小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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水上体育祭から数日経ったある日。
いつもの廃ビル。
その秘密基地にいつもの9人が集まる。

小さい頃からの仲良し、風間ファミリーにとってなんら珍しいことではない。
暇があれば自然に皆が足を向けるし、昔から今まで変わらず週に一回の金曜
日には全員が集まっている。
だから、この秘密基地が埋まるのは週1ペースで起こることであり、なんに
も違和感なんてないのだ。

だが、いつもと違うことがある。
それは今日が金曜日ではないということ。
別に金曜以外にメンバーが欠けることなく揃うことだってある。

けれども、それが日常茶飯事というわけではない。
各々にそれぞれの用事があり、皆かんぺきにはなかなか集まれない。
だからこそ、ファミリーの習慣として週に一回集まる日を設けているのだし、
しょっちゅうそんな機会があれば、そもそも金曜集会に限定する必要はない
のだ。

それが今日は全員が揃っている。
その意味するところ、緊急の事態があるということだ。


「今日は急にだったけど、集まってくれてありがとう。」


召集をかけたのはファミリーの頭脳担当、直江大和である。
ソファに座ったままで姿勢をただし、話をする態勢へと移行する。
ファミリーの皆にしても軍師の突然の招集だ。
どんな内容かと、大和に注目が集まる。


「話はこないだの水上体育祭の最後の競技であったハプニングについてだ。」

「あー、あの不審者が来たやつね。」


実際に戦った一子がいちはやく反応する。


「ああ、ちょっと気になったからな。あの強さと異常な感じ、ワン子とかク
リスも違和感を感じたっていうしちょっと調べてみたんだ。」

「調べたって、あいつらをか?」


クリスが問う。


「ですが、片方は着ぐるみから姿を見せてないんですよね。」

「そうだよな、後から来た奴は俺様のように筋肉質の男だったが。」


まゆっちもその話は後から聞いたようだった。
ガクトも自分の見たままを話す。


「ああ、だからピンポイントに探ったわけじゃない。このところ、同じよう
に不審者が現れたとかがないかという大まかなもんだ。俺の人脈を使って、
色々な人から話を聞いてみたり、モロにネットを使って最近の流れも調べて
もらった。」

「うん、掲示板とかは結構そういうのすぐに集まるしね。」

「それで分かったことはあるのか?」


キャップこと風間翔一が確認をとる。
とはいっても、こんな確認は形式上のもの。
何かが分かったから、こうしてファミリーが集められたのだ。


「まあな。ちょっとゲンさんに話聞いてたときに気になる情報を手に入れた
から、モロに詳しく調べてもらった。」

「タッちゃんに?」

「まあ色々分かったんだが、まずはこれを見てくれ。」


そう言って、大和が机の上に何かを置く。
それは袋に詰められた白い粉。
流石に誰もコーヒーに入れる砂糖などと安易なことは思えなかった。
狭い秘密基地の一室を支配する空気となによりもそのいかにもな外観がそれ
をさせなかったのだ。
まさにドラマなどで船で秘密裏に運ばれているような物を想起させる。


「それってもしかして…」

「今親不孝通りを中心に川神に出回っている“ユートピア”っていう薬物だ。」

「ユートピア…」

「その名の通り、理想郷つまりは気分を高揚させるタイプのありがちな薬物
だ。実際に若い学生とかの弱みや悩みにつけこんで、どんどん広まっている
らしい。被害者も何人か出てるって話だ。」

「そんな!完全な悪ではないか、即刻取り締まるべきだろう!」


明らかに義に反する行為に怒りを抑えられなかったのだろう。
クリスがその場で思わず立ち上がる。


「まあ気持ちは分かるが、落ち着けクリス。こいつの厄介なことは薬自体は
違法でもなんでもない普通の治療に使われているものだってことだ。当然、
売り買いは禁止されてるが、それ自体にはなんの犯罪性もないわけだ。」

「く、だからといって…!」

「無駄だよ。相手だって合法を盾にして、それを扱っているんだろうし。」


認めきれないクリスを京が諭す。


「まあ今のところ俺たちがすべきことは自衛だけだ。」

「歯がゆいな。」

「ですが、呼びかけなど私たちに出来ることはまだまだありますね。」

「おう、いいこと言ったぜ。まゆっち。」


「それで本題のあの二人についてなんだが、そのユートピアっていう薬の流
通に伴って、親不孝通りとかの不良たちの動きが活発化しているんだ。そう
いった勢力の1つだろうくらいにしか分からない状況だな。もっとも、それ
すら推測の域を出ないんだけどな。」

「あの実力がゴロゴロいるとは考えたくないな。」

「まぁでも、一度撃退出来たんだしな。」

「ん〜、あれはほとんど海斗一人の力だったし…」

「やっぱりアイツ1人で対応しきったんだな。つくづく面白い。」


百代はあの日の夕方に一子から話を聞きだし、興味津々の様子だった。
今も目をぎらつかせ、髪の毛も気のせいか逆立っている。


「姉さん、あんまり暴れないでくれよ。」

「あぁ、分かった分かった。」

「まあ、ネットや人づての情報はこれからも集めていくし、常に万全の用意
はしておくがな…」


そこで大和は言葉を区切る。
そして、リセットするように息をしたあと、また話を続ける。


「最後にもう1つ大事なことだ。“常夜”っていうのは知ってるよな。」

「それって親不孝通りの中にあるっていう犯罪者や脱獄者の吹き溜まりって
いうアレか?」

「でも、それって都市伝説だろ?」

「そう、一時期ネットでも話題になったよくある噂ってやつだった。けど、
また今になってあるっていう話が囁かれてる。それも今回のことで活発化し
てるっていうおまけつきでな。」

「本当に掲示板でも今あちこちで騒がれてるんだよ。面白半分冗談半分って
いうのがほとんどだけど、肯定的な変なグループまで形成されてて、正直危
ない状況だよ。」

「モロの言ったとおりだ。事態が見通せないだけにどう危険だとかは言えな
いが、注意は各々で払ってくれ。親不孝通りも出来れば、避けてほしいとこ
ろなんだが、ここだけは絶対に近づくな。場所も詳しいことは分からないん
だが、不用意に路地裏とか入っていかないように。噂では地下って言う説も
あるんだが、何が真実かなんて分からないからな。」


その言葉にファミリーのほとんどが頷く。


「姉さんもだ。姉さんが無敵なのは承知だけど、そもそも犯罪者っていうの
はベクトルが違う。どんな手を使ってくるかも見当がつかないし、勝手な行
動は控えてくれよ。」

「ああ、分かっている。弟がそこまで言うんだから変な真似はしないさ。」


百代も頷く。


「じゃ、それだけだ。皆気をつけてくれ。」


その言葉で特別集会はしめられた。

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