小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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「ほら、次あっちいこーぜ!」

「分かったっての。」


機嫌を取り戻した天使はすっかり元に戻っていた。
いや、より勢いを増しているかもしれない。
ベンチに座っていたロスタイムを取り戻すように積極的に動いている。

うむ、やっぱり元気な方がしっくりくるな。
基本的に元気な奴なのだろう。
さっきみたいなことがあっても、ちょっとしたきっかけで元気になる。
いい性格だ。


「あのよぉ……海斗。今度あれしないか?」

「え、どれどれ?」


天使が指差した先。
今度はどんなゲームだと思うのと同時に、やる前にはしっかりと機嫌を損ね
ないように慎重に判断しようと決めた。
そして、その先にあったものは画面も何もない箱のようなものだった。


「なんだありゃ?」

「…ぷ、プリクラ。」

「プリクラ?」


なんかの略語だろうな。
プリンセスクライシス?
お姫様に何があったんだろうな、ゲームとしてはありがちだが。
プリズンクラッシュ?
あれ、なんか海外のサスペンスドラマで似たようなの無かったか。


「写真を撮って、それを加工して楽しむ機械だよ!その完成品がシールにな
って出てくるっていうやつ。」

「へー、そんなんもあんのか。でも俺なんかと写真撮るだけで楽しいか?」

「い、いやそれは…、ほら!全部のゲーム制覇するっつっただろ!あれのた
めなんだから仕方ねーじゃんか。」

「あーそうか。んじゃ、撮るか。」


どうやらあの箱の中にカメラや画面やら色々設置されているらしい。
俺はその中に入ろうとしたのだが…


「あのさぁ、写真撮るときまでそのお面つけてんのか?」

「え? ……あーー」


そうだ、俺は狐の面を装着中だった。
あまりにも馴染みすぎて、完全につけてることなんて忘れていたぞ。
別に会ったときにすぐ分かるようにつけてたもんだし、写真を撮るとなれば、
外すのになんの抵抗もない。


「んじゃぁ、入る前に取っとくか。」


そう、何の予兆もなかった。
その面を外した瞬間、音が消えた。
さっきまで止め処なく言葉が紡がれていた口も何も語ることはない。
ただ俺を見る天使の信じられないような表情が印象的だった。


「お前…え?海斗? ……どういうことだよ!!」


沈黙はいきなりの怒声によって、打ち壊された。
だが、俺には何が起こっているのかすら飲み込めない。
そう思う間にも天使の様子はどんどんと変化していく。
今、天使は何を考えているんだ?


「これって……お前が流川海斗?」

「え、ああそうだけど…」

「……はっ、ははは。もうわけがわっかんねーよ!!お前が海斗って……、
だってお前は…」


天使は目の前の現象がありえないとでもいうように、頭を抱えた。
もはや言葉も支離滅裂。
俺には何も伝わらないのだが、その表情を見るに天使の中ではどんどんと理
解が進んでいってるらしい。


「くっそぉ!!!!」


その叫びとともに頭を勢いよく左右に振ったかと思うと、その直後天使は走
り出していた。
勿論、プリクラを撮ろうと中に入ったのでも、やっぱり違うゲームをする気
になって他のゲームコーナーに向かったのではない。
出口を目指して、その場から走り去ってしまった。

何も分からない。
理由はおろか、今のこの状況もよく分かっていない俺に、たった今去ってい
った少女の後を追うことはできなかった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



Side 天使


「くそくそくそ、くそぉぉぉ!!!」


帰りの道を全速力で疾走する。
まわりの景色が目まぐるしく変わっていく。
家の方向には向かっているのだが、いちいち道は確認していない。
ただ漠然とある方向に走っているだけ。


「……っ!」


思わず口唇を噛みしめる。
さっきまであんなに楽しかった。
誰が今のようになるなんて予想したんだろう。

アミ姉に言われて自分の気持ちに気づいたのが昨日。
初めて名前を呼ばれて不快感を感じなかった。
生意気にウチにあれこれ語ってきてウザいはずなのに、あいつの言葉は嬉し
かった。
可愛いなんて言われたことがなかった。
名前が似合ってるなんて言われたことがなかった。

ウチでも認めざるを得なかった、好きだということを。
だから、今日は楽しみにしてきたんだ。
ガラにもなく、相当浮かれちまってた。
今日は間接キスもしてしまったし、もう少しでプリクラも撮れたんだ。

だけど、結果的に撮れなかった。
あいつが仮面をとったから…。

思えば、最初っから付けていたあの面。
でも、ウチが好きになったのはその優しさやあいつの人柄だったから、正直
仮面の下はどんな顔でも良かった。
特別かっこよくなくても、良かった…。

どんな顔でも良かったのに、そいつの顔は見覚えがあった。
ウチが殺してやると誓った人物。
なめた態度でウチを倒した憎い敵。
見間違えるはずもない、海で見たその顔だった。

なんで、なんで!!
頭がごちゃごちゃで分からない。
自分の大好きな奴と大嫌いな奴が同じだった。
全く逆、相反する思いが1人の人物に向けられている。


「はぁ、はぁ…」


知らぬ間に家の前に着いていた。
ドアを蹴破る勢いで開け放つ。
今のウチには周りの物を気にかける心の余裕はない。


「どどど、どうしたの?天ちゃん」

「天、あんたどうしたんだい?」


家にはタツ姉、アミ姉がいた。
ウチの様子は相当おかしく見えるらしい。
こんなにも露骨に心配されるのは久しぶりだった。


「ウチ……どうすりゃいいかわかんねぇ!!」


弱気な震えた声は叫びでごまかすしかなかった。
タツ姉たちに無駄な心配はかけたくない。
だけど、今の自分は誰かに頼らないと立っていられなかった。


「落ち着いて、天ちゃん。お姉ちゃんがいるから。」


いっそ昨日今日のことをなかったことにしようか。
あいつは仮面で騙していただけ、最初の印象は殺したい奴だったんだ。
だったら、この恋心も騙されて作られた偽りになる。
それで戻ればいい、海斗は敵だという状況に。

携帯についたストラップを見る。
これも、登録した海斗の携帯番号も全部いらない偽物なんだ。
引きちぎってやろうとストラップに手を伸ばす。

何もかも嘘だったんだ!
一緒に協力して出した1位のスコアも、あいつが差し出してくれたジュース
も、二日間の思い出全部!!
だから、そんなもの捨てちゃえばいいんだ!!!

ギュッとストラップを持つ手に力がこもる。
そう、なにもかも…

“天使”

あの言葉も……


「………ぅっ…」

「天ちゃん、このハンカチ使って。」


ストラップを持った手はそれ以上動かなかった。
ギュッと握った手はいつしか濡れていた。

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