小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

Side マルギッテ


「中将殿、申し訳ありません。」

「少尉、まさか君でも敵わなかったとは…。見たところ、他の堕落した日本
人と何も変わらぬ、脆弱な人種だと思っていたのだが。私もそこまで能天気
ではない。少尉の実力はこれまでの功績からも認めている。そして、どんな
に簡単な任務でも手を抜かず、必ず成功させる。ましてや、クリスの姉代わ
りでもあった君が力を出し惜しみしたとも思えない。それでも、負けたとい
うことは、本当にその流川海斗という男にはそれ相応の実力があると見てい
いのだろう。」

「はい、負けた自分の意見など言い訳にしか過ぎませんが、あの流川海斗の
実力は本物です。」

「少尉にそこまで言わせるとなると、こちらも胡坐をかいている場合ではな
さそうだな、もっと本腰を入れなくては。」

「中将殿、もう一つご報告したいことが…」

「む、なんだね?」

「私の所持しているトンファーを破壊することは可能ですか?」

「そうだな、実力を持っている少尉には頑丈なものをと思って、あれが最適
だったと考えたのだが、流石に重火器での攻撃までは耐えられんだろうな。
まあ、めったには壊れないだろう。どうかしたのか。」

「やはりそうですか…、実は流川海斗にそのトンファーを砕かれました。」

「何!?確かに人間の手で作られた物だ。絶対に壊れないということはあり
えないが、あれを砕かれただと…、どうやってだ。相手は何か強力な武器を
持っていたのかね?」

「それが、相手の所持していたのは我が軍が使っていた強力麻酔銃のみ。壊
されたのも一瞬すぎて、手段は判別できなかったしだいです。本人は銃で攻
撃を防いだように振舞っていましたが。」

「当然、眼帯を外していたのだろう?」

「はい、その直後でした。」

「ふむ…、その状態の少尉でも見抜けない速さ。しかも、あの麻酔銃は麻酔
こそ強力だが、その本体は軽量化を目指して作られ、耐久性などないはずな
のだが。」

「そのことなのですが、私が確認したところ、その銃には傷一つ付いていな
かったんです。本当に傷一つ…」

「ならば、銃で防いだという線はなくなる。嘘と思った方がいいだろうな。
先程も言ったように、耐久性がないのに無傷だというのは、使っていないと
考えるのが妥当だろう。しかし、それならどうやって…?」

「中将殿、これは憶測なのですが、流川海斗はこれを素手で破壊したのでは
ないかと思われます。にわかには信じがたいですが…」

「まあ、それはそうだろう。だが、その結論に至った根拠を聞きたい。」

「はい、最初に申しましたが、トンファーは砕かれていたのです。焼け跡や
薬品の痕跡は勿論、刃物類での切り口も見当たりませんでした。乱雑に不規
則に外から強い衝撃を与えられて大破した典型のようでした。武器でこんな
ことが出来るとしたなら、ハンマーといったところでしょうか。ただ、言う
までもなく、そんな武器を隠せるはずもありませんので、自ずとその手段は
拳での打撃ということに。」

「ふむ、何も知らない者が聞けば、納得してしまうような理にかなった推測
だった。しかし、あの武器の強度を知っている私からすれば、やはりすぐに
は信じられない話ではあるな。しかし、その説を否定すれば、また真相は手
がかりなしの状態に逆戻りか。非常に難儀なことだ…」

「すみません、私が見極められなかったばかりに。」

「いや、少尉が全力で取り組んでそれならば、少々甘く見すぎていたこちら
のミスだ。とにかく、次はもっと人員を割かなくては。全ての銃撃をかわし、
五十いる軍隊をたった一人で潰してしまうだけで只者ではないしな。なめて
かかるのはもうよそう。これも我が愛しき娘、クリスを守るためだ。」

