小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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Side クリス

海斗に弱点を見つけたから下がっていろと言われた。
自分もまだまだ戦えるし、海斗にばかり頼るのは気が乗らない。
だから、自分は拒否した。
自分がその役割を果たして、少しでも海斗の役に立ちたかったから。

だけど、そんな自分に海斗は言った。

“俺を信じてくれ”と。

勿論、海斗のことは信じている。
それでも、ここで海斗の言うとおり下がってしまえば、また海斗ひとりに押
しつけてしまうことになる。
だからこそ、迷った。
海斗の希望にすぐには答えられなかった。

だが、犬は違った。
海斗がその言葉を言った瞬間、すぐに承諾した。

正直、意外だった。
犬だって、ついさっきまで自分と同じで戦う気まんまんだったはずだ。

犬は修行を毎日しているため、いつも実戦で実力を試したいと言っていた。
それはより強くなることを目指している身としては非常に共感できる。
日々の鍛錬は基礎を固める上でも大切なのに変わりはないが、やはり実際の
戦闘で得られる経験値に勝るものはないのだ。

だが、そういう機会はなかなか訪れるものではない。
犬だって、姉であるモモ先輩には沢山の挑戦者が集まってくるが、それは武
道四天王であり、最強と呼ばれるモモ先輩だからこその例外だ。
自身が対戦相手を組んでもらえるのも、ほんのたまにだと言っていた。


それなのに犬はただ一言、

“アタシは海斗を信じてるから”

それだけ言って、引き下がってしまった。


そう言った犬には何の迷いもないようで、なんだか嫌がっている自分は海斗
のことを信じていられなかったのかと悔しかった。
海斗は自分のことを認めてくれたのに…。

なんだかんだ言って、自分は海斗に褒められたかっただけなのかもしれない。
自分の強さも認めて欲しいと思ってしまったのかもしれない。
まだまだだな…。

その点、犬はいつもダメダメなくせに、たまにはっきり決断をする。
なんか、そういうときはいつも海斗が関わっている気がするが…。

なんにせよ、今回だけは犬に一本とられたという感じだ。



そして、海斗は約束通り、クマの着ぐるみを一撃で倒した。
結局、弱点がどこかは分からなかったが、一撃で潰せたということはしっか
りと弱点を叩くことが出来たのだろう。
流石というべきか、やはり海斗は強い。
信じるには十分すぎる人間なのだ。

これで水上体育祭も終わり。
さて、海斗の労をねぎらってやろう。

Side out



「…くそ!足に力さえ入れば、てめぇなんて今すぐぶっ倒してやるのによ!」

「あんま動くな。ちょっと強めにやったんだから、大人しくしとけ。」

「なに偉そうにしてんだ!ちっ、なんで動かねぇんだ。」


まあ、それは当然だろう。
気とは、自分の中にある精神力を原動力としている。
完全にそれだけで使えるというわけでもないが、主となっているのは確かだ。
まあ、引き金くらいに考えとけばいいだろう。

そして、身体を守る気のオーラを破られるということ。
それはつまり、相手の精神にも干渉する攻撃になる。
普通に肉体的に傷つけられるより、体力が大きく削られるということだ。

今回はしっかりと防御を固めていたところを無理矢理に破壊してしまったた
め、立てなくなるくらいは起こってもごく自然だろう。
むしろ、それくらいで済んでいるのが、こいつの強さを表している。


「まぁ、そんなに焦るなって。少しすれば、お前ならすぐに動けるだろ。」

「うっせえ、黙れ!」

「はぁ……」

(くそ、もう撤退命令が出たっていうのに、このままじゃ戻ることができね
ぇ。あんだけ守りには気を遣っておいて、ウチがヘマするわけにはいかねー
んだよ。さっさとこの状況をなんとかしねぇと…)


どうしようか。
少し経てば、動けるようになるとは言ったものの…。

今のこいつは明らかに学校側で用意された対戦相手じゃない。
はっきり言って、勝手に紛れ込んだ異分子である。

このまま放っておいて、治りました、はいさようならとはいかないだろう。
今のままにしておけば、学園の者が中に入ってる奴を引っ張り出したり、そ
の後そいつが色々聞きだされ、何らかの罰を受けることくらいは、俺だって
容易に想像できる。

んー。
さて、こっからどうするかだ。


「おい」


うつ伏せに転がったクマの着ぐるみの側でかがむ。
そして、小さめの声で話しかけた。


「あ、なんだよ。顔近づけんな、ボケ!」

「いや、お前これからどうすんだ。このままだと、うちの教師どもに回収さ
れんぞ。」

「はぁ!?テメェには関係ねぇ話だろーが。」

「いや、俺だってお前が独りきりでこんな場に出てきたんじゃないってこと
くらいは分かってんだぞ。大方、仲間がどっかにいるんじゃないのか?」

「く…!もし、そうだとして何だってんだよ。」

「あー…、よかったらそこまで運んでやるけど、どうする?」

「は!?何言ってんだ、テメェは!敵のお前がなんでウチを連れてく理由が
あんだよ、ほんと意味わかんねぇ!」

「いや、なんつーか攻撃したことに関してはお前も襲ってきたんだし、悪い
ことをしたなんて思ってないが、かといって、それでお前が学園に捕まるっ
つーのも寝覚めが悪いっていうかな。」

「……くそ。馬鹿にしてんのかよ、どんだけウチを侮辱しやがんだ!本当に
ムカつく奴だな…今すぐにでもその余裕かました面をブン殴ってやりたいぜ」


なんか今は何を言っても、相手の感情を逆撫でするだけのようだ。
プライド高そうな感じはあるよな。
けど、なんか幼いっつーか、言動こそ刺々しいが、態度は駄々をこねる子ど
ものような理不尽さがある。
もしかして、俺は年下の女の子を殴ってしまったんじゃないか。
はぁ〜、後悔はしないが、何してんだかなー。

つか、少々強引だが、どっかに運んどいた方がいいよな。
クラスメートには処分してくるなどと後でなんとでも言い訳すれば、問題な
いだろう。

そう思い、クマを担ごうとしたときだった。


「ちょっと待った。」


いきなり、知らない男の声がした。
見れば、そこには左肩に刺青をした目つきの悪い男がいた。


「さて、狩人交代の時間だ。」


男は不敵に笑う。

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