小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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海辺に転がった二体の怪物。
そこに立っているのは一人の少年。


あーあ、せっかく回収しに来た奴も倒しちゃったよ。
でも、俺だって襲われるのは勘弁だしな…
とそのとき、


「海斗!大丈夫だった!?」

「うぉわ!」


一子が凄い勢いで突っ込んできた。
いや、本当に洒落にならないくらい。
言うなれば、道路わきからイノシシが飛び出た並みの突進ぶりだった。
誇張表現なしに。


「怪我とかしてない?痛いところは?」

「あ、ああ。大丈夫だ。」

「そうなの?良かったぁ。」


そう言いながらも、俺の体が大丈夫かどうか触れてくるのをやめない。
相当心配をかけてしまったようだ。
律儀に俺との約束を守っていてくれたのだろうが、心の中でははすぐにでも
動きたくて仕方なかったんだろう。
本当に仲間思いの優しい奴だからな、悪いことをした。


「本当になんともないのね?」

「ああ、大丈夫だ。心配かけて悪かったな。」

「本当よ!!海斗が強いのは知ってるけど、すっごく心配したんだから!」

「ああ、だから悪かったって。でも、信じてくれてありがとな。」

「え……あ、うん。アタシだって、海斗のパートナーなわけだし、信じるの
は当然っていうか…」


素直で優しいなぁ、一子は。
この俺を信じてるって言ってくれる奴が現れるなんてな。
色々いるんだな、いやはや。


「それより海斗、この二人どうするの?一方は完全に危険人物だし、クマの
着ぐるみの中の人だって川神院の人じゃないし、絶対におかしいわよね。や
っぱり先生たちに言った方がいいんじゃない?」

「あー…それはな…」


確かにそういう考えに行き着くのは順当だな。
想定外のイレギュラーだし、どんな危険が及ぶか分かったもんじゃないし、
クラスメイトも大切に思ってる一子じゃなくても、教師に知らせようと思う
だろう。

俺だって、この野蛮なアブノーマル男はどうでもいいとしても、クマの子を
引き渡すのは少し気が引けるところはあるにしても、頑なに拒むほど優しさ
なんて持ち合わせていない。

だが、おいそれと教師には引き渡すのを了承するわけにはいかない。
俺が懸念しているのは全く別な事情だ。

教師に回収されてしまえば、軽い尋問や身体を調べられる可能性も十分ある。
それによって、俺の与えたダメージなどを分析されるのは結構まずい。
そこまで決定的じゃないにしても、見るものが見ればっていうヤツだ。
何がどうなるかなんて分からんし、用心に越したことはない。

だから、どうにかして回避したいところだが…


「どうしたの?アタシが呼んでこようか?」

「一子、ちょっと教師を呼んでくんのは待ってくれ。」

「え、なんで?このままじゃ危なくない?」

「いや、それはだな…」

「まぁ、海斗が待てっていうなら待つけどね。」


うーん。
そう言ってくれるのは非常に嬉しいのだが、先程までのこともあるし、もう
無駄な心配をかけたくはない。
なんだかんだ言って、結構な我慢をしてくれていただろうしな。

なんか適当な理由はないものか。
頭をフル回転させて考える。
明らかに異分子である二人を庇う理由か…。


「海斗、海斗!」

「あ?どうした……って」


思考の深淵に落ちている最中に、一子が必死に呼びかけてきた。
そのあまりにも遮二無二な様子に何事かと思い、一子の目線を追うように背
後を振り返るとそこには予想だにしない光景があった。

そこに佇む男。
ついさっき、投げ飛ばして倒したはずの男がそこに立っていた。

おいおい、頑丈すぎんだろ。
確かに地面は比較的やわらかい砂浜であるし、思い切り叩きつけたところで
本来ならばそこまでのダメージは見込めないが、あれだけの全力の攻撃をそ
のまま投げの威力に転用したのだから、相当なものだったはずだ。

やはり、喧嘩慣れしていることでそういう身体になっているのだろうか。
まあ、こいつなんかは相手の拳を避けることもせずそのまま受けて、その2
倍くらいの威力の拳で応えることで優越感にひたってそうなキャラだもんな。
これだけ実力を持っていても、殴られなれてないなんてことはなさそうだ。
この耐久性も当然か…


「すっかり倒した気分でお仲間と仲良くお話か、あぁ?随分となめた真似ば
っかしてくれるじゃねぇか。」

「一子、また下がっててくれるか。」

「けど、海斗…」

「ああ、大丈夫だ。無茶はしねぇから。ここまでやっちまったし、これに関
しては俺に全部任せてくれ。」

「…うん、頑張って。」


笑顔で頷いてくれる一子。
もう心配はかけられない。


「お気楽なもんだな。そんなに巻き込みたくないか。」

「関係ない。これは俺の戦いだしな。それにしても、まさか立ち上がってく
るなんて思ってなかったぜ。だけど、あれで十分懲りただろ。」

「あんなんで倒されるほど柔じゃねぇ。次は確実にお前を殺す。」

「いや、もう戦わなくていいだろ。さっさと教師が来る前に帰ったらどうな
んだ。」


出来れば、穏便にことを済ませたい。
それが一番心配をかけない方法でもあるしな。


「いや、俺はお前を狩らないと腹の虫がおさまらねぇ。さっさとボコボ…」

「リュウ!もう止めとけ!」


天使が制止に入る。


「黙ってろ。こいつはぶっ殺す。」

「はぁ……無線つけてないだろ、スイッチ入れてみな。」


天使は思わず溜息をつく。
そう言われた竜兵は無線のスイッチを入れた。
すると…


『竜、アンタいつまで遊んでる気だい。さっさと目的果たして帰って来な!』

「あ、アミ姉……」


無線機から聞こえてきたのは、大分お怒りの様子の姉の声。
流石の竜兵も姉の言うことにだけは逆らえなかった。

竜兵は通信を終えると、すぐさま天使をクマの着ぐるみごと担ぎ、海斗たち
の方を向いた。


「この借りは必ず返す。今日のところは時間切れだ。幸運に感謝すんだな。」


それだけを言い残し、最速で遠くに消えた。
よほど姉の怒りを無線機越しに感じ取ったのであろう。


「終わったの?」

「なんか、そうみたいだな。」


一子の問いかけに俺はそう答えるしかなかった。
あの男が無線で一言二言話したかと思うと、急に態度を変えて撤退していき
やがった。
上司からお怒りでも受けたのか?

何はともあれ、波乱だらけの怪物退治閉幕である。

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