「中将殿、そのことなのですが、流川海斗はお嬢様への危害にはならないか
と…。本人もただの友達だと言っておりましたし…」

「それを信じられるというのかね」

「い、いえ、そういうわけでは…」

「少尉に限って、心配はしていないが、これは一応任務だ。あの男に情けな
どかけて、全力を出せないなんてことはないように。」

「はい。出すぎた真似をしました。私が口を挟むところではありませんでし
た。申し訳ありません。」

「いや、いいのだ。少尉には期待させてもらっている。」

「は、光栄です。」

「報告はこのくらいでいいだろう。一応、戦闘任務のあとだ。しっかりと体
を休めたまえ。」

「では、失礼します。」


そう言って、部屋を出る。

やはり、中将殿も驚かれていた。
それはそうだ。
無数の銃撃をかわしたときは、出来る奴だとは感じたが、まさか眼帯を外し
た状態で、一瞬で勝負をつけられるとは思っていなかった。
また、それだけの強さを持ちながら、全く他人に気取らせることがない。

あと、中将殿には言わなかったことがある。
流川海斗はまだ本気を隠しているような印象を受けた。
これは戦った感触というか、所謂第六感のようなものなので、確証も何もな
いから伝える必要はないと考えた。
まさに未知の強さ。
本当に世界は広い。

それにしても、何故自分は流川海斗を庇うような物言いをしてしまったのだ
ろう。
あいつはただの友達だと言っていたが、確かにそれを信じるに値する要素な
んて、何も持ち合わせてはいなかった。
それなのに、私は何を考えて、あんなことを言ってしまったのか。
ただでさえ、分からないことだらけだというのに、自分自身のことまで、理
解できなくなりそうだ。

まあいい。
今、そんなことを考えても、仕方がない。
もうアイツの強さは十分に身に染みた。
次のときは、最初から全力で潰してやろう。

Side out


はぁ。
溜息をつきつつ、通学路を歩く。

昨日はみすったなー。
咄嗟にトンファーを破壊してしまうとは…
銃で壊したなんて、いつばれてもおかしくない嘘だよな。
めっさ軽かったしな、あの銃。

昼飯の分の軽い運動だったはずが、運動量オーバーもいいとこだろ。
でも、結局晩飯は食ってないし。
あぁ、でも昨日のは久しぶりに楽しか……じゃなくて、退屈しなかったな。
たまになら、ちょっとした刺激もいいのかもな。
毎日じゃねーぞ、あんなのは身がもたん。


「あー、腹減った。」

「いなり寿司でも食べるか?」


いつの間にか、クリスが横に並んで歩いていた。


「じゃあ、もらうわ。」

「ふふ、自分に感謝するのだな。」


隣で満足そうに微笑む少女。
そういや、こいつのせいで俺は昨日大変な目にあったんだよな。
そんなに恨むほどではないが…


「なんだクリス、その食べ方は。」

「ん?おかしいか?」

「おかしいも何も、食べる前に稲荷の神に感謝の礼を述べなきゃ駄目だろ。」

「海斗、そんな話は聞いたことないぞ。自分を騙そうとしても無駄だ。」

「何を言う。“稲荷”とは諸説あるが、その語源は“担い”から来てるとさ
れていて、それは稲荷の神が幸福を担がせてくれることに由来しているんだ
ぞ。だから、その幸福を逃がさないように、油揚げで全体を包んでいるとい
う今の形状になったんだ。また、稲荷の神は豊作をもたらしてくるともされ
ていて、“稲を荷う”というのが、そのまま名前になったという説もあるが
な。日本ではこんなの常識だぞ。」


まあ、こんなもの今思いついた根も葉もないでっちあげなのは、言うまでも
ないが…


「そ、そうだったのか。知らなかった……」


純粋なクリスは見事にひっかかってくれた。
いやー、からかい甲斐があるな。


「ああ。分かったら、この方角を向いて、お礼を述べてから、食べるんだ。」

「了解した。えー、美味しいいなり寿司を食べさせて頂いて、本当に感謝し
ております。今までは知識がなかったため、お礼を言えなかったことをお許
しください。」


俺が指した何もない方向に向かって、なんか喋り出した。
これ、知らない人が見たら、完全に変な人だろ。


「クリス。」

「なんだ、海斗。海斗も一緒にやるか?」

「ちなみに言っとくと、さっきのは嘘だ。」

「………………」


おーおー、顔が真っ赤になっていく。
自分がどれだけ恥ずかしいことをしていたか自覚したらしい。


「かーいーとー!!」


そのあと、怒ったクリスをなだめるのは大変だったが、昨日の八つ当たりは
無事に完了した。
ご馳走様。

-36-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




真剣で私に恋しなさい! Original Sound Track ~真剣演舞~
新品 \2609
中古 \1435
(参考価格:\3000)