小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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Side 大和


皆で寿司も食べ終わった頃。
すぐに帰ることもせず、食休みがてらダラダラしている。
さっきまで元気にバクバクと寿司を口に放り込んでいたワン子も、今はソフ
ァにその身を横たわらせてスヤスヤと夢の世界へおやすみ中だ。

俺も携帯チェックでもしながら、ゆっくりしてるか…。
そんなことを考えていたときだった。


「大和さん、ちょっとよろしいですか?」

「んー?」


携帯を片手で操作しながら、その声の方に顔を向ける。
そこにいたのはまゆっちだった。
敬語使っている時点でまあ特定できたんだが…


「俺になんか用なのか?」

「あの、少しお時間をいただきたく…あうあう」

「いいよ。なに?」

「えっと、ここではちょっと…。少し移動してもよろしいですか?」

「構わないけど、話があるってことでいいのか?」

「は、はい!」


わざわざファミリーに聞かれないところまで移動しての話。
あれ?
なんかついさっきもこんなことがあったような…

デジャヴにも程があるだろ。
ワン子のときと全く同じ流れじゃないか。
いや、まさかな…


「じゃあ、こちらに付いてきていただけますか?」

「わかった。」


頭に浮かんだアニメのような展開を否定しつつ、俺はまゆっちの後について
った。


辿り着いたのは屋上。
いや、もう歩いてる途中で分かってたけどね。

これじゃあ本当にまるっきりワン子と同じじゃないか。
行くところが限られているのは承知のうえだが、恋する乙女は屋上に向かう
性質でもあるのだろうか。
思わずそんなことを疑ってしまうようなシンクロぶりだった。


「あのですね…大和さん。」

「うん。」


目的地まで連れてきて口ごもるまゆっち。
その顔は紅潮して……って、もうええっての。
大体、続く言葉は予想できる。


「その…大和さんは願い事がひとつだけ叶うとしたら、何をお願いしますか?」

「は?」


だが、まゆっちの口を次いで出てきた台詞はそれを外れたものだった。
願い事?
若干話の流れが見えないんだが…


「願い事か?」

「はい、そうです。」

「んー、急だからあんま考えられないけど…、何でも良いならパッと思いつ
くのはやっぱお金かな。ヤドカリのえさ代とかもそうだけど、あっても困ら
ないものだしなぁ。」

「お金ですか…」


ん?
なんだか欲しかった回答が得られなかったような顔だ。
なんか間違ったか、俺。


「あ!じゃあ、私にお願いするとしたらどうですか?」

「まゆっちに?」


まゆっちにお願いを叶えてもらう?
確かにそれならお金なんてもらえないけど…

待て待て。
その前にこの質問には何の意図があるんだ。
俺が予想してたものとは…

あ…
そうだよ。
俺が予想してたのも、そもそもまゆっちの挙動がワン子とかぶっていたからだ。
だが、いざ聞いてみれば見当違いな質問。
そういう方面の要素がどこかへ行ってしまった。

だけど、これなら全部つながる。


「もしかして、まゆっち…。お願いってバトルロワイヤルの優勝賞品の奴?」

「ぎく!」

「流川に対して何をお願いしたらいいのか分からなかったから、参考に聞き
たかったってこと?」

「ぎくぎく!」


あー、全部合点がいった。
結局、まゆっちは水上体育祭のときからずっと迷ってたんだな。
ていうか、やっぱり恋の話か。
屋上おそるべし。


「はぁ…」

「あのあの、私は何をお願いすればいいんでしょうか?どこまでが許される
範囲なのかも分かりませんし…」


俺はまゆっちの気持ちも知っている。
理由はワン子に同じ。
バレバレです。

ワン子にも頑張ってもらいたいが、別にどちらかを贔屓しようなんて思って
ない。
まゆっちにも仲間として、頑張って欲しいしな。

だから、俺がかけてやるべき言葉は…


「彼女にしてください、とかは?」

「は!?な…!?」


瞬間、まゆっちの顔は沸騰した。


「かかかかか彼女だななななんて、そんな私ごときが、そんな…」

「何でもいいんだったら、チャンスじゃないか。」

「私が海斗さんの彼女…」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「由紀江…」

「か、海斗さん。駄目です、そんな私なんかが海斗さんに抱きしめてもらう
なんて、ふさわしくないです。」

「自分の彼女を抱きしめるくらい普通だろ。」

「海斗さん…」

「それに由紀江はもっと自信を持っていいぞ。十分可愛い。」

「そ、そんな恥ずかしいです。」

「分かったらこのまま俺の腕の中にいてくれ、由紀江。」

「…はい。あったかいです、海斗さん。」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ほわぁぁぁぁぁ」


なんか、まゆっちがどこかへ旅立ってしまっている。
恋人関係の想像だけで帰ってこれなくなっているのだろうか。
相当免疫がないな。


「おーい、まゆっち!」

「は、はい!!あ…、すみませんでした。大和さん。」

「いや、元はといえば俺のせいもあるから良いんだけどさ。」


突如、幸せいっぱいだった顔を引き締める。


「でも、やっぱりそういうのは自分の力でどうにかすることだと思います。」

「そうだな。そうすると…ふりだしか。」

「あう、すみません。」

「まぁでも…」


俺もあいつのことを最初のような印象でとらえているわけではない。
なんとなく関わっていくなかで分かっていった。
ワン子やまゆっち、クリスなどを惹きつける人間性みたいなものが。


「ゆっくり考えればいいんじゃないか?約束を時間切れにするような奴でも
ないだろ。」

「あ…。はい、そうですね。」


そう言って笑う。
良かった、役に立てたみたいだ。

誰を応援するとかではない。
俺はファミリーの仲間が困っていたら手を差し伸べる。
それが俺に出来ることであり、したいことだ。

今日は一子に続き、まゆっちと個人面談みたいになってしまったな。
でも、なんていうかあれだ。

―恋する乙女は強い。

そんなことを思わされた一日だった。













「あれ?え!というより、なんで大和さんが私の…その気持ちを知ってるん
ですか!?」

「………………」


恋する乙女は意外に面倒くさい。

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