小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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数時間前の一子の決意。
“今日のお昼で挽回してやるもんね”
それは目の前のカオスな状況によって、かき消されていた。


「・・・・・・」

「海斗さん、どうぞ食べてください。」

「海斗、自分のいなり寿司をやろう。」


そう、約束の昼休み。
屋上には何故か当初の予定より多い、少女3人と彼女たちに囲まれる男子学
生の姿があった。
そもそも、こうなったのも…






チャイムが四時限目の終わりを告げる。


「じゃ、早速いきましょ、海斗。」

「おう、屋上でいいな。」

「うん。」


そう、朝の約束通り、一子と海斗は一緒に食事をするのだ。
場所にいつもあまり混んでいない屋上を選び、いざ教室を出ようとしたとき
のことだった。


「む、どこへ行くのだ、海斗。」


教室から一緒に出ようとした二人を呼び止めたのはクリスだった。


「屋上で飯食べてくる。」

「なら、自分も行こう。」

「な!?駄目よ、クリ。今日は海斗と……ふたりで……」

「なぁ、海斗はいいだろう?」

「まあ、何人で食ったって、味は変わらんしな。」

「よし、ならば決定だ。早速、行こう。」

「ちょ、ちょっと!」


若干一名、納得していない者がいるのだが、海斗がそれに気づくはずもなく、
三人が教室の外へ向かおうとする。
そして、ドアを開けると…


「あ、海斗さん。」

「おう、由紀江か。」

「あの、海斗さん、今日もお弁当作ってきたので、一緒に…」

「え!?まゆっちまで。」

「今日は一子とクリスも一緒だが、いいか?」

「あ…、はい。」

「じゃあ、屋上に行くぞ。」






そして、現在の状況が出来上がっているわけである。


「海斗、どうだ、いなり寿司は。美味いか?」

「ああ、普通に美味いが。」

「それなら良かった。」



「海斗さん、今日は魚の煮付けを作ってきました。」

(うわ、まゆっちのお弁当レベル高い。)

「うむ、由紀江は料理上手いな。」

「あ、ありがとうございます。」

(やっぱり、味も美味しいんだ…)


「一子は何も食べないのか?」

「え!?あ、アタシは……今日は食欲ないから…」

「ん?そうなのか。具合でも悪いのか?」

「いや、朝ごはん一杯、食べちゃっただけだから。本当に心配はいらないわ。」

「なら、いいけど。」

(まゆっちのお弁当に勝てるわけないよ…)


一子が持ってきたお弁当は昼休みが終わるまで、出されることはなかった。
そのことは一子しか知らない。

昼休み前の決意は空しく、一子の初めての頑張りは伝わることがなかった。
そのことも一子しか知らない。


(なに、やってんだろ…アタシ)


―涙すら流せなかった。







































Side 一子


「はっ!」


目が覚める。
どうやら、四時間目の授業中に寝てしまったっぽい。
今日、いつもより早く起きたからかな?

それにしても…
本当にひどい悪夢だったわ。
なんか、妙にリアルだったし…
海斗の鈍感さから言えば、正直ありえなくないと思う。

ていうか、アタシ持って来ちゃって、誘ったけど、海斗にお弁当渡せるのか
な?
そりゃ、早起きして、なんとかちゃんとした物になったはずだけど…
まぁ、そのおかげで、今寝ちゃって、あんな悪夢を見たんだけどね。

いや、でも今の夢のおかげでいい危機感を持てた。
もし、どんなことが起こっても、絶対に海斗にお弁当を食べてもらおう。

たとえ、海斗の口に合わないかもしれなくても、誰かのものに劣っているか
もしれなくても、このお弁当はアタシが海斗のことだけを考えて作ったもの。
初めての好きな人に受け取ってほしい。
詰め込んだ思い、伝えたいから。

かといって、出来れば邪魔はされたくない。
アタシだって、その……海斗を好きなわけだし。
二人っきりでご飯とか、食べれたら嬉しいなんて思うわけで。


キーンコーンカーンコーン


四時限目終了のチャイムが鳴る。
アタシは目的のために、すぐに海斗のもとへ行く。


「海斗、屋上にいきましょ。」

「お、一子、早いな。んじゃ、行くか。」


よし、成功!
やれば出来るじゃない、アタシ。
これも事前に知らせてくれた夢のおかげかも。


「海斗さん」
「海斗」


…全然、成功じゃないじゃない。
教室を出た途端、まゆっちとクリスに声を掛けられた。

待って、こんなにベタなことって、あるものなの?
これが大和が言ってた、“まさゆめ”とかいうやつかしら。
でも、絶対海斗にお弁当は食べてもらうんだから。
そんなとこまで、夢の通りにするわけにはいかないわ。


「お昼一緒にどうですか?」

「自分と食べに行こう。」

「悪いな、今日はあんま食欲ねぇんだ。」

「え!?」


驚いて、声をあげてしまったのはアタシだった。


「そうですか、分かりました…」

「なら、仕方ないな。」


そう言って、クリスとまゆっちが去っていく。
これは予想外のラッキー。

…じゃなくて!
え?どういうことなの?


