「ちょっと待ってよ。」
「どうした、ワン子?」
「アタシが流川君と組むわ。」
「「「「は!?」」」」
思わず、俺まで声を上げてしまった、まさかの不正解か。
余るのも嫌だったが、これは目立つんじゃないか。
「アタシと組んでくれる?」
近づいてきてクリッとした大きな瞳で見上げられる。
この赤髪ポニーテール少女の名前は“川神一子”。
……俺が唯一このクラスで名前を知っている少女である。
この打ち解けやすく、明るい少女は全く物怖じすることなく、俺に話しかけて
きた。
その姿は自然体であり、作った様子は一切なかった。
邪気のない笑みを浮かべていて、俺を他の奴と区別していない。
コミュ能力のない俺に意味不明な日直日誌というものが回ってきたときも助け
てくれたのはこいつだ。
〜
「ここはね、こうやって書くのよ。」
「ふむ。」
「で、ここは教科内容を書くの。」
「な…」
聞かなくてもいいと思いつつも、「なんで、俺に関わるんだ?」という言葉が
口をついて出そうになった。
うーん、こんな無垢な少女には少し気が緩む、下心が見えないからな……
ただ純粋に俺に教えてくれようとしている。
「な…名前は?」
そう誤魔化すのが適当だと考えた。
実際に知らないわけだし、二人のときに聞いたところで目立つということには
つながらない、何より俺にとって想定外の存在だった。
だから、名前くらいは聞いておいても損はないと考えた。
「川神一子よ」
「そうか」
ここで何の疑問もなく、答えてくれるところも性格が表れている。
その後、俺が話すことはなく、ただひたすらに日直日誌の書き方を教わってい
た。
〜
「アタシと組んでくれる?」
ここで断るのもおかしな話だ。
どうせ強制参加のイベント、くじで嫌々組まれるほどよっぽど穏便に済む。
「ああ、構わな……い!?」
了承の返事を返そうとしたら、突如、背後から鋭い殺気を感じた。
嫌悪や軽蔑のような視線は浴びせられ慣れてるが、これは違う。
気になって、そちらに視線だけを放ると、柄の悪い男が睨みをきかせていた。
面識は当然ないので、恨みを買う覚えはない……
かといって、顔は強面だが無闇に殺気を飛ばすような奴ではなさそうだ。
てことは、この女関係か?
まあ、すぐに手を出してくる様子もないし、俺はそこで思考を止めた。
「どうしたの?」
「あぁ、別に。」
「そう?じゃあ、これからアタシたちペアね。」
「おい待て、ワン子。ほんとにそんな奴とペアを組むのか?」
筋肉男が待ったをかける。
それを皮切りに、川神一子のお仲間らしき者たちが口々に文句を言い出す。
「そうだよ、ワン子、そんなの危ないしさ。」
「知らない奴には付いてくなと教えたはずだが。」
「知らない人じゃないわ、クラスメイトよ。」
「そりゃそうだが、そいつは何考えてるのか分かんないだろ。」
「そんなの話したことがないからよ、これから知っていけばいいわ。」
少なくとも俺に声をかけたのは同情などの軽い気持ちではないようだ。
仲間の忠告は素直に聞き入れるタイプだと思ったのだが、俺とタッグを組むの
に狙いがあるのか、とてもそうは思えない。
純粋に優しいというか、そういった親切心からの行動で間違いないだろう。
だがまあ、周りとしてはどうにかして、俺と組ませたくないんだろうな。
その気持ちはよく分かるぞ、そういう印象を与えてきたんだからな。
「ワン子、トーナメント優勝したいよな?」
「モチロンよ。」
「だが、そいつは俺よりも弱いくらいだぞ。勿論ガクトなんかとは比べ物にな
らない、それじゃ戦力にならないだろう。」
お、考えたな、あいつは頭脳担当か?
確かにコイツは優勝を何がなんでも狙うタイプだろう。
たとえ勝ち目が無い相手でも、「やってみなきゃ結果は分かんないわ」とか言
いそうだ。
そんな負けん気の強い少女には最も有効な説得だろう。
「そんなのアタシの力でカバーするわ」
「………」
おお、自信満々なこって。
ほんとに俺とペアを組む気らしいな。
「はあ、分かったよ。」
「おい、いいのかよ、あいつにワン子を近づけて。」
「今のワン子に何を言っても無駄だ。但し困ったことがあったらすぐ俺に相談
しろ、いいな?」
「うん、分かったわ。」
どうやら決まったらしい。
俺を訝しげに見つめる視線は変わらないが、一応認められたってとこか。
こりゃ結構な番狂わせだ。
「じゃあ、よろしくね、流川君!」