小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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Side 大和


「嘘、トーマ君が負けたの、あんな奴に。」

「で、でも、ずるじゃないの?あれって。」


教室内は騒然となっていた。
予鈴が鳴っているにも関わらず、誰もすぐに動こうとはしなかった。

それもそうだ。
学年一位、医者の息子、エレガンテクアットロの一角、そんな才色兼備であ
り、天才と呼ばれる男が負けるなんて誰が想像したろう。
葵冬馬が倒されるというのは、それだけのことだった。

俺はファンのように葵冬馬の勝利を信じちゃいなかったが、それでもやはり
驚きを隠せない。
まるで子どもの屁理屈のようなもので、そのくせ一切の反論の隙などはなく
して、見事に丸めこんでしまった。
口が上手いにもほどがある。

流川海斗、本当にはかれない男だ。


Side out



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



時は放課後、とある空き教室にて。
数人の男女が集まっていた。


「さーて、今日の依頼はなんだろうかねぇ。」

「今回も俺が競り落とさせてもらうぜ。」


その中には井上準と風間翔一の姿もあった。

そこへ二人の教師が入ってくる。


「今日もよく集まっているようでおじゃるの。」

「では、早速、今日の頼みごとを発表するヨ。」


綾小路麻呂とルー・イーだ。
そう、ここは教師が有志の生徒に舞い込んだ依頼を消化させる、言うなれば、
依頼の競り場のようなものである。
当然、学校側の立場もあるので、報酬は現金ではなく、食券となっている。


「今日の依頼はストーカー退治だネ。」

「頼み人が実際に来ているでおじゃる。」

「なんでも事情を自分で説明したいってことだったからネ。」


ルーがそう言うと、ドアから女生徒が1人入ってきた。


「こんにちは、1年C組の大和田伊予です。実は、私の元にこんな手紙がき
てまして…」

「どれ、麻呂が読み上げるでおじゃる。」


ゴホンと咳払いをする。


「伊予、お前のことが好きで好きで好きでたまらない。遠くから思っている
だけでも幸せだったけど、もうこの溢れる気持ちを抑えられないんだ。だか
ら、毎日君のグッズを拝借して、なめたりして思いをぶつけているよ。これ
なら、たとえ話せなくても、僕らの気持ちは1つだよね。伊予も寂しくない
だろう?僕の愛が伝わっていることを願ってます。」

「もう、それは警察に届け出てもいいレベルの気持ち悪さだな。」


準のツッコミも、もっともである。


「グッズというのは、私物のことだネ。」

「お願いです、ストーカーを捕まえてやめさせてください!」

「頼み料は上食券50枚でス。」

「奮発するじゃねーか、やってやるぜ! 50枚だ!」

「49枚にて候。」

「48枚!」


競りが始まり、その枚数はだんだんと減っていく。


「38枚!」

「なら、俺は27枚だ!」

「27枚。他にいないカ?なければ風間に落札!」

「やれやれ、またお前が持っていくのかよ。」


準もいつものことと、半ばあきらめ気味の様子だ。
そう、百代が暴れたいために翔一は報酬が少なめでも、いつも仕事を持って
いくのである。


「20枚だ。」


誰もが決まったと思った瞬間、声が響いた。
それはドアの方向。
そこに流川海斗、その男が立っていた。


「流川先輩!?」

「なんだイ?」

「だから、その依頼、20枚で受けるって言ってんだ。」

「な、流川!お前がなんで、こんなとこに。」


翔一がいきなりの登場に驚きつつ、依頼を持ってかれそうなため、理由を問
いただす。
そう、今までは一度も海斗がこの場に顔を見せることはなかったのだ。
疑問を持つのは当然であった。


「いや、なんかここ来たら、食券もらえるとか言われたから、来てみただけ
だ。どうせなら、今日一気に儲けようと思ってな。」

「お前が自分から人のために働くってのか?」

「いや、俺も最初はただで食券がもらえると思ってきたんだがな。」

「ならどうして、受ける?」

「別に人のためじゃねぇ。今の話を聞いて、ストーカーを俺が個人的に殴り
たくなっただけだ。誰のためでもない自分のために動くってだけさ。それで
食券まで手に入るんだから、こんな得なことはねえだろ。」


「20枚より下はいないカ!」

「そこまで言うんだったら、これはお前に託すぜ。」

「おう、任せとけ。」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「流川先輩……」

「さて、早速この手紙を送りつけたストーカーを特定しなきゃなんないわけ
だが、最初に言っておくことがある。」

「は、はい。」

「俺じゃないからな。」

「え?はい、それは分かってますけど。」

「いや、一応な。ほら、推理小説とかでよくあるじゃんか。事件解決のため
に積極的に協力してくれていた優しい人が実は犯人だったとかな。俺なんて
いきなり現れたから、疑われてないかなーと。」

「大丈夫です、流川先輩はそんなことをするような人に見えませんし、別に
私、流川先輩だったら…」

「ん?」

「い、いえ、何でもないです。だいじょぶです。」

「そうか?まあ、いいが。」


そして、また作戦を考える。
犯人を手っ取り早く捕まえる方法を。


「あ、あの、流川先輩。」

「あ、なんだ?」

「ありがとうございます。」

「いきなりどうした?まだ、何も解決してないぞ。それに俺は然るべき報酬
をもらうんだから、お礼は必要ないと思うが。」

「いえ、そうじゃなくてですね…。流川先輩、前、私のこと不良の人たちか
ら助けてくれたの覚えてますか?」

「あー…」


そういえば、この子見覚えがあると思ったら、動物ビスケットのときの子だ
ったな。
そういえば、それで知らない子からファンレターもらったりしたな。


「私、あのときすっごく怖くて、でも流川先輩が助けてくれて、嬉しくって。
だけど、私あのとき、お礼も言えませんでした。先輩が来てくれなかったら、
どうなってたかも分かんないっていうのに、黙っちゃって、おまけに先輩か
らビスケットだけもらって、何も伝えられませんでした。私、あのときのこ
とずっと考えてました。先輩にはすごく感謝してるんです。だから、今更で
すけど、本当にありがとうございます。」


なんか、めちゃくちゃ感謝されてしまった。
でも、怖かったんだから、あれはしょうがないと思うんだが。


「別に気にすんな。あれはただ、あいつらが俺の視界に入って、目障りだっ
たから、掃除したまでだ。結局、あれも今回と同じ、自分のために行動して
ただけっつーことよ。だから、そんな悪いことしたみたいな顔するな」


そう言って、軽くぽんと頭に手をやる。


海斗としては特に意味のない動物好き故の無意識の行動だったのだが、やら
れた方は意識せずにはいられないものだった。
伊予は突然の幸せに顔を赤くしながらも、


「で、でも、私が嬉しかったのは本当ですから。お礼は言わせてください。
助けてくれてありがとうございました。」


そう言った少女は、ずっと胸に引っかかっていたことが取れて、すっきりと
した表情をしていた。

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