しで、正面からぶつかってやる。


「俺もレイピアでいく。」

「なに!?」


ならば、使ったことのない得物で。
相手の得意とするフィールドで。
存分に戦って、勝利をもぎとってやろうじゃねえか。

―だって、俺の本気を見たいんだもんなぁ、クリス。


「レイピアのレプリカは一本しかないんじゃが…」

「クリス、お前、実物持ってるだろ?」

「ああ、確かに所持しているが。」

「お前はそれを使え、俺がレプリカを使う。」

「な、お前自分が何を言っているのか分かっているのか!当たり所によって
は、大怪我どころじゃないかもしれないんだぞ。最悪、死に至る可能性もあ
る。そんなのは危険すぎるだろ!」

「馬鹿じゃねえのか、お前。」

「なんだと?」

「慢心も大概にしとけよ。あとで恥をかくのはお前だぜ?」

「だから、なんだと言っている!」

「はあ、いいか?お前は俺のした勝負が侮辱だと言った。だから、俺はこの
勝負、真剣でいく。手加減なんてしてやらない。」

「当然だ、それで?」

「だから、お前の攻撃なんて、一撃も当たらないから安心しろって、言って
んだよ、考えりゃ分かるだろ。」

「何を言っている!慢心はどちらの方だ。それこそ、お前が自分の攻撃を全
て避けられる保証がどこにあるというのだ。そんなものを信じて、易々と引
き受けた結果、殺人者にでもなったらどうするんだ!」

「おい、学園長。そのやり方でいいな?」

「ふむ……」

「学園長?」

「俺は本気だぜ。」

「…分かった、その勝負を許可しよう。」

「本気ですか!?学園長」

「ほら、許可も下りたんだ。さっさと始めようぜ。それとも何か、いざ勝負
が始まるとなったら、お前が逃げ出したくなってきたか?」

「死んでも後悔するなよ。今から上がるのはリングだ。責任は取れない。」

「絶対に取ることのない責任より、負けたときの格好良い言い訳でも考えて
おいたらどうだ?」

「く…、つくづく馬鹿にしている奴だ。」


クリスと俺が数歩の間隔を空けて、対面する。

クリスはレイピアを前に突き出すように構えていた。
あれが、正しい構え方なのだろう。
対して、俺は普通の長刀を扱うように体の横に構えた。

レイピアは初めて扱うが、別段特殊というわけでもないだろう。
結局は刺突に特化した剣だというだけだ。
刀剣の類には変わりないだろう。

得物の間合いは把握した。
剣の長さは1メートルよりも少し長い程度。
現在の立ち位置から、いきなり攻撃を仕掛けるのは少し難しい。

ていうか、放課後の校門前なんて目立つところだから、若干のギャラリーが
集まるのは覚悟のうえだったんだが、人影は見当たらない。
これは学園長がなんかやってくれたっぽいな。
ありがたいかぎりだ。


「それでは、これよりクリスティアーネ・フリードリヒ対流川海斗の決闘を
開始する。始めぇ!!」


その合図の瞬間、クリスが物凄い勢いで間合いを詰めてきた。
それはスピードだけで相手が強いということが分かるほどだった。

そして、俺が武器の射程に入ると、連続突きを繰り出してきた。
その数もキレも、日ごろの訓練が垣間見えるような、質の高いものであった。

俺はそれを、体全体を大げさに使ってかわしていく。
ここでカウンターなどを狙うようなことはしない。
まずは相手の力量をしっかりと見定め、その推測の強さにいくらか上乗せし
た力を持っているとして扱う。
慎重に辛抱強く。
臆病者だろうが、結局これが最善の策である。


