小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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「さっさとかかってきな。」


明らかな挑発。
それに獣は迷いなく、食いついてきた。


「カスの分際であまり調子に乗るなよ!!」


酷く荒い連撃がくる。
同じ連撃であっても、さっきのクマのようなしなやかさはない。
“荒い”が“粗い”といったところか。
当たったらただじゃ済まなそうだが、くらわないことにはどれも等しい。


「ちょこまかと逃げやがって。」

「こっちだって逃げてるばっかじゃないぜ。」

「なっ…!?」


相手が咄嗟に攻撃を中断して、身を引く。

だが、俺のした事はただ少量のトロピカルジュースをペットボトルの口から
飛散させただけ。
反撃といえるのかすら謎である。

ちなみにこのトロピカルジュースは知らない一年生の女の子にもらった。
この競技前に“頑張ってください”と押し付けられ、理由を聞く前に去って
しまったのだが…。
礼は言ったのだが、果たして聞こえてるかどうか。
少量とはいえ、こぼしてしまって悪いことをしたな。


「お前、おちょくってやがんのか。」

「至って真剣だが。」


いや、まあその反応だろうな。

あんだけ俺が反撃が来るようなことを臭わせておいたにも関わらず、いざ避
けてみれば回避したのはトロピカルジュースだもんな。
これは恥ずかしい。
馬鹿にしてるとしか取れない行動だ。


「どうやら本気で俺をおちょくってるってことらしいな。」


…ちょっと効果覿面すぎる気もするがな。
その言葉からは怒りの感情がひしひしと伝わってくる。
ちょっと挑発をやりすぎた感はあるが、大丈夫だろう。


「うぉらぁぁっ!!!」


急にさっきよりも激しい拳の連打。
うん、確実に怒らせすぎたな。
逆効果かもしれん。

どれもスレスレのところで回避していく。
ちょっと位置がずれるだけで顔面にこのパンチが来るわけだからな。
ヒヤヒヤなんてもんじゃねぇよな。


「いい加減、諦めやがれ!」


男がそう言って、放ったのは蹴りだった。
今まで行われなかった方向からの、いきなりの攻撃。
俺はそれを地面に転がることで回避した。
そのまま少しオーバーに転がり、距離を空けた。


「ふぅ、危なかった。蹴りがヒットするかと思ったぜ。」

「おい、流石にそう何度も小細工は通用しないぞ。」

「ん?」

「その右手に持っている砂は目潰しにでも使うつもりか?」

「………………」

「大方、着ぐるみでもなく相手が生身だから、不意をつけば成功するとでも
思ったんだろうが。さっきも言ったが、小細工はさっきのでもう懲り懲りだ。
お前が転がってるときにその砂を拾ってんのも、しっかりと見てんだよ。そ
う何度も馬鹿にされるのを許容するほど、俺の心は広くないからな。警戒し
とけば、そのくらいの動きは気づくんだよ。」

「……よっく見てんじゃん。」


流石にそこまでは馬鹿じゃないよな。
さっきのトロピカルジュースの後だし、警戒が上がってたっつーことか。

俺はバレたならばしょうがないと、すくった砂を右手からさらさらと零して
いく。
さーてと…


「分かったらもうそんなしょうもないことはしないことだな。」


相手も作戦を見抜いたつもりで得意になっているんだろうが…

俺は手から落ちていく砂を思い切り蹴り上げた。
零れ出た大量の砂が飛び散る。

相手も俺の突然の行動に若干驚くが…


「…!そんなの届くわけが…」


確かにこんなに細かく軽い砂を正確に相手の目を狙って、飛ばすことなんて
到底不可能だ。
届くかも分からないだろう。


しかし、次の瞬間。
相手のサングラスが大破する。


「なっ…!?」


頭にひっかけられていたサングラス。
そのレンズを貫いたのは、白い色の小さな巻き貝だった。

何が起こったのか分からないだろう。
そう俺が蹴り飛ばしたのは目潰しのための砂などではなく、先のとがった巻
き貝だったのだ。
当然狙いは直接攻撃。
鏃のように武器として、海で手早く調達できるものだ。

砂はその武器を隠すためのカモフラージュ。
最初からこれで目潰しなんて、そんな甘い考えは持っていない。
しかも役割はそれだけにとどまらない。

貝殻を普通に投擲しただけでは当たる可能性も低くなる。
だからこそ不意をついたこの攻撃にするには、相手に砂を拾っているという
ことに気づかせる必要があった。
勿論、貝殻はばれないようにだ。

ばれないように何かをするというのは何度も使ってきたことだし、特にこれ
といって難しいということはない。
逆に相手にわざと気取らせるというのは勝手が違う。
そりゃあ、ただおおっぴらにやれば気づくのは当然だが、相手に違和感を与
えてはいけないのだ。

ばれないようにするのは自分だけの問題だが、その逆は相手の実力も考慮し
ないと駄目なことは言うまでもない。
この前の男は正直頭がそこまで回りそうにないので、より大変だ。
しかし、戦闘経験は積んでいるだろうから、一度やられたことは学習し、同
じ轍を踏まないようにするというのはある。
だから、トロピカルジュースで軽いジャブを入れとく必要があった。
それで警戒心を底上げした上で、若干ばれるように砂を拾う。

結果、作戦を読んだと思った後のこの不意打ちが出来たというわけだ。


「てめぇ…!」

「そのサングラスかけないんなら外せよ。うっとうしいから。」


そして、やはり最大の理由はこの相手の心を逆なでするような侮辱がこもっ
た作戦内容。
どうやら、しっかり怒り心頭の様子で。


「ぶっ殺す!!」


きたきた。
今までで一番力がこもった一直線の拳。
極度の怒りから生み出されるダムの決壊のような攻撃。


「おい、馬鹿やめろ!!」


倒れているクマが叫ぶ。
そう何をするかあいつには分かっているんだろう。

俺はその手首を掴み、全ての力を殺さずそのまま俺の力へと変換する。
流れに沿って、その体を引いて投げの体勢にうつる。
そう、さっきのクマのときと同じように。

だが、クマのときとは決定的に違うことがある。
それは力の大きさだ。
クマのときは俺の拘束から逃れようとするもがく程度の力でしかなかったが、
今俺が乗せたのは相手の最大出力に近いもの。


「ぐはっ」


当然、その勢いも凄まじく地面に叩きつけた。
非常に作戦としては上手くいったのだが…

そこには転がったクマと人間が。
…どうするか、これ。

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