「え、海斗、食欲ないの?大丈夫?」

「は?なに、言ってんだ。普通にあるぞ。」

「だって今…」

「今日は“二人”で食いたいんじゃなかったのか?」

「あ…///」


こんなの反則だ、ずるいずるいずるい。
ただでさえ、嬉しい言葉なのに。
夢があんなだっただけに、不意打ちもいいとこだ。
顔だって、真っ赤だと思う。


「じゃ、今度こそ行くか。」

「う、うん。」


そして、アタシたちは“二人”で屋上に向かった。


Side out





俺たちは屋上にあがってきた。


「で、俺は何も持ってきてないんだが。」

「あ、アタシがお弁当作ってきたから。」

「お、そうか。サンキュ。」


なんか、俺の周りは弁当作ってくれる子が多いな。
皆、優しいねぇ。


「う、うん。じゃあ、これ…」


そんな卒業証書じゃないんだから、両手でかしこまって渡さなくても。
俺は一子から、弁当を受け取る。


「開けていいんだよな。」

「は、はい!」


何故、敬語?
おかしな一子を放っておき、弁当を開ける。

中には色とりどり沢山のおかずが入っていた。
ミートボールに動物の串が一個一個刺さっていたり、ナポリタンが小さい入
れ物に小分けにされていたり、人参がハート型に切ってあったりと。
この前の由紀江の弁当は、料理が出来る奴の弁当って感じだったが。
一子の弁当は、なんか全体的に可愛い感じで溢れている。

しかも、なかなかに美味そうだ。
俺が食べようと、ミートボールに手を伸ばすと…

その前に他の手が伸びてきた。

何かと思って、そちらを見ると、一子がこちらにミートボールを差し出して
きていた。
手震えてるし、顔が明らかに真っ赤なんだが、大丈夫なのか。


「ほ、ほら、海斗!口開けて、あーん。」

「あ、ああ…」


“あーん”って…
恥ずかしいんだったら、無理してやるなよ。
ったく、よく分からん奴だな。


「あー」

「は、はい」


大人しく従って、口を開けると中にミートボールが入ってきた。


「ど、どうかな?」

「うむ、美味いぞ。」

「そ、そう?なら良かった。」


そう言って、満面の笑みを見せる一子。
その可愛らしい笑顔を見て、一子ってもてるんだろうなー、とか思ってみた
りする。
性格もよくて、誰にでも分け隔てなく接するもんな。
そんな一子に好きになられる奴は幸せだろうが、大変そうだな。
ていうか、弁当なんてもらってる俺もあぶねぇんじゃねえのか?


「海斗、もっと食べない?」

「あ、ああ。もらうぞ。」

「わかった、……ふふっ♪」


まあ、何故かこんな上機嫌だから、いいんだけどな。
ただ、冷静にこの食べさせられてる状況を考えると…
なーんか調子狂うんだよなぁ。
うーむ…よし


Side 一子

なんか、アタシ、夢の反動ですごい大胆なことしちゃった。
自分から、海斗に…海斗に…、あ、“あーん”とか、しちゃったり!
もう自分がどうにかなっちゃいそう。

海斗も美味しいって言ってくれたし。
頑張って、研究したかいがあったわ。

もっと、この幸せの時間を味わっていたい。
そう思って、また海斗に食べてもらおうとすると…


「一子、お前も食え。ほれ、口開けろ。」

「へ?」


目の前の状況が飲み込めない。
目の前に差し出されるミートボール。
うん、これはアタシが今朝、作ったものだ。間違いない。
そのミートボールに刺さったウサギの串。
うん、海斗が動物好きだってことを考えて、アタシが用意したものだ。これ
も間違いない。
で、その串を持っている手が海斗ので……って!

え!?海斗がアタシにミートボールを差し出して、食べさせようとしてくれ
てるってことじゃない!
どどど…どうしよう!
いや、答えなんて出てるんだけど、頭がパンクしてて…


「ほら、一子の作った奴美味いだろ?」

「ん……」


だけど、体は正直らしくて、無意識で口を開けてたらしい
確かにとっても美味しい。
だけど、これはアタシの腕っていうよりは…ね。

Side out


その後も、海斗と一子は時間ぎりぎりまで平和な時間を過ごしていた。
もっとも、一子からすれば、平和というよりは戦いだったのだが。
無事、勝利を収め、褒美まで献上された少女は終始、笑顔だった。


だが、平和とは長く続かないものだ。
平和を乱す影は動く。


「流川海斗か…」

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