小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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島津寮二階にある一室。
そこはクリスティアーネ・フリードリヒの部屋である。

どう見ても西洋テイストのクマのぬいぐるみ。
それが数えるのも億劫になるほど並んでいる。
これだけならファンシー趣味の女の子の部屋にはありがちな光景。

だが、そのぬいぐるみたちの間を埋めるように置かれているのは、日本刀で
あったり、時代劇のドラマで出てきそうな十手。
極めつけは富士の絵が描かれた掛け軸が壁にあったりと、対象的な日本テイ
ストの物品の数々が見受けられる。

和洋折衷と言えなくもないのだが、どう見てもカオスという言葉のほうがふ
さわしい。
そういった意味では、日本が大好きな可愛いもの好きの女の子“クリス”の
個性がよく表れた部屋ではあった。

そんな詳しく説明していけば、軽く原稿用紙2枚は埋められるような特徴的
な部屋には所有者であるクリスと、彼女の父の部下であるとともに、姉のよ
うな存在であるマルギッテがいた。

マルギッテは寮に身を置いているわけではないのだが、クリスの監視兼世話
係としてたまにやってくる。
それもこれも全ては父親の過保護が元凶なのだが…。

だが、今日マルギッテがここにいる理由は少し違う。
クリスに呼び出されたのだった。
別に呼び出されること自体は買い物やその他でもよくあることだった。

だが、現在部屋を包んでいる空気はそんな平生のものとは異なっていた。
そこは感覚に優れた軍人。
マルギッテはその様子を肌で感じ、察していた。

呼び出されてから数分。
未だ二人の間には沈黙が続いている。
マルギッテから話すようなことはしなかった。

何故なら用があると呼び出された以上、相手の言葉を待つというのもあった
が、ただの沈黙ではなく、クリスが何度も口を開いては閉じ、何かを言おう
と準備していることは明白だった。
故にマルギッテは待つ。
お嬢様の心の準備が出来るまで。


「……あのな、マルさん。相談があるんだ」

「聞きましょう、お嬢様。」


待った素振りなどは見せない。
ようやく話しはじめたクリスを優しくうながす。


「あのだな…マルさんも海斗のこと、知ってるだろ?」

「…! ……はい、存じております。」


ゆっくりと発せられた言葉だったが、マルギッテはその名前に驚いた。
流川海斗。
マルギッテ自身が一度敗北した謎の男。
今までもクリスの口から幾度となくその単語は飛び出してきていた。


「マルさんには言ったと思うが、自分は海斗と決闘をし敗北した。だが、海
斗は自分の生き方を認めてくれた。だから、あいつの悪いところは自分が注
意して正義の道を進ませてやろうと思ったんだ。」

「はい、お聞きしました。」

「だけど、最近おかしいんだ。海斗を近くで見ていて、本当はすごく人に対
して、動物に対して優しいことが分かった。たまにムカつくこともあるが、
正義に背いて行動するような奴じゃなかった。」


マルギッテは黙って、クリスの言葉に耳を傾ける。


「でも、最近イライラしてしまうんだ。海斗が他の女子と楽しそうに話して
いるのを見ると。海斗の態度は相手を馬鹿にしてもいないし、後輩とかにも
優しく接している。なにも悪ではないはずなのに、私はそんな海斗に怒りを
覚えてしまう。自分が分からないんだ。」


クリスの独白。
もはや、その問いの答えは用意されている。

周りから見れば、勿論マルギッテを含め、大和や他のファミリーにも気づか
れるほど明らかだったこと。
誰でも分かったのに、当人は今まで気づけなかった。
思えば、出会いが出会いだったせいもある。

“クリスは海斗に恋をしている”

その事実が見えなくなっていた。
そもそも、これのせいでマルギッテは海斗と一戦を交えることになった。
答えは用意されているのだ。

だが、マルギッテは押し黙る。
それを言うのは簡単だ。
しかし、それはクリスを恋に進ませる、つまり任務と正反対の方向。
気づかぬふりをするのが得策。

そのはずだった。
けれど、マルギッテは自身が海斗と触れ合うことによって、悪い奴というイ
メージが消えつつあった。
この前の買い物のときも思い出される。
お嬢様の好きになった者、その理由は十分に見当たった。

だが、任務は任務。
ここで馬鹿正直に答えてしまえば、どうなるのかは分かりきっている。
二つの間で揺れる心。

そして、次に発した言葉は、


「…お嬢様は流川海斗のことが好きですか?」

「へっ!?も、勿論好きではあるぞ。自分のことを認めてくれた、いわば正
義の同志だしな。」

「それは仲間としてですか?それとも異性としてですか?」

「あ………」

「今お嬢様の中に浮かんだもの、それが答えです。」


マルギッテは優しく微笑んだ。
それは軍人としての顔ではない。
妹の恋を応援する姉のような顔であった。

その選択が正しいかどうかは分からない。
事実、軍人としては失格の行為だ。
だが……


「マルさん、ありがとう!!」


クリスのその満面の笑みを見ることができて、後悔の念は生まれてこなかっ
た。


「では、お嬢様。頑張ってください。」


そして、マルギッテは部屋を出た。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



独りでいるマルギッテに通信が入る。
いつものこと、手馴れた様子で応答する。


「こちらフランク。我が愛しい娘についての定時報告を聞こう。」

「こちらマルギッテ。……異常はありません。」

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