「かわしているだけでは、自分には勝てないぞ。」

「お前こそ喋ってる余裕があるのか?一発も当たってないぜ。」


安い挑発には乗らない。
そして、また避け続ける。

攻撃の速さ、攻撃の間合い、次の攻撃までの間隔、攻撃の向き、相手の癖、
技の数、時折見られる例外の動き。
あらゆる事象を見極め、分析する。

―準備は完了した


相手の連続突きが一旦止む。
相手は次の攻撃に備えて、少し後退するが…

俺はその間を一気に詰める。
カウンターの素振りも一度も見せなかった。
そんな突飛な行動には対処ができないだろう。

だが、クリスはそれに動じることもなく、真っ直ぐと俺にレイピアを突き出
してきていた。
俺はかなりの速さでクリスに向かっている。
当然、そんなカウンターに急には、人間では反応出来ない。

しかし、予想していれば、無理なんてことはない。

用心深いとでも言おうか。
クリスは攻めの最中も、欠かさず俺の手の動きに目線をやって、気を配り、
カウンターを警戒していた。
そんな防御重視のクリスならば、この攻撃に反応するのは明らか。
そのカウンターは予想済みだ。

俺は今までのようなモーションの大きい回避ではなく、首を少しだけ傾け、
その突きを受け流した。
首筋にレイピアのひんやりとした感触がある。
レイピアの側面が斬れないからこそ、出来るギリギリ。
両刃付きのレイピアもあるっていう話だから、それは流石に試合前にしっか
りと確認済みだ。


「なに!?」


いくら、クリスでもあの速さのカウンターを避けられるとは思わないだろう
驚いた声をあげている。

俺は相手の懐に入ったところで、レイピアの柄でクリスの得物を掴む手の甲
を強打した。
そして、握力が抜けたところで相手の武器に思い切り、横薙ぎの一閃を放つ。
無論、それはクリスの手を離れ、遠くの地面に弾き飛ばされる。

呆然とするクリスに俺は武器を振り上げ…

それを人の居ない方に放り投げた。


「俺の勝ちだ。」


完全な勝利のあとに言い捨て、去ろうとする。


「待て、何故突きの一撃も放たない?それをしなければ、とどめとはならな
いぞ。」

「別に必要があれば、何でもやるが、好き好んで、女に手をあげようとは思
わねえよ。」

「それは戦士としての自分への愚弄だ。本気で来ると言っただろう。」

「お前は“本気でぶつかってくる奴には本気で応える”、それをしなかった
俺がお前の言う義に反するといって、俺に立ち向かってきたな。」

「ああ…」

「一本通った芯のようで、それが気持ちが良かったから俺は勝負を受けた。
俺にしてみれば、無闇に人を傷つけないっていうのが、通したい筋なんだよ。
だから、クリスが侮辱だ、愚弄だの言ったところで、俺がそれを曲げること
は絶対にありえない。それが俺にとっての“義”だからだ。」

「……お、お前は。」


目をパチパチと瞬かせて、信じられないような顔をしている。
疲れも出てきたのか、汗や顔の紅潮が凄い。
というか、なんだか嬉しそうに見えるんだが…


「流川…海斗…」

「ま、要するに弱いものいじめはしたくないってことだ。」

「な、なんだと!?」

「ん?俺に完膚なきまでにやられた分際で言い返す言葉でもあんのか?」

「む、むむむむむむーっ!腹立つー、海斗腹立つー!」

「は、悔しかったら精進しやがれ。」


嬉しそうにしてやがると、からかいたくなる。
なんかクリスはリアクションが逐一面白い。
故になんかいじりたくなってしまうキャラであった。

からかわれたクリスは顔を真っ赤にして、怒りを表していた。
しかし、最初の刺々しさや敵対心はないようで。
言葉の端々からは幸せそうな感じが滲み出していて、ついこちらも笑顔にな
ってしまっていた。


「…勝者 流川海斗。」


その言葉は決闘に対してのものだったのだろうか。
学園長の呟きは2人の空間を邪魔することなく、虚空に消えた。

-31-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




真剣で私に恋しなさい!!?(原作wagi氏描き下ろし特大クロスポスター(由紀江&クリス)付き【初回限定仕様:封入】) [Blu-ray]
新品 \4698
中古 \1500
(参考価格:\9240)