小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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浜辺で対峙する二人の男。
辺りには寄せては返す波の音だけが響く。

突然現れた男の禍々しい気はそれほどの静寂を生んでいた。
周りのクラスメイトたちもそうすることが当然かのように黙っている。
気が読めるほどの強者でなくても、男の放つ威圧感には素人にさえ有無をい
わせない力があった。

故に黙って、事の顛末を見守ることしか出来なかった。


「じゃあ、お前とのお楽しみの時間も考慮して、さっさと勝負は決めさせて
もらおうか。」

「生憎、俺がお前に捧げてやれるのはせいぜい手向けの言葉くらいでな。信
用性なら十分だぜ。そこにあるクマの剥製なんかがいいモデルだろ。」

「別に捧げてくれなんて頼みやしねぇから安心しな。俺は欲しいと思ったら
相手の意思なんて関係なく、力づくで奪うのが性に合ってるんだ。」

「無理しちゃって、まぁ。“力づくでやるからいい”だなんて、モテない奴
の負け惜しみかっての。言ってて恥ずかしくないのか?」

「…まずはその生意気な口をすぐに利けなくしてやるぜ!」


突如、相手は踏み込んで強烈な殴打を放ってきた。
それはわきの辺りにヒットし、その衝撃で強制的に後退させられる。


「どうだ、さっきの相手の攻撃を止められたからって油断してたんじゃない
か?俺は防御なんかまどろっこしいことしないで、気はほとんど全てを攻撃
にまわしてるんだよ。重みが違うだろう。」

「………………」

「あぁ?黙りやがって。さっきまでの威勢はどうしたんだ?それとも、あま
りの予想外の強さに立ったまま気絶なんてガッカリなことにでもなってんの
かぁ?」

「おいおいおい、勘弁してくれよ。なんかグチャって感じがしたんだけど…
うわ!やっぱりこれかよ!すっかり忘れてた。」

「は?」


ふところから袋を取り出す。
その透明の袋の中には無残にも潰れたマシュマロたちがあった。

くっそ、さっき小雪にもらったのを今の今まで忘れてた。
後で食べようとして、それっきりにしていた。
その結果、殴られてこんな感じに。

いや、マシュマロが変形したところで別に…とか思ってるだろ。
俺も見た目がどうあれ、味に変化はなければ問題ないし、ましてやマシュマ
ロなんてそんな潰れたくらいでショックじゃねぇよ。

だけど何の偶然なのか、このマシュマロは中身にチョコソースとかが詰まっ
ている従来の物とは少し違うタイプだったらしい。
いや、そのことは俺もたった今、この袋の内面に飛散した茶色のものを見て
知ったのだが…

いや、相当えぐいだろ。
まず手が汚れることは確実だしな。


「しょうがねぇ、後でどうにかして食うか。」

「おい、お前勝負中に菓子の心配なんて馬鹿にしてんのか?それとも、俺の
攻撃なんてちっとも効いてないっていう挑発と受け取ればいいのか。」

「誤解すんなよ、しっかり痛いっつーの。」

「それにしては、涼しい顔してやがるけどな。」

「顔に出ないタイプなだけだ。お前の攻撃の威力は半端なかったしな。」


そう、正直やばかった。
データをちゃっちゃと取りたくて、避けるのはやめといたというのもあるが、
確かに相手の男の言うとおり、さっきのクマの感覚で戦っていた。
そうしたら、しっかりと気のこもった攻撃をやられた。

咄嗟にこちらの拳で威力を相殺してなかったら、あばらの1、2本は持って
いかれたかもしれねぇな。
ちゃらちゃら指輪なんてつけてやがるから、手がいてぇよ。
ああいうので人殴ったりしたら、洒落にならんからな。

まあ、相殺といっても殺しきったわけではない。
相手の攻撃力を少し下回るくらいの打撃を放って、ある程度弱めただけだ。

大事なのは相手に相殺を認識させないこと。
拳に違和感を感じさせないように力を抑えて。
目でとらえられないように迅速に。

そういう意味ではマシュマロも相手の気を反らすいい材料になった。
まあ、これは素で忘れていたが…


「まあ、少しタフな奴だと前向きに考えるか。すぐばてられたら、こっちと
してもつまらんしな。精々あがいて、俺の欲を満たしてくれよ。」

「いやー、俺もやられっぱなしってわけにはいかないしね。」

さて、これからどうしようか。

こいつも戦闘欲で動いているタイプの人間だ。
だが、マルギッテのような奴とは少し違う。
戦士を知能とともに戦う者と本能で戦う者に二分するとすれば、こいつは明
らかに後者の存在。
獣と呼ぶにふさわしいだろう。

なんだかんだ言っても、マルギッテは十分に後者寄りではあるが、基本的に
は軍の任務を果たすという使命のもとに動いている。
眼帯外したときのあの戦闘欲剥き出しの姿は獣に他ならないが、それは別と
してある程度の考えを持って動いている。

対して、目の前のこの男は別だ。
おそらく、マルギッテでいうところの“こいつに与えられた任務”は仲間で
あるクマの回収ということになるだろう。
命令した者がいるかどうかは別として、こいつの目的はそれだ。
だが、今はそんなことを放棄して、俺との戦いにしか目を向けていない。
利害の計算ではなく、戦闘本能に従って行動している。

こういうのには言葉の駆け引きとかはあまり通用しないんだよな。
なんかで誘導して、作戦に引っ掛けることも難しい。

なので、馬鹿みたいに力を振るいまくるこいつへの対処法は変わってくる。
やっぱ、目一杯挑発して怒らせるのが妥当か。
性格的にもキレやすそうな感じだし、適当だろう。

他者からの干渉でハメることが出来ないなら、自分で勝手に空回りしてもら
おうということだ。


「まあ一発目が効いてないからって、そう何発も耐えられるわけはねぇから
な。立てなくなるまでブチ込んでやるよ。」

「いやいや、だからもうお前の攻撃を甘んじて受け入れる気はさらさらない
から。」

「あ?それだと避けれるみたいに言ってるように聞こえるが。」

「だってそうだろ。お前の攻撃は確かにパワーはそこらの奴とは段違いに強
いけどよ、一撃の前のモーションがでかすぎんだよ。そんな大振りじゃぁ、
はっきり言って当たる気がしないな。」

「一発しのいだからって、随分な自信じゃねぇか。」

「まあ、事実を述べたまでだ。」

「どうやら力の差を見せ付けてやんねぇと分からんようだな。」

「じゃあ、来てみな。」


そう言って、わざとらしく挑発的に指でかかってこいと示す。
相手は最早、あからさまな煽りに怒りを隠そうとはしなかった。

さて、簡単に挑発に乗ってくれたようだし、終結といこうか。

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真剣で私に恋しなさい! Original Sound Track ~真剣演舞